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番に選ばれたのは、戦場の女だった

掲載日:2026/01/23

休戦など、名ばかりだった。


夜明け前の戦場は、血と土の匂いを残したまま静まり返っている。

味方は押され、退路も細っていた。


――次に前へ出た者が、最後になる。

そんな空気の中で、彼女は剣を構えた。


---


「怯むな! 退くな!」

その声は、怒号でも悲鳴でもなかった。

ただ、折れない意志だった。


---


衝撃は、横合いからだった。


鎧の内側まで響いた一撃に、視界が白く弾ける。


「隊長!」


呼ぶ声が、背後で弾けた。


「構うな! 進め!」


それだけ言い切って、

彼女の意識は途切れかける。


――空?


視界が、暗転した。


---


次に目を開けた時、彼女は柔らかいものの上にいた。


……柔らかい?


ゆっくりと上体を起こした瞬間、低く、穏やかな声が頭上から落ちてきた。


「起きたか」


彼女は反射的に身を引いた。


だが、思ったほど距離は離れなかった。

視界の端に、鱗の影が映る。


「……生きているのか」


「そうだ」


一拍。


「待て、動くな。傷が――」


「……ここは、どこだ」


「安全な場所だ」


「お前は、敵か」


「違う」


一拍。


彼女は身を起こそうとして、身体の異変に気付いた。


力が、入らない。

地面ではない感触があった。


「……なら、名を名乗れ」


彼は、その言葉を遮るように首を傾げた。


「食事は取れるか」


「……は?」


「傷の回復には、栄養が要るだろう」


身体を動かそうとして、違和感に気付いた。


鎧が、ない。


――待て。


上着も、ない。


「……」


視線を落とした。


見慣れた下着ではなかった。


「汚れていたから洗っておいた」


彼は、悪びれもなくそう言った。


「……見たのか」


「必要だった」


――触れていた、という事実に思い至る。


柔らかい、と思った理由が、遅れて理解された。


鱗ではなかった。

地面でもなかった。


……体温だった。


「……ッ!!」


身体が、ゆっくりと下ろされる。


「無理をするな」


地面の感触が、足裏に伝わった。


「その姿では、不便だろう」


そう言って、彼は少し離れた岩の上に置かれた彼女の鎧に視線を落とした。


――落ち着け。


そう思ったはずなのに、視線が逸れなかった。


その時になって、彼女は気付いた。


目の前にいるのは、

もはや“ドラゴンの顔”ではなかった。


○%×$☆♭#▲!※

(=

え?

え??

え?????

ちょっと待て待て待て

ドラゴンって人型こんな仕様なの???)


「………………」

「…………その……」

「……聞いてない」


「?

休むには、この方が効率的だろう」


リーゼの思考は、意味を成さない音に崩壊した。


血と土の匂いは、すでに消えていた。


「? 手当はしたが…まだどこか具合が悪いか?」


間を置かず、同じ声が続いた。


「傷は塞がっている。動かなければ問題ない」


(そこじゃない!!!)


「人間は、怪我をするとよく眠るのだな」


人の姿になったヴァルは、彼女の前に膝をついた。


「傷は大丈夫なようだな」


そう言って、じっと傷を観察する。


……リーゼの思考は、そこで停止した。


「それとも、あのまま死なせた方がよかったのか?」


「……そうした方が、よかったのか?」


「生かしたのは、間違いだったか?」


一瞬、呼吸を忘れた。


「……そんなわけ、あるか」


「なら、問題はない」


---


その日も、何も起きなかった。


ヴァルは、いつもと同じ時間に水を運んできた。

リーゼは、それを受け取った。


しばらくして、口をつけた水は冷たかった。


「……礼は言っておく」


「そうか」


---


「怪我も大分よくなってきたな」


リーゼは大きく伸びをした。

身体は、確かにまだ重い。

だが、剣を握れないほどではない。


「動いて大丈夫なのか?」


「ああ、もう大分いい」


「まだ完全ではないだろう?」


「過保護だな」


「カホ…ゴ?」


「お前のようなやつのことを言うんだ」


リーゼは、思わず苦笑した。


戦場が、遠く感じられた。


「……そうか」


ヴァルの返事は、いつもと同じだった。


リーゼは、

その“変わらなさ”が、

少しだけ、惜しいと思った。


---


「傷は大丈夫なようだな。

思っていたことがある」


「何?」


「番にしようと思っている」


……リーゼは、飲みかけの水を吹き出しそうになった。


「……それは、どういう意味だ」


「そのままの意味だ」


「確認する。冗談ではないな」


「冗談は言わない」


「……なぜ、そう思う」


「倒れる前に見た」


「何を」


「お前の戦い方だ」


「戦い方?」


「味方を退かせ、自分が前に出ていた」


沈黙が落ちた。


「……部隊に戻る」


その言葉は、静かだった。

だが、迷いはなかった。


「……そうか」


それだけだった。


---


次の日、夜が明けるとともに、リーゼはヴァルの背中に乗って出発した。


「見えてきた!」


リーゼは身を乗り出した。


……押されている。


「ヴァル、低く飛ぶ事はできる?」


「……ああ」


ドラゴンは、降りてきた。


雲を割るのではなく、

戦場をなぞるように。


低く、低く。


風が走り、

土煙が舞い、

影が陣の上を横切った。


敵陣が、ざわめく。


「……味方だ」

「ドラゴンが、味方についたぞ」


誰も確認などしていない。

だが、疑う理由もなかった。


ドラゴンが相手になどなったら、敵うはずがない。


退却の角笛が鳴った。


ドラゴンは進路を変え、

味方本陣へと向かった。


ドラゴンの背から、リーゼは声を張り上げた。


「将軍ー!

私、寿退社させていただきますー!」


そしてリーゼは、

ドラゴンの首元に手を置いて言った。


「――帰ろう」


「……どこに」


「……番にするって言ったのは、あなただもの」


ドラゴンは、ほんの一瞬だけ羽ばたきを忘れた。


地上では「リーゼ隊長?」「生きていらしたのか?」など、安堵と混乱の声が飛び交う。


将軍はあっけに取られていたが


「……たまには、里帰りするように」


もう聞こえないだろう、ドラゴンの影に向かって呟いた。

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