治水
何か聞こえる……よく知ってる声だ。
「ナラン……そろそろ、起きて」
目を開けるとリースの嬉しそうな瞳が飛び込んできて、すぐにキスをされた。
辺りは広大な空洞の中だ。
足元には鉄や石の瓦礫が散乱している。
「ああ、生き返った気がする」
つい、そんな言葉を吐いてしまうと抱き上げられ、何度も頬にキスをされた。
近くからローウェルの舌打ちと、煙草のにおいが漂い、リースに抱き着かれたまま、そちらを向くと
「……まだ終わってねぇぞ。こっちからは、地上で待ち伏せてるサナー軍団をどう説得してサナーちゃんたち二人を連れ帰るかってことだ」
リースがニコニコしながら
「ナランか、ローウェルさんの力でねじ伏せましょ?」
ローウェルはため息を吐き
「目立ちたくねぇ。やっと表向きは引退できたのに全部台無しになるだろ。わざわざ、さっき煙球使った意味を考えてくれ」
リースがまた俺の頬にキスをしてきて、ジッと見てきた。
「……まさか、俺だけで?」
「そろそろ、ナラン・リルガルムという英雄の名前を売ってもいいんじゃない?」
「いや、俺って言うかリブラーの力だぞ?」
「それを使ってるのはあなたよ?」
「ちょっと考えさせてくれ」
と言ってからリースから降ろして貰う。
確か、首都を守る正規軍の力は大したことなかった。
バゥスンがドラゴン隊は落としている。
い、いけるか?いけるのか?
「や、やってみようか……」
リブラーがスキルを変えてどうにかしてくれるはずだ。
ふと気付くとローウェルが俺の近くで鼾を立てて寝ている何かを指さしていた。
そこには、全身が肉付きがよくなった……いや太ったと言った方が正しい……裸のサナーが気持ちよさそうに寝ていた。
さらに隣には、頬がこけた裸のフォッカーも横になって眠っている。
「俺がサナーちゃんを背負う。お前はフォッカーを背負ってくれ」
「……上にあがったら背負いながら戦うんだよな?」
ローウェルに恐々とそう言うと、彼はいきなり爆笑し始め
「冗談だよ。この地下室は帝都からかなり離れた位置にある。直上へ穴をあければ、余裕で気づかれずに帰れるだろうな」
リースと俺は何を言っているのか分からずに唖然とするしかない。
「お前らの勇気を試したまでだ。当然、ナランが帝国と一人で戦っても得なんて何一つもない。さっさと帰るぞ」
ローウェルはそう言いながら、腰を落として聞こえないくらいの小声で何か呪文を高速詠唱し始めた。
そして体中が水色に輝き始めると、こちらを向いて
「あらかじめ言っとくけど、結局、超大技なんてのは条件がそろわねぇと使えねぇし、使ったとしても素早く動き回る標的には滅多に当たんねーのよ。だから、脱出用とか解体工事とか、土木工事とか……今回みたいに治水に使うのが一番いいわけだ。ほら、フォッカーとサナーちゃんの近くに、二人とも集まれ」
俺とリースが恐々と近づくとローウェルが急に思い出した顔で
「あ、モノラースの本体、どこにもなかったな。さっき透明化していたから、討伐したら元の姿で再出現するかと思ったが」
「なんかリブラーはサナーが媒介になってるとか……」
ローウェルは納得した顔になり
「ああ、つまりさっきの戦闘で本体はほぼ破壊されてたわけか。そしてサナーちゃんに寄生して生き延びているのか。太った分だな。いくぞ、ナランはフォッカーを、姫君はサナーちゃんの手を握ってくれ」
俺とリースがしゃがんで手を握ったのを確認すると
「忍術秘奥義、水龍舞昇乱波……」
と両手を上に向けて静かに言ったのとほぼ同時に、四方八方から大量の水が噴き出してきて俺たちはあっという間に水の中に呑まれた。
全員を巻き込んだ巨大な水流はそのまま空間の中を猛烈な勢いで渦巻きながら上がっていき、分厚い土壁を突き破り、土を押し上げ、あっという間に、朝日が射している地上へと噴出した。
俺たちはポンッと押し出されるよう、水浸しになっていく草原のど真ん中に開いた穴から吐き出された。
さらに穴から噴き出てくる水に唖然としているとローウェルが穴の近くで浮いているサナーの身体を素早く抱え上げ、こちらへと水の中を走ってきた。
「いくぞ、水脈を突いたから、ここらは半日後には巨大湖になってる。モノラースを奪ったせめてもの謝罪だ」
俺は慌てて、仰向けに浮いているフォッカーの身体を引き寄せて背負うと、ローウェルとリースと共に、水の届かない丘の上まで走っていった。
ローウェルが例の鳴らない笛を吹いて、バゥスンを呼び、その猫の神獣が飛んでくるまでの間、朝日が射した丘の上で草原が瞬く間に湿原になり、湖になっていくのを呆然と眺めていた。
「あ、あれ……?なんで裸?」
フォッカーが起きてきた。ローウェルはホッとした顔で
「ダメージ無さそうだな。飯食ったらすぐ戻りそうだ」
上着を投げ渡し、腰に巻かせる。
フォッカーは近くで俺の上着をかけて寝かされているサナーを見て
「なっ……とんでもなく太ってるんですけど……」
ショックを受けた顔をした。ローウェルが腕を組みながら
「モノラースと融合した分、身体が大きくなったんだな。ダイエットできるかどうか……」
フォッカーはしゃがむと、サナーにかけられた上着をピラッとめくって
「う……好きな女が好みになるんで……。たぶん、そのうち好きになるかもしれないです……」
リースがフォッカーの手を軽く払って、上着をかけ直すと
「……起きてる時に、身体を見ていいか訊かないとね?」
「確かに。すいません……副長」
フォッカーが項垂れて、寝ているサナーに謝る様子が、ツボに入ったらしきローウェルが爆笑し始める。
遠方の山脈にバゥスンの巨影が見えてきた。
傭兵会社本社近くの山中の開けた場所にバゥスンは俺たちを降ろし黙って去っていった。
なんと近くには、ローウェルの荷車も置かれていた。
たしか、セブンスクラウディー帝国内に置いてきたと言っていたが、もし次に自分が呼ばれるのまで見越して、ここに予め運んできていたとすれば相当に賢い上に、律儀且つ几帳面な性格ということになる。
ローウェルは荷車を見て、イライラした顔で
「言えよなぁ。あとで帝国に取りに行こうと思って心配したじゃねぇか。会社の備品だから、失くすとマジメルと社長がうるせぇんだよなぁ……」
などとブツブツ小さく言いながら、太ったサナーを抱えあげると素早く荷車の上に寝かせ
「お前らもさっさと乗れ」
俺たち三人を荷車に乗せると本来ならば馬に繋げるはずの鉄製の接続具をローウェルは自らの腹に巻き付け、さらに縄で縛ってきつく固定すると
「行くぞ。飛ばすからサナーちゃん落ちねぇように抑えとけ」
と言った次の瞬間には、猛烈な勢いで荷車を引いて獣道を下山し始めた。
どうにか俺たちは身体をかがめ、サナーの丸々太った体を押さえつけ荷車から落下しないように堪えていると、瞬く間に会社の門の手前に到着していた。
門衛が慌てて敷地内への門を開くと
「お役目お疲れさんっ」
ローウェルはそちらを見ずに言って、また猛スピードで敷地内を屋敷の扉の前まで爆走した。そして縄と接続具を素早く外し
「さっさと降りろ。お前ら二人は社長に報告だ。姫様も付き合ってやってくれ。フォッカー、上着を着てこれ履いとけ」
黒いレギンスをポケットから取り出してフォッカーに投げつけるとローウェルはサナーを抱き上げ、屋敷の裏手へと風のように駆けて行った。
「行っちゃったな……」
医者にでも見せるのだと思う、ローウェルなので心配はいらないはずだ。
「とりあえず、社長さんに報告しようか」
リースが頷いて社屋の屋敷を見上げる。
フォッカーはレギンスを履いて、腰に巻きつけていた上着を上半身に着直し
「……気が重いですけど、ちゃんと報告します……」
と呟いた。




