御一行
それから三日間は、平穏に過ぎた。
夕食の時に必ずモリモトネがインタビューに来て、あの大きな機械を向けられながら色々と訊かれたがリースと共に無難に答えていたと思う。
ちなみに食事は、食堂専属のふくよかなおばちゃん悪魔が雇われていて俺たちの三食を全て作ってくれた。
アンジェラも三日間俺たちに寄り添い、様々な解説や説明をしてくれたが、理解ができなくて殆ど覚えていない。
二日目の午前中に一度、地下迷宮に落ちた皇帝たち一行をモニターとか言う遠くが映し出される機械で見ようと、四階の一室に向ったが、機械の不調で一切映像は映らなかった。
その日の夕食にモリモトネが話したところによると、現在一行の一人が過酷な毎日にホームシックにかかってしまったらしく、その仲間を励ましているらしい。
悪魔たちはその様子を映像で見て、愉しみつつも心配しているそうだ。
……いや、もう俺たちも早く帰らせてほしい。
一度、負けさせてどうとかそういうのももういいから早めにリースと地上に帰りたいと、夜中にこっそりリブラーに尋ねてみたが、まったく返答が返ってこなかった……。
こいつ……大事な時に役に……いや、リブラーも何か考えがあるのだろう。
そんなこんなで俺は、高くてグロい玉座にふんぞり返って三日目の深夜を迎えている。
リースと寝ようとしたらアンジェラから急遽呼び出された。
皇帝様御一行の探索スピードがいきなり上がったそうだ。
もう眠くてボーっとしているので、ある意味緊張しなくて助かるかもな……。
などと馬鹿なことを考えながらその時を待っていると大きな音がして、玉座の間の扉が押し開けられる。
「たのもーう!!セブンスクラウディー帝国の皇帝陛下が来てやったぞ!」
思ってたのと違う甲高い女子の声が玉座の間中に響き渡った。
目を凝らして、遠くから歩いてくる四人の姿を見つめていると毛量の多い金髪を左右で三つ編みにし長い両手剣を背負い、自信満々に先頭を歩いてくる俺と同じ年くらいの女子がまず目についた。
服装は、傷だらけのプレートメイルを着て、足元は民族衣装のような派手な刺繍のロングスカートだ。
顔は大きな蒼い両目が印象的だ。
その背後を、白髪の肌の黒い、年老いた戦士が大斧を背負って歩いてくる。
その横には自信が無さげな、ボロボロのローブ姿の天然パーマで丸眼鏡の小柄な青年が続き、そして最後には、頭に鳥の毛で作られた冠を被った筋肉質な赤い肌のタトゥが大量に入った上半身を何も着ずにあえて晒している長身黒髪の美男子が大股で歩いてきた。
皇帝と自ら名乗った女子は、玉座の五メートル手前まで来ると、動かない俺に向け、意思の強そうな表情で顔を上げ
「我々は、魔王であるお前からこの世界を解放して、ここをセブンスクラウディーの領地にすることが目的だっ!」
歯切れよくそう言って、右手の人差し指をビシッと俺に向けてくる。
えっとセリフなんだっけかなと眠い頭で思い出し
「待っていたぞ……勇者たちよ……」
やたら良く通る低い声で、四人に向けて言うと皇帝女子はブルブルっと全身を震わせ、嬉しそうに俺の方見ながら
「あっ、あたしは!!この瞬間を待っていたんだ!!気持ちよく絶対悪を倒せるこの瞬間を!!」
自信なさげな丸眼鏡の男子がいきなり横から顔を出すと
「あっ、あの……うちの皇帝は、権謀術数の人間界に嫌気がさしてて……だっ、だれが絶対悪とかそういうの人間界では珍しくて……。あ、あの……それで……悪気はないんでっ……うぐぐぐ」
男子は背後から長い腕を伸ばして口を抑えた美男子から黙らされると彼は静かに
「やめなよ」
と言って、男子を後ろへと引っ張って下がらせた。
皇帝はウズウズした様子で
「よっ、よーし!!魔王!!まずは自己紹介させろ!あたしは、セブンスクラウディー帝国初代皇帝のエアー・バレッティだっ」
あ、ご丁寧にどうも……と会釈を返してしまいそうになるのを踏みとどまる。
俺は黙ったまま偉そうな態度に徹しようとする。
「そしてっ!!この大斧のジジイがギャロ・バレッティだっ!あたしの戦いの師匠であり、親父の兄貴のおじさんだっ」
体格の良い老人は苦笑しながら、軽く頭を下げてきた。
なんか俺は早くも、こいつら愛すべきバカなんじゃないかと言う予感がしている。
さらに大真面目な自己紹介は続くようで、魔王役の俺に背中を向けてまで、背後の異国風長身美男子を指さした
「こいつはトゥエルブ!!うちのクール担当だっ。困ったときは”やめなよ”の一言でなんでも解決してくれる!」
トゥエルヴは半身でこちらを見ながら、軽く笑ってきた。いや、かっこいいよな……もてるだろうな……。
さらにエアーは、トゥエルブに腕を回されて口を抑えられている小柄な青年を見て、軽くため息を吐くと、気を取り直した表情でこちらに向き直り
「あたしの兄貴のザック・バレッティだっ。気は弱いけど!ちょー強い魔法使いだぞっ!!」
そしてさらに大きく口を開けると、ビシッと俺を指差し
「あたしは正々堂々名乗った!!今度はお前が名乗れ魔王!!」
と言ってきた。
実は、この展開は完璧に予想されていた。
というよりアンジェラが渡してきた想定問答集、ほぼそのままだ。
皇帝は短絡的なので、こういう風に言ってくるだろうとそこには書かれていた。
まさかそんなバカ居ないだろ……と本気にはしてなかったが、実際この目で確かめてみて、本当にバカなのは間違いないようだ。
愛すべきバカたちだ。違う出会いをしていたら友達だったかもしれない。
……とにかく、用意していた回答に移ることにする。
「勇者よ……我は魔王なり……絶対的存在……全てを滅ぼす者。そして……世界を無に帰すものなり……」
何とかうまく言えた。
低めの声色も及第点だと思う。
皇帝女子エアーはブルブルっと全身を震わせた後、その場で拳を突き上げピョンッと飛び上がると
「おっ、お前こそっ!あたしが子供のころから毎日夢で見てたっ……魔王だっ!!正々堂々戦うぞっ!!」
俺はアンジェラから教えられた通り静かに
「……では、勇者とその仲間たちよ……まずは、我が側近である悪魔首相と戦ってもらおうか……」
そう言った。
次の瞬間には、
「ほほほほほほほほ!!」
という甲高い声と共に、玉座の間の天井付近から蜘蛛のような不気味なスーツを着たアンジェラに抱えられたリースが降下していた。
当然、あの衣装のままだ。
近づいたら俺は声を上げそうになる。
どう考えても巨大蜘蛛に浸食された悪辣な悪魔にしか見えない。
アンジェラの着ているスーツはリースの身体に吸着して一体化している。
「皇帝よ……よく来たわね!まずは、私と戦いなさい!」
リースはノリノリで演技している。
こういうの実は好きなのかな……とか思いながらその二人の重なった背中を、俺が玉座から見下ろしていると、皇帝女子が興奮した様子で
「あたしはっ!賢いからここは体力温存だっ!みんな!!悪魔首相と戦ってくれっ」
エアーはササッと後ろに下がり、震えながら少しずつ後退していた兄が逃げないように捕まえた。
同時にトゥエルヴとギャロが前に出てくる。
リースは軽く咳ばらいをすると
「負けないわ!全ての悪魔たちのために!」
と宣言し、直後にアンジェラに抱えられたリースと皇帝配下の二人が戦い始めた。
激闘は三十分近く続いた。
素手のトゥエルヴ、大斧のギャロは戦い方が全く違うのに完璧な連携で自由に飛び回るアンジェラに抱えられたリースへと容赦なく斬撃や打撃を打ち込んでいった。
恐らく地上ならレベル60より上かもしれない。強力な戦士たちだ。
しかし、アンジェラが黒子役で抱きかかえて操っているリースが負けるはずもなく、時折リースの胸の辺り……アンジェラの抱えている手がある辺りから強力な青白い光線が発せられ、それらが何度も直撃した二人は次第に弱っていった。
トゥエルヴが膝をつきそうになりながら、何とか持ちこたえ、ギャロと目を合わせると二人は同時に頷く。
いきなり背後で、エアーが
「やっ、やめろおおおおお!!それはだめだっ!やめてええええ!!」
と絶叫したがもう遅かった。
二人は燃え盛る炎となり空中に浮かぶリースへと突進した。
玉座の間全体に揺れるような大爆発が起こり、それが晴れると、そこにはもうリースも二人も跡形もなく居なかった。
エアーは愕然とした顔で
「な、なんてことだ……あっ、あたしの大事な二人が……まっ、魔王っ……!」
そう言って、こちらを睨みつけてくる。
その隣では彼女の兄が、床に手をついて絶望していた。
ちなみに、この展開も予想されていた。
二人が使ったのは地上魔法のフェニックスフレア。殆ど禁呪扱いで膨大な魔力を使うので普通の人間ではほぼ扱えないが、皇帝御一行は、モノラース経緯の無限の魔力があるので
奥の手としてお供の誰かが使ってくるだろうということだった。
当然、二人はアンジェラがリースごと既に安全な場所で保護している。
ポロポロと大粒の涙をこぼし、こちらへと向かって来ようとするエアーの足首を背後からガッと兄のザックが掴んで止めた。
そしてスッと立ち上がると
「エアー……僕がまずは魔王と戦う。君は弱った魔王にとどめを刺してくれ……」
「なっ、なんでっ!さっきまで家に帰りたいって言ってたのに!」
確かホームシックにかかった仲間がいるとか言ってたな……。
などと俺は眠い頭で二人を玉座から見下ろす。
ザックは真剣な雰囲気でエアーの腕を掴むと
「ここが、僕の人生の意味が試されている場所だって分かったんだ。もう、泣き言は言わない。僕は妹である君の助けになる……!」
そして彼は真っ赤なオーラに全身が包まれた。
あれは、ファイアフォースだ。事前に使うだろうと説明があった。
炎系の高位魔法使いの攻撃と防御を同時に強化する魔法。
エアーを後ろへと手で下げたザックは、毅然とした態度で玉座の階段の下まで歩いてきた。そして俺が玉座の脇のスイッチを押すと
「魔王!!このザック・バレッティが!貴様を!……あっあああああぁぁぁぁぁ……」
足元で左右に開いた落とし穴によって落ちて行った。計画通りである。
皇帝以外の誰か一人は落とす予定だった。
すぐに閉まった落とし穴へと皇帝女子エアーは真っ青な顔で駆けより、俺を悔し気に見上げると
「くっ、クズだっ!!お前は本物の悪だっ!!もう迷わない!!あたしは!お前を倒してやる!」
ブルブルと怒り震えた声で宣言する。




