些末なこと
子供たちに定期的に襲撃されるサナーを守りつつ、眠気にやられて、座ったまま首が上下に揺れる。馬車の揺れも加わり気持ちよくなって寝かけた俺の隙を見て、襲撃してきた子供たちを何とか追い払いそしてまた寝かけて……というのを延々と繰り返し続けた。
そのうちミヤが起きてきて
「あっ、ごめん、サナーちゃん任せて」
と言ってサッとサナーの身体を抱きかかえる。俺は安心すると同時に深い眠りに落ちていく。
……
「着きましたよー」
フォッカーの声で起こされる。俺は荷車の上に起き上がり大きく息を吐いた。地元だ。真昼間の実家の屋敷と敷地が目の前にある。
リースは俺たちの馬車の前に立ってモグと共に実家の筋骨隆々とした門番と話している。
ミヤはサナーを抱えて立ち上がり、その様子を見ていて抱えられたサナーは寝ているようだ。馬車の後方には、数百人の元山賊たちが期待に満ちた顔で待っている。
フォッカーと共に俺は荷車から降り、リースたちの近くに行くと、彼女はホッとした顔をして
「なんかね、強制徴収に応じないんだって。どうしてもしたかったら、礼状を持ってきてもらいたいって」
門番は真っ青な顔をしつつ必死に胸を張り、震えながら頷いた。フォッカーが苦笑いしながら
「ウィズ王家の者ならば、礼状は必要ないんですよ。門番さん、リース姫様の奴隷たちが困窮していて食料を分けてもらいたいだけです」
門番は泣きそうな声で
「しっ、しかし……我が屋敷にこれほどの人数を食べさせるものは」
フォッカーがジッと彼を見て
「とりあえず、代表者を呼んで来てください。居なければ執事やメイドの長でもいいです。早く」
門番は頷いて、門を少し開け身体を横にして入ると、慌てて敷地内を屋敷に向って駆けて行った。
すぐに遠くからルカ兄が門番と共に駆けてきているのが分かる。兄は大柄な体を通すために門を大きく開けて出てくると、荷馬車の後ろのボロボロの格好をした人たちの行列に一瞬気を失いそうになり、門番に支えられながら
「あ、あの……リース様、お話は伺いましたが、我が家にはこれほどの者たちを食べさせる蓄えはございません」
声を裏返しながら、必死に頭を下げてくる。
リースはフォッカーを見る。彼は頷いて
「一食分で良いのですよ。我々はこの後リルガルム地方へと向かわねばなりません。あなたが都で撒いていたお金より、その一食分はよほど安いのではありませんか?」
ギリギリの表現で、リースに協力すると後々旨いということを告げた。
意味が分からなかったらしきルカ兄は、困り切った顔で俺を見て助けを求めてきた。見かねた俺は長身の兄の近くに寄ると小声で
「兄さん、フォッカーが言ってる意味分かってんの?王家の者に直接、賄賂を渡すのと同じってことだろ?ちまちま都の貴族たちに金を渡すより、どんだけ効果あるんだよ」
「そ、そうか……お前……世に出たおかげで賢くなったな」
兄は途端にシャキッとなり、ニコニコした表情で
「わかりました!我が家も財政的に厳しい時ですが蔵を開き、リース様の配下たちに食べさせましょう!」
途端に協力的になり、リースに苦笑いをされる。
すぐに敷地内の屋敷の前にメイド達によって布や皮のシートが敷かれ、数百人の元山賊とその家族たちに大量のパンや麦飯、それに野菜やワインなども振舞われ始める。ミヤとサナーもその中に混ざって昼食を食べ出した。リースは俺たちと腕を組んで少し離れた場所から満足そうにその光景を眺め
「私も王族っぽくなってきたかしら?」
得意げに尋ねてくる。俺とフォッカーがわざわざ跪いて
「その通りでございます」
「姫様の意のままに」
冗談で返すと、リースは顔が真っ赤になって
「ちょ、ちょっとやめて。それじゃ私が本当に勘違いした姫みたいじゃない!」
「いえ、姫様は聡明にございます」
「まさにまさに」
俺たちが跪いたまま頷き合うと、さすがに堪え切れなくなったリースは俺の手を取って立ち上がらせ、フォッカーにも立つように促してから、ホッとした顔をした後、少し憂い気な表情になり
「元山賊たちが、リルガルム地方で受け入れられたらいいけど」
フォッカーがニカッと笑って
「そこは俺に任せてくださいよ。一回ヘグムマレーさんが地方ごと救っている状況に加えて王家のリースさんに養子の隊長にと、これだけ好カードが揃ってる状況です。移民は大成功するはずです」
皆が聞いていない状況なので、フォッカーがやっと"さん"付けで呼んだのに安心したのか
リースは大きく息を吐いて
「様付けは肩が凝るわ。あ、そうだ、今のうちにボニアスさん?だっけ、そのおじいさんのとこに行かない?」
「完全に忘れてた……そうだ、あの変態ジジイのとこに行かないと」
俺がそう言うと、フォッカーが辺りの状況を見回し
「リースさんと俺がベラシール家に応対するため、ここに居た方が状況が安定すると思います。隊長が副長を持って、ミヤさんと行くのが良いかと」
俺は頷いた。リースも仕方なさそうにに頷く。
サナーを背負った俺と、スキップしているミヤとで実家の屋敷敷地内を屋敷を避けるように右回りで裏へと歩いていき、屋敷の裏門からボニアスが住んでいる裏山へと登っていく。裏山山頂への山道は荒れ果てていた。草だらけで、左右から木の枝が突き出ている。
「あれ……なんでだ……しばらく人が通った気配がない」
背負われているサナーが不思議そうな声を出す。俺も同意見だ。山頂にボニアスが居るはずなのだが。
どうにか山道を通って、平らな山頂まで行くと、そこら中草だらけな上にガラクタで作った四階建てのボニアスの家も跡形もなかった。俺たちは唖然とする。
「無いな……」
「そうだな。何年も居なかった感じになってる……」
ミヤが不思議そうに
「サナーちゃん、最後に会ったのはいつ?」
「た、確か……ゴブリン語の復習をするために一年前くらいの深夜、会いに行って……その時は家もあった」
「おかしいねぇ……」
三人で帰るかどうか話し合っていると、いきなり山頂全体がピカーッと激しく発光したかと思うと、次の瞬間には、草が全くない平らな地にボニアスのガラクタで造られた四階建ての崩れそうな家が建っていた。
ミヤが驚いた表情で家の近くまで駆け寄って
「く、草が消えたぁ?変な家も出てきた……」
直後に一階の扉が軋みながら開くと
「んあっ、おおっ、プリティーな小悪魔じゃな。ほうほう、サナーちゃんも来たか。お、手足がないか」
ビン底眼鏡で、変な形に豊かな白髪を結いあげたボニアスが顔を出した。いつも通り痩せた老体にボロボロの白衣を着込んでいる。ミヤはその顔を見た瞬間
「チョンマゲだ!凄いっ!おじいさん力士なの!?武士の末裔?」
ボニアスは満更でもない顔で家から出てきて
「おうおう、わしのハイセンスなヘアースタイルが分かるとはただの小悪魔ではないな?」
サナーを背負った俺が慌てて駆け寄って
「いや、それどころじゃないだろ……なんで家が消えたり戻ってきたりしてるんだよ……」
ボニアスはニヤーッと不敵な笑みを浮かべると
「そんなことは些末なことじゃ。それよりもさっさとあがらんか」
そう言いながら俺たちをガラクタ塗れの室内へと招き入れた。




