地下へ
ローウェルは風のように庭園を駆け行き、その先にある二階建ての屋敷の扉を流れるようなピッキングで開いた。
そしてニヤリと笑い、俺たちを振り返り、屋敷内へと入っていく。
ほぼ同時に屋敷内から
「や、やめて!」
「ぐわぁ」
「あーっ……」
などと各種悲鳴が響き渡り、俺とリースは顔を見合わせ中へと急ぐ。
屋敷の玄関ホール内には数名の衛兵が倒れていて左右の通路や階段にはメイドたちが気絶していた。
ローウェルが駆け寄って来ると
「やはり地下室があるな」
そう言い、また風のように左側の通路へと駆けて行った。走って付いていく。
廊下の中ほどの掃除用具室のような小さめの鉄扉をローウェルはピッキングしようとしてすぐに諦め
「せーのっ」
自らに掛け声をかけ、右足のキック一発で蹴り倒した。
中からは、真っ黒い瘴気が溢れ出てくる。
彼は瘴気が当たらない場所まで下がり、俺たちが近づくまで待つと
「複雑に偽装しているようで、偽鍵以外してねぇな。中からは衛兵の気配も感じねぇ。リブラー使って貰えるか?」
俺は頷いて即座に
「リブラー」
と唱えた。いつもの声が
神経毒に似た成分の粒子を手前の部屋から地下に至るまで撒いているようです。
モノラースの魔力変換によるものでしょう。
この先に進むために、スキルの変更を行います。
"混沌を包み込む聖女" "オートヒールレベル10" "幸運の使者" を残し他の全てのスキルを削除。新たに "毒沼の龍主人" "アンチポイズンフィールド" を追加します。
両スキルの相乗効果により半径二十メートル以内ならば全ての生き物の体内に侵入した毒が自動で解毒され続けます。
半径二十メートル以内なら全員の毒が解除すると告げると、ローウェルは頷き、黙って右手の全ての指先に明るい炎を宿した。
「新忍法、五つ子の鬼火だ。地下遺跡でのアンジェラの魔法を真似てみた。カンテラも持ってきてねぇし、これで明かりを灯しながら行く」
そう言ってさっさと黒い瘴気の中へと踏み込んでいった。
俺とリースも足早に続く。
狭い室内は瘴気に満たされていて、真っ黒でローウェルの灯りがなければ何も見えない。
瘴気を吸い込むと一瞬気持ち悪くなったが、すぐに体が慣れた。スキル効果だろう。
ローウェルは室内奥の床のマットを足で横に退けると床にはめ込まれた扉を見下ろし
「レッスンツーだ。開けてくれ。右手が技でふさがってる」
と言いながら、左手で天井へと何かを投げた。
「ぐはっ」
二階から男の声が上がり、静かになる。
「ここの瘴気をさっそく染み込ませた毒矢だ。上から狙ってた衛兵たちも耐性はないようだな」
俺とリースはローウェルの異常な強さに感心している暇はない。
武器を置いて、床に現れた扉を開けようとしてすぐに諦め、俺の手斧とリースの槍で床を破壊し始めた。
木が割れてぐしゃぐしゃになった床の底に地下へと繋がる錆びた梯子が姿を現し、木片をさらに斧で切りながら人が入れるようにするとローウェルが苦笑いで
「かかった時間は及第点だな。開け方は落第だけどな」
そう言いながら、左手と足だけで器用に梯子を下りて行った。
背中に槍を背負ったリースに、先に降りて行ってもらい、俺は用心のために部屋の扉を閉め、いざ梯子を下りようと思ったら、明かりの担い手のローウェルが、かなり下に降りた様で辺りが暗くなって何も見えない。
くそっ……なんて俺は馬鹿なんだ……と悔やんでいると、突然身体が白く発光し始めた。
リブラーが気を効かせて何らかのスキルを追加したようだ。
ホッとしながら手斧と盾を持って降りようとして、それが無理だと分かったので盾を放棄して、斧だけを背中に背負い梯子を下りていく。
梯子を下りきると、ジメジメした土の床だった。待っていたローウェルは身体が発光している俺を見て、笑いそうになるのを口を抑えて止め、手元の忍法の火を消した。
リースはすぐに抱き着いてくる。
ローウェルはニヤニヤしながら黙って右手を奥に向け、ニヤリと笑ってきた。
どうやらここからは俺が先頭の様だ。
槍を手にしたリースを真ん中にしてローウェルが最後になり、三人で縦隊列で手前に進んでいく。
歩いていると気づいたが、ここは地下迷宮のような場所だ。道が分岐したので立ち止まって、ローウェルを振り返ると黙って右を指さしてきたので、そちらへと進んでいく。
「あ、ちょっと待て」
ローウェルが言って慌てて立ち止まると、一メートル手前の土床が崩れ大穴が開き、中から何かがせり出してきた。
異様な光景に俺は言葉を失う。
「うぅぅ……あ、ぁぁぁ……」
十字状に縛ってある長く太い棒に磔られている、全身が紫色に腐った裸の巨漢が目の前に出現した。
髪の毛はまばらに抜け落ち、肌からは所々骨が出ている。
俺は慌ててリースの手を握って数メートル後退した。
男が口を開いた瞬間、ローウェルはその口の中へと何かを投げ入れると男の頭が骨ごと破裂し連鎖的に「ボボボボボボ!」と体中の肉が飛び散っていった。
慌てて二人でさらに距離を取り、肉片に当たらないように呆然と眺めていると、頭のない骨だけになったその体が縛られたままカクカクと動き出した。
ローウェルは軽く息を吐いて
「アンデッドを使った魔法砲台だな。先に聖大樹の実を投げ入れて防いだが、口から強力な魔法が発射される仕組みになってたんだと思う」
リースが目を輝かせ
「聖大樹に行ったことがあるの!?」
ローウェルは「しまった」と言った顔をして
「……ま、まあな。巡礼者に紛れてな……」
「せいたいじゅって……何なんだ?」
リースが楽し気に
「世界中の聖職者たちが信仰している天まで伸びる巨大な樹のこと。選ばれし者しか行けないの。ウィズ王家でも数名しか行ったことないはず」
「そうかぁ。世界って広いんだな」
俺はその樹がどんな重要な意味があるのか分からないし興味もないので、生返事をするしかない。とにかく今は、サナーの所まで急がなければならない。
更に進んでいくと、開けた場所で全身が腐ったレッドゴブリンの群れに遭遇した。
「レッスンスリーだな。二人で倒してみろ」
リースと背中を守り合って、槍と手斧でどうにか七体ほどのゴブリンを片付けると端の方で気配を消していたローウェルが満足げに拍手してきて
「アンデッドゴブリンたちを七分か。悪くないぞ。二人ともレベル四十近いんじゃないか?姫様は転職してるな?」
俺が驚いてリースを見ると
「療養してた三か月の間に教官をつけてもらってノーブルナイトになったわ。いつかのナランと同じロードを目指してるの」
「無茶苦茶努力してたんだな……」
リブラーのスキルの副作用でそれどころではなかったろうに……。
リースはニコッと笑って
「だって療養して待つだけって悔しいでしょ?悪魔たちの世界では、全然役に立たなかったけど……」
「あそこは異常だから、気にしないことにしよう……」
俺の言葉に、ローウェルは笑いながら頷いて
「その方がいい。いつか平気で踏み込める時もあるかもよ?」
そう言うと、奥の暗い道を指さした。
サナーの居る場所まではまだ遠いのだろうか。




