ニンジャの他にニンジャがあってはならない。ニンジャに対し偽りの証言をしてはならない。ニンジャの名をみだりに唱えてはならない。
どこか湿ったような匂いがした。それは懐かしい幼少期を思わせるような、埃と使い古されたソファのような匂いだった。ヨレた椅子が並び、真っ暗闇な四角く区切られた空間。何故かチェックのネルシャツにジーパン姿である事に困惑し、他に人の気配を求めてタカシが辺りを見回すも、非常口のライトだけが、煌々と光るのみであった。タカシが「誰かいないか!!」と大声を上げようと口を開きかけた。
ブ……ブツ……
「――♪チャーン、チャチャチャチャーン!!!!」
Oh say can you see~!!!!
咳払いのようなホワイトノイズを皮切りに、スピーカーのコーンがビリビリと震え空気は振動し、多くの周波数がコンプレッションされたような、古臭く籠った音楽が鳴り響く。これは自由への賛歌か、あるいは究極のバグか。あまりにも雄大で、あまりにも暴力的なメロディ。
タカシの眼前のスクリーンにセピア色の映画フィルムが上から下へ流れていく。そこには燦然とはためく星の描かれた赤と青の旗。断崖に彫刻された男たちの顔。黄色のくちばしに白と茶色の体毛をした怪鳥、炎と石板を抱いた女の巨像。爆炎を立てて崩れる二対の塔。
意味不明な光景が、次々とフラッシュバックのように流れてゆく。見覚えの無い、知りもしない奇怪な光景の数々。だと言うのに、何故か目が離せない。この、魂の奥底からこみ上げてくる衝動は一体何なのか?
スクリーンの前に立ち尽くすタカシをよそに映像は続く。青い飛行機の編隊、白い潜水服を着た男女、五角形をした要塞。密林を燃やすナパーム、ガソリン、グレネード、終わりを示すかのように、最後に黄金に輝く巨大な数字の彫像が網膜に焼き付いた。
そして、鼓膜を突き破るようなファンファーレが頂点に達した。直後、スクリーンそのものが数トンのC4爆薬を仕掛けられたように大爆発を起こし、暗闇の映画館を灼熱の白光に飲み込んだ。その強烈な爆発が、致死量の電気ショックとなって硬いコンクリートに横たわるタカシの魂を蹴り飛ばす。
止まろうとしていたタカシの心臓が、まるで巨大なディーゼルエンジンの如く再び鼓動を刻む。それに呼応して不定形に流れるのみであった血液がタカシを中心に儀式めいた形を作る。
それは、絶望の夜に生まれた五十一番目の星。
光の槍を放った天使ニンジャが次なる獲物へターゲットを変えようと背を向けたその時。大気を穿ち岩盤を砕くような轟音が鳴り響いた。異常を察知した天使ニンジャの頭部が首の断面を急回転させ、一瞬で前後が百八十度入れ替わる。だが、そこに死体はなかった。コンクリートの床が砕け散り、タカシが横たわっていた通りに綺麗な『人の形をした穴』が穿たれているのみであった。
穴の上からポタポタと吸い込まれるように、深紅の花弁が舞い落ちる。天使ニンジャが空を見上げた。その視界は筋肉で覆われた。次の瞬間、ヘッドシザーズ・ホイップめいて天使ニンジャの首が高速で捩じりまわされ、金属が断末魔を上げるような音を立てて千切れ飛んだ。
ゴトリと音を立て転がる石膏のデスマスクめいた頭。
その傍らに、重低音を響かせて巨体が着地した。ひび割れたコンクリートの上に片膝をつき、片方の拳を深く沈み込ませる。それはまさしく、無敵の戦闘機械の現出を思わせる完璧な姿勢であった。
もうもうと立ち昇る血煙と粉塵の中。男は静かに、まるで油圧シリンダーが稼働するような重厚さでゆっくりと立ち上がった。
マキシマス・タカシ!!
十字に貫かれ絶命したはずの彼の身に一体何が起きたのか!? 奇跡!? いや、違う!
人間のDNAの九十九%はまさしく科学により紐解かれてきた通りのものである。ただ一点、ブラックボックスとなった一%を除いて。
それは、ニンジャDNA!
始祖の人間が禁断の果実を口にした時から全ての人間に埋め込まれたニンジャDNA。それは既にその役割を忘れ、深く静かに人間のDNAの深層に眠っていた。それがニンジャの肉体とニンジャの忍法に触れた事で、強制的にニンジャDNAが励起されたのだ!
しかし、急激なニンジャDNAの覚醒に耐え切れなくなった体は爆散するか、醜い肉の塊に変貌してしまう。ではなぜタカシはそうはならなかったのか? なぜ人の形を保っているのか? それは、愛!! 彼の瞳に最後まで焼き付いたエイドリアンへの愛が、彼を人に押しとどめたのだ!!
途端、観客達を襲っていた天使ニンジャ達の空気が総毛立ち、一斉に振り返る。
その視線の先には、雄々しく胸を張る金色のヘラクレス。リングの王者マキシマス・タカシ。否。迷彩のフェイスペイント! モスグリーンのタクティカルベスト!! そして”大佐”の階級章!!!コマンドー!!!!! タカシは死んだ、もういない。生まれ変わったのだ。戦場の救世主コマンドー・ニンジャに!!
蹂躙の限りを尽くしていた天使ニンジャたちがコマンドー・ニンジャの姿を見た瞬間、まさしく彫像のように動きを止める。戦略的沈黙、いや、蛇に睨まれたカエルが捕食者を刺激しないように硬直をするのと同じ類のもの。
そして動くのはコマンドー・ニンジャ。全身から闘気のように溢れる忍力を放ち、ゆらりと動いた手が太極図のように円を描き、まるで何万回も繰り返してきた動作のように次々と掌印を結ぶ。マチェット・バッファロー・カウボーイ・クロコダイル・フォード・B-29。そして、最後の掌印。それは、天を貫くように屹立した中指!ファックサイン!!
コマンドー・ニンジャの右手に赤黒の炎がまとわりつき、一つの円筒形を象る。その手に握られていたのは、まさに暴力の具現化! 恐ろしき忍具! 鈍色の輝きを放つソードオフショットガン!
未だ磔にされたように立ち尽くす天使ニンジャの額に銃口を突き付け、地を這うような重低音の声で念仏を厳かに呟く。
「アスタラビスタ・ベイビー(地獄に落ちろクソ野郎)」




