魔王城
セクシーな黒い衣装と角、そして紫の肌になったリースと、緑の肌と冷たい雰囲気の軍服軍帽姿の俺は、先頭のアンジェラに連れられ、延々と続く樹海に開かれた左右に木柵の手すりが設置された遊歩道を歩いている。
長閑な鳥たちの鳴き声が響き、空気も澄んでいる。
長身のアンジェラは振り返らず
「散歩コースとして、元々は人気なのよねぇ、ここ。今は進入禁止ゾーンに指定されているから、人けはないけども」
俺とがっしり腕を組んだリースが微かに震えながら
「あ、あの……それでこれから……」
アンジェラは颯爽と歩きつつ
「まあ、ちょっと時間調整中よ。そのうち電話が来るだろうから二人ともこの雰囲気を楽しんで頂戴」
「は、はい……」
リースはこちらを困惑した顔で見てくる。
俺はとにかく頷いて落ち着けようとする。
何がこの先に待ち受けているのか、ほぼ想像できない。
セブンスクラウディー帝国の若い皇帝をボコボコにするというのは分かったが、そのやり方も分からないし、どういう場所でそれをするのかも分からない。
とにかく、俺とリースはこの意味不明な文明を持つ悪魔たちの国で、黙ってアンジェラに従うしかないようだ。
三十分も遊歩道を歩いていると、アンジェラがスッとポケットから金属片を取り出しそれを耳元に当てて喋り始めた。
「ああ、人気配信者のヤマシタガワ・ロックを公園内で拘束したと。ふんふん、早めるのね。え?落ちた?一度、遠くにやる?それから再戦?分かったわ。この面倒な任務が成功した暁には、私を地上に戻してね?」
アンジェラは苦笑いしながら振り返り
「途中で切られたわ。それはそうと、行きましょうか。早くも皇帝様御一行が、ベヒーモス部隊が突貫で作った魔王城に入ったそうよ」
「ま、魔王城……?」
アンジェラは笑いながら
「それっぽくていいでしょ?なんかね、シナリオでは一回こっちが勝っちゃっていいんだって」
「し、シナリオ?」
「計画表のことよ。政府的には公園の端に御一行をワープさせて、それから、もう一回、魔王城に来るようにしむけたいそうよ。政府のお偉方も、皇帝様たちの人気を無視できずショーを引き延ばすようね」
「な。なんかわかんないですけど、補佐お願いしますよ?」
アンジェラは笑って頷いた。そして次の瞬間には彼女の長い腕で左右の脇に抱えられた俺とリースは大空へと舞い上がっていた。
恐怖を感じる暇もなく、空中を高速移動した俺たちは、辺りを雷雲が渦巻く、地上のはるか先まで見通せるような巨大で高く、全体がどす黒い石で造られた城の最上階バルコニーに着地した。
「……け、ケホケホッ……」
いきなりの飛行にショックを受けているリースがせき込んでいたので背中をさすっていると、アンジェラがバルコニーから見える不吉な景色を見渡し
「見てみなさい。ベヒーモス部隊の汗と涙の詰まった景色よ」
リースが落ち着いたので二人で手を握って
テラスの端まで進んで行き、二人同時に息をのんだ。
遠くには天まで聳え立つような雪山が広がっていて、周囲を巨大な龍たちが飛び回っている。
その少し手前には滅びた廃虚の都市が、さらに手前には超巨大なドラゴンの骨が散らばって埋まった砂漠が、そのさらに手前には、戦乱が起きた後なのか真っ赤な血の川が何本も流れる湿原が、そのさらに手前には、大地から噴き出す広大な溶岩地帯が、その手前には大地に半分埋まった苦悶の表情の超巨大な土の巨人が低い山脈になっている地帯が、さらに手前には黒雲の下でも光り輝く美しい街が、そしてその先には波打つ丘陵に複雑に立てられた柵による防衛陣が、そして、この魔王城の手前には薄暗い雰囲気の広大な街が広がっていた。
「……ここは地獄ですか?」
思わず言ってしまうと、アンジェラが声を立てて笑い
「土木の得意なヒトたちが政府から雇われて造ったアトラクションよ。そこにやられ役のヒトを配置したり、ゴーレムを置いたり、街にはペットのモンスターたちや、役者のヒトが税金で雇われて住んでるわ。まあ、苦心して皇帝様御一行を冒険させていたわけ」
「な、なんでそんな必要が……」
アンジェラは苦笑しながら
「それはさっき説明したわね。要するに隔離してたわけ。面倒な彼らを傷つけずに、地上に帰らすためにね」
「……そ、その総仕上げってわけですか?」
リースがバルコニーの下を見ながら
「い、今……この下に居るんですよね?」
アンジェラは爽やかに首を横に振ると
「トラップに嵌って、魔王城地下の大迷宮最下層まで落ちたわ。まあ、ここまで到達するに三日ってとこでしょうね」
俺は大きく息を吐く。少し心構えする時間はあるようだ。
リースも体の震えが止まった。
肩を抱き寄せていると、背後から駆けてくる音がして、振り向くとサングラスとハンチング帽を被ってセーターを着た、痩せて少し背の高めの男が大型の鉄の塊のようなものを右肩で背負い、こちらに向けながら
「あ、どーも、ヘッドバランやってる政府広報局のモリモトネともうしまーす。今回の映像作成のディレクター兼カメラマンでーす」
軽い調子でこちらへと頭を下げてきた。
アンジェラが進み出て
「この子たちはカメラ慣れしてないのよ。下げてから来てくれる?」
モリモトネは申し訳なさそうに
「いやー少数精鋭でしておりますので映像を撮り続けないと素材が足りないんですよねぇ。すいませんが、インタビューいいですか?」
アンジェラは仕方なさそうに俺たちを振り向いた。
「な、何かよくわからないけど、どうぞ」
俺が答えると彼は軽い調子で
「ありがとうございまーす。皇帝様御一行と戦う意気込みは?」
「頑張りたいと思います」
「頑張ります」
俺の背中に半分隠れたリースと二人で何とか答えるとモリモトネは満足した様子で
「ありがとうごさいまーす。じゃ、迷宮での撮影がございますのでー」
と言うと、バルコニーの奥の部屋へと風のように駆けて行った。
「な、なんなんですか……」
アンジェラは大きくため息を吐いてから
「要するに、政府が国民のために映像を撮影してるのよ。公園内に進入禁止されているから国民は入れないからね。それだけ、注目度が高いってことよね」
「意味全く分かんないけど、ややこしそうなのは伝わりました……」
もう考えたくない。
というか悪魔と言うかヒトたちとは文化が違いすぎて深く考えてもどうしようもない気がする。
俺たちもバルコニーの奥へと入ると、中は明るい内装の雰囲気が良い書斎だった。
隣には天幕付きのダブルベッドの寝室もあり
ベッドの端にリースと腰掛けて
「ここで待つ感じですか?」
窓から外を眺めているアンジェラに尋ねると
「いや、書斎の真下に、魔王のための玉座の間があるからその辺りも下見もしないとね。あとは、迷宮や城内の仕掛けもちょっとはいじって良いらしいわよ」
「わ、わかりました」
もういいや。言われたことに従おう。リースも覚悟を決めつつあるようだ。
その後、一日かけて俺たちは魔王城の内部を見回った。
最上階の一階下の玉座の間は、散った鮮血のような赤が、黒光りしている壁や床に所々に散っていて、その上に敷かれた怪しく鈍く発光する毒々しい紫のカーペットが、二十段ぐらいある階段の上の腐った骨で造られたような禍々しい玉座に続いている。
そこに座らされた俺はアンジェラから皇帝様御一行が来た時のため
「待っていたぞ……勇者たちよ……」
というセリフを何度も練習させられた。
三時間くらいやったら、かなり低い声が出るようになったので、多分リブラーがスキルで何とかしてくれたんだと思う。
そのリブラーだが、アンジェラによると全力で使って構わないそうだ。
魔王城は跡形もなく壊しても半日もあれば復元できるのでできるだけ派手に戦って、皇帝様御一行を負けさせてもらいたいらしい。
ただし、人死にや障害が残るような負け方は禁止で、そこはきっとリブラーに任せればどうにかしてくれるだろうとのことだ。
リースの役目もあるのだが、それは勝った後に教えてくれるらしい。
もはや覚悟を俺は決めた。




