介助
シーネの案内で屋敷から出ると、正午近くの日差しが射してくる。
帰ろうとするリースを引き留め
「サナーを、ちゃんと見てから帰らないと」
リースは苦笑いして
「ごめん。神職の衝撃で、急ぎすぎたかもしれない」
フォッカーも頷いて、出る間際にシーネが渡してくれた皮靴のかかとを土に何度か当てて、サイズを確認しながら
「社屋の裏手ですね。そこに二階建ての診療所がありますよ」
「ありがとう。なあ、リース、リブラーによると職業って、ただの体力、魔力、スキルの組み合わせを人間がそう呼んでいるにすぎないって。だから……」
「気にしないってわけにはいかないわ。私は向上心が強いの知ってるでしょ?」
フォッカーが苦笑いすると
「とにかく副長の場所に行かないと。今更ですけど、俺、社長に何にも訊かれなかったですね」
リースが微笑みながら
「自分の情報網とローウェルさんの報告でとっくに知ってたのよ。褒められたんだし、気にしないでいいんじゃないの?」
フォッカーは真顔で頷いた。
大きな本社屋敷の裏にある、二階建ての古びた木造の診療所へと入っていく。
入口にはローウェルが待っていて
「やっと来たか」
足早に廊下を案内して最奥の個室へと俺たちを連れて行く。
平きっばしの風通しの良い広い個室へと入ると白い布一枚通したような病人服を着た、太ったサナーがスヤスヤと寝ていた。
いや、寝ていたのはいいけど……。
「あの……」
「きゃっ」
「うわ……なんですかこれ」
三人同時に驚愕してその場に固まる。
ローウェルは額に手を当てて大きくため息を吐きながら
「分離してるが生きてる。再結合についてリブラーに訊いてくれ」
何とサナーの太ももから下の両足と、二の腕から下の両腕がまるで人形のパーツを外すかのように無傷のまま四方で外れていた。
切断面もないし、骨も見えていない。当然血も出ていない。
「りっ、リブラー!なんだこれ!」
俺が慌てて尋ねると、頭の中でいつもの声が
分かり易いように説明するとモノラースの嫌がらせです。
サナーさんから有用な生体機能をできるだけ奪うつもりで手足を分離させたようです。
現在問責しようとしていますが、応答がありません。サナーさんはモノラースの支配下にあるので直接の関与は我々リブラーには不可能です。
「サナーに宿るモノラースの嫌がらせで、リブラーはどうしようもないんだと……」
そう全員に説明すると、ローウェルが苦笑いしながら
「アンジェラが必要だな。悪魔たちの技術なら何とかなるかもしれん。いつ帰るか知らんか?」
「たっ、たしか、そのうちこっちに来るとは言ってた……あっ」
ミヤのこと忘れてた。フォッカーが察した様子で頷いて
「ミヤさんなら心配いりませんよ。独りを楽しんでるはずです」
リースが目を細め俺を見つめ
「ミヤちゃんとも、三か月一緒に居たのよね?」
「なんもないよ。家事を良く手伝ってくれただけ。一回、サナーから犯されそうになった時に助けられてるし。サナーとも何もなかったけど」
リースは腕を組んでウンウンと何か一人で頷きながら
「ライバルではないっ、と」
俺が苦笑いして、サナーを見るといつの間にか両目が見開かれていて、俺たちを不思議そうな顔で寝かされているベッドから見ていた。
フォッカーが心配そうに
「副長、大丈夫ですか?」
サナーは立ち上がろうと体をよじり、真っ青な顔をする。
「手、手足がない……あ、あとなんか腹が出てる……」
首を必死に動かして辺りの状況を確認しようとしてバランスを崩し、丸い体がベッドから転げ落ちそうになる。
ローウェルが素早く支えると、元の位置に寝かし四方に散らばっているサナーの肉の良く着いた手足を一纏めにした。
サナーは自らの手足を見つめ、一瞬白目をむいて気絶しそうになり、すぐに大きく何度か咳をして
「なっ、ナラン!教えてくれ!私はどうなってるんだ!」
俺はベッドの隣にしゃがみ込み、サナーに今までの経緯伝え始めた。
リブラーの事も包み隠さず全て伝え、モノラースにサナーが寄生されて太らされ手足を取られたということを言うと、なんとサナーは笑い始めた。
「さ、サナー?」
頭がおかしくなったのかと思って本気で心配すると、サナーは俺を見て
「ずっと、なんか違和感あったけど、全部解決したぞ。ナランはやっぱり凄いなぁ……私、ナランと一緒に居られてよかった」
満面の笑みを浮かべてきた。なぜか安心している俺が居る。サナーの暴走も全てはリブラーと俺のせいだ。それを一言で赦して貰えたみたいで救われた気がする。
「……迷惑かけてすまん」
サナーは俺とリース、フォッカー、少し離れ黙っていたローウェルを見回すと
「そのうち、私を治してくれよ。それまでは世話になるからな」
ニカッと笑う。リースは少しサナーを尊敬したような表情で
「家に帰って、ミヤちゃんにも説明しましょう」
ローウェルとフォッカーは安堵したように真顔で頷いていた。
全員で会社から出て、廃墟群を俺がサナーを背負って帰っていく。
自宅の扉を叩くと、エプロンがペンキ塗れのミヤが出てきた。
「あ、お帰り、うわっ、サナーちゃんどうしたの?」
ミヤは俺の背中に回り込み、手足がなく太ったサナーの身体を触り始めた。
「ちょっ、ちょっと待てっ、あっ……やめろって」
服の上から突かれたり、揉みしだかれたサナーが変な声を上げる。ミヤは口をへの形にしてしばらく考えると
「ふーん……感触はあるっと。分離した手足はある?」
ローウェルが袋の中から右足を取り出すと、ミヤはそれを抱え足の裏をこちょぐりだした。
「あっ、あははははは!やっ、やめてえええええ!」
ミヤはピタッと止めると
「感覚が繋がってるのか、これはどう?」
今度は分離した太ももの表や裏をまんべんなくさすったり揉んだりすると
「あっ……ちょっ、待って……待ってやめっ」
サナーがまた変な声を出し始める。
ミヤはニカッと笑って
「痛覚あるなら大丈夫。姉貴がこっちきたら治してくれるよ」
と言いながらサナーの足を一本持って、こちょぐりながら室内へと入っていった。
「やっ、やめれええええええ!わっ、私で遊ぶなあああ!」
俺の背中のサナーは身体を微かに痙攣させながら叫ぶ。
室内に入ると壁の色が淡く薄いピンクになっていた。サナーの足を食卓に置いて、ツンツンと突いているミヤが
「いいでしょー?街でペンキ買って塗ってみた。もう乾いてるよ。今は二階端の部屋をやってるとこ」
サナーは俺の背中から
「だから、遊ぶなって!うひゃひゃひゃ……」
ミヤから足の裏をくすぐられて悶絶し出す。
ローウェルがホッとした顔で、食堂の端にサナーの手足が入った袋を置きながら
「お前らって、いい意味で馬鹿だよな。サナーちゃんもこんな悲惨なのに、誰も嘆かないし」
リースが不思議そうな顔で
「私たち、ナランに出会って毎日良くなってるんだけど?なんで、嘆く必要があるの?サナーちゃんもすぐに治るでしょう?」
ローウェルは苦笑いしながら
「まあ、正しい。庭でタバコ吸ってくるわ」
と言って、リビングから出て行った。
ミヤは汚れたエプロンを脱ぐと
「ちょっと手洗ってくる。なんか食べるよね?」
俺はサナーを椅子の上に置く。
サナーは目の前のテーブルの上の自分の足を見つめて
「う、動くかな……ぐぐぐ……」
力を入れ始めた。なんと足の指が少しだけ動いた。
サナーは疲れ果てた顔で
「これ、めちゃくちゃ大変だ……ナラン、何か飲み物」
俺は床下から備蓄の水の樽を出し、コップに注いでサナーの口につけてやる。サナーは瞬く間に飲みほして
「旨いなぁ。なんか食べ物もちょーだい」
フォッカーがサッと動いて、厨房へと行き火を起こすと調理をし始めた。
俺は黙ってサナーの隣に座り、リースは俺の隣に座ってくる。
「あのさ、お風呂やトイレの介助とかって誰がしてくれるんだ?」
サナーはニヤニヤしながら俺、戻ってきたミヤとリースを見回す。リースが全く嫌な顔をせずに
「私がするわ。お風呂もおトイレも全部面倒見てあげる」
と輝くような笑顔をサナーに向けると、サナーは"しまった"と言った顔になり
「な、ナランにして欲しいけど……」
リースはニコニコ笑いながら首を横に振り
「女同士でしょう?ナランは男だから何かと分からないと思うけど」
サナーは泣きそうな顔をしながら
「な、ナランー……」
何故か俺を見てくる。……ああ、意味が分かった。要するにサナーはミヤとリースが即座に嫌がって断ると計算して最終的に俺に全て押し付けられると思っていたのか。
ミヤも何でもない顔で
「リース、私も手伝うよ。人間とヒトの違いを観察する良い機会だし。あとさ、遅くなったけど久しぶりだね。元気そうでよかった。ってか元気だと思ってたけどね」
「ミヤちゃんも変わりないようで良かった。あとでサナーちゃんも交え、女だけで話しましょうか?二人とも、三か月間の積もる話もあるでしょうし」
ミヤは嬉しそうに頷いて、サナーは微妙な顔をする。
サナーの作戦失敗に乗じて、リースがあっという間に我が家の主導権を握りつつあるが、俺は見ないふりをした。自然な流れに任せよう……女子達に嫌がられたくないし……。
厨房から顔を覗かせていたフォッカーも介助に参加したそうな顔をしていたが、入り込む隙が無い女子達に諦めたようで、調理に戻った。
フォッカーの作った美味い卵料理を皆で食べ終えて、片づけが終わるとローウェルは帰り、女三人はリビングで食べたり飲んだりしながら話し始めた。
まだ体力が戻っていないはずなのに、サナーと同様に異様に元気なフォッカーが心配になり、今日は休んでくれと頼み込んで自宅に帰した後、俺は一人で二階端の部屋で寝ることにした。
室内はまだ壁が塗り替えられていないので、何も変わらないままだ。
扉を閉め、旅装や下着を床に脱ぎ捨て、全身を濡れタオルで拭く。長距離の旅と激闘だったが、不思議とそんなに疲れてはない。
でも、寝たい。一回寝て、明日の朝すっきりしてから考えたいと思う。ベッドに転がると、一瞬で意識が飛んだ。




