ニャバロン
起きると何処かの宿泊室のベッドの上だった。上半身を起こした途端にリブラーの声で
おはようございます、ナランさん。現在の状況を説明いたします。ここはサーガ共和国首都ニャバロンの名物宿屋フルムーンです。アンジェラさん達は食事に行っています。リースさんの保護距離は問題ありません。
「……分かった」
もう一度ベッドに寝転がり、二度寝しようと思っていると、またリブラーの声が
1時間17分後のニャバロン宮殿中庭のアンリミテッドボードで、王族のアン・サーガ王女が子機であミリオンボードを手にしてプレイを開始します。席が空いているので同席してください。
ナランさんのスキル構成を入れ替えます。”幸運の使者” ”混沌を包み込む聖母” を残し残りを削除、”ボードゲームマスター” ”生まれながらの従者” ”異性愛を究めし者” を追加。
宮殿はここから大通りに出て右へ進んだ先にあります。ニャバロン宮殿内には自由に出入りできます。まっすぐ入れば中庭です。
「おい……勝手なことを……ぐっ……うぐ」
……な、何か猛烈にボードゲームがやりたくなってきた。しかも誰か偉い人に仕えたい……くそっ……明らかにリブラーに操られているが堪えきれない。
俺は素早く服を着込むと、足早に宿泊室を出て階段を降り、宿屋の広い一階から外へと出た。人で溢れた大通りには猫が無数に歩き回っていた、建物の屋根の上にも大量に日向ぼっこしている。目の前を駆けていく子供達が
「にゃーばろーんにゃーばろーん」
「うーるわしーのーにゃーばろーん」
楽しそうに歌っていた。唖然とする暇もなく俺は強烈なボードゲームを求める欲望で、大通り右の遥か先に見える宮殿へと走り出していた。
息を切らしながら、人々が行き来する巨大な明け放たれた宮殿門へとたどり着き、人波に導かれる様に真っ直ぐに建物内を通って中庭へと入っていく。見物客だらけの回廊に囲まれた広大な中庭には異様な光景が広がっていた。
一面、ボードゲームのボードで埋め尽くされている。四角に区切られた小さなマスが無数にあり、そのマスを赤青黄緑の四色のコマが高速で行き来しながら中心の、黄金の遺跡らしきゴールへ向かって進んでいる。マスの中はドラゴンの様なモンスターが立っていたり、街らしき建物群があったり、洞窟や森や山のマスもある。黄色のコマが渦巻きの穴に落ちたかと思うと、次の瞬間には悔しそうな年老いた老人が俺の横に立っていた。
見物客達が一斉に
「勇敢なるプレイヤーに敬意を!」
そう讃えながら彼を囲んで拍手しだす。老人は深呼吸するとニカッと笑い
「いやーこのテベルアス若返りましたわ。次は皆様に幸運があらんことを」
爽やかに頭を下げて去って行った。
何が何だか分からないが、とにかくボードゲームをやりたい欲を燃やしながら突っ立っていると、いつの間にか俺の横には、黒髪を腰まで伸ばし前髪を切りそろえ、真っ黒なドレス姿の女性が、黒い羽根扇を右手に持ち、ジッと中庭一面に広がるボードゲームを見つめていた。いつの間にか辺りからは見物客が遠ざかっている。
彼女はこちらを見ずに
「……私は五十万なのです」
「……?」
「マロンおばさまは百万……セルアスおじ様は百万、反乱を起こしたギュスイルおじ様は七十八万、伝説のデスティン先王弟様は百万だったと記録がある……今のサシュー王様は百二十万……亡くなったインサ元議長や、その兄のエンサ先々代議長、現在共和国議会を率いている民間出身のアールズ首相は計測不能だった」
「あの……」
胸元から古びた眼鏡を取り出すと
「私から逃げないあなたは、どのくらい価値があるの?」
俺を見てくる。
しばらく固まっていると、女性は驚愕の表情で
「……ミリオン……超えている……」
何か言わないと……やべー女に絡まれてるだろこれ……。言葉を絞り出すと
「どうされましたか?」
まるで俺でないような落ち着き払ったジェントルな物言いをしていた。女性は頬を染め
「……私は、アン・サーガというしがない王族です。そちらは?」
「……ナランと申します。ただの冒険者ですよお姫様」
俺は自然な動きで跪き、アンの手をとり、その甲にキスをしていた。うわああああ!何てことを!これリースにどう言い訳したら……ああああ!内心混乱して焦っていると、アンは頬を染め
「あの、ナランさん、私とアンリミテッドボードへ挑戦してくれませんか?次の挑戦の予約をしているのです」
「もちろんですよお姫様。ちょうどボードゲームがやりたい所だったのです」
俺は跪いたまま、頭を深く下げた。その瞬間脳内を凄まじい快感が駆け抜けていく。あれ……俺、この人に従うの……気持ちいい?いやいやいや!リブラーの怪しげなスキルのせいだろ!フォッカーに続いて俺まで操りやがって!そしてまた王族の女性をたぶらかし、古代遺物を手に入れるつもりだろ!お前の薄汚いやり口はもう分かってんだよ!くそがああああ!人間の遺志の力を舐めるなあああ!
俺は欲望に全力で抗い、黙ってその場を立ち去ろうとする。アンは俺の腕を取り
「ダメです……私とアンリミテッドボードを……」
いや帰るよ!と言おうと口を開くと
「あなたが、余りに素敵で……少し自信を失いました」
思っても居ないことが口から出てくる。アンは恥ずかしそうに目を逸らし
「……そんなことありません。これからは私の騎士として、支えて下さい」
「勿体なきお言葉です」
アンから腕を硬く組まれ、余計逃げられない状況が出来上がってしまった。これはもうダメか……俺はリブラーに操られるがまま、この人と巨大ボードゲームをするしかないのか……。
絶望に打ちひしがれていると
「ゴホンッ」
聞いた事がある可愛らしい咳払いが背後から聞こえ、旅装姿の少し不機嫌そうなリースと、いつもの黒ずくめのアンジェラが立っていた。アンジェラが
「アン王女、お久しぶりです」
アンは両眼を見開いて焦りながら
「……あっ……えっ……うそっ……あの、ここでは……」
アンジェラはニコリと微笑むと
「私とこの子をアンリミテッドボードのプレイヤーに加えてくださりますか?最大四名挑戦可能なはずですが」
アンは必死に何度も頷いた。アンジェラはアンの真横に立ち、二人は小声で何かを話し始める。リースはアンの逆隣に来ると耳元で小声で
「アンジェラさんから説明されてるから大丈夫」
俺はようやく安心する。操られているのはもう分かっているらしい
「でも終わったら、沢山愛してもらうから」
必死に頷く。




