違和感の全て
シートを脇に持ち、夜の砂漠をひたすら歩いていく。
前を歩く二人は心なしか少しずつ歩行速度が上がっている気がする。
結局砂地
を走ることになった俺は必死に二人の背中についていく。
どれくらい歩いただろうか、遠くの岩山に沿うように建てられた小さな城が月明かりに照らされて見えてきた。
海も近いようで風の匂いも変わった。
後ろをついていくと、急に止まったシーネがサッと振り返って
「反省してますかぁ?」
不気味な笑顔で俺に尋ねてきた。
「し、してます……会社経営に三か月も費やして……見守ってくれていたヘグムマレーさんの気持ちを無碍にしてました……」
項垂れながら答えると、ヘグムマレーは泣いているのか肩を震わせ振り向かないままに
「……娘は、君との再会を楽しみにしておったが、もし、間に合わなくとも抱きしめてやってくれ……」
そして大きく震えて、口を抑えて嗚咽をとめながら一人でトボトボ歩き出した。
シーネは何とも言えない顔で首を横に振り
「死はですねぇ……生のすぐそばにあるのですよぉ。ちゃんと見ていないと、大事な人があっと言う間に連れ去られますよぉー?」
そう言うと、満面の笑みでヘグムマレーの背後をクルクルと踊りながら歩き出した。
俺は悔しさで涙が流れそうになる。
なんてことだ……リースを失ってしまったかもしれないだなんて……。
い、急がないと、砂を蹴って走り出そうとするとシーネからサッと腕を掴んで止められた。
「……もう走ってはなりませーぇん。この辺りからですねぇー。たーくさんの魔力感知機雷があるのですー」
「な、なんですかそれ……」
シーネに腕を掴まれたまま歩かされて尋ねると
「速く走ったり空を飛んで急速に近づいてきた敵を感知して爆発する魔力爆弾ですねぇー」
とてつもなく嬉しそうに説明された。
「……案内よろしくお願いします」
今日は人生で最も酷い日になるのは確定したようだ。
岩山の坂道を上り、小城の門の前に三人で立つと、自動で門が左右に開いた。
そして沈痛な面持ちの屈強な体格を持つ長身中年メイドたちがハンカチで涙を拭いながら
「申し訳ございません……」
ヘグムマレーは一瞬固まって腕を掴んで震えると必死に口を抑えて
「……ぐぅ……いいのじゃ……いつかはこんな日が来るとは思っていた」
メイドたちは黙って俯いたまま屈強な長身で俺たちを取り囲むと
「こちらにございます」
悲痛に満ちた表情で案内を始めた。
既に葬式が始まったかのような雰囲気に囲まれ俺は胸が締め付けられる。
屈強な中年メイドたちは、地下の一室の手前まで俺たちを連れてくると、その頑丈そうな鉄扉を、メイドの一人が押し開いた。
冷たい室内の真ん中には、鉄のベッドが置かれていて
そこには……。
俺は思わず駆けて行って、寝かされているその顔を見下ろした。
白い布一枚被っている真っ白な顔をしたリースが無表情で寝ていた。
俺はリースの肌を触って、冷たいことが分かってからその場に崩れ落ちた。
ヘグムマレーも室内に入ってきて
「……娘よ。私は、お前の親として最善を成し得たんかなぁ」
と一言だけ呟くと、寝ているリースの頬にキスをして
「ナランさん、少し、外す。本来なら親の私が傍にいるべきじゃが、この老体には、少し、この現実は重すぎる」
そう言うと、シーネに支えられながら冷たい部屋から出て行った。
俺は崩れ落ちたまま、しばらく動くことができなかった。
ま、待てよ。リブラーならどうにかできるかもしれない!
「リブラー」
と小声で唱えると、いつもの声が頭の中にして
この局面は、スキルの入れ替えで乗り越えるべきではなく。
ナランさんの精神的な成長が必要です。
見るべきものは、目に見えるものではありません。
ここに繋がる違和感の全てなのです。
以上がリブラーに今できることです。
そう言って黙り込んでしまった。
なんてことだ……こいつ、肝心な時には役に立たないじゃないか。
いつも偉そうにスキル変換とか予測とかしてるんだからここでリースを生き返らせることぐらいしてくれよ!
立ち上がって、冷たくなったリースの身体を抱き上げた。
そして、強く抱きしめると、俺の涙が頬を伝ってリースの顔に落ちていく。
「……ふふふ」
庭園の中でも聞いたリースの含み笑いが聞こえた気がする。
「なあ、悪かったよ。他の誰が止めても最初にリースに会いに行けばよかった……。ごめん。本当にすまなかった」
「許さないけど?」
驚いてリースの口を見るが、生気を失ったまま止まっている。
「サナーとの軽口で、リースのことをセフレとか言ったのもずっと後悔してるんだ……」
「……」
「それに、リースを探しに行こうって俺が言ったとき、みんな反対したときも、俺一人でここに来ればよかった」
リースの顔色は変わっていない。
もうなんでもぶちまけようと思い
「リブラーが武器にするために君と俺と引き合わせたのかもしれないけど、俺は、君から好かれたことをもっと大事にするべきだった。後悔してる……よかったら、戻ってきてくれ……」
「ふーん……」
背後からリースの声がして振り返ると、半透明な裸のリースが立っていた。
「なっ、なんで裸……」
リースは慌てて胸と股を腕で隠そうとして止め、優しく微笑むと
「そこじゃないでしょう?私のこと、ナランは本当に好き?」
「うん……好きだと思う」
「思うじゃなくて、ずっと好きで居られるの?」
「今なら、大丈夫だって思えるんだ」
「……私が、あなたに宿った力で、どんどんおかしくなっていっても、あなたはずっと私を好きで居てくれる?」
「……任せてくれ。何とかしてみせる」
リースは苦笑いをすると
「ナランはいい加減なんだから。でもあなたはいつも大真面目なつもりなんだよね?」
「そ、そうだよ。どうしようもないアホかもしれないけど!真剣にはやってる!」
俺はゆっくりと半透明なリースに歩み寄る。
リースも近づいてきて両腕を広げ、お互い抱き合い、リースの腕が透き通って俺の身体を通り抜け、そして消えた。
あ、ああ……リースの幻すら消えてしまった。
俺はその場に跪いて、もう動けなくなった。
しゃがんだまま冷たい石の床を見つめていると俺の背中に暖かい手が触れる。
そして背後から暖かい柔らかい体が抱きしめてきて
「もう、本当に放さないからね」
と聞き覚えのある声で言ってきた。
何が起こっているのか一切分からないが、俺はすぐに振り向いて暖かい表情のリースと抱き合った。
次の瞬間
「ドッキリ大成功ですねぇー」
シーネがニコニコしながら入ってきて、口を抑えて笑い出しそうなヘグムマレーも
「いや、悪かった。死をネタにするのは反対じゃったが、良く考えると、君の煮え切らぬ態度を覆すにはこれしかないと思っての」
「え……どういう?」
俺と抱き合ったままのリースが
「私は絶対に手首なんて切らないんだけど?それに、皆があなたをここまで誘導していたのに気づかなかった?」
「ど、どこから誘導されてたんだ……?」
リースは俺の耳元で
「フォッカーさんが最初の仕掛け人よ。私の話題を出してきたでしょう?それから、社長さんもノリノリで乗っかってくれたし、シーネさんは何度もヒントを出していたはずだけど?」
ヘグムマレーが禿げた頭を軽く叩きながら
「そもそも移動用大砲がここに向けてセットされている時点でおかしなことじゃと気づいてほしかったがなぁ。砂漠での移動中、余りに君が察しが悪くて、笑いを堪えるのに必死じゃったわ」
シーネはクルクル回りながら歌うように
「わざわざ私は爽やかに振舞ってたんですけどねぇー。わかりませんでしたかぁ?」
「すいません……」
分からなかった。奇抜な人なのでこういう場でも普通だと思っていた。
リースは俺の頬にキスをして身体を離すと
「じゃあ、そういうことで!再開祝いで宴にしましょう!!」
ヘグムマレーたちと、さらに外から見守っている屈強なメイドたちに言い放った。




