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冴えない俺が、何でも教えてくれる魔法を手に入れたけど……  作者: 弐屋 丑二
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上級職資格取得課 出張所

御者のフォッカーは街道を外れ抜け道などを巧みに通っていき、三時間ほどでフーンタイ市の巨大城門を荷車に乗った俺たちは潜っていた。


 リースがニコニコしながら

「御者としても才能あるんじゃないの?」

前方のフォッカーは振り向かず

「ローウェルさんの技術を真似てるだけです。証拠にスキル鑑定もされてないですよ」

「そのうち高レベルで発現しそうよ!」

リースに褒められて、フォッカーは照れ笑いをしていた。


 そのまま市内メインストリートの、俺たちが会社経営していたころサナーが行きつけだった服屋へと向かう。

服屋近くの馬車用の小さな駐車場へとフォッカーが入るとミヤは荷車から飛び降りて服屋へと駆けて行った。

俺とサナーは当然まだまだマスコミに追われているので旅装のフードを目深にかぶり、サナーは毛布に包んで二人で荷車の上で待つことにして、フォッカーとリースにミヤと行ってもらうことにした。服屋まで五十メートルもないのでリースとも離れて大丈夫だろう。


 待っている間、ポリポリと干物を食べていると、毛布の中でサナーがゴソゴソ動いて

「なんか食べてるだろ。私にも食べさせろ!」

元気よく要求してきた。

干し肉を口の付近にもっていくとパクっと食べ、咀嚼し飲み込んで

「水!喉乾いた!」

俺が水筒の水を口の付近に持って行って飲ませてやると

「あー楽しいなぁ……なあ、ナランこのままでいいから、ずっと私をペットとして飼わないか?私は全てのお世話をナランにしてもらいたい!」

「……いや、手段が見つかったらちゃんと治せよ。怪我とか障碍で手足が動かないとか無い人たちもいるんだぞ。わざとそのままなのは、その人たちに凄く失礼な気がするがな……」

サナーは一瞬固まってから

「で、でもな!リースたちからシモの世話された時は死にたくなったけど良く考えると、ちゃんとお世話されると嬉しいぞ!今度はナランがしてくれ!」

「話をずらすなよ……というかお前の中のモノラースは大丈夫なのか?」

サナーは不思議そうな顔をして

「大丈夫って?なんも言ってこないし、手足ばらされただけだぞ?」

「……」

全然大丈夫ではないけれど、悲観的でないのはホントに救いだ。

「……どうしてもナラン本人がやりたくないなら、リースとミヤにやらせて、そのお世話されている丸出しの私をずっと見ていてくれ!そしたら、とてつもなく私が幸せかもしれないぞ!?」

「ぞ、じゃねえよ……ちょっと静養しといてくれよ。あ、駐車しに馬車が来たぞ。黙っててくれ」

「……」

その後も、馬車が付近を行き来するたびにサナーは黙ったが人けが無くなると、延々と俺に介助というか介護してもらいたいと言ってきた。その言葉をかわすのも、面倒になりつつある頃、三人が戻ってきた。


 ミヤはいつもの黒いワンピースから、空色のロングスカートと白のブラウスに着替えていた。

「どう?」

荷車に飛び乗るとクルッと回って見せてくるミヤに

「いいと思う。明るい色にしたんだな」

「うん。旅行だし。姉さんもぜーんぜん見ないから、私の心の色って感じ」

続いてリースが荷車に上がってきて、フォッカーが御者席につくと馬車はゆっくりと大通りに向けて進みだした。


 馬車は大通りを進み続け、目立つ一角にある巨大な四階建ての建物に到着した。

このフーンタイ市の職業安定所だ。通称ジョブカフェとも言う。一角がカフェになっていて、軽食とコーヒーも飲める。

無職、つまりサポーターとかほぼスキルなしの人たちに適性を見極めて、戦士やアイテム使いなどの基本職になる術を教えたり、または仕事を失ったスキルのある人々に適切な職業を斡旋したりしている。

ちなみに、会社をやっていた時はかなりお世話になっている。レベルアップ道場の方の補助員を募集するとここから数人応募してきて即採用したからだ。お蔭で円滑に仕事は進んだと思う。


 馬車はジョブカフェの広大な厩舎付きの駐車場に到着すると、所定の場所に荷車を止め、馬を外すと厩舎にズラッと並んでいる他の馬たちのようにフォッカーが厩舎へと連れて行った。

俺たちがジョブカフェの前で待っていると走って戻ってきたフォッカーは

「いやー助かりますよ。ここのは少額で水を飲ませてちゃんと食べさせてくれますからね」

馬の世話について言ってくる。目深にフードを被っている俺に毛布でグルグル巻きにされて背負われたサナーが顔を出して

「馬だよな!?いいなー私もナランの馬になりたいなー」

などとジョークとも本気ともつかないことを言う。いや、そろそろ調子に乗りすぎだろ……なんか変な趣味に目覚めてないか……。

俺が何とも言えない気持ちになっていると、リースが右手の人差し指でツンツンと、サナーの頬を突きながら

「サナーちゃん、甘えたいんだよねー」

というと背中のサナーは黙って、少しホッとする。

いつのまにか新しい服を着たミヤが吸い込まれるように人々が行きかうジョブカフェの扉に軽やかな足取りで入っていて俺たちは慌てて、彼女の背中を追う。


 明るい雰囲気の建物内には、横に広いカウンターにいくつも受付があり、そこには職についての相談や仕事を求める人たちが列をなしていた。俺たちはその横を通り過ぎ、一階脇の広い階段に向かい、二階へと上がっていった。


 フォッカーが閑散とした二階のまっすぐな通路左右の壁に並ぶ扉を見回し最奥を指さすと

「あれです。上級職の資格を取得できる役所の出張所ですね」

スタスタと歩いていった。俺はミヤが居ないことに気づく。リースはすぐに察した顔をして

「たぶんカフェよ。ここからは出ないからナランも遠くに行かないでね」

一階へと素早く下りて行った。フォッカーと、サナーを背負った俺は通路を奥へと進んでいく。


「上級職資格取得課 出張所」

そう古びた文字で書かれた扉をノックして開けると中からはコーヒーの匂いが立ち込め、ボリボリと焼き菓子を食べる音がした。

それほど広く無い室内の奥のでかいデスクと壁の間にまるで詰め込まれるように、体重百二十キロは軽く超えていそうな白シャツとモヒカン頭で黒縁眼鏡の男が座り、バリバリボリボリと焼き菓子を絶え間なく食いながら、コーヒーを湯水のように口に運んでいた。


 彼は俺たちをチラッと見ると、フォッカーを眼鏡越しにジッと見つめ

「あー……あんた、ブレードファイターに転職したいの?後ろの二人は冷やかしだね。大人しくしててくれよ」

そう言うと、焼き菓子の破片がついた手をすばやくタオルで拭きとり、そして、デスクの中から数冊の本を出すと、デスク前にフォッカーを座らせ

「目閉じて。一応スキルと、戦士、盗賊のレベル見とくから。ふんふん……スキルは申し分なしと、ちょっとレベルが足りないけど、まあ、スキル分で相殺しようか。よしよし、はい、目開けて。えっと資格証書の役所への登録料、十七万イェンいるけど、ある?」

俺が意外な高額に目を見張っていると、フォッカーはあっさりと懐から用意していた薄い札束を男の前に置いた。

男はその中から、二枚ほど懐に入れると

「じゃあ、確かに十五万イェン預かったから」

と言いながらフォッカーに取り出した資料に名前とサインを書かせ、それを受け取ると、その上からポンッと印鑑を押した。


少し離れた場所に立ちながらダイナミック横領だな……と俺が思っていると毛布で巻かれたサナーが小声で

「ダイナミック横領すぎるだろ……なんだこの汚職役人」

と言ってしまい、つい笑いが堪えられなそうになり口を抑えると太った男はこちらを真剣な眼差しで見ながら

「うちの母親への仕送りと俺の糖尿病の治療費に使わせてもらうよ。ウィズ公からも許可取ってる」

まったく悪びれずに言ってきて、ヘグムマレーが許可だしてるのも本当かよ……と思っているとフォッカーが立ち上がり

「ウォングルさんは名物鑑定士ですよ。間違いなく王族経由で役所に雇われてます」

と俺たちの近くで説明してきた。太った男はうんうんと頷いて

「だから、俺んとこには客がこねーんだわ。転職条件厳しい上に、手数料多めだからな!あはははははは!」

と笑い出して、すぐにそれに飽きたかのように焼き菓子を引き寄せると、バリバリボリボリ食べ始めた。

俺は男の変人っぷりに圧倒されながら、フォッカーにサナーごと背中を押されて部屋から通路へと出た。


 パタンッと扉を閉めるとフォッカーは軽く息を吐いて難しい顔をして

「ちょっと、足りないかもしれないな……」

というと、また扉を開けて中へと入っていった。俺の背中のサナーが面白がっている声で

「まさかのこっちからの賄賂おかわりかよ……さすがだな……」

俺は黙って見守っているとフォッカーが出てきて

「十万ほど追加で渡してきました。満面の笑みで間違いなく請け負ったと言ってくれてます」

俺たちはそそくさと一階へと戻る。


 一階の角にある室内カフェの角の窓側席には、ミヤとリースが向かい合って座って楽しそうに何かを話していた。

二人に声をかけ、急いでジョブカフェの建物から出ると

「な、なんだ……あの二階の怪人、なんなんだよ……」

俺はフォッカーにすぐに尋ねる。いくらなんでも仕事に汚すぎる。フォッカーは苦笑いしながら

「上級職への関門のひとつですよ。役所に直接行くとレベルやスキル等の転職条件や書類審査がもっと厳しいんですけど、あの人なら、一定以上の能力があれば金次第で認定してくれます」

リースがニコニコしながら

「私がノーブルナイトになる時も、城まで来てもらった人ね。お父様が一日使って食堂で宴会を開いて歓待してたわ」

「……いや、どう見ても汚職役人だろ……母親への仕送りとか本当か?」

リースは頷きながら、またどこかへとフラフラと行こうとしていたミヤの手を取って

「馬車に乗ってから、色々話すわ」

俺の背中でサナーが

「世の中にはとんでもねぇ中抜き野郎が居るな……見習わないと……」

などと感心した声で言っている。


 そろそろ夕方に差し掛かる時間の中、全員で馬車に乗ってフーンタイの巨大城門を出ていく。もう良いかとリースにさっきの話の続きを尋ねると

「ウォングル・バーバットリーは十年ほど前にお父様が都で逮捕されそうになってるのをこっちに連れてきた元中央官僚よ。鑑定士として一流で、それよりも事務官として超一流なの。ただ、すぐに汚職に手を染めるのが玉に瑕でね」

「いやいやいやいや、汚職してたらそもそも役人とかしてたらダメだろ。玉に瑕どころか、玉が粉々に割れてるってそれ」

リースは俺の言い方がツボにはまったようで、しばらく悶絶して笑いながらそれから涙を拭いながら

「ナランって、ホントとっても面白いこと言うよね。そうね、役人ってより犯罪者よね。ただ、本当に事務処理能力は天才的なの。だから、本来は複雑で煩雑な上級職の資格を金次第であっさり役所に登録できるってわけね」

フォッカーも御をしながら前を向いたまま頷き

「ただ、未熟な人間には絶対に資格を出さないんですよ。なので、俺たちみたいに実力主義の傭兵で且つ金はあるって人種とは相性がいい。それで社長の姪御さんも勧めてきたんだと思います」

リースも頷いて

「役所行くと一か月とか当たり前にかかるからね。書類の内容が少しでも間違ってたら、プラス二週間とかザラよ」

毛布にくるまれて俺とリースに挟まれているサナーが理解した顔で

「つまり、特殊な転職ルートとしてヘグムマレーさんが公認してるってことだな?要するに、リースたちの家次第で逮捕もすぐにできるってわけだ」

リースはニコニコしながら頷いて

「そういうこと。力を惜しんだお父様が、首輪をつけて飼ってる状態なの」

納得したような、してないような……。大人の世界ってこええな……。夕暮れの空を見ながら考えていると、サナーがミヤからカフェで買ってきたコーヒーを水筒から飲ませて貰い

「あ、砂糖とミルクの割合がいいな……もう一杯貰える?」

ミヤは一瞬、ニヤリとして

「いいよー」

と言いながら、次々にサナーにコーヒーを飲ませ始めた。


 日が沈むころにサナーがソワソワし始める。ミヤはニヤーッと笑って

「サナーちゃん、おしっこだよね?」

サナーは口を結んで、首を横に振る。しかしすぐに耐え切れず

「も、漏れる……フォッカー馬車を止めてくれ!」

止まった瞬間に、ミヤとリースが凄まじい勢いで毛布ごとサナーを抱えあげるとあっという間に道の端の草むらに消えていった。

フォッカーが苦笑いして御者席から振り返り

「わざと買ってきて、大量に飲ませてましたよね?」

「だよなぁ……まあ、サナーも慣れないといけないから、仕方ないかもな」

「今日は平和でしたね」

「ダイナミック汚職は見てしまったけどな……」

「あれも社会ですよ。汚れているものは、いずれ、正される時も来ます」

「そう願う……」

フォッカーは荷車に入ってきて、荷物の中から水筒を出し水を飲み干し肉を齧り始めた。俺も水筒に残ったコーヒーをコップに分けて飲む。草むらの中ではリースとミヤがキャーキャー言っている声が聞こえだした。昨日、モノラースと戦ってたのがウソみたいに平和だなとか思う。

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