外縁部
その後、通路の天井や横や、または床と天井同時などでアンデッド砲が出現しまくり、そのたびに俺たちは切り裂いたり避けたり、またはローウェルが種を口に投げ込んだりして何とかやり過ごした。
奥へ行くほどに分岐が激しくなっていく土壁の通路内を、ローウェルはまったく迷わずに進路を指差し続け、進み続けると、突然辺りが開けた。
相変わらず全身が発光している俺の身体の光が辺りを照らし、薄ぼんやりと黒く波打ったまま固まった景色なのは分かったが、さらにローウェルが両手に灯した火を纏め、いつかのアンジェラのように頭上へと飛ばして辺りを照らし出すと、半分以上溶けたビルがそこらじゅうに広がっているのが分かる。
舗装されていたであろう割れた道も波打っている。
ローウェルは舌打ちして
「古代に何か兵器を使った後だろうな。物質そのものを溶かしてる」
と言いながら波打ったまま固まった道を進みだした。
俺とリースも武器を構えて恐々とついていく。
溶けて波打ったまま固まった古代の街を進んでいくと、波打って固まった道のど真ん中に、鈍く光る黒い大渦を発見した。
道の波打って盛り上がった部分に三人で並んで大渦を照らす。
リースが
「これ、魔界に行くときのワームホールに似てる」
ローウェルは大きく深呼吸すると何も言わずに渦の中へと飛び込んでしまった。
「お、おっさんが……」
と言うまでもなく俺もリースに腕を掴まれて渦の中へと落ちていく。
……
「ナランはさー優しいから」
「サナー?」
サナーの声がして目覚めた。薄暗い辺りを見回す。
延々とどこまでも敷き詰められた瓦礫の上に寝ていたようだ。また
「ナランはさー優しいから」
という声が響いてきた。続いて
「ナランはさー優しいから」「ナランはさー優しいから」
「ぬぁぁらんはさぁぁああやっさあしいいからああああ……」
「ナランはさー優しいから」「ぬあらんはさああやっさすぃぃからあああ」
などと声質と速度が変化しながら延々と同じフレーズが繰り返され始めた。
黙って立ち上がる。リースとローウェルは居ないようだ。
はぐれたのかな……などと思いながら、瓦礫の山の中を一歩進もうとすると、何かを踏んでバランスを崩し転んだ。
振り返って躓いたものを見つめると、小さな首が取れた女の子の人形だった。
藁が詰まった体にボロボロの赤い布のスカートを着ている。
地元で子供たちが遊んでいるような、よく見かけるやつだ。
相変わらずそこら中から同じフレーズが聞こえている中、人形を手に取る。
よく見ると人形の股や胸には穴が開いていて、藁が飛び出ている。
眺めていると人形はいきなり手を俺に伸ばしてきて、驚いて落とすと、そのまま、真っ黒な瘴気に変わって消えた。
な、なんだろうか……何か、今の瞬間にとても大事なことが分かったような気がする。
だけど、それは、口にしたくないし、できない。
などと思っていると、辺りのフレーズが変化して
「普通の兄妹とは違うかな」「ふっつううううのののきょうだいとぅわちがうかな」
「ふつうのきょーだいいぃとはちがうがぬうあああああああ」
などとどこかで聞いたサナーの声がまた音と速度を変えながら延々と響き始めた。
俺は瓦礫の上を歩きながら考える。
ああ、思い出した。この間実家に帰って地下室の俺の部屋に行った時だ。
リースの何かの言葉に、慌ててサナーが俺との関係を強調してた時のだっけ。
それで合ってるのかな……。
などと考えていると、目の前がれきの中からガサッと大きな何かが飛び出した。
それは何度も道中で遭遇したアンデッド砲のように十字の棒に縛られた二十歳くらいの両目を閉じた瀕死で裸の女性だった。
体中が痣と鞭の跡だらけで俺は目をそむけたくなる。
女性はカッと目を開くと
「サナーちゃん、あなたは、生きなさい」
と俺に言ってきた。その瞬間に何故か胸が痛くなって両目から涙が滝のように流れ出した。分かってしまった。
なんてことだ……とんでもない過ちを……。
ああ、ごめんなさい。兄貴たちが……あなたを……。
その場で崩れ落ちた俺の目の前で女性は縛られたままガレキの中へと再び潜っていき消えた。
しばらく声色と速度が変化し続けるサナーの言葉を聞きながら、その場にうずくまり、そして何とか立ち上がる。
歩かないと……ここから進まないと……。
動かない足を引きずるように瓦礫の中を進んでいくと、瓦礫が盛り上がった場所があり、そこにボロボロの布を一枚被っただけ小さな少女がしゃがみこんでいた。
見覚えのある赤毛と肌の色だ。
「サナー!?」
俺が駆け寄ると、少女は振り向かないまま
「おねぇちゃん、死んじゃった……優しかったのに」
と寂しそうに呟いた。
俺は背後から少女の身体を抱きしめようとするとスッと少女は消え失せた。
代わりに盛り上がっていた瓦礫は、小さく盛られた土の山となり、突き刺さった木札には
「馬鹿犬ペットのベス、ここに眠る」
そう明らかにふざけた字体で書かれていた。
ティーン兄の字だ……ちくしょう……俺は知らなかったんだ!
こんな最低なことをしていたなんて知らなかったんだ!
俺は怒りと怖れで心の中がぐちゃぐちゃになりそうになりながら立ち上がった。
さらにガレキの中を歩いて行くと、向こうから見覚えのある女性が歩いてきた。
呆然と立ち尽くしていると、いつの間にか目前に女性が歩いてきていた。
背が高くメイド服姿で、豊かな緑髪を左右に分けた姿は……。
「リブラーか……」
顔の見えない女性は深く一礼をして
「ナラン様、我々リブラーの同胞が普段からご迷惑をかけていることを謝罪いたします」
「あんたも、リブラーなんだろ?」
女性は微笑んだような雰囲気で
「我々です。私もその一部ではあります。しかし、全ては必要なステップでもあるのです」
「……言い訳はいい。何の用だ」
女性は軽く頷いて、辺りを見回すと
「ここは、サナーさんの精神世界外縁部です。モノラースとリブラーが引き合ったことで、ワームホールで移動中のナランさんが取り込まれました」
「……よくわからんけど、どうしたら脱出できるんだ」
女性はしゃがむと足元の瓦礫を一つ掴み立ち上がり、俺に見せてくる。
よく見ると、それは瓦礫ではなく、欠けた真っ赤な宝石の欠片だった。
「ルビーか?」
女性は黙って頷いて
「この瓦礫の大地の中には、忘却しているだけでサナーさんの人格形成のため、重要だったものも埋まっています。それを取り出して、そして組み合わせることで、サナーさんの精神世界中心部への道が開けるでしょう」
俺は呆れて脱力しながら辺りを見回し
「この中から探すのか?どれだけかかる?」
女性はまた見えない顔で笑ったような雰囲気を醸し出し
「ここには時間はないのです。どれだけでも、どこまでも納得のいくまで探してください。そして組み合わせることで、道が開くはずです」
「……とんでもないこと言ってないか?」
女性は深くお辞儀をするとルビーの欠片を俺に渡しスッと消えた。
「逃げたな……」
仕方なく瓦礫堀りを開始する。
いつの間にかサナーの声は消え、辺りは静寂が包み込み、ガチャガチャという俺の足元を手で掘る作業の音だけが響き渡り始めた。
……
俺の地道な手作業を時間に換算すると何千年、何万年経ったかわからない。
わからないが、ここでは腹も減らないし疲れないので瓦礫堀りだけに集中し続けた結果、様々なものが掘りだされ、俺が自力で組み合わせている。いるが……。
俺が組み合わせ案山子一号と名付けた壊れたヘルメットや鉄棒で出来た人形や、刀身が半分無いブロンズソード、血がついた布の束、小難しいゴブリン語の辞書、破れた布切れを地べたに並べて服の形にしたもの。
それから、右上の破片が見つからない大粒のルビー。
破れた蝶柄のハンカチの破片も三分の一くらい見つからない。
異国の言葉で書かれた謎の本、恐らくは親と自分を描いたであろう子供の絵。
そして最後に、最近見つかった鍵の壊れた宝箱から出てきた、多分、子供のころの俺が書いたであろう黄ばんだサナーへの下手な謝罪文。
「サナーへ。おこっていたけど、ぼくはサナーのことを大事におもっています。サナーもご主人さまであるぼくのことを許してください」
などと煽ってるのか何なのか分からないが、とにかく子供なりに必死に謝りたかったんだなという文章だ。
瓦礫の中、膨大な量探したが、使えそうなのはこれくらいだ。
謝罪文を手に持ち、しゃがんだまま
「おい、リブラー」
何万年ぶりの発声かわからないが、声はすんなりと出た。
「はい」
いつの間にか、背後に緑髪の背の高いメイド服の女性が立っていて、俺は後方にしゃがんだまま飛び退く。
「驚かさないでくれ……目ぼしいものはこれくらいだろ?」
立ち上がって女性に見つかったものを、指し示すと彼女は俺の手元の謝罪文を見つめ
「それですね。今の彼女が外縁部に追いやった大切な記憶です。大きくはっきりとした発音で声に出して読んでください」
と言った。




