この恐ろしさは、何か質が違う
エアーは少し下がると、静かに背中の両手剣を抜く。
半透明な青黒く輝く光で出来た刀身が、微かに揺らめきながら出現した。
エアーは先ほどまでの多少抜けた雰囲気から一変して俺は睨みつけたまま、静かに腰を落として両手持ちで構えると
「この剣はモノラースの欠片を分けてもらって造った、地上のモノラースと接続されている無限の魔力剣だ。魔王……お前も、もう終わりだ……私の大事な人たちをよくも……」
俺はここは動かない。というか動けない。
ここからはシナリオがないのだ。
リブラーが何とかする。というのがシナリオだ。
アンジェラによると、悪魔たちの政府上層部がここで俺の戦闘力を計りたいとのことだ。
できれば思いっきり戦って欲しいという要望は聞いているが……。
ど、どうしたらいいんだろう……と思っているとエアーはいきなり跳躍して俺の目の前へと飛んだ。
青黒い光の刀身が勢い良くしなりながら、正確に俺の身体目がけて一閃される。
あ、死んだ……と思ったのも束の間で、急に光の刀身が消えた。
スカッた形になったエアーは大きく体勢を崩し、そのまま階段を転げ落ちていく。
彼女は何とか体勢を立て直し、玉座から距離を置くと
「なっ、なんで?なんでえええ?何で消えたんだっ!?」
完全にパニックになった顔で、刀身が消えた長剣のグリップを焦りながら裏返したりして見回し始めた。
鞘まで背中から取り外しその中まで見たりしている皇帝女子エアーに、俺も呆然としていたが、恐らくはリブラーが何かしたんだろうなと納得することにした。
かなり予定が早まってしまったが、立ち上がると軍服のポケットを素早く探り、スイッチを取り出すと強く押す。
同時に四方から粘々した半透明な糊のような物質が大量に飛んできて、パニックになって隙だらけだったエアーの身体にべったりとくっついた。
糊状の物質は、エアーの身体を包み込むように球状の大きな泡となり、そのまま玉座の間の入り口へと高速で飛んでいって去って行った。
「終わった……」
俺は玉座に崩れ落ちるように座り込む。
一時間もかかってないとは思うが、とにかく終わった。
疲労と眠気で気絶しそうになっていると、玉座の背後の隠し扉から拍手をしながらいつもの恰好に戻ったアンジェラが出てきて
「さすがね。まさか相手の魔力を消すだなんて思っても見なかったわ」
「いや、何がなんだか……リースは無事ですよね?」
アンジェラは爽やかに頷くと
「あのね、二人とも、帰れることになったわよ。思ったより新アトラクション造成のために時間が取れたし、私が手加減しながら戦ったことで、我々ヒトが相手をしても、か弱い人間たちを傷つけないデータも公式に取れたから、お役御免ね」
「そ、そうですか……皇帝女子たち四人は、また偽悪魔世界に?」
アンジェラは苦笑いしながら
「たぶん、この公園内でシーズン2が始まるわ。政府作成のリアリティドラマとして5くらいまで行くんじゃないかなぁ……。あっ、申し訳ないんだけど、この件は地上では黙っててね?我々ヒトが、地上の人間使って、みんなで楽しんでるとか知られたら向こうでは大問題になるでしょ?」
「いや、大問題っていうより悪魔のイメージ通りですよね……。それ知って、本気で取り返しに行こうとか思うのも皇帝女子さんたちの国の一部関係者だけでしょうし……」
悪魔たちが強くて恐ろしいのは、人間なら皆知っているが、この恐ろしさは、何か質が違う……。
エアーたち四人は、悪魔たちが飽きるまで
延々と偽の作られた悪魔世界を旅して行くのだろう……そう考えると、めちゃくちゃ怖くなってきた……俺がその立場じゃなくて良かったかもしれない。
ということで、リースとアンジェラ共にモンチ君が運転する空飛ぶ鉄塊にまた乗り、即座にワームホールに続く侵攻所へと戻ってきた。
まだ眠いが、すぐにでも帰りたい。
ちなみに今度は高速移動で酔わなかった。
身体が慣れたのかもしれない。
衣装も返却して、身体の色も戻してもらった。
侵攻所内をアンジェラに案内され、行きの時に来た白い部屋へリースと共に入ると、三日前に見たのと同じ作業着の男がガラス向こうから手を振ってきた。
その隣に入ってきたアンジェラがニコニコしながら短い鉄棒を握って口に近づけると
「書類手続きが終わったら、また行くねってミヤちゃんに言っといて。あと座標が初めての場所だから、出現した時に少し不都合があるかも」
こちらの室内に向こうの部屋のアンジェラの声がしてくる。
俺とリースは黙って頷いて、次の瞬間には虹色の光に包まれていた。
そして来た時と同じような光の粒のトンネルを延々と上昇していく。
リースに抱きしめられたままその状態を続けているととうとう俺は眠気に負け、眠り込んでしまった。
……
一瞬、砂に吞まれたかと思ったが、すぐにリースと俺は空に吹き上げられ、そして真夜中の砂漠に転がっていた。
砂を払いながら立ち上がる。
リースも立ち上がり、身体と両腕を気持ちよさそうに伸ばすと
「あーっ!!楽しかった!なんかすっごくレベルアップした気がする!」
「……いや、リースが無事でよかった。ほんと怖かった。二度と行きたくない……」
リースは項垂れる俺をニコニコしながら見て
「でも二人で無事に戻れたし、さあ、帰りましょ!!私たちの家にね」
「そうだな。おい、リブラー、そろそろ出てこいよ」
この砂漠から、俺たちの家に帰宅する方法を訊くために呼ぶといつもの声がようやく頭の中で
申し訳ありません。機能分割しつつ
悪魔たちの世界の観察モードに入っていたので、応答ができませんでした。
帰宅するための方法ならば、このまま五分ほど南へと歩いていけば放棄された砂船が見つかるので、それで帰れます。
「リブラーはなんて?」
リースが興味深げに尋ねてきたので
「五分くらい南に歩けば、棄てられた砂船があるって」
「よかった!行きましょ!」
リースが俺の腕を引っ張って歩き出す。
今のうちにリブラーに尋ねておこうと歩きながら
「なあ、なんでエアーの刀身は消えたんだ?」
いつものリブラーの声が
二つの要因があります。
まず、我々リブラーとモノラースは同カテゴリーのものです。
つまり味方同士なので、安全装置が働いて味方を攻撃することはできません。
そしてもう一つの要因は、あの瞬間に地上でのモノラースの所持者が変わりました。
エアーさんは所持者ではなくなったので、あの紐付けられたエネルギーソードを二度と使用することはできないでしょう。
「……なんて?」
リースがまた尋ねてきたので
「いや、何か難しいこと言ってる。モノラースの所持者が変わったんだって……」
リースは難しい顔になり腕を組んで考えると
「それって、エアーさんにとってはマズくない?悪魔たちの世界に行ったら変な形で囚われて留守にしてる間に、大事な古代遺物まで取られたってこと?」
「……古代遺物が取られたってことは、たぶん、国も持ってかれてるよな……。でも俺たちには、どうしようもできないし」
悪魔たちに玩具にされている皇帝女子御一行の心配までできない。
あの様子だと深く関わると俺たちも同じ扱いにならないとも限らない。
その後、砂船を無事に発見した俺たちは、リブラーに動かし方を聞きながら、小舟程度の船体の、船尾から外れていた魔力吸収装置などを組み直し、再びはめ込む。
ドルルルルル……という駆動音がして砂船は動き始めた。
リースが操作はできるそうなので、船尾に立って貰って操作桿を握ってもらう。
「じゃあ、アクセル踏むわね。最初はゆっくり行くから」
「頼みます……」
先端付近に座った俺は再び眠気がしてきた。欠伸をかみ殺していると
「寝てていいよ。私、大体の方位が分かれば、砂漠は抜けられると思うから」
「……ごめん、頼む」
「困ったら起こすね」
「うん。いつでも起こして」
動き出した砂船の中で寝そべると、疲れからか一瞬でまた眠りに落ちた。




