座る位置次第
裏門から実家敷地内へと戻り、屋敷の正面へと行く。まだ元山賊たちは食べたり飲んだりしていた。俺たちを見つけるとフォッカーが手招きをしてくる。
「どうでした?」
と尋ねてきたので、ボニアスの家で起こったことを告げると、彼は腕を組んで何かを考え
「……確かに、深入りしない方がよさそうですね」
そう言ってから、思い出したかのように
「リースさんが、ルカさんから屋敷内に招かれました。なんでも会わせたい人物が居るとかで。俺はベラシール家への応対でここに残らないといけないし、ちょっと心配なので見てきてもらえませんか?」
俺たちは頷いて、屋敷の玄関から中へと急いでいく。
中に入ると、一斉に地元の見知った顔だった若いメイドたちが寄ってきて
「ナラン様、どのような御用ですか?」
「サナー様をお持ちいたしましょうか?」
と媚びた笑顔で尋ねてくる。なんとチラチラと何も履いていない下半身をメイド服の短いスカートから見せてきた者さえ居た。
ちょっと前まで俺と共にゴミ扱いされていたサナーも本気で嫌そうな唸り声を立てて
「ナラン……行こう」
耳元に言ってくる。俺は低姿勢で
「皆さんごめんなさい。ちょっと急がないと」
と言いながら、抜けて行こうとしたが囲まれたままなかなか離してくれない。
ああ……リースとのことやリルガルムの養子のことまでこの田舎に広まったな……どうしようかと思っていると、ミヤがいつの間にか頭につけていた二本の角を見せ、八重歯を剥いて、怪しげな笑い声を立てた後、急に悍ましい声で
「ナランとサナーは悪魔である私のものだ。殺すぞ!」
とサキュバス時代に練習したであろう威嚇をした。すぐにメイドたちは青い顔をして、一斉に逃げて行った。
サナーがケラケラ笑いながら
「なんだよそれ。ミヤに似合わんぞ」
ミヤは顔を真っ赤にして素早く角を外すと
「こういうのも学校で習うんだよ。私みたいな落ちこぼれの地上の仕事での生存率を上げるために……」
恥ずかしそうに顔を伏せた。
「ともかく助かった。ありがとう。リースは多分当主の部屋だ」
俺たちは実家の二階へと向かう。
廊下を足早に進んでいき、当主の部屋の重厚な扉をミヤに開けてもらうと、中にはルカ兄とリースがテーブルを挟んで向かいあって居てリースはこちらを向くと
「あ、ナラン帰ってきたのね。なんかね、ルカさんが頼りにしている占い師を紹介してくれるんだって」
ルカ兄は重厚に頷いて
「ティーン兄が、凍らされた後、都の病院にずっと入院していてな。それで我が家の経営が傾いていたのだが、私がフーンタイ市で高名な占い師の先生に来てもらってから、瞬く間に経営が安定したのだよ。お前も話を聞いてもらいなさい」
「いや、兄さん、ティーン兄は重症なのか?」
ルカ兄は難しい顔をして
「というより、精神的なショックの方が大きかったようだな。正直なところを言って悪いが、長年バカにしていたお前に立場を抜かされた挙句にウィズ公の怒りを買ってしまったわけだからな」
ルカ兄は申し訳なさそうにリースを見る。リースは苦笑いをして
「そんなに気にしないで良いのに。お父様はお気に入りのナランの実家を取り潰したりしませんよ」
ルカ兄は嬉しそうな顔で俺を見て
「そうなのだ。少し前にリース様から直々にそう伺ってな。私としては安堵していたところだ。さあ、座りなさい。もう占い師の先生がいらっしゃる」
サナーとミヤはリースの隣に座ってもらい、俺はベラシール家側の席に座る。
ルカ兄は以前と人が変わったかのように、明るくなった。
「兄さん、なんか楽しそうだな」
と尋ねると、ルカ兄は苦笑しながら
「いや、ティーン兄が居ないと楽だな。それに都の社交界で背伸びをしないでいいのも体に良いようだ」
「そっか。兄さんも大変だったな」
「お前こそ、長年、悪かったな」
何となくルカ兄のことが身近に感じられて嬉しい。さらに兄は毛布に巻かれて顔を出しているサナーを見つめると
「リース様の御提案でな、我が家の奴隷を契約解除して解放して、残るものは全て社員として雇用し直すことにした。サナー、長年、ティーン兄や私がすまなかった。お前も自由だ」
なんと深々と頭を下げてきた。サナーはなぜかショックを受けた顔をして
「まっ、待て……私は、ナランの奴隷でいいんだ。私は開放するんじゃない。私だけは奴隷のままにしろ」
ルカ兄は苦笑いして、こちらを見てくる。俺が仕方なくサナーに
「じゃあ、そういうことにしとく。後で後悔しても知らんぞ」
サナーがホッとした顔をこちらに見せてきたところで、扉がガチャリと開いてなんか見たことある顔が入ってくる。
緑のハンチング帽を被って、同じ色のローブを着て白髭を顔に生やしたその老人は……サナーが俺より先に
「元村長なにしてんの!?」
元村長はニヤリと笑うと、ルカ兄を挟んで俺の逆隣に座り
「私が村長です」
と自信満々な声色で言ってきた。さらに水晶玉とタロットをテーブルに丁寧に置く。ミヤが何故か納得した顔をして
「あー……したわ、フーンタイ市で軽いコンサルティングした覚えがある」
「ど、どういうことだ?」
「元村長さんが吸引屋に客として来てて、たまたま廊下で出会ったんだけど、なんかねー身振り手振りで将来に迷ってるって言って来たから、人生経験豊富そうだし、占い師とかいいんじゃない?ってアドバイスした」
元村長は深くミヤへと頭を下げると、いきなりシャッシャッと音を立ててタロットカードを切り出した。そして徐に上から数枚をテーブルに並べていく。
元村長は六枚のカードを六芒星の形で並べると、チラッとリースを見て指さした。
「え、私の未来を占ってくれたの?」
リースは興味深げに並べられたカードを見て
「ふんふん……そっちから見たらパラディンの正位置、ロードの正位置、それから炎神フェニックスの逆位置、氷の巨神ユミルの正位置、墓の逆位置、そして悪魔の正位置かぁ……」
元村長は自信満々で頷いて、またリースの方を見る。
「あの……これだけ?」
ルカ兄が真剣な眼差しで
「この方は呪いで私が村長ですとしか言えないのです。なので客が出された結果を自分で考えるというタイプの新しい占いです」
元村長はまた自信満々に何度も頷くと、リースを見た。
リースは苦笑いした後に真剣な表情で並べられたカードを見つめ
「パラディンは確か守る者が居るって意味もあったから、これはナランね。正位置なので多分……これからも良い関係を築ける ロードは私が目指していた職業だから、過去の目標は達成されるということかな?フェニックスは火炎の最上級魔法なので……うーん……逆か。災厄が来るが焼かれない?……蘇る?ユミルは氷魔法の最上級だから、これは、氷魔法使いのお父様のことかな?お父様が災厄を消すのかな?またはナランに引き合わせてくれて、もう消した?墓の逆位置は、たしか再生って意味よね。あと悪魔は良くないカードだけど……」
と言いながら興味津々に聞いているミヤを見る。
「悪魔が一緒にいるって意味なら、アンジェラさんとミヤちゃんのことだから、全然悪い意味じゃない」
そして満面の笑みで
「私の未来は何も心配いらないってことね!」
元村長に尋ねると、彼は何度も必死に頷いて、さらに水晶玉に両手をかざした。
水晶玉にはボンヤリと結婚式らしき人が多く集まっている様子が映し出された。リースは嬉しそうに
「もういいわ!ありがと!」
と言って、俺に視線を送ってきた。毛布の中から顔を出したサナーが不満そうに
「おい、元村長、私も占えよ!!色々と貸しがあるだろ!」
元村長は全力で嫌そうな顔をして無視をしたが、サナーがまた
「うーらなえって!」
元村長は顔を歪めて舌打ちをすると、仕方なさそうにタロットカードを手元でシャッフルして投げやりな感じでテーブルに六芒星の形で並べた。そしていきなり冷や汗をかき始める。
俺がそのタロットカードを見てみると
「墓の正位置……悪魔の正位置……闇神アイアコスの正位置……うわっ。審判の日の正位置……天使の逆位置……神々の大破壊の正位置……」
一枚も良さげなカードが出ていない。しかしサナーは何故か上機嫌で
「ふっ……元村長もまだまだ素人だな。反対の席についている私からは全てお前の逆位置に見えている。つーまーりー逆の意味になるので、私はやばいほど運がいいってことだっ!」
手足のない毛布に巻かれた体を震わせてそう言い切った。すると隣のリースが顔をしかめて
「でもね?サナーちゃんの理論だと、私のカードも全部逆の意味になるわ」
サナーはにやけながら頷いて
「うん。リースは滅びるぞ。今後数か月以内に間違いなく滅びる。ナランと結婚なんかできるわけないだろ」
とまた言い切って、わりと本気で腹が立ったらしきリースからほっぺたを左右からプニプニされ出した。
すぐにリースは何かを閃いた顔で、サナーを抱えて俺の席の隣に移ってきた。そしてホッとした顔で
「これで、私もサナーちゃんもこっちからだからサナーちゃんは完璧に滅びるし、私は幸運なままね!」
「やめろおおおおお!元の位置に戻してくれえええ!」
涙目で喚き始めたサナーを見かねたミヤがリースから受け取って元の席に座らせると、リースはニヤリと笑ってサナーを見ながら
「サナーちゃんが幸運になる時は、ナランの席から遠ざかってない?」
サナーは口をあんぐりと開け
「すっ、座る位置次第で、そ、そう言うことになるのか……いや、しかし待て。ナラン、リースから離れてこっちに座り直せ。そうすると問題ないだろ?」
俺の腕にリースの腕がしっかりと巻き付き
「残念でしたー。ナランは動かしませーん。サナーちゃんはそっちでミヤちゃんとお幸せになってくださーい」
「んぐぐぐ……ずるいぞぉ……その女の束縛を解いてこっちにこーい」
なんかさっきから子供みたいなことをやっている二人をルカ兄は微笑ましく眺め
「ナラン、うちのことは私と先生に任せろ。お前は、お前のやることを迷わずにやるべきだ」
元村長が占いで我が家と兄貴を支えているのが何か危ういが、とりあえずは上手くいっているようだし、ルカ兄とは和解できたので
俺は深く頷いて、リースを黙って見た。
リースはニコニコしながら
「ナランが私と結婚したら、ルカさんも私の親戚と言うことになりますね」
ルカ兄は謙遜しながら
「いやいや、ありがたいことですが、才無き私如きはもういいんです。しかし我が家の今後についてはお願いいたします。今回のように必要なことはいつでも致しますから」
「今回の件の見返りとしては、ベラシール私領の税率の改定などをお父様にお願いしておきますね」
ルカ兄は椅子から降りて、床に跪いてリースに頭を下げた。リースも立ち上がって丁寧な会釈で返す。
ルカ兄と元村長も連れ立って、屋敷の外へと出るとすでにシート類は片づけられ、元山賊たちは出発の準備をしていた。
しっかりと食事をした数百人の老若男女全て活き活きした表情になっている。話していたフォッカーがベラシール家の執事やメイド長たちと駆け寄ってきて
「皆さん、十分休息して出かける準備はできました。ルカさん、大変お世話になりました」
ルカ兄は頷いて、またリースに向い丁重に礼をする。
一時間後、俺はフォッカーが御者をする荷車で座っていた。この荷車内には仲間だけが乗っていて背後にはルカ兄が貸し出してくれたベラシール家の荷馬車が十台も続いている。それぞれの御者は元山賊の経験のある者たちがしていて、荷車には食料と共に子供や老人たちや女性が乗っている。さらにその背後では男たちが楽しそうに談笑しながら歩いている。
毛布に包まれたサナーが
「なあ、元村長がいい加減な占いで実家を乗っ取ってたけど大丈夫なのか?」
俺が少し気にしていることをはっきり言ってきた。
「たしかに、もう乗っ取られてるよなぁ……」
ルカ兄は言いなりのような感じがした。リースが爽やかな笑顔で
「確かに危うさは感じたけどね。でもね、こう考えたらよくない?」
サナーと俺がリースに目を向けると
「もし財政的に潰れたら、ナランがうちの家からお金借りて領地ごと買っちゃえばいいのよ。そしたら正式にナランが当主だから、隣のリルガルム領に組み込んで、あなたのものにしちゃえばいいじゃない」
サナーはうんざりした顔で
「さすが王族……スケールがでかい……」
「元村長はどうするの?」
ミヤが尋ねると、リースは少し考えて
「んー責任を取らして逮捕?」
「いやいやいや、それはやめてよ。占い師にした私にも責任あるじゃん」
「じゃあ、財産全部没収して州都広場で公開説教した後に無罪放免でいい?インチキ占い師ということで顔のスケッチ付きの注意喚起立て札もそこら中に立てるわ」
「うん。それくらいでいいんじゃない」
ミヤは納得して景色を見始めた。俺とサナーは顔を見合わせる。
いや、元村長、うちの実家を乗っ取ったのはいいけどその乗っ取りが失敗した後の厳しい処分が王族主導で今ここで軽い感じで決まったぞ……。元村長失敗しないようにがんばれ……超がんばってくれ……。俺とサナーは傭兵仲間としてそう祈るしかない。




