移民
一斉に数百人の山賊たちは
「リース様!よろしくお願いします!」
「リース様、うちの子飯くえてねぇんす!」
「リース様、農業がしてぇです!」
「リース様、もう悪いことすんの嫌です!」
などと声を上げながら、次々に跪いていく。
五歳くらいの泥だらけの服を着た小さな子が駆け寄ってきて
「リースちゃま……スープくだちゃい……」
と大人の真似をして跪いてきたので、リースはしゃがみ込み、スープの残りを飲ませると、山賊たちがどよめき、突然号泣しだす者も現れだした。
ミヤがテントの幕をチラッと開けてこちらを見て、驚いた顔をしてすぐに引っ込む。
少しするとフォッカーが咳払いしながらテントから出てきて
「あー……こんなに居ましたか……全部連れて行く感じですかね?」
大きくため息を吐くと、俺とリースに体を寄せてきて小声で
「もうこれは、人口が減っている地域に移民させるしかないですね。例えば、リルガルム地方とか……」
ボソボソと言う。
今まで真っ青だったリースの顔がパアッと明るくなり、すぐに跪いているモグの方を向き直り、威厳のある声で
「ここに居る我が婚約者ナランは、荒廃したリルガルム地方の領主息子です!我が奴隷たちよ!そこに移住して地域を復興させなさい!」
そう宣言した。山賊たちは一斉に怒号のような歓声を上げ
「よかった……」
「やっと、逃げずに暮らせる……」
「リース様ぁ、ありがとごぜえますだぁ……」
手を合わせている高齢の山賊も居る。というか、よく見ると殆ど山賊じゃないな……多分山賊をしている男女が盗んだり獲ったもので、この大量の人たちを何とか養ってきたんだろうな……。モグは跪いたまま禿げた頭頂部と顔を真っ赤にして涙で顔がくしゃくしゃになっている。苦労が報われたと思っている感じだろうか……。
俺たちはテントを畳んで荷車に積み、馬を起こし、水と飼い葉をやると夜中だが、モグたちの案内で、彼らが使っている山道の抜け道を通って、まずはベラシール家の実家付近を横切りその隣の地方であるリルガルムへと向かうこととなった。荷車にはサナーとミヤと一緒に、高齢者や子供を馬が耐えられる重量まで乗せる。俺とリースは、モグとカンテラで前方を照らしながら共に先頭で歩くことになった。そのすぐ後ろを馬車が進み、さらに後ろを数百人の元山賊や家族たちがついてきている。かなりゆっくりとした行進だ。
この調子だとリルガルムまで数日かかるかもしれない。
歩き出すとモグがすぐに
「あの……腹を空かせてる奴らが多いんで、リルガルム地方までもたないかもしれませんぜ?」
と申し訳なさそうに言ってくる。まったく想定していなかったので俺とリースが固まっていると背後の馬車の御者席に座るフォッカーが大声で
「通り道のベラシール領にある隊長の御実家には!食料山ほどありますよね!?」
言ってきて、一斉に数百人の元山賊たちやその家族たちから山が動くような大歓声が上がった。モグはまた強面に似合わぬ涙を流し始めて
「何から何まで……すいやせん……みんなが落ち着いたらリース様とナラン様のために命がけで働きますんで……」
「ふっ……ふふふ。ウィズ家には不可能はないわ!」
リースは咄嗟に威厳ある雰囲気でそう返して、俺は頭の中でうちの実家は食料分けてくれるんだろうか……という不安が急速にもたげてきた。そこまで察したらしきフォッカーがまた後ろから
「王家には強制徴収権ありますよ!リース姫が行使すればいいだけです!」
と言うと、また元山賊たちと家族たちが沸き立ちリースは苦笑いして、俺は何とも言えずに頷くしかない。モグはカンテラに照らされた顔がもう泣きすぎて腫れていて、強面がさらに凄まじいことになっている。
明け方まで、俺たちと元山賊たちの大行進は続いていき、太陽に照らされながら、山道から下り、そして草原の人けのない道をゆっくりとベラシール家の領地に向って進んでいると前方から数十人の武装した騎兵たちが馬で駆けてきているのが見える。
フォッカーが背後から
「全員停止!リース姫様が対応する!」
声をかけると、馬車も山賊たちもゆっくりと道の真ん中で停止した。
騎兵たちは近寄ってきて、リースが右手を上げているのを見ると、すぐに馬から降りてきて、兜を脱いだ隊長らしき口ひげを生やした上品な雰囲気の中年男が
「これはリース姫様!フーンタイ州警備第八部隊長のルーンバークと申します!つかぬ事をお伺いいたしますが、これはどのような事態でしょうか?」
リースに会釈をしながら尋ねてきた。リースはゴホンッとわざとらしく咳をすると
「わが友のフォッカーが説明します。よろしくて?」
王族らしき、上品な雰囲気を出しながら返した。騎士が頷いたのと同時にフォッカーがすぐに馬車から飛び降りて、俺たちの隣に駆けてきて
「リース様、ウィズ公、共々にお世話になっているフォッカーと申します。ルーンバーグ様はご存じないかもしれませんが、ここに居られるのはナラン・リルガルム様です。リルガルム家の後継ぎにございます」
ルーンバーグはゆったりと俺にも会釈をしてきた。俺が返すとフォッカーはさらに
「我々は、ルパンネル山岳地帯の山賊たちを昨夜改心させまして、彼らは全て慈悲深きリース様の徳により、姫様の奴隷となりました。彼らの懲役代わりに、これからリルガルム地方の復興をさせようと全員を連行している最中にございます」
低姿勢で騎士に向ってそう述べた。騎士は何度か頷くと
「……これほどの人数だと、護衛が必要ではありませんか?」
リースはニコッと笑って
「私やナラン、そしてフォッカーはレベル50前後の上級職以上です。必要はありませんが、よろしければどうぞ?」
自信たっぷりに返した。
騎士は唸りながら納得した顔をして
「リース様が、ノーブルナイトになられたというお噂は聞いていました。優秀な後継ぎができてウィズ公も安心ですな」
「ふふふ。上手いのね。あなたの名前は覚えておくわ」
騎士は胸に手を当てて敬礼をすると去ろうとした瞬間
「うわー!ちょ、お前らー!私は人間だー!遊ぶなーうわー!」
荷車からサナーが道脇の柔らかい草地に落ちた。
モゾモゾと蠢いている手足のない裸のサナーの上に次々と荷車から子供たちが降りてきて、ツンツン突いたりくすぐり出した。
「あひゃひゃひや!まっ、待てええええ!やめ!毛布!毛布着せあゃひゃ」
完全に子供たちの玩具になっている全裸のサナーを騎士は見ながら
「あ、あの……あれは姫様の御趣味ですか?裸の若い少女のようですが……」
リースは困った顔をして
「違うんですのよ。毛布を巻いて荷車に乗せていましたが、どうやら奴隷の子供たちがとってしまって」
フォッカーが慌てた顔で駆けて行き
「ダメです!退きなさい!彼女は我々の大切な仲間です!」
子供たちを追い払うと荷車に乗った老人たちから毛布を受け取り、サナーは素早く包んで抱いたまま、こちらへと駆けてきた。
そして騎士に両腕で抱えたサナーを見せると
「ナラン様の奴隷のサナーさんです。ちょっと呪いをかけられていて、今、こんな姿ですが元々は我々の心強い戦士の一人なんです」
騎士は難しい顔をしてリースに
「姫様、こんなことを言うのは心苦しいのですが、お父上のウィズ公は奴隷を性的目的で使用することを非常に嫌うお方です。その辺りはご承知でしょうか」
どうやら誤解されたようだ。リースは少し怒った顔で
「毛布しか巻いていないのは、身体のお世話がし易いからですわ。決して、彼女を辱めて楽しんでいるわけではありません。私はお父様を尊敬してします。その御意思に背くようなことはしません」
騎士は、抱かれているサナーに問うような目つきを向けてきた。サナーは口ごもりながら、真っ赤になった顔を横に逸らして
「……身体が治るまでは仕方ないっす……みんなにはお世話になってまぁす」
感謝の言葉を述べ、騎士はようやく納得したようで
「失礼いたしました。良き旅を」
リースはニコッと笑って、隊に戻っていき、颯爽と騎士隊共に去っていった。
フォッカーがサナーを抱いたまま、その場に腰が抜けたように座り込む。
「危なかったですね」
リースも額の汗をハンカチを出して拭い
「確かにね。私のことかなり疑ってたけど、まあ、当たり前よね。数か月前にナランと出会う前は出来損ないのポンコツ王族扱いだったもの。頭のおかしい私が変な行進をしていると疑われて当然よ」
俺は苦笑するしかない。完全に気配を消していたモグが震えながら
「いや、御見それしました……あんな高レベルパラディンに……さすが王族です……」
俺は実は寝ていないので頭がボーッとなりつつある。
「あの、みんな、悪いけど荷車で寝させてくれないか?」
と言って、一瞬全員から驚いた顔をされて、理解したフォッカーが
「あ、寝ずに火の番してましたよね。ちょっと寝ててください。三時間もすればつくはずです」
「すまん、頼む」
サナーを受け取って、一緒に荷車に上がると
今度は寝ているミヤのスカートの中を子供たちが覗いていた。老人たちが注意しているが聞く様子がない。俺たちが寝ているミヤの隣に座ると、子供たちは一旦は離れたが、すぐにサナーに群がってきたので軽く追い払う。そんなことをしているうちにフォッカーが御者席に戻り、先頭のモグが
「もう少しだ!みんな、リース様を信じてついてこい!」
と野太い声を発すると、馬車の後列の数百人の元山賊たちが歓声を上げた。馬車も動き出す、どうやらまだ寝られないらしい。




