ボニアス
……
見覚えがあるガラクタ塗れの室内を見回す。確か、自室で寝たはずだが……。
豊かな白髪を頭の上で不思議な形で結った、痩せた白衣の老人がいつの間にか俺を近くで立って見ていた。
目には不思議な虹色のゴーグルをつけていて
手元には複数レバーとボタンのある機械を持っている。
「ボニアス……?」
「さん付けで呼べ。ナランじゃな。お前のことは調べたぞい。そろそろ、わしんちのワイファイに引っかかるころじゃと思ったんじゃわ。押したスタンプがよう効いとるわ」
ボニアスは意味の分からないことを言いながら、ガラクタ塗れの室内から椅子を引っ張り出し座ると
「まぁ、三年前、お楽しみ中のわしにお前がコンタクトしてこなんだら、しょーもないお前なんかに興味は湧かなかったが……」
いつもよりさらに変な格好のボニアスは、俺の周りを一周すると
「サナーちゃんともやっとらんようじゃなあ……ボンクラめが、あんな一途ないい女おらんじゃろうが。女を姿形で見とるうちは三流じゃ。真の美はそんなとこにはない」
「……爺さん、なんなんだよここは」
ボニアスはゴーグル越しに首を傾げると
「わしの家じゃろうが。大丈夫かお前。三年前に来たじゃろ」
「……いや、今まで自宅で寝てたんだけど……」
ボニアス理解した感じで渋い面持ちになり、独りで何度か頷くと
「ああ……古代遺物をぜーんぜん使いこなしとらんどころか、そいつらに良いようにやられとる顔じゃわー……あーあ」
ため息を大きく吐いて、何度か天井に向け、舌打ちをすると
「良いか、貴様の信頼する仲間だけを連れ、さっさと我が家に来い。ついでにベラシール家の様子を見に来い。かなり面白いことになっとるぞい?」
そう言い、俺の身体の前に立ち、両手を前に出すと
「もっかいスタンプじゃ!さっさと来いよ!」
俺の身体を全力で押した。そのまま室内も壁も透過して外へと飛んで行き、意識が途切れた。
……
なんか、汗臭い。なんだこれ……。
パッと目を開けると、俺の隣で汗だくのサナーが唸っていた。二人ともベッドの中だ。逆隣にはリースが寝ている。二人とも服は着ていないようだ。なんか久しぶりな気がする。
「お、おい……」
サナーに声をかけると、ホッとした顔でこちらを見てきて
「な、ナラン……も、もう限界なんだ……トイレに……私を……」
次の瞬間にはガバッと起きた裸のリースが、サナーの手足の無い丸々とした体を抱え
「やっと言った!?行きましょう!!サナーちゃん!我慢は身体によくないわっ」
「うわーうわー!やめてくれええええ!私は初めての大の処理はナランにいぃぃぃぃ……」
良く分からないことを喚いているサナーの絶叫は瞬く間に遠ざかっていった。
さらに二階の別の部屋から扉が勢い良く開く音がして
「とうとう言ったんだね!?私もやる!サナーちゃん!任せて!」
どうやらミヤも起きてきたらしい。
階下では、サナーが何かをまだ喚いているが
床に遮られて良く聞こえない。
トイレの扉が開く、恐らく三人が入っていく騒がしい音は聞こえる。
俺はドタドタした音を聞きながらボニアスが夢の中で言ったことを思い出そうとするが
今、下で起こっているトイレ騒動が邪魔をして「信頼できる仲間と、自分の家に来い」と言われた事くらいしか思い出せない。
下ではリースが
「ミヤちゃん!牛乳で!そう!私が抑えている間にそれを入れて!」
などと大声で指示をしている。
何が起きているか想像もしたくないが、もう寝られなさそうなので、とりあえず服を着て、下へと降りていく。
明かりを点け、リビングに新たに設置されていたソファに座る。そして窓越しに夜明け前の庭を眺めているとトイレの方からミヤが大声で
「出たーっ!リースちゃんお風呂はー!?」
風呂の方向からリースの声で
「今沸かしてる!!ミヤちゃん、汚れてない!?」
「大丈夫!観念したみたいで動かなかったから、的を外してない!」
などと、もう本当に想像したくない会話をしている。……でも、よく考えたら大事だよな。家族が障害があったり、呆けた老人でシモの世話が自分でできなかったら、きっとあんな感じで介助するのかな……ていうか俺、手伝わないでいいんだろうか。……いや、リースが良いっていうんだから、邪魔しないのが俺の仕事か。
ボンヤリと想像もしたこと無かったことを、庭を見ながら考えていると汗だくの黒下着姿のミヤが俺の近くに来て、ニヤッと笑い
「サナーちゃん、リースちゃんとお風呂に入ったよ。私も入ってくる。ナランも私たちが入った後に入ったら?」
「そうする。サナーはどうだ?」
「……大と小を出しきったら大人しくなったよ。ちょっと泣いてるけど、そのうち慣れると思う。治るまではこれしかないし」
「……すまん。本当によろしくお願いします……」
俺が座ったまま深々と頭を下げると、ミヤは頷いて、足早に風呂へと駆けて行った。
明けていく空を眺めていると、バスタオルを巻いたサナーの身体を同じくバスタオルを巻いたリースが抱えて持ってきて
「ああ、気持ちよかった」
と言いながらサナーを俺の隣に置いた。サナーは完全に意気消沈していた。
「……拭かれた……全部、拭かれて……洗われた……」
ボソボソと俺に言ってくる。
「すまんけど、治るまでは堪えてくれ……」
「ナランがやってくれよぉ……」
涙目でこちらを見てくる変わり果てたサナーに苦笑するしかない。
まったく問題なくやれると思うが、リースたちの邪魔はできない。女同士の方が良いと思うし……リースはサナーの逆隣に座ると、グッと水を飲み干してから
「私が、サナーちゃんを支えるからね。アンジェラさんが来るまではまかせてよっ」
サナーは涙目になって俺を見てくる。
「……あの、ちょっと二人に話したいことがあるんだけど」
話題を変えようと俺が、ボニアスについて話すとリースは真面目な顔で
「それは、行くべきね。リブラーには訊いた?」
俺が何とも言えない気持ちで頭を横に振ると
リースは察した表情で
「振り回されっぱなしだもんね。じゃあ、さっそく今朝から四人で行く?」
「フォッカーも誘って良いかな?」
リースは頷いて、この状況から逃れたそうなサナーも何度も頷いた。
一時間後には、一晩寝たらすっかり血色の良くなったフォッカーが御者になり、俺とリースとミヤ、そして毛布にくるまれたサナーが
馬に引かれた荷車に乗り、俺の地元を目指していた。当然、サナーの手足も袋に入れて持ってきている。
「ボニアスの爺さんが、まさかのすげー人だったとはなぁ」
サナーが空を見上げながら言う。俺は苦笑いしながら
「もしかしたら違うかもしれないけどな。もし俺の妄想だったら、さっさと帰ろうな」
「リブラーには本当に尋ねなくていいのか?」
心配そうなサナーに頷いて
「ちょっと、俺もサナーもあいつらに深入りし過ぎてる気がするんだよ。もう遅いのは分かってるが、少しの間でいいから距離を置きたい」
リースがニコニコしながら
「フォッカーさん!ということで安全運転でね!」
御者のフォッカーが振り返らずに
「はーい。争いは俺も懲り懲りですね。ちょっと先にフーンタイ市のジョブカフェに寄っていいですか?上級職の手続きをすると会社で言っちゃったんで」
ミヤが嬉しそうな顔で
「めちゃくちゃお金持ってきたし、久しぶりに服屋に寄りたい!」
俺も同意した。この旅が良い気晴らしになることを願う。




