神職(かみしょく)
本社屋敷で上機嫌なシーネが俺たちを出迎えると、少し待つように言われる。
十分ほどすると応接間に通された俺たちは、テーブルの向こうの車椅子に座った満面の笑みの社長に手招きされ
「早く座れ」
と促された。
釈然としないままリースとフォッカーと並んで着席すると
「ローウェルから今、手短に報告を聞いた。フォッカー、お前が今回の殊勲賞だ」
「俺ですか?隊長やリース様じゃなくて?」
フォッカーは驚いた顔で俺たちを見てくる。社長はニヤけながら
「モノラースがサナーの身体に宿り、物理的に喪失したのならばラストタジーファ地帯はこれから大混乱に陥るだろうな。つまり……?」
問うような顔でリースの方を見てきた。
彼女は真剣な表情で
「この会社の仕事が増えると仰りたいんですね?」
「その通りですリース様!……フォッカー!主任級正社員に昇格だ!四倍の昇給と共に戦地で前衛に出ないでも良い権利を与える。これからもナランたちに尽くせよ!」
「は、はぃっ」
フォッカーが焦りながら頭を下げる。社長は俺を見ると
「フォッカーにもリブラーについての情報を開示しろ。モノラースに一時融合されていたのなら、こいつも、もはや我ら一味だ。それから少ししたら、うちの姪っ子が来る。いつもの鑑定を始めるぞ!」
「わかりました。来るまでに説明してていいですか?」
社長がニヤニヤしながら
「ああ、そうしろ」
俺はフォッカーにリブラーについての説明と、これまでの凡その経緯と、リブラーとモノラースとの関係を説明した。フォッカーは真剣に頷きながら聞いていた。
綺麗な金髪がなぜか珍しくボサボサで、目の下の隈も酷い、いつもの少女鑑定士……いや、確か、宮殿での会議でシャルロット・バートフルと名乗っていたな……。
そのシャルロットが入ってくるなり、社長に向けて怒りながら文句を言おうとして俺の隣に座るリースを見つけ、ハッと口を抑え、後ろを向くと、急いで手持ちカバンから櫛を取り出し、自らの髪を撫でつけ始めた。
二十秒ほどで綺麗に髪を整えると、シャルロットは振り向きニコッと笑い、ローブの裾を右手で上げながら、会釈して
「ウィズ公の御長女であらせられるリース様ですよね?わたくし、正式な紹介が遅れましたが……」
丁寧に会釈をしてきた。リースは立ち上がるとニコッと笑い返し
「存じております。シャルロット・バートフルさんですよね。以前もスキルを見て頂いたのを覚えておりますよ」
高位貴族と言った感じの儀礼で応対する。
シャルロットは貼り付いた笑みで
「その節は大変にご迷惑をおかけいたしましたわ。わたくし、叔母の代理で公的な場に出るようになりましたので、今後ともよろしくお願いいたします」
リースは俺をチラッと見て、一瞬ニヤっとすると
「もちろんです。シャルロットさんに派遣社員時代から大変お世話になっている、我が将来の夫共々、こちらこそよろしくお願いしますね」
シャルロットは何とも言えない表情で三秒ほど固まると渋々と
「は、ははは……そうですわね。ナランさんには以前から大変な失礼を……」
俺は立ち上がると、頭を深く下げ
「いや、そんなことないっす。今後も素敵な鑑定をよろしくお願いしますっ」
助け舟を出した。シャルロットはホッとした顔になり、社長の横の席にそそくさと着く。
リースが小声で
「小馬鹿にされてたんだから、見返すチャンスだったでしょ?」
「いや……そういう意地悪はあまり……あの人には今後もお世話になるだろ?」
「ふふ、そういうとこも好きよ」
俺たちは頷き合って、席に戻った。
モノクルを片目に嵌めたシャルロットは真剣な眼差しで鑑定を始める。
「では、リース様から鑑定いたします。ノーブルナイトレベル48ですね。スキルは……ごほんっ、失礼。"ナランへの愛" それから "槍術レベル1" "物造りへの興味" そして、ご存じでしょうが "神の見放した運気" "精神世界の見えぬ者" "混沌" ですわね……あれっ……」
リースが怪訝な顔をすると、シャルロットは驚いた表情で
「混沌がレベル9に下がっています……珍しい現象ですわ」
「よ、良くなってるの?」
リースは驚いて立ち上がる。シャルロットは頷いて
「"混沌を包み込む聖母"スキル持ちと長く居た効果かもしれませんね。これは、スキル学会に報告すべきかもしれません。よろしいでしょうか?」
リースは嬉しそうに何度も頷く。シャルロットは深く頭を下げると
「それと……これはわたくしには経緯が分かりかねるのですが "格闘レベル7" がスキルに追加されています。あの、どこかで一気に大量の格闘経験を積むような戦闘を行いましたか?」
確かに、透明なモノラースとの戦闘時に狂人化したリースは凄まじい格闘能力だった。
リースの代わりに俺が頷くと、シャルロットは理解した面持ちで
「……本人の預かり知らぬところで、と言う感じですわね。詮索はいたしません」
そう言って、サラサラとノートにメモを書き出した。
シャルロットはメモ書きを終えると、今度はフォッカーをモノクルで見つめ
「転職しましたわね。スキル構成が変化しています。盗賊レベル49、スキルは "先を見通す目" "一刀両断" "剣の極意" です。以前は戦士だったはずですが、上級職を目指しているのですか?」
フォッカーが照れくさそうに頷くとシャルロットは真剣な眼差しで
「転職条件は揃っているので、明日にでも、フーンタイ市ジョブカフェ二階の上級職資格取得課まで赴いてください。恒常職で無暗に経験を積む必要はありません。これは専門家としてのあなた個人への真剣な助言と捉えてください」
「はい、アドバイスありがとうございます。明日、早朝に向かいます」
フォッカーはそう言って力強く頷いた。
フォッカー、戦地から帰ってきたばかりなのに大丈夫かなと俺が横目で見ているとシャルロットは深く息を吸い込んで、そして吐いて
「よしっ。私はできる。私はできる。私はできる」
と三回唱え、ようやく俺の方を見てきた。
「失礼しました。正直に申しますとナランさんの職やスキルは、時間を追うごとにレアなものが追加され、さらに構成自体が複雑化しています。なので失礼ながら、気合を入れさせて頂きました。」
「気にしないで下さい。いつもありがとうございます」
と俺が感謝を帰すと、シャルロットは真顔で頷いて、そして真剣な眼差しをモノクル越しに向けてくる。
しばらく沈黙が続き、シャルロットは大きく息を吐くと
「あなたの職はバルダーです。推定レベルは43」
聞いたことのない職業名に一瞬、室内に戸惑いが走って、しばらく皆がシャルロットの次の言葉に注目する。
彼女は鞄から古びた辞書のような分厚い本を出してテーブルに置くと、慣れた手付きでペラペラとめくり、その内容を読み始めた。
「バルダーは神職です。闘神職オーディンの下位派生職ですね。女性だとバルダーは、ナナという並列クラス職になります」
「神職……かみしょくっていうと、僧侶的なやつですか?そっちは言い方しんしょくだったかな……」
俺が自分でも間抜けだと思う質問をすると、シャルロットは小馬鹿にせず、真剣に
「神々への祈りを捧げる者ではなく、人が変異した神そのものです。別世界の神話の神々を模した幻のレア職というのがですね、超古代から伝わる文献上にはあるのですが……その中だと、恐らくはバルダーに最も近しいと推測して鑑定しました。スキル構成なども、この幻職辞書で再確認しても似通っています。もちろん全てではないですが……」
リースが何故かショックを受けた表情となり俯くと、すぐに顔を上げ
「あ、あの、シャルロットさん、私がナナになるには……」
シャルロットは真剣に困った顔で社長を見た。
社長が車椅子ごと豪快に身体を揺らして笑いながら
「姫様!!未来の旦那様と同じ場所を目指したいのは分かりますが!焦るものではありませんよ!」
リースはどこか悲しげな顔で頷く。俺は何となく悪い気がして
「ご、ごめん……気を悪くしたなら」
リースは首を横に振ると気を取り直した様子でニコッと笑い
「ナランを追ってロードになる夢が、もっと上になっちゃっただけよ」
俺は頷くしかない。
シャルロットは動揺した空気が落ち着くのを待つと
「では、スキル構成説明に移らせていただきます。まずは "ウィズ王家との絆" "リースへの愛" の人格スキル。そして、ここからが、バルダーの資格条件のレアスキル群なのですが "幸運の使者" "オートヒールレベル10" "混沌を包み込む聖母" そして "神の手ほどき" という……説明しても分かりづらいでしょうけど、スキル自体の内部に別スキル枠を圧縮しつつ内包できる裏スキルが発現しています。これは、前回からわたくしが、鑑定士としての鍛錬を積んだことで見られるようになったものです」
シャルロットはかなり得意げに言ってくる。
意味が分からなくなりつつある俺はこっそり
「リブラー、説明しろ」と唱えてリブラーに説明を求めると
シャルロット・バートフルのスキル鑑定の正確性についてのご質問ですね。
彼女の様相を見ても分かるよう、日々鑑定スキルを高めるために勉強しているようです。
”神の手ほどき” スキルは、ナランさんに我々リブラーが入った時から常駐させているスキル拡張スキルの一つです。
並の鑑定士には発見できませんし、ナランさんにも負担にはならないので説明するまでもないと推測して黙っていました。
現在、神の手ほどきスキル内部には、我々リブラーの駆動用スキルや分離実行スキル、融合接続スキル等、主に我々関連の大容量スキルを圧縮搭載しています。
そして職業についてですが、その概念は、地上の現代人たちが体力や魔力、そしてスキルの組み合わせで細かく定義しているものなので、我々は意図的に操作はしておりません。
結果的に、現代人達がそう呼んでいるというだけです。
我々リブラーも便宜上職業名を述べる場合もありますが、意図的にスキル構成による職業をナランさんに与えているわけではありません。
なんとなくはわかった。つまり神の手ほどきは元々俺にあったスキルだが
以前のシャルロットでは発見できなかったので鑑定されなかった。
そして神の手ほどきスキルの中には、要するにリブラーの力を使うためのスキルが詰まっているようだ。
それとリブラーからすると職という見方はないらしい。スキルの組み合わせに過ぎないようだ。
しかし……ずっと黙っていたとは……ほんとリブラーは、自分の都合が悪いことは言わないな。
俺は半ば呆れた顔で俯いて、深くため息を吐いてしまい、シャルロットがビクッとなって
「あ、あの……何か、ご不満でも?私の鑑定に間違いが?」
とっさに俺は顔を上げ、取り繕って
「あっ、いや、そういうんじゃないんです。俺みたいな変なやつのスキルを毎回見てるあなたもとても大変だなと」
何とか言葉と苦笑いした表情を捻り出すと、一瞬固まったシャルロットは顔が途端に真っ赤になっていき
「そ、そういう……いきなりの優しい言葉は、駄目ですよ?良いですかナランさん、あなたは王家の一族になるのです。リース様を大切になさってください」
「……え、は?」
シャルロットはサッと立ち上がると、真っ赤な顔のまま去っていった。
社長はパタンッと扉が閉まって足音が遠ざかると、大爆笑し始め、それが収まると、唖然としている俺たち三人を見回し
「我が自慢の姪っ子は疲れてるようだな。まあ、許してやってくれ。男も知らずに大学院での勉強と鑑定の仕事の日々なのだ。その分、大金は転がってくるが、人の温かみからは遠ざかる。ふふふ」
怪しげに笑うと
「まあ、シャルロットには休暇をそろそろやるとしよう。……リース様、ナランには気長に追いつけばよいのです。思っているのとまったく違う職で、未来では並んでいるかもしれません」
リースは複雑な表情で頷くと、俺の手を取って
「もう帰りましょう。社長さんよろしいですよね?」
社長は黙って頷いて
「ナラン、サナーも検査が終わり次第送り届ける。よくやった。ボーナスを後日支給する」
と言った。




