広い世界に
照らし出され全体像が分かってきた飛行船の、膨らんでいる白い船体の下部についている操縦室にタラップから俺たちは乗り込んでいく。少し浮いている船体は四方から太い金属の碇で床に留められている。
アンジェラが爪に灯した火で辺りを照らし出す。何枚もの大きな窓にグルッと囲まれている操縦室内は空に昇ると、とても見通しが良さそうだ。フォッカーが目ざとく
「船体名が機械の計器の横に掘られてますね。エンダーブレイズ号……うーん……改名しますか?」
四人で顔を見合わせて、十数秒黙り込んだ後、リースが少し緊張した面持ちで
「お空は友達、行け行け大空ウイング号って……どう?」
アンジェラが絶句した後
「逆にセンスあるわ……」
長身から困った表情でこちらを見下ろしてくる。俺はフォッカーに目線で助けを求めるしかない。彼は真剣に困った顔をした後
「……幸運の女神号ってどうでしょうか……?呼び辛かったら、グッドラックって通称で……」
またアンジェラが絶句した後、何とか口を開き
「あ、あの……もう私が名付けても良いんだけど、ここは、ナラン君につけてもらいましょうか?」
三人から真剣な視線を浴びた俺はしばらく固まった後
「船体が白いし、ホワイトバースとかどうかな……ホワイトツェペリンとか……」
三人がいきなりガクリと肩を落としたので
やってしまったのは分かった。アンジェラが仕方なさそうに
「私のセンスに打ち震えなさい」
引き締まった表情で俺たちを見下ろし
「チャンピオン・ダ・ルフタ」
と言った。三人で黙って見つめるとアンジェラは意外そうな表情で
「……失われた超古代語で、大空の覇者っていう意味よ?リースちゃんの案も含めてのネーミングよ?」
わざわざ説明までしてくれた。フォッカーが申し訳なさそうに
「あの、超かっこいいんですけど、聞き覚えなさ過ぎて、しかも呪文みたいで、悪魔が付けたって丸わかりというか……」
何とアンジェラは涙を零しそうな傷ついた顔で横を向き
「そ、そうね……私としたことが……」
俺たち三人は見たことのないアンジェラの表情に焦って近寄り
「い、いや……気にしないでくださいよ」
「そ、そうよ。アンジェラさんがセンス良すぎただけ。分からない私達が悪いの」
「そうですよ。俺たちが不甲斐なくてホント申し訳ないですよ」
慰めるとアンジェラはすぐに気を取り直し、いつもの余裕のある笑みに戻ると
「あなたたちが優しい性格で救われたわ。名前は、飛んでからじっくり考えることにしましょう」
俺たち三人は頷くしかない。悪魔なので凹ませると怖いというのだけではなく、俺たちはいつの間にか、この超高レベル異種族女性を仲間として認めて気を使っているらしい。
気を取り直したアンジェラは、リモコンと言った鉄の延べ棒を操縦室内の前方の窓の下の計器が散りばめられた場所にある、縦長の凹みへとガチャリと音をさせてはめ込んだ。
すると操縦室内に明かりが灯り、計器類がカチャカチャと音を立てて動き出した。
アンジェラは満足そうに頷いて、リモコンの凹凸を何度か押した。すると「ヴイイイイイイ……」と重低音が空間内に響き渡り、何とこの飛行船を係留している巨大な室内の前方の壁が左右に開き始める。
アンジェラは、俺たちに座席に座りベルトを締めるように言う。慣れない座席に三人で座って四苦八苦してベルトを締めるとアンジェラは立ったまま、ニコリと微笑んで
「じゃあ、行くわ。急がないと女王がそろそろ来そうだし」
フォッカーが何とも言えない顔で
「あの田舎娘ともまた会いたいようなもういいような……。身体だけは抜群だったんですすよねぇ」
「サナーちゃんに言いつけよっか?」
「またもや失言でした……」
リースに窘められてフォッカーは口を閉じる。アンジェラは微笑ましく二人の会話を見つめながら長い指ではめ込んだリモコンの凹凸を軽く押した。
次の瞬間「ガチャ、ガチャ……」と四か所の碇が同時に外れ、一瞬、飛行船が浮き上がったかと思うと後部の方が猛烈な光を放って、俺は振り返った。
そして、それかいけなかった……。
横を向いた俺の首と体に猛烈な圧力がかかる。飛行船が凄まじい速度で、開いた横穴に入り込んでそのまま滑るように、……恐らくは上方向を向いたチューブ状の通路を進んでいき完全に縦を向くと、猛烈な勢いで上昇し始めた。後部は相変わらず謎の猛烈な発光を続けているし身体は椅子に縛り付けられたまま上を向いているし、さらに後ろを向いたときに出発時の圧力を変に受けた首は痛いしで、俺は半泣きになりながら、縦方向を向いた操縦室内で床に吸い付くように何事もないように立っているアンジェラに
「あ、あの……これ、大丈夫なんですか……?」
アンジェラはニコリと微笑んで
「楽しいでしょう?地上脱出用の緊急通路ね。おっと……」
アンジェラは上方……いや縦になり上昇していく飛行船の前方に向けて、手を翳すと、すばやく何かを詠唱した。同時に前方から夕陽が猛烈に差し込んでくる。
「地上へのハッチが不具合で開いてなかったのよ。魔法で破壊したから安心して」
「は、はい……」
横の座席を見ると、リースとフォッカーは気絶していた。操縦室内は夕暮れの赤い光に包まれて、俺は目を覆う。
飛行船は大空を上昇しながら横になっていき後部の発光も消えた。
何事もなかったかのように立ったままのアンジェラは満足げに俺を見ると
「さあ、広い世界に旅立ちましょう」
と微笑んだ。




