君と見たかった世界
人は人のすべてを知ることはできない。
でも僕は君のすべてが知りたかった。僕も一緒に君の世界を見たかった。けれど、その世界はあまりにも遠く、不明瞭で、僕の手は届かなかった。君のことが気になって仕方がない。でも君は何かを隠している。その秘密も一緒に抱えたいのに。
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幼稚園の頃から僕と君は一緒だった。それから先の小学、中学、高校までも一緒だった。
幼稚園の頃、花菜は僕に言った。
「大人になってもずっと仲良しでいようね!」
でも大人になった今、僕と花菜は一緒にいない。連絡も取っていない。けど、花菜も僕と同じ大阪に住んでいるようだった。いつかどこかでまた会いたい。そう何度も思った。
ある日、花菜から連絡が来た。
「久しぶりに会わない?明日の15時にソラネストの屋上テラスとかどう?」
もちろん僕はすぐに返信して花菜と久しぶりに会うことにした。
翌日の15時、僕は少し早めにソラネストの屋上テラスに着いた。僕の心臓は少し早く打っていた。花菜に会うのは、何年ぶりだろう。しばらくすると、花菜もテラスにやってきた。
「けんちゃん!久しぶりだね。」
花菜は駆け寄ってきて、少し息を切らして笑った。僕はその笑顔に、幼稚園の頃と変わらない温かさを感じた。けれど、その目の奥には何か影があった。
「久しぶり、ずっと会いたかったから会えてうれしい。」
僕は泣きそうなのをこらえてそう言った。
「花菜、最近どうしてた?」
「うーん…いろいろ。でも、けんちゃんに会えるから、今日はそれだけで嬉しい。」
花菜の言葉に、僕の目には熱いものが込み上げた。僕は自分の感情を抑えようとしたけど、涙が頬を伝いそうになる。
その後僕らは席につき、いくつか昔話をした。
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幼稚園の頃、花菜と僕はいつも一緒だった。教室の隅にある小さな積み木で遊んだり、外の砂場でお城を作ったりした。花菜は笑うと、目が細くなってとてもかわいかった。
ある日、僕が積み木を崩してしまったとき、花菜は泣かずに、
「大丈夫、もう一回作ろう!」
と言ってくれた。その時、僕は心の底から花菜が好きだと思った。
「大人になってもずっと仲良しでいようね!」
花菜はにっこり笑って手を差し伸べた。僕も手を握り返して、
「うん、ずっと仲良しだよ!」
と答えた。幼い僕たちにとって、この約束は何より大切なものだった。
小学生になると、クラスが別になることもあったけれど、休み時間や放課後には必ず一緒に遊んだ。放課後に近くの公園でかくれんぼをしたり、夏休みには花菜の家で一緒に絵日記を書いたりした。花菜は僕に、
「けんちゃん、字がきれい!」
と言ってくれる。そんな小さな言葉でも、僕にとっては特別で、誇らしかった。
中学に入ると、少し大人になった僕たちは、外でご飯を食べに行ったり、本屋で漫画を選んだりするようになった。友達として一緒にいる関係が心地よく、告白なんて考えたことはなかった。でも、花菜のことは好きだった。花菜の笑顔を見ているだけで、僕は十分に幸せだった。ただ、花菜の行動や表情の中に、幼い頃には見えなかった“何か”を感じることもあった。些細な瞬間、ふと寂しそうに遠くを見る目。僕だけが気づく違和感。でも、聞くことはできなかった。
高校でも、僕たちは同じ学校になった。授業の合間、廊下で顔を合わせるたびに、心臓が少し早く打った。文化祭や体育祭では、クラスを越えて一緒に作業することもあった。花菜の笑顔は変わらず明るかった。でも、僕には分かっていた。花菜の笑顔の裏に、僕だけが気づく影があることを。
ある日、放課後に二人で帰宅する途中、僕は勇気を振り絞って聞いた。
「花菜…なんか、最近元気ない?」
花菜は一瞬止まった。口元に笑みを浮かべながらも、目の奥は少しだけ曇っていた。
「大丈夫だよ、けんちゃん。心配しないで。」
その声は柔らかかったけれど、僕の胸はざわついた。何かが隠されている。それは小さな違和感だったけれど、長年一緒にいる僕の勘は、間違っていなかった。
高校卒業後、僕たちは自然と距離ができた。お互い忙しかったのか、連絡も途絶え、気づけば何年も会っていなかった。
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「懐かしいな、ずっと私とけんちゃんは一緒にいたよね。」
「そうだね。」
「けんちゃん、変わってなくて安心した。」
「花菜も変わってないよ。」
僕は微笑んで答えたが、胸の奥では、長い年月の間に積もった不安や疑問が、まだ消えずにくすぶっているのを感じた。
そう言うと、彼女は急に立ち上がり、手すりに近づいた。立ち上がる花菜の手が、少し震えていた。
「最後にけんちゃんに会えてよかった。子どもの頃、ずっと一緒にいてくれてありがとう。けんちゃんはこれから先も幸せに生きてね。」
花菜は小さく笑った。
僕は嫌な予感がした。
そして、花菜は飛び降りようとした。
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私は愛を知らないで育った。
私の母親は私に一切の興味がなかった。会話もほとんどなかった。何かで賞をもらっても、テストで良い点を取っても、喜んではくれなかった。逆にテストで悪い点を取っても、悪いことをしても怒られなかった。
「見て!漢字テスト満点だった!」
「そう。よかったね。」
それだけ。
「志望校、A判定だった!これなら行きたい高校に行けそう!」
「そうね。頑張って。」
それだけ。
「ごめんなさい。帰るの遅くなった。」
「早くお風呂入って寝なさい。」
どれも、言葉は短く、表情は平らで、私はただ数字や事実として扱われているようだった。母の目には、私の感情も努力も映っていない。心の中で何度「認めてほしい」と叫んでも、声は届かなかった。
なんでちゃんと褒めてくれないの?なんで叱らないの?
愛情を感じるどころか、私の存在が母にとって特別でないことを幼い頃から悟っていた。
さらに私を苦しめたのは高校でのいじめだった。
「花菜ちゃん!見て!このキーホルダー可愛いでしょ!」
「う、うん…!」
「みんなお揃いなの!」
「花菜ちゃんも買えば?」
「私は…」
「まあ、花菜ちゃんは買ってもらえないよね…。お母さん厳しいもんね。」
「ま、厳しいわけじゃ…ないんだけど」
「大丈夫!大丈夫!元気出して花菜ちゃんには私たちがいるから!」
「今日放課後、一緒にカフェ行こ!」
「うん」
彼女たちはそう言って去っていった。ニヤニヤしながら私を馬鹿にして。そんなあいつらが私は嫌いだった。だけど、私は一緒にいるしかなかった。いわゆる1軍と言われる彼女たちの敵になればどうなるかはすぐわかる。
放課後、言われたとおり私はカフェに行った。
「あ、花菜ちゃんこっちこっち!」
「何頼む?」
「いや、私は水でいいかな…」
「だよねー。花菜ちゃんいつも何も頼まないから。」
その他の女子がコソコソ何か言って笑っていた。どうせ私のことをまた馬鹿にしているんだろう。
しばらくして彼女たちが頼んだカフェラテや紅茶、パフェなどが来た。そしてしばらくして隣に座っていた女のひじがお冷に当たり、私の服にこぼれた。
「あ、ごめん!服濡れちゃったね…ほんとごめん!わざとじゃないの…!」
明らかにわざとだった。彼女たちは楽しそうに見せかけながら、私を小さく傷つけることに快感を覚えていた。私は怒りたくても、怖くて声を上げられなかった。ただ笑って、
「全然大丈夫。」
そう言うしかなかった。
その後も私は彼女たちの話を聞くだけで、会話に混ざることはなかった。
それから先の学校生活も偽物の友情をちらつかせながら過ごしていた。
それでも、唯一の心の支えはけんちゃんだった。彼はいつも私の味方で、私がどれだけ傷ついても、私の存在を否定しなかった。けんちゃんの存在がなければ、私はもっと早く心を閉ざしていたかもしれない。
高校を卒業して、あの女たちのいじめから解放されたのはいいが、けんちゃんとは離れ離れになってしまった。
私は卒業後、大学に通い、仕事に就いた。
しかし、心に深く刻まれた傷は簡単に癒えなかった。職場では、上司から理不尽に仕事を押し付けられ、同僚との距離感もぎこちない。努力しても認められず、やり場のない悔しさが毎日胸を締め付ける。
ある日のこと、上司に呼ばれ、資料を突き返された。
「この資料、全然だめだわ。最初からやり直して。」
「はい…」
正直この上司には死んで欲しかった。押し付けられる仕事に加え、批判だけが降りかかる状況に、私は心が折れそうになった。転職しようとも考えたが、あの上司がいる限り無理だろう。
ある日突然、限界は訪れた。
「もう…死にたい…」
そう思ってしまった。
でも、死ぬ前にもう一度会いたい人がいた。
そう、けんちゃん。
だから私はけんちゃんに連絡した。
そして次の日の15時にソラネストの屋上テラスで待ち合わせした。
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「最後にけんちゃんに会えてよかった。子どもの頃、ずっと一緒にいてくれてありがとう。けんちゃんはこれから先も幸せに生きてね。」
花菜の唇が震え、目から涙が一筋、頬を伝った。
次の瞬間、屋上の縁にかすかに体が傾く。
「花菜!」
僕は全力で手を伸ばし、彼女の小さな手を掴んだ。
握った瞬間、冷たく小さな命の重みが指先から胸に突き刺さる。
「だめだ。そんなことはさせない。僕だけじゃない。花菜も一緒に幸せになるんだ。あの頃だけじゃない。これからはずっと一緒にいよう。」
手に握った感触から伝わる小さな命の重みが、胸に突き刺さる。花菜の瞳には涙が溢れ、彼女の体は小さく震えていた。
「ありがとう。けんちゃん。やっぱり私にはけんちゃんしかいない…またこうやってけんちゃんに助けられちゃった。私はけんちゃんに何もしてあげれていないのに…」
「そんなことない。今、花菜が生きているという事実だけで僕は幸せだ。でも、花菜が死んだら僕は生きていけない。」
僕も花菜も号泣しながら会話していた。
その日から、僕たちは二人で少しずつ歩み始めた。
花菜は過去の傷を一度に消すことはできなかったけれど、僕がそばにいることで、少しずつ笑顔を取り戻していった。最初は小さな笑い声、次第に声に力が戻り、そして心の奥底から湧き上がる笑顔に変わっていった。
数日後、僕は花菜にプロポーズした。
「ずっと一緒にいてくれるか?」
花菜は一瞬泣きながら笑い、強く頷いた。
今では子どもも二人できて、家族として幸せに暮らしている。どこにでもいる普通の家族だ。
でもいまだに僕は君に何があったのか、何がそこまで君を追い詰めていたのか知らない。きっとこれから先も知ることはないんだと思う。それでも、君と一緒にいられれば幸せだ。君と同じ世界はどんなに君に近づいても見れない。そんな不甲斐なさは死ぬまで残っていた。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
初めての小説だったのですがどうでしたか?
少し短いかもですが、何か感じるものがあったら幸いです!
感想・アドバイスなど、どしどしよろしくお願いします!




