幼馴染の語尾が「好き」になった土曜日の午後
今日仕事中に何か降りてきました。
仕事帰りに勢いで書き上げました。
途中お酒も入りました。
よってブレーキが甘いです(意味深)。
それでもよろしければご覧ください。
「ちょっと法男聞いて!好き」
「は?」
俺は耳を疑った。
今俺の部屋に飛び込んできたのは、隣に住む同級生・風路青葉だ。
小学生の頃は結構仲良かった記憶があるが、中学あたりから「ダルい」「ウザい」「つまんね」くらいしか喋らなくなり、高校では無気力系ギャルと化した。
そんな青葉が俺のことを……?
いやいやまさか……。
「違うの!好き。病院行ったら病気だって言われて、好き。あぁもう違うのに!好き」
「病気?」
てっきり罰ゲームか何かだと思ったが、病気?
「勝手に語尾に『好き』ってついちゃうの!好き。別にあんたのことなんか好きでも何でもないのに!好き。もう何なのよこの病気!好き」
「……冗談、って訳じゃなさそうだな」
「冗談であんたに『好き』なんて言うわけないでしょ!好き。これ見て!好き」
「何だ? 診断書?」
そこには『不随意性蓄積言語発声症』と書かれている。
……聞いたことない病気だ。
「何だこれ?」
「あたしもよくわかんないけど、好き、猫とかスイーツとか本当は好きなのに『好き』って言わなかったから、好き、勝手に口から出る病気だって!好き」
「はー、無気力で何にも関心ないと思ってたのに、普通にそういうの好きなんだな」
「うっさい黙れ!好き。誰かにバラしたらコ◯すからね!好き」
えらい物騒な「好き」もあったもんだ。
「そんなら家で猫の動画とか見ながら『好き』って言いまくればいいじゃないか」
「そうはいかないの!好き。ここに来たのはあんたに手伝ってもらわないといけないからなの!好き」
「手伝う?」
俺がその病気についてできることはなさそうだが。
「駅前のスイーツショップと猫カフェに付き合って!好き」
「は? 何で?」
「この病気、一人で『好き』って言ってもダメなんだって!好き。誰かがいるところで自分の『好き』を解放しないと治らないんだって!好き」
成程。一人の時に猫動画を見てたら、自然に「可愛い」とか「好き」とか言うもんな。
つまり誰かと「好き』なものを共有した上で「好き」って言わないといけないのか。
うわぁ、この病気ヤバいだろ。
「おじさんとおばさんは?」
「お父さんは仕事!好き。お母さんは病院の後『用事がある』ってお金だけくれてどっか行った!好き。薄情者!好き。だから後はあんたしかいないの!好き」
「友達とかは? メールとかは別に影響ないだろ?」
「友達にこんなの言えると思う!?好き。いいから付き合え!好き。月曜までに治さないとあたし学校に行けなくなるから!好き」
「わかったわかった。付き合うよ」
「え、好き」
「ぐ」
さっきまでの威圧的な「好き」とは違って、ポカンとした顔から言われる「好き」はちょっと食らった。
改めて見ると、見た目はいいんだよなこいつ。
……まぁ俺には関係ないけど。
「幼馴染として、お前が社会的に死ぬのを見過ごすわけにはいかないからな」
「ありがとう!好き。やっぱりあんたにしてよかったわ!好き。じゃあ早速行くわよ!好き」
「……おう」
……まぁ、しゃっくりみたいなもんだ。
そう思ってから見た青葉は、やっぱりいつもの青葉だった。
「んがわいいいぃぃぃ!好き! 好き好き好きんむー!んむー!んむんむんむ……!」
「お、おう。楽しそうで何よりだ」
猫カフェで、おやつを食べる猫の背中に顔を埋めている青葉が何を言っているかわからないが、喜んでるのは間違いない。
さっきのスイーツショップでも満面の笑みで、「美味しい!好き」と連呼して満足げだった。
その普段とはあまりに違う無邪気な顔を見てると、何だか、こう、落ち着かない気持ちになる。
昔に戻ったような、全く知らない何かのような……。
何だこれ?
「あぁ好き! モップちゃん好き! 待って好き!」
「落ち着けバカ! あ、すみません。猫用おやつ追加で」
おやつを食べ終えて猫が膝から離れた青葉が悲痛な「好き」を連呼するので、俺はイラッとしながら、不審な目を向ける店員さんに詫びつつ注文するのだった。
「はぁ、堪能したぁ……。好き」
「だけど治ってないみたいだな、その『好き』ってやつ」
「あ!好き。何で!?好き」
あんだけ「好き」「好き」言っておいて、まだ足りないのかよ……。
「他に好きなものあるか?」
「えー……、好き。他に何か我慢してるものあったかな?好き。メイクとかコスメとかは普通に『好き』って言ってるしー……。好き」
「そしたら明日もスイーツと猫か?」
「うーん、好き。それは何か十分っぽいんだけどー……、好き」
付き合うのはいいが、効果がないのは困る。
何か手がかりでもあればいいが……。
「あの、すみません。落としましたよ」
声に振り返ると、眼鏡をかけた小太りのおっさんが、青葉にハンカチを差し出していた。
「あ、どうもありがとうございます。好き」
「あ」
「えっ」
受け取った青葉がそのまま口を押さえるが、
「ふおおおお! ギャルが某に『好き』と! とうとう善行のパラメータがカンストして新世界の扉が開かれたのですな! デュフフこれ何てエロゲ?」
「え、あの違くて、好き」
「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━! ヲタクに優しいギャルは実在したのですな! これは学会に発表案件ですぞ! 筆が忍ぶどころか暴れるでござる!」
「……ひ、好き……」
「オウフwww怯えながら言う『好き』に某の恋が有頂天! フォカヌポウwwwさぁ某のエルメスたそ! 光る風を追い越しますぞ! キラッ⭐︎」
「行くぞ青葉!」
「え、うん、好き」
テンションが上がりまくるおっさん。
何かわからないが、このままでは青葉が危ない、気がする。
青葉を引き離そうと、手を握って走り出す。
「ちょっ、と、好き、法男、好き、速すぎ、好き……!」
「もうちょっと頑張れ!」
「はぁ、好き……、はぁ、好き……」
ちょっと色っぽいのやめろ!
角を二つ三つ曲がって、公園のトイレの陰に隠れる!
……よし、追って来てないな。
ああいうのは何するかわからないって聞くから、逃げて正解だろう、多分。
「……あの、好き……。法男……、好き……」
「あぁ、大丈夫そう、だ……?」
何で俺、青葉を抱きしめてんだ!?
いや、あのオタクから守ろうと思ってはいたけど!
細い肩が、熱くて、荒い呼吸に合わせて小刻みに動いていて……!
は、離れないと!
「……ありがと、好き……」
「え、あの、ごめん……」
「ううん、好き。あたしを守ってくれたってわかるから……、好き。大好き……」
離れるどころか身体を預けてくる青葉!
こ、こいつこんなに可愛かったっけ……?
自分の心臓の音が伝わらないことを祈って、俺はとにかく全身に力を込め続けた……。
「あ、夕方のチャイム……」
「お、おぉ。もうそんな時間か」
聞こえてきた音楽に我に返り、青葉から離れる。
まぁ猫カフェ出たのがだいぶ遅かったから、そんなに長い時間くっついてたわけじゃないけど、何かすごい長かった気がする……。
間を流れる風が、妙に冷たい……。
「と、とにかく今日は帰って、作戦の練り直しだな!」
「そ、そうね! とりあえず今晩もう一回好きなものを書き出してみるわ!」
「そうしてくれ! そしたら対策も、ってあれ?」
「何よ?」
「……治ってね……?」
「へ? ……あ! ほんとだ! 『好き』って出ない! やったー!」
「……よかったな……」
ど、どういうことだ……!?
何が治るきっかけに……!?
……俺か……!?
い、いや、気のせいだろ……。
猫カフェでのが後から効いてきたんだ、きっとそうだ!
「でも何で急に治ったんだろ? 走ったからかな?」
「……そうかもな」
「なーんだ! 単純な話だったね!」
「そうだな……」
うん、こいつの態度的にも、俺のことが『好き』だけど言い出せなかった的なことじゃない。
猫だ、うん、猫ありがとう。
……ありがとう。
「じゃあ帰ろっか」
「そうだな。好き」
!?
な、何だ今の!?
まさか……!?
いやそんなわけ……!
くっ、青葉のやつ、一瞬びっくりした後、すごい悪い笑いを浮かべやがって……!
「あれー? 伝染っちゃったー? そっかー。それで治ったのかー」
「バカそんなわけないだろ!好き」
……!?
本当に意思に関係なく「好き」って言ってる……!
「仕方ないから明日は法男の好きなもの探しに行こっか」
「べ、別にいい。好き」
くそー!
「はいはい無理しなーい。伝染した責任ってやつよ。じゃあまた明日ー」
「だから無理とかじゃない!好き。あぁクソ!好き。っていうか帰る方向一緒だろうが!好き。帰ったらうちの親に説明しろ!好き」
「えっへへー。なら追いついてみなよー」
重荷を下ろしたように、いや、羽のついた妖精かのように、くるくる踊るように歩く青葉。
……さっきまでの可愛さはどこいった……。
こっちはこの病気のメカニズム、わかってんだ。
お前がそういうつもりなら……、明日、覚えてろよ……!
読了ありがとうございます。
何故今告白せず明日に回すのだ?
ボブは訝しんだ。
ちなみに名前は、
溢れる→overflow→風路青葉
注ぐ→pour into→印津法男
となっています。
……不随意性蓄積言語発声症は誰のせいなんやろなぁ……(すっとぼけ)。
お楽しみいただけたなら幸いです。




