テノリモリ国立公園内
流線型をした灰色の鉄の塊は、静かに俺たちの近くへと降下し、そして地について停止すると前方の席のガラス窓の向こうには、ブラックゴブリンのモンチ君が座っていた。
しかも、何となくお洒落な赤縁眼鏡などかけている。
執事服を着こなした彼は側面の扉をガチャリと開けて出てくるとアンジェラに向け深く頭を下げながら
「遅れまして、申し訳ありません」
などとまったく遅れていないことを分かっているような、むしろ早く着いたことを誇っているような調子で言ってきた。
アンジェラはその下げたツルツルの黒頭を長い腕を伸ばし撫でると
「さ、行くわよ。ナラン君たちは後部座席に乗ってね」
モンチ君がいそいそと後部座席の扉を開けてくれたので、俺はまず気を失ったままのリースを奥へと座らせ、その隣に座った。
座席の座り心地は良い。高いソファに座っているようだ。
モンチ君は操縦席らしき丸い操縦桿のついた席に再び座り、その隣の席に長身のアンジェラが長い手足を折り曲げて入ってきた。
「では参りますねー。テノリモリ公園に向かいますぅ」
嬉しそうなモンチ君の声と共に、俺たちを乗せた鉄の塊はフワリと浮き上がり、そしてゆっくり加速しながら、悪魔たちの飛ぶビル群の間へと進みだした。
アンジェラが楽し気に
「モンチ君、無事故無違反歴長いからね。安心して乗ってね」
「は、はい……」
いや、空飛ぶ鉄塊とか、ビル塗れの大都市とか飛び回る悪魔達とか、その下の車輪付きの鉄塊の行き交う車道とか……。
こんなに技術力も、魔力も何もかも違うのか……とショックの連続だ。
何なんだこの悪魔たちの国は。
アンジェラは鼻歌を歌いながら、操縦席と自分の席の間のボタンを押し始めると、そこからいきなり声がしてきて
「本日、目玉ニュースです。我が国に降りてきた地上の健気なチャレンジャーたちは、現在、フクワー県北部のテノリモリ国立公園内で完全隔離されています。国交省のベヒーモス部隊が短期間で作った疑似地上世界で彼らは冒険していますが、市民の皆様は他種族愛護法を守り、決して手を出さないようにと現地県知事、市長からの要請が出ています。各地の有識者たちは……」
アンジェラがふふふと笑いながら
「これから、私たちが向かうのはそこよ。高速飛行ルートに入れば、一時間ちょっとで行けるわ」
「は、はい……具体的には何をすればいいんですか?」
そろそろ教えてほしい。
むしろ一刻も早く目的を成し遂げ、この世界から立ち去りたい。こんな恐ろしいとは思わなかった。
アンジェラは外の景色を眺めながら
「隔離地点は、ちょっとした遊園地みたいになってるから、あなたのリブラーで、皇帝様御一行のプライドをズタズタにして障害が残らない程度にボコボコにしてほしいのよ。上手いこと弱らせたら、あとは我々ヒトがワームホールに放り込んで二度とこっちに来られないように、出入口も封印するからね」
「あの、何で俺なんですか?」
アンジェラは少し黙った後
「これは、危険人物だと認識されつつあるあなたの審査も兼ねているの。我々ヒトに敵対的でないかどうか、というテストね。要するに」
「も、もし敵対的だと思われたら?」
「どうでしょうね。永遠に我々の世界に隔離されて見世物かなぁ?」
「さらっと怖いこと言わないでくださいよ」
「悪くないかもよー?衣食住は保証されるし、リースちゃんも居ていいと思うし」
「でも、見世物は嫌ですよ……」
「ふふっ。冗談よ。私が政府の査問官たちにナラン君は消極的な平和主義だって伝えておいたからね。まぁ、その真偽を確かめる程度ってとこね」
「よ、よく分かんないですけど、何となく安心はしました」
俺の言葉のどこが面白かったのか、アンジェラは口を抑えて笑い始めた。
ビル街を抜けると、この乗り物は速度を上げ始め、そして、少し自分の身体が前から押し付けられて重く感じるほどに加速した。
アンジェラが振り返って
「ごめんねー。リースちゃんは重力から守ってるからね」
「お、俺もまもっ……げほっ、げほ」
全身が重い。外の景色は速すぎてもはや何だか分からない。
リブラーも何故かは知らないがスキルを入れ替える気はないようだ。
小声で呼びかけても反応は一切ない。
しばらくそんな状態が続くと、次第に速度は下がり始め、身体のキツさからも解放されてきた。
広大な森林が地平線の果てまで広がる樹海の近くの湖畔に俺たちの乗る謎の乗り物は静かに降下していく。
乗り物から倒れこむように降り、俺は深呼吸して何とか落ち着こうとする。
湖は澄んでいて、近くの森からは鳥たちの鳴き声も聞こえる。
先ほどのビル街とは完全に景色が違うな……虹色の空は相変わらずだけど……辺りを見つつ、深呼吸を繰り返していると、降りてきたアンジェラが、乗り物の中のモンチ君に
「もう帰っていいわ。みんなに良い子にするように言っておいてね」
モンチ君はにこやかに会釈すると、瞬く間に鉄塊と共に空へと舞い上がり去っていった。
アンジェラはそれを満足げに眺めながら
「地上でのトラウマから抜け出たようね。さ、それはともかく、この森の先が疑似地上世界なんだけど」
「めちゃくちゃ広いでしょ……その先ですか?」
俺が尋ねると、アンジェラはニコニコしながら
「私たちの世界は広いのよ。さあ、あなたたちも大人気皇帝様の相手役として、我々ヒトのコスプレをしないとね。リースちゃんも起こしてくれる?」
ローブの中から何着か服を出してきた。
なるべく優しくリースを起こすと彼女は目を開け
「あ、ナラン……夢だったのかな?凄く怖い悪魔たちの街を見て……」
「いや、夢じゃないんだけど……そこからは遠ざかったから、もう大丈夫だよ」
「……そう……ごめんね。気絶してたでしょ?」
「いいって。もう安心していいよ。起きてすぐで悪いけど、服を着替えないといけないんだ」
アンジェラは楽し気に、黒を基調にした悍ましい二着の服を広げて見せると
「こっちは、前の代の国家公安委員の服で、こっちは三代前の警察庁長官の服よ。中継で絶対ウケると思うんだよなー」
「中継って何ですか……」
アンジェラはふふふと笑うと
「今、皇帝様たちは、我々の世界で大きな娯楽になってるの。ナラン君たちは分からないと思うけど、認可された撮影班から送られる映像が全世界に配信されていて、ネットで切り抜き動画とかもバズっているの」
「……あの、何かの呪文ですか?」
全く意味が分からない。
アンジェラは上機嫌に笑いながら
「だからこそ、政府が問題視しているってことよね。皇帝様たちがこっちで見世物として定着して、良からぬ輩がペットとして飼おうとか思っちゃう前に送り返したいわけよ。できるだけ悲惨なことをせずにね」
言われている意味がさっぱり分からないので、とりあえず渡された衣装を着ることにする。
着終えると、リースが顔を真っ赤にして
「あの、アンジェラさん……これって」
股と胸を隠しながら抗議をする。
確かに凄まじい衣装だ。
黒い網で全身が覆われてるが完全に黒い布で隠れているのは股の間と、乳房の先端部分だけで相当に際どい。さらに頭には、鈍く光る一本の黒い角がつけられている。
「中々のプロポーションよね。あー……肌の色変えれば、それなりに見えるから安心してね」
満足げにそう言いながらアンジェラはこちらを見てきた。
俺の恰好は対照的に紫を基調に黒で刺繍のされた、悪役が好んで着そうな露出の一切ない軍服だ。冷たい印象を増幅する漆黒の軍帽がさらに悪さを引き立てていると思う。
アンジェラは苦笑いして
「ナラン君の牧歌的な感じとミスマッチねぇ……。肌は緑でいい?そっちのがもっと悪そうに見えるかも」
「お任せします……」
リースにも目で"任せよう"と告げた。




