永劫接続
変な状況だ。辺りは暗闇で閉ざされているのに、俺とリースの身体ははっきりと見える。
そして、ここが広大な空間だということは分かる。
特殊な粒子が濃いとか、よくわからないことを言われたがここは素直に
「リブラー」
尋ねてみることにする。すぐにいつもの声が
申し訳ありません。モノラースとの融合の試みは失敗に終わりました。
謝ってきた。
「また余計な事してたんじゃないだろうな……」
俺が呟くと、更に頭の中で声が
モノラースが宿主であるサナーさんへの浸食をナランさんに邪魔され、不快を感じた様で、我々リブラーとの融合を拒否してきました。
なので討伐して、強制融合へと方針を切り替えます。
ナランさんの毒系スキルを二つ削除。
マイナススキル "渾身の一命" を追加します。更に "七属性の使い手" スキルを追加しました。リースさんを最大限に使うため "混沌を包み込む聖母" スキルを一時削除します。
魔界で覚えてきた新スキル "オートカース レベル7” を追加。
マイナススキルのマイナス効果に加え、容量の大きなスキルを加えたためスキル枠を大幅に超過しました。頭痛と倦怠感と吐き気にご注意ください。
「お、おい……勝手に変なマイナススキルをつけるなって……」
注意したのも束の間、隣から毛が逆立つような恐ろしい気配を感じ、横へとゆっくり顔を向けると、肌が青黒くなっているリースが口から泡を噴いていて、両目が真っ赤に発光していた。……全身から瘴気のようなものも漏れ出した。
「え……リース?」
「グルルルルル……」
リースはまるで獣のような唸り声を開けながら四つん這いになり、そのまま暗闇の中に四つ足の獣のような走り方で消えていった。
すぐに、かなり遠くで
「バキッ」「ボキボキボキ……」「グシャッ」何かが殴られた音や、何かが潰れる音などが響いてくる。
それと同時に、俺は立ち眩みがして、強烈な頭痛で思考が遮られ出した。
な、なんだこれ……以前もあったようなクソっ……俺はフラフラしながらとにかく、リースが向かった方向へと歩き出す。
横から風が吹いてきて、気づいたら隣にいたローウェルが汗を拭いながら
「復活したのか。おい、なんなんだアレは!ヤバすぎるだろ!姫君も魔界の獣みたいになっちまうし!面白え!」
とても楽しそうに言ってくる。俺はどうにか口を開いて
「わ、悪い……スキル枠の超過とかで身体が……」
言った次の瞬間に、全身から虹色のオーラが立ち上り始めた。
ローウェルは口を抑えて笑うのを堪えながら
「それ、虹の大魔導士のオーラだな。無属性までの全てを極めた者の証だよ」
そう言いながら俺の身体を支え
「くっ、くくくくく……笑ってる場合じゃないか、またリブラーが無茶させてるな。……もうちょい近づいたら、両手を開いて前に出し、俺の言う通り言ってみてくれ」
そして後ろに回り、俺の背中を軽く押し出した。
頭がグルグル回りながら、槍で突くような痛みが無数に襲い掛かってくる。吐き気も収まらず、さらに身体が猛烈に怠い。
どうにかローウェルのサポートで数十メートル前へと進むと、突然視界に二十メートル先で闘っているリースが見えてきた。
彼女は、体長二十メートル以上はありそうな透明な何かに取りついて嚙みついたり、高速で殴りつけたりしていた。
しかも透明な何かは、取り付いているリースを攻撃している様で、その度に彼女は、ヒラリとかわして取り付く位置を変えていく。
俺の背中を押しているローウェルが
「あの透明なのがモノラースの本体だな。リースちゃんに取り付かれて、ようやく動きが止まったぜ。苦労したんだぞ?一時間近く気絶してるお前を守りながら、二人だけで高速移動する透明な巨人と戦ってたんだからな」
「……す、すまん。頭が痛くて……」
ローウェルの言葉の意味も殆ど分からない。
彼は笑いを堪えるように口に手を当て
「両腕をリースちゃんの居る方へと伸ばせ、それから俺の言う通りそのまま喋れ。最強の呪文を使わせてやる」
俺はローウェルから両腕を前方へと伸ばして貰い、どうにか両手を開いた。
ローウェルが
「天に居られます、我らの二つ尾の女神よ」
俺は聞き取れた言葉をそのまま
「て、てんにおられます……われらのふたつおのめがみよ……」
さらにローウェルが
「その御心に問います。どうか我らの苦難を救いたまへ」
「そ、そのみこころにといます……どうかわれらのくなんをすくいたまえ」
「全知全能の二つ尾の女神よ。その力の切れ端を哀れな我らに」
「ぜんちぜんのうのふたつおのめがみよ……そ、のちからのきれはしをわ、れらに……」
「与えたまへ。全ての混沌粒子をこの破壊の魔力に変えることを」
「あたえたまえ……すべてのこんとんりゅうしを……このはかいの、まりょくにかえることを……」
「許したまへ。……極小範囲キロノヴァ」
「ゆ、るしたまえ……きょくしょうはんい……キロノヴァアアア!!」
いきなり顎が外れるくらい大声が口から出ると、そのまま俺は猛烈に嘔吐した。
同時に視界の全てから虹色の光が溢れ、薄れる視界の中、ローウェルが透明な巨人へと瞬時に駆けて行き、暴れるリースを抱えて離脱していくのが見える。
その直後、リースが取りついていた辺りに光の渦が二つ現れ、その二つはグルグルと超高速で回りながらぶつかり始めた。
何かが磨り潰されていくような、嫌な音も微かに聞こえると同時に光の渦は混ざりあい始め、光の粒を大量に辺りにまき散らし出す。
俺は少しずつ頭痛や倦怠感が薄れてきて、その神秘的とも言える美しい光景を突っ立ったまま眺めていた。
ローウェルが横からいきなりタックルをぶつけて来て、思いっきり受け倒れこむのとほぼ同時に俺たちの頭上を大量の光の粒が飛んでいく。
倒れ込んだ俺は足元の固い何かに頭をぶつけ、そのまま気絶した。
……
「ナラン生きてるよね?」
「脈があるんだから生きてるよ。姫様、筋肉痛とかないか?」
確かにローウェルの固い指先が俺の右手の根元や首筋に触れている感触がある。
「……んーっ。なんか調子いい。頭もはっきりしてる。何やったか覚えてないけど」
「ならいい運動だったってことだ。どうやらリブラーは、姫様の使い方を洗練させたようだな」
「後でキツイのが、無くなると良いけどね」
「それは分からんけど、以前よりはマシなんじゃないか?一時削除してた"混沌を包み込む聖母"も再設定したんだろう」
声は聞こえるが、目は開かないし、身体も動かない。
なんなんだこの状態……おーい、二人とも、俺、起きてるんだけど……。
「まあ、いいか、ナランが起きるまで、この辺りを探索するか。サナーちゃんたちがまだ見つかってない」
「そうね。見え易くなったし」
二人は俺から遠ざかって行ってしまった。
仕方がないので、何も考えずに休もうとしていると頭の中に声が響いて
現在の状況をお伝えします。
ナランさんの残りマジックポイント3%です。
肉体的疲労が一撃に魔力や運をも含めた総力を振り絞る "渾身の一命" のマイナススキルの反動で限界を超えています。
"渾身の一命" "七属性の使い手" "オートカース" のスキルを削除しました。
"混沌を包み込む聖母" スキルを再追加。
"オートヒール レベル10" のスキルを再追加しました。
体が動けるように回復するまで十分の時間を要します。そのままお待ちください。
モノラースの討伐状況ですが、戦闘能力の97%を削減することに成功。
本体の憑依したサナーさんは二分後にローウェルさんが発見します。
七分以内に99.2%の確率でナランさんと1メートル以内に近づくはずなので再融合を試みます。
な、なんか、再融合とか言った?いま言った?
またサナーの精神世界に行かないといけないのか?不満をリブラーに言いたいが口が動かない。身体も何も動かない。
もう何も考えずにそのままにしておこうと、また休もうとすると遠くでローウェルの声がして
「サナーちゃん発見したぞ!な、何だこりゃあ……肥えてる……」
「きゃっ……十五キロくらいお肉がついてそう……プニプニになってる……」
というリースの声も聞こえた。
あの痩せているサナーが肥えた!?
め、めちゃくちゃ気になる……見たいが目も開けられない。
「うわっ、フォッカーはガリガリだぞ……」
「十キロくらい痩せてるわね……こっちは食べたら戻るんじゃない?」
「と、とにかく、二人をナランの傍に運ぶぞ。近づけたらリブラーが何とかしてくれるかもしれん」
「おもっ……サナーちゃん、凄く重い」
「ちょっと待っとけ。フォッカー連れて行ったら俺が運ぶ」
「お、お願い」
何かが俺の隣に寝かされた気配がする。その十数秒後にはドサッと反対側に何かが置かれた。
寝息が聞こえる。多分サナーだ。
「ふがっ……ふごっ……」
などと時折、何かがつまったかのような音を発している。近くでローウェルが
「ああ、いきなり太ったからな。服の余りはないか?」
「無いわ。どうしよう」
「姫様、気にすんな。ナランが起きたら二人とも裸で連れて帰ろう」
その言葉が聞こえた瞬間に俺の意識が飛んだ。
……
薄暗い地下室の中にいた。
ああ、ここは実家の倉庫だな。少し歩くと
衝立で仕切られた俺とサナーの部屋に辿り着く。
薄ぼんやりと古びたカンテラで照らされたその室内には、本が乱雑に立てかけられた五段の古びた木造本棚があった。
近づくと、後ろから
「おい」
聞き覚えのある声をかけられる。
振り返って即座に俺は数メートル距離を取った。
そこには裸の全身を真っ黒に塗りたくったティーン兄が立っていた。
兄は憎しみに満ちた目で俺を見つめた後、大きく息を吐いて肩をすくめ、首を何度か横に振ると、諦めた表情で
「そんなに融合したいのか」
俺の背後に向けて声をかけた。いつの間にか後ろに居た、何度か会ったメイド服で緑髪の顔のない女性が、俺の横に出てきて
「はい、ナランさんには無限の魔力供給炉が必要です。あなたは適任だと思われるのですが」
ティーン兄は俯くと何度も舌打ちをして
「俺の国はどうなる。俺の魔力により帝国民は安らぎを享受している」
女性は俺の横から一歩前に出ると
「あなたがエアーさんに持たしたように、ナランさんを契約者として、その欠片をナランさんに渡してください。そうすれば空気中のネットワークを介し、魔力を送れるはずです」
「嫌だ。その弱弱しい男は、生理的に無理だ」
ティーン兄は悍ましい笑顔をこちらへと向けてくる。
顔のない女性は明らかに憤怒に満ちた雰囲気に変わ、もう一歩前に出た。
ティーン兄は慌てた顔で
「ま、待て、どうせサナーを連れ帰るのだろう?あの子に俺の一部がまだ残っている。それを媒介にしろ」
「契約者をあなたが勝手に変えないという理由は?」
さらに一歩前に進んだ女性に、ティーン兄は泣きそうな表情になり
「サナーは素晴らしい女だ。身分も才能も身体的な魅力もない。心は空虚なトラウマに満ちていて、中身があるとすれば、ただ、そこの気持ち悪い男に一途なだけだ」
更に女性が一歩前に踏み出すと、兄は全身から冷や汗を垂らしながら
「ちゃんと聞いてくれ。俺は褒めているのだ。前代のバレッティは底抜けにバカで気に入っていたが、あいつには良い血縁と仲間たちがあるのが欠点だった」
兄は息を吐いて床を見た後、両眼がギラギラ輝いている顔を上げ
「しかし、サナーは、その変な男のために一途な以外に生きている理由が一切ない。そんな人間は滅多にいない。まるで二つ尾の女神のようではないか?」
ティーン兄は皮肉と悪意に満ちた下卑た笑みをこちらに向けてくる。
女性は一歩後ろに下がると、俺に振り向き
「二つ尾の女神というのはこの世界の創造神と言われるお方です。別世界に逃げたある男神を永遠に求め続けていると古代からの伝承では残っています。一部の超高位詠唱呪文にも女神の名が残るものがあります。しかしそれは、我々の現状とは関係がありません。ナランさん、モノラースを融合しますか?あなたが決めてください」
「……」
気持ち悪い笑みを浮かべた薄暗いティーン兄を怖怖と見つめる。
話の流れ的に、こいつがモノラースそのものなのだろう。兄の身体そっくりに見せてきているせいか、醜悪さが増している気もする。あいつが俺のことを生理的に無理と言ったように俺もあいつが無理だ。
こんなやつと融合したくない。
「リブラー、悪いけど、俺も嫌だな」
ティーン兄そっくりのモノラースが嬉し気に何か言おうとするのをリブラーは手で制して黙らせると
「了解しました。では、融合を取りやめ、永劫接続に切り替えます」
女性は一瞬でモノラースの前に詰めると、右腕を手に取った。
「まっ、待て!話が違うではないか!待てええええ……止めっ……止めてええええ……」
瞬く間に右腕は根元ごと切り離され、なんと女性は頭の顔の部分に渦を作ると、その腕をまるで食べるように咀嚼音をさせながら飲み込んだ。
右腕が切り離されたモノラースはその場に力なく座り込んで俯く。
女性はいつの間にか俺の横に戻ってくると
「これでモノラースは、我々リブラーの下位機能として永劫に接続されました。サナーさんを媒介とするのは変わりませんので融合ではありません」
「……わかった。現実世界に戻してくれ」
「了解しました」
辺りの景色が歪んでいく。その間際、モノラースがこちらを憎々し気に見つめている視線に気づいたが、俺は見ないふりをした。




