人間は考える葦である。しかし、ニンジャはそれを刈り取る鎌である。
閲覧ありがとうございます!
この作品はサプライズ忍者理論をむしろメインにしたらどうなるだろうというテーマから始まりました。
それが最終的にはニンジャと80年代ハリウッド筋肉アクションと悪魔合体しこうなりました笑
どちらかというと貫通している元ネタを笑っていただければ幸いです
最初に、ニンジャがあった。光あれ、それが最初の忍法だった。
神は7日間で世界を作った。ニンジャはそれよりも早かった。
ニンジャは果実となり人間に紛れた。蛇もまたニンジャだった。
人間とは皆、無自覚なニンジャである。
◇
深紅のトップロープに登り、両手を広げる巨漢がいた。雨のように降り注ぐ歓声を一身に浴びて、真っ白なリングに横たわるこれまた大きな体をした男を見下ろしていた。
ゴツゴツと隆起し、まさに肉のグランドキャニオンと云うべき広背筋を伝い流れる汗が、リングライトの強烈な逆光にダイヤモンドのように燦然と輝いている。
その眩い光に遮られ、固く閉じられた口元が僅かに見える以外、男の表情を窺い知ることは出来なかった。
熱狂する観衆が王者の一挙一動を今か今かと待ち構える中、英雄の凱旋のように広げられていた掌が小指からゆっくり焦らすようにと形を変え、一本折るごとにアリーナ中からおぉ! と声が上がる。
薬指、中指、人差指。そして最後の一本、拳から突き出た親指は、天へ向けられていた。
「タカシ!!タカシ!!」
「マキシマス!!マキシマス!!」
観客は叫び讃える。男の名を。
神々が気まぐれに鋼鉄で鍛え上げた彫像のような肉体を。
丸太のように太い腕と、岩盤のごとき大胸筋に宿る奇跡を。
常勝無敗のグラディエーター。この、リングというコロッセオの偉大な王者の名を。
マキシマス・タカシの名を。
タカシが天を仰いだ。ドームにつめかけた6万人を超える観客という神を仰いだ。
クリスマスに繰り広げられる熱戦の決着を目撃する為にアリーナから二階席までびっしりと集った今宵の裁定者達。 会場は熱気が渦巻き、口々に喚く声は地響きとなり、次第に一つの言葉へと収束していった。
「「「「「「ポリチェ・ウェルソ!!!」」」」」」
三六十度全周を埋め尽くした裁定者がそう告げる。タカシの真一文字に閉じられた口がニヤリと不敵に形を変え、親指が奈落へと突き立てられる。そして、体を低く沈め、マットに横たわる対戦相手へと飛ぼうとしたそのとき。
空間がぐにゃりと捻れた。リングを囲むように聳え立つトラスに鈴なりに取り付けられたリングライトの親玉のように、丁度真ん中の空間が絵の具をメチャクチャに混ぜ合わせたかのように歪み、ポッカリと完全な立方体が生まれた。それは黒色だった。光を無限に吸い込むような、まるでそこだけ神がテクスチャを貼り忘れたような、真っ黒な虚空が出現した。
AR? それともホログラムやプロジェクションマッピング? これもなにかの演出か? チャンピオンのフィニッシュムーブのタイミングで? 不安と興味のフィフティフィフティ。ざわめきがさざ波のように広がり、次第に大きなうねりとなって収拾がつかなくなっていく。
推測も追い付かない異常事態に演出家が困惑し、最高の盛り上がりの瞬間を台無しにされたプロモーターがスタッフに怒鳴り散らす。会場の中も外も蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。
何万という目が虚空の立方体に視線を注ぐ中、ぬるりと幾つもの白い点が生えた。それはうぞうぞと、まるで何かを掴むように蠢き、ようやく理解可能な長さになるとそれは、白くツルツルとした陶器かマネキンのような、体温も鼓動も感じさせない手だった。その集合的な悍ましさに、短い悲鳴が上がる。
手が生え、頭が生え、人の形を何某かが宙に並んだ。
ニンジャだ!! 漆黒立方体から抜け出て来たそれは、おびただしい数のニンジャ!!!
瞬間、誰もが理解した。五色に輝く絢爛な羽。薄く発光する光輪を頭上にたたえた神性。石膏のデスマスクのような静謐なる顔。
天上界の住人、はたまた冥府に潜む死神と見紛うような、人とはかけ離れた異界の面貌の数々。
しかし、ニンジャだ。あれはニンジャなのだ。
思考ではない。DNAに刻まれた記憶がそう理解したのだ。
鶏の首を絞めるかのような叫び声が一瞬にしてドームの天井に反響し、言語にならない動物の鳴き声が充満する。さっきまでの熱狂的な歓声などではない、DNAに刻まれた恐怖に魂を鷲掴みにされた、本能から絞り出される阿鼻叫喚の悲鳴だ。
6万人からなる恐怖の坩堝が瞬間的に沸騰する。一センチでも遠くニンジャから逃げようと我先に出口へ殺到し、女子供も関係なく髪をひっつかみ服を破き押し退け合う暴徒と化した群衆。
押し倒されて上げた悲鳴がすぐに人語ならざるうめき声となり、やがてぶぎゅぶぎゅとしたヒキガエルのような、空気の漏れる音に変わる。
会場にむんむんと充満していた特殊効果の火薬の匂いと、観客の身に付ける甘ったるい香水の匂いに、鉄と錆のような匂いが入り混じる。
漆黒の立方体から生まれ出でた異形のニンジャ達が、雪崩となった観客の逃げる道を塞ぐように出口の前にふわりと降り立つ。理性を失い恐慌状態だった群衆が思わず息を呑んだ。
神話や幻想の類。或いは頭のおかしなものの妄言。そのはずの超越者が目の前にいる。人間とは隔絶した存在、ニンジャ。食物連鎖のピラミッドの外に住まう修羅。それがニンジャ! 恐怖、畏怖、理解を超えた存在を目にした畏敬。叫ぶ者、喚く者、絶望し祈る者。超常を前にした時に人間が取りうる行動のおおよそ全てが繰り広げられた。
そのうちの一つ。Fと書かれた出口に固まった群衆の先頭に立つ、筋骨隆々な男がニンジャと相まみえる。膝はガクガクと震え、涙と鼻水にまみれた顔で両手を合わせ祈り懇願する。
それにつられて、次々と人々が両手を合わせる。石膏のデスマスクの口の端が、僅かに上がったように思えた。恐怖で引きつった男の顔が、なけなしの希望で笑顔の形を作り震える。許されたかも知れない。見逃してもらえるかも知れないと。
男が震える笑顔で跪き、平伏しようとしたその刹那。
バターのように首が飛んだ。
彼の膝がコンクリートに着くよりも早く、天使ニンジャの腕が体よりも長く伸びて横薙ぎに一閃。先頭の男の頭があった場所を中心に、幾つもの真っ赤な間欠泉が噴き出した。
天使ニンジャ達が両手を頭上高くに掲げ、光輪がチカチカと明滅したかと思うと、空間を歪めるように形を変え棒のように長く伸びた。先端はまるでポセイドンの持つ三叉の槍のように分かれたトライデント。
ほの温かい深紅の間欠泉に体を濡らした群衆は、瞬く間に体の奥底から凍りつく。
あれは、忍具!超常の力を持つニンジャの道具!
各出口を塞ぐ天使ニンジャと通路に立ちふさがる天使ニンジャ達が、まるでコピー・ペーストしたように一糸乱れぬ動きで全く同時に頭上の光の槍を群衆に向ける。
その光景はある種の神秘を感じさせるようでもあった。だが無意味だ。人間が勝手に抱いた幻想など、ニンジャを相手に何の意味も持たない。
天使ニンジャが指先を指揮者のように動かすと、光の槍は音もなく薄っすらとした軌跡だけを残した。消えたのではない。群衆の瞼が一往復する間に、文字通り光の速度で飛翔し人体を数珠つなぎに貫いたのだ。
そして何とおかしなことか、貫かれた人間の体が一瞬にして膨れ上がり異様な肉塊の獣と化したかと思うと、水風船に針を突き立てたように次々と爆発四散し、肉片と骨片を辺り一面にぶちまけたではないか。天使ニンジャの忍法によってドームのそこかしこで真っ赤な飛沫が次々と炸裂していく。
天使ニンジャ出現からほんの二、三分。突如として生み出されたこの地獄絵図。リングのチャンピオン、マキシマス・タカシはトップロープの上から呆然と眺めているしかできなかった。
「タカシ!!タカシ!!」
女の悲鳴。救いを求めるように、必死に自身の名を呼ぶ声。
「エイドリアン!!」
ハッと我に返り、絹を引き裂くような声に振り返ると今まさに、歪に巨大化したような腕が、タカシの最愛の女性をキングコングのように鷲掴みにしていたのだ。
「エイドリアァァァァァン!!!」
タカシはトップロープから宙を舞った。
しかし、その体が届くことはなかった。
まるで磔にするかのように、光の槍が中空に浮くタカシの胴を十字に貫いた。
太陽に近づきすぎたイカロスが蝋の羽を失い地に堕ちたように、タカシの体は無慈悲で硬いコンクリートの上に、ドチャリと墜落したのだった。
「エイ……ドリアン……」
伸ばした手は、届かなかった。
最愛の人が、異形の腕の中で必死に手を伸ばし、何かを叫んでいる。だが、その声は遠く、冷たい絶望の底に沈んでいく。
薄れゆく意識の中でもタカシの瞳は、ただただ、小さくなっていく恋人エイドリアンをみつめていた。
そして、意識がふつりと途切れ暗転しようとしたその時だった。




