プラチナシティ
森の中の木々が無い草地へ飛行船が降りると、アンジェラは眠っていたリースを背負い、そしてリモコンを念力で外し胸元へと入れた。
「許可は貰ったから行きましょう」
先ほどの謎の老人の事らしい。
「あれって、許可って言えるんですかね?」
立ち上がりながら俺が尋ねるとアンジェラは黙って微笑み頷いた。神妙な面持ちのフォッカーも黙って立ち上がり、俺たちは飛行船の伸びたタラップから深夜の森へと出て行く。
アンジェラは爪の火を頭上へと飛ばし、照らしながら迷いなく森の中を進んでいく。少し進むと深夜も煌々と輝く街の明かりが見えてきて、近づくほどに街の城壁は磨かれた大理石のような美しい石材で出来ていると分かる。アンジェラは進みながら
「輝石ね。あの輝きがプラチナのようだから街の名前になっているのよ。この街を治めるのは王位継承権第一位であるマロン・サーガ王女よ。ミンスタル公爵と若い頃に結婚して、長男のベアルト、次男のナハトファルータ、そして末子のエロマンなど……」
フォッカーが思わず
「エロマンってなんですか……どんなネーミングセンスですか」
アンジェラは振り返りもせず
「エローヌ教っていう地域信仰があるのよ。エローヌという両性具有の神を信仰してるわけ。そこから取ったんでしょうね」
俺は国が違うと知らないことだらけだな。などと呑気に歩きながら聞いている。フォッカーが不思議そうに
「なんでそんなに詳しいんですか?」
「地上の表層的な情報はね、我々ヒトは義務教育の段階でで学ぶの」
「住んでる俺たちより詳しいですよ」
アンジェラは振り返り微笑むと進んでいく。
当然、深夜なので城門は閉まっていたが、アンジェラはリースを背負ったまま、俺とフォッカーを抱え、灯火に反射して輝く十数メートルの城壁を一度の跳躍で飛び越え、2秒後には俺たちは城内に広がる街の端に立っていた。人通りは全く無い。アンジェラはリースを俺に背負わせると、ポケットから金属の塊を取り出し、長い指で何やら操作しながら
「あー……高級ホテルのスイートしか空きが無いわ」
フォッカーが興味津々で
「それなんですか?」
「地上の状況がリアルタイムで表示されるアプリ……って言っても分かんないか。地図や色んな情報が表示される機械なの」
「便利ですね」
アンジェラは微笑んで大通りの方へと進み出した。
大通りは光石の照明が等間隔に並べられ、昼間のような明るさだった。千鳥足の酔っぱらい達と普通の歩行者も多い。しばらく歩くとアンジェラは四階建ての巨大な石造りのホテルの中へと入っていき、俺たちも続く。
ホテルのロビーでアンジェラは問題無く手続きを済ませるとかなりの金も払いチェックインする。俺たちは真っ赤なカーペットの敷かれた階段を上って四階へと向かった。宿泊室はやたら広い、内壁は外で見た輝石で造られた綺麗なスイートルームだった。
アンジェラは、俺がベッドにリースを寝かせるのを見届けると、窓を開け
「ちょっとこの街の深層を見てくるわ。フォッカーさんも行く?」
「おお!是非!」
アンジェラがフォッカーを抱えて街へと飛んで行ったので、鍵をかけずに窓を閉め、宿泊室の扉の鍵を閉める。顔と身体を用意されていた濡れタオルで拭き、服を脱ぎ、リースの横で寝ることにする。どうやらサーガ共和国初日は無事に終わりそうだ……ベッドに横たわるとすぐに意識が遠ざかって行く。
……
現在、モノラースにより拡張された新機能のテスト中です。多量の魔力保持者から魔力を吸引しつつ、その者の視点もナランさんに体験していただきます。今回の対象者はエロマン・サーガさんです。マンと付いていますが、二十七歳の女性です。彼女は特異な名前の反動で過剰に禁欲的になっており日夜悶々と……
「おいリブラー」
意識適応テスト完了。なんでしょうかナランさん。
「しょうもないことしないで寝かせろ」
申し訳ありませんがそれはできません。エロマンさんとの意識接続完了。
俺は吸い込まれるように何かの中へと滑り込んでいった。
……
「くっ……私はエロくない……私はエロくないんだ」
発情した様な女性の声を俺の耳が捉える。視界は真っ暗だ。
「絶対に男なんて要らないし、独り身で死んでいくぞ!……くっ……だが、少しだけ……」
目が開くと、女性は上半身を起こしベッド脇の辞書のような分厚い本を手に取り開く。その内容は、男女の人体の仕組みを解説した医学書だった。当然裸の男女のイラストが載っている。女性は座ったまま、慣れた手つきでページを前後してお気に入りのイラストを行き来し
「はー……はー」
などと興奮した吐息を出し始めた。そして股に手を伸ばすと
「うっ……うくっ。良いんだ、これは正常な性欲の発露なんだ……」
突然女性は本を閉じると立ち上がり、キックやパンチを宙に繰り出し始めた。
「くそっ!負けるな私!エロに負けるな!」
しばらく女性のキレのよい素足や素手の打撃が宙を切る音を聞く。
一通り武術の稽古をした女性は疲れた様子でベッドに再び横たわると、ガバッと起きて
「よ、よーし!きっとあの絵さえ見れば私は寝られる!」
女性はクローゼットから服を取り出し着込むと靴を履き、足早に部屋の扉を開け、夜の廊下を音もなく走り出した。
何処行くんだろこの人……と思いながら見守っていると、女性は足早に螺旋階段を登っていく。多分塔だなこの構造は……などと考えていると、階段が途切れた先の扉の鍵をエロマンは慣れた手付きで開け、静かにドアノブを回すと
「ふっ……はー……はー……」
興奮した様子で中へと入って行った。そこで意識が途切れる。
……
目を開けるとベッド脇に立つアンジェラがホッとした表情をしていた。リースは横で安眠していてフォッカーは見当たらない。
「変な魔力が宿泊室に流れ込んでいたのが遠くから見えたから、慌てて戻って来たの。リブラーね?」
俺は上半身を起こし、見ていたものを彼女に伝える。




