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冴えない俺が、何でも教えてくれる魔法を手に入れたけど……  作者: 弐屋 丑二
同カテゴリーとの融合の試み

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降下

バゥスンは速度と高度を上げながら南へと突っ切っていく。

低い雲の中へと入って辺りの視界が無くなった。

リースは座ったまま体を低くかがめ、俺の身体を強く抱きしめながら

「ナラン、楽しいっ」

と喜んでいる。

ちなみに俺はそんな余裕はない。

風は前方から凄まじい勢いで流れて来ている。こんな中で立ち上がったら一発で風圧に煽られて落下するような状況だ。

そして、ローウェルはそんな中で俺たちの前で一人立ち上がり腕を組んで前方を睨んでいる。

俺たちに吹く猛烈な風を少しでも遮ってくれているのは分かるがやっていることが完全に人間離れしていて怖い。


一時間くらい経っただろうか、バゥスンは今度は姿勢は変えずに降下し始めた。

足元が浮き上がるような感覚があり両目を閉じたまま、手元の栗色の長く太い毛を纏めて握って落ちないように祈っていると


「しまった。兵士の集団に発見されたな。魔力が集中している。ファイアアローを打つつもりだ」


バゥスンの苦々しい声が響いてくる。

辺りを見回すと晴れた空の下で遠くには緑に満ちた山脈も見えている。

仁王立ちしているローウェルは

「逆に良いだろ。首都まで突っ込んでくれ。ニーダオラ制圧戦以来だな」

気持ちよさそうに豪風を浴びながら言い、直後にバゥスンは自嘲するようなため息を吐き、猛烈な勢いで前方へと飛び始めた。

後方に太い炎の矢が幾重にも上がり、そして失速して消えていく。

それが十秒くらい続くと攻撃は止んだ。

ローウェルは仁王立ちしたまま

「ホーミングの付加バフもないんじゃ、練度が知れてるわな。サナーちゃんを制圧したら、俺とお前でここに帝国造るかぁ?」


「冗談ではない」


バゥスンは不機嫌にそう言うとさらに加速し始めた。

俺とリースは抱き合ったまま、毛の中に埋まるように横になって風をしのぐ。


十分も経たずバゥスンは速度を緩め、空の上で停止した。

「もういいぞ、帝都直上だな」

ローウェルが横になっていた俺とリースを立たせ、下が見えるバゥスンの背中の端まで連れて行く。

直下には緑と水があふれる豊かな巨大都市が延々と広がり、その中心部には巨大な丸い丘を囲むように高い城壁が張り巡らされ、丘の上には花と果実で一杯の庭園を囲むように新築の屋敷が二十棟ほど建っていた。

「ここが首都なのか……思ってたより牧歌的だな」

ローウェルが眼下に目を細め

「小集団がモノラースの魔力で土壌改良した土地の周りに、人々が延々と移住してきている感じだ。人口は居るだろうが、首都の防御機構はいい加減になる」

「それであっさりサナーとフォッカーに制圧されたのか……」

俺と固く手を繋いでいるリースは輝く両目で眼下の景色を見下ろしている。

どうやら本当に楽しんでいるようだ。

ローウェルはそんな俺たちを見てニヤニヤしながら

「サナーちゃんはあのお花畑の下に居るはずだ。お、飛行部隊だな。バゥスン、ここでいい。降ろしてくれ」

遠くからドラゴンの悍ましい鳴き声が何匹分も響いてきてそちらを見る暇もなく、バゥスンは背中を縦にし、俺たち三人は空中に落下していく。

バゥスンは栗色の翼を羽ばたかせると、緑や黄色のドラゴン部隊へと接近し通り過ぎる間際に、一瞬で全て叩き落してから遠くの空へと去っていった。

ローウェルは落下しながら

「あ、荷車の位置訊き忘れてたな。まあ、いいか」

と楽しげに言うと、宙を泳ぐようにかいてきて俺とリースの身体を抱え

「よっと」

バフッという音と共に、旅装の背中から巨大な膨らんだ布を射出し、落下速度を一気に緩めた。

「パラシュートっつんだよ。いかに手を使わずに使うかが戦時でのコツだ。ちなみに、この破れない薄布は古代文明の作ったもんを拝借してる」

ローウェルはそう言うと、近づいてきた庭園を見下ろす。

その中は蜂の巣をつついたような騒ぎになっており、メイドたちが退避していき、鎧を着た兵士たちが俺たちを見上げて怒号を上げたり弓に矢をつがえたりして迎撃の準備を始めた。

ローウェルは楽し気に下の光景を眺めると

「百七十二人か。レベルは一番上の長らしきナイトが四十一。平均二十七ってとこだな。ナラン、一人でいけるんじゃないか?」

「いやいやいやいやいや!無理だろ……」

「ナランならいけるよ!」

反対側の脇に抱えられているリースがニコッと笑い、腕を伸ばして俺と手を握ってくる。

ローウェルはニヤーッと笑うと

「どうだ?」

「おっさん……頼むって……下手にリブラー使って大怪我させたら大変だろ」

ローウェルは苦笑しながら

「戦場で相手の怪我の心配すんなよー……まあ、いいか」

そう言うと、大きく息を吸い込み、口からまるで雲のような煙を吐き出した。

それは延々と口から噴き出していき、下の庭園にも降り注ぎ、とうとう辺りがまったく見えなくなった。

「忍術、大煙隠しだ。結構、高レベルで覚える戦闘スキルなんだぜー?」

相変わらず俺とリースを抱えているローウェルの得意げな声しか聞こえない。

視界は既にゼロだ。

「いや、これじゃ何も見えんだろ……ひっ」

俺の隣を発光した魔法の炎の矢が飛んでいく。

ローウェルは爆笑しながら

「当たらんって。リブラーが盛りに盛ったスキルを信じろよ」

俺は身体が激しく震えてもう言葉が出ない。


ローウェルは煙で視界不良の中、庭園内に着地して、俺とリースを降ろすと

「抱き合ってろ。一分で終わる」

と言うと煙の中に気配を紛らせて消えた。

言われた通りにリースが俺に抱き着いて

「楽しいね」

と囁いてくる。いや俺は全然楽しくない。

むしろ怖い。怖すぎる。

肝が据わってるなぁ……と感心していると

「ぐあっ」

「くそっ……ぐはっ」

「くるなぁぁぁぁ……ぐぼべっ!」

「隊長!見えませーん!ぐっ……」

「フォッカー首相はどこじゃあああ!ぼべっ」

などと次々に兵士らしき男女の悲鳴が上がって、一分ほどするといきなり強風が吹いてきて煙が空へと巻き上がり一気に消えていった。

果実と花の美しい庭園内には、各所に百数十人の兵士が気絶して横たわり、汗を袖で拭いながらローウェルがこちらへと歩いてきた。

「つまんなかったな……おっ」

ローウェルはそう言うと、後ろを見ずにポーンと石を投げて

「……ぐへっ」

倒れていた魔術師らしきローブ姿の老人の頭に当たる。

「寝たふりしてたんでね。ちなみにさっきの風は忍法つむじ風だ。低レベル技だな。敵の注意を引いたり、熟女と戯れているときの同意ありでのスカートめくりにしか使えん」

「……余裕あるな」

ローウェルは苦笑いして

「姫様も楽しげじゃないか。ビビってるのお前だけだぞ」

確かに俺に抱き着いたリースは頬に赤みがさして両目は輝いている。

完全にエンジョイしているのは分かる。

ローウェルは辺りを見回し、近くの屋敷内からこちらを恐々と見ていたぽっちゃりした熟女メイドに、爽やかに手を振ると青い顔をして隠れられた。

「ま、ナンパは終わってからにしよう。じゃあナラン、姫様、戦場でのレッスンワンだ。まずは使えそうな武器を敵兵から借りてみようか」

リースはすぐに近くの鎧兵の長槍を手に取り、それを見たローウェルは

「合格。傷をつけられるべきでないご自分の立場を分かっていらっしゃる」

そして俺をニヤニヤしながら見てくる。


俺は倒れている小柄な女性兵の軽そうな長剣を手に取ろうとして、チラッと振り返るとローウェルが渋い顔をしていたので焦りながら戻し、真剣に辺りを見回し始めた。

そして鉄斧と鉄盾を辺りに落としたまま気絶している鎧兵を見つけ、両手にそれぞれ持って振り返ると

「まあ、合格だな。手堅いと思うぜ」

そう言ったローウェルは頷いてから

「よし、行こうか。二棟向こうの屋敷の風の流れが少し違う」

自身が風のような素早さで北側に連なっている屋敷へと走り出した。

俺とリースも慌てて走りながらそれを追う。

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