私もそろそろ
毛布に包まれたサナーがリースとミヤによって草むらから抱えてこられる。そして馬車の隅にそのまま置かれ
「良い草があってよかったね」
ニコニコしているミヤの目をサナーは逸らして横を向いた。リースが水筒を取り出して、馬車から降りミヤと手を洗い、また乗り込むと
「じゃあ、行きましょう」
というと、フォッカーが御者席に座り馬車は進み始めた。
サナーは疲れたのか黙ったまま寝てしまった。なんか、めちゃくちゃ苦労してるよな……。リースとミヤがとんでもなくサナーの介護に乗り気なのもありがたいことではあるけど、サナー的には運が悪いと言えば悪いと思う。
馬車は進み、次第に辺りは暗くなっていき、フォッカーはカンテラに火を点けた。
山道に進みかけた時に
「あー……この先、夜中は山賊が出るんですよねぇ」
と言ってフォッカーは馬車を止めた。俺が荷車から
「戦いは無しにしよう。近くの街に泊まるか野営かどうする?」
皆に意見を求めると、寝ているサナー以外の全員が野営すると言ってきた。
カンテラで照らしながら道の脇の草を刈り、馬車をそちらへと入れ、その近くでテントを設営した。
火を起こし、持ってきた食材を皆で調理する。野菜が山ほど入ったスープができたので
起きてきたサナーも交え皆でそれを食べているとフォッカーが周囲の暗闇を見回し
「あー……寄ってきましたね。じゃあ、上級職としての初仕事してきます」
「私も行くわ。夜目が効く方だし。ナラン、その位置に居てね」
「わかった。二人とも無理すんなよ」
俺はサナーの口にスプーンを運びながら頷いた。
荷車から槍を取り出したリースと、長剣を取り出したフォッカーが静かに闇の中へと消えていく。ミヤがワクワクした顔で
「山賊たち、何かお宝持ってないかなぁ……」
「そこかよ……」
俺はサナーの口にスープを運ぶ。
周囲の藪の数十メートル奥で
「げぼっ」「ぐはっ」「まっ、待て……ぐぁ」などと次々に野太い男たちの声が上がり始めた。やはり山賊程度なら、上級職の二人で十分なようだ。
「俺たちも短期間で、無茶苦茶強くなったよな……」
「そうなの?私は仕事で相談聞いたり、殆ど遊んでただけだからあんまり実感ないけどねー」
スープを咀嚼して飲み込んだサナーがポツリと
「……こういう時、手足があるのっていいなと思う」
と言って、俺とミヤは顔を見合わせる。
三十分もしないうちに、フォッカーが青あざだらけの巨漢を連れてきた。
火に照らされた頭は頭頂部付近が禿げているが他の部分は天然パーマの豊かな髪が爆発している。口と顎鬚はもじゃもじゃで繋がり、眼つきは悪すぎる。
「隊長、こいつが山賊たちの長です。あっちでリースさんが十名ほど見ています」
「お疲れ。で、どうしたらいい?国に突き出すのも面倒だろ?」
いきなり巨漢は土下座して
「すまねぇ!兄さんたちがそんな強ええとは!命だけは助けてくれ!」
俺は苦笑いする。斬り捨てるつもりだと勘違いされたようだ。
「いや、おじさん、違うよ。悪いことしないって誓えるなら全員解放してやる」
巨漢は冷や汗をダラダラ流して
「そりゃ無理だ……俺たちは、共和国からの流れ者、山賊するしか生きていく術がねぇ」
俺は面倒になって、サナーにスープを飲ませながら
「……じゃあ、なんか金とか財宝とか出してくれ。それで解放してやるよ。こっちは旅の途中だから面倒なことに巻き込まれたくない」
巨漢は安心した顔で
「わかった。金目のもんを渡す」
と言って汗を拭った。
フォッカーが巨漢と共に闇の中へと消えていく。俺はサナーにスープを飲ませる。黙って飲み続けていたサナーが
「……みんな、強くなったな……私は弱くなってるけど」
弱気なことを言った。俺は黙った後
「まあ、色々考えるのはやめよう。ボニアスの爺さんに会いに行くだけの旅だ」
「そうだな」
黙っていたミヤが飽きたらしく欠伸して
「じゃ、私、寝るね。サナーちゃんおいでー」
というとサッとサナーを毛布ごと抱えてテントの中へと入っていった。すぐに中からは楽しそうなミヤの
「さ、毛布を脱いで、身体拭かないとねー。あらー、汗が沢山出てるねー」
「ま、待てっ。あっ、あんっ。やめっ……そこ、ちがっ」
などとサナーの喘ぎ声が聞こえる。
ミヤってもしかして介護というよりはペットを世話してるつもりなのでは……。
という疑問が頭を沸いて出たが、どちらにせよ世話してくれていることには変わりないので、黙っておくことにした。
サナーとミヤの声もしなくなり、一時間ほど枝をくべながら、火の番をしていると布袋を抱えたフォッカーと、得意げな顔のリースが戻ってきた。
「盗品の剣と盗品の小手を貰ってきました。処分に困っているものだったようです」
俺は頷いて
「それくらいでいい。これで懲りて悪いことしなくなればいいな」
リースは黙って隣に座ってきたので
「……ありがとう。俺は動かないで片付いた」
「ふふふ。よろしい。じゃあ寝ましょうか」
「いや、火の番するよ。疲れただろう?二人はテントに行って寝てくれ」
リースは苦笑いしながら頷いて、俺は頭を下げる。二人はテントに入っていった。
その後、俺はスープの残りを飲んだりしてたまには朝まで一人で火を眺めるのも悪くないなと思っていると
「あのぉ……」
先ほどの巨漢の声が近くの藪の中からしてくる。
「どうした?もらったもの返そうか?」
男は筋骨隆々とし長身を屈め近くまで来ると
「……子分どもと話したんですけど……あの、よろしければ、あなた様の部下にしていただけないでしょうか……」
「……」
めちゃくちゃ面倒な話がいきなり振ってきた。
というか、本気なんだろうか。俺、まだ二十歳にもなってないぞ。見ず知らずの山賊を部下にできるほど器は広くない。
「……社会に戻って働きなよ」
巨漢の方を見ずに、薪をくべながら言うと
「そ、それがですねぇ……もう、普通の暮らしにはもどれねぇんですよ。この国の国民でもねえし、共和国に戻っても捕まるしで」
彼は脂汗を流しながらしゃがんで懇願してくる。
「なんで俺に?」
「あの……つかぬことをお伺いしますが、金髪の方はリース・ウィズ様ですよね?テントの中でお眠りしている……」
そうか……王族であるリースの顔を知っている人が山賊の中び居たのか……つまり、部下になれば王家の慈悲があるかもしれないと
僅かなチャンスを藁をもつかむような思いで……うぅ……ダメだ。相手の立場になるほどに助けたくなってくる。
俺が黙ってスープを飲んでいると、テントの中からバッとリースが飛び出してきて
「そこの者!名乗りなさい!」
いきなり威厳のある声で言ってきて、俺はビクッとなる。巨漢は土下座のような体勢になり
「モグンガルズヌ・ドビロモッチャと申します……」
リースはニコニコしながら
「よろしい!モグ!あなたたちは山賊のままでいるか、私の奴隷になるかどちらか選びなさい!ほら!さっさと仲間に話に行く!」
巨漢は慌てた顔で何度も頷いて藪の中の闇に消えた。
「いいのか?」
リースに尋ねると頷いて
「うん。私もそろそろ家来を持ちたいし、私兵にしようかなって」
「……そんな軽いノリで山賊を奴隷にしていいの?」
リースは深く頷いて
「うん。お父様の裏の側近たちは元犯罪者だらけよ?今は悪いことしないで家のために働いてるけどね。結局、身分とお金なの。両方ちゃんとあれば、強盗とか殺人とかの悪いことする人は極わずかなの」
「そんなもんかなぁ……」
「ナランとサナーちゃんは、身分もお金もなくても生きていけそうな気はするけどね」
「いや、もう無理だろ。リブラーに日々ダメにされてる気がする」
リースはそれには答えずに、ニコニコしながら残りのスープを飲んだ。
一時間後、リースは真っ青な顔をしながら、固まっている俺に抱きついていた。
テントと俺たちの座る焚火の周りには数十人の男女の山賊たちがズラッと囲むように跪いていて、さらに奥の藪の中には灯火に照らされて数百人規模の人々がこちらを遠巻きに囲って眺めていた。
数十人の集団かと思っていたが、とんでもない数隠れて居たようだ。
モグと呼ばれた巨漢が、恐る恐るリースの近くに進み出て跪くと
「……我々の部族の全ての民が、リース様の奴隷になると言っています」
リースは深呼吸をすると、意を決した顔で立ち上がり
「よろしい!では、我が旅に付き合いなさい!」
と言ってから、泣きそうな目で俺を見てきた。こっち見ないでくれ……とは言えない。リースの婚約者としてこれは一緒に対処しないと……大丈夫だろうか……。




