磨り潰す使い方/神聖生物レベル8
突然、中庭の方角から、激しい爆発音が響いて来て建物全体が大きく揺れる。
アンジェラは
「ああっ、もうっ」
とイライラした顔をしながら家から出て行った。
サナーは不安げな表情で俺に抱きついたまま
「な、何なんだ……何が起こってるんだ」
辺りの雰囲気を必死に読もうとしている。
俺は腰が抜けたまま、まだ動くことができない。
さらにもう一度、爆発音がして、それから窓から外が光ったのが見え、俺は気を失ってしまう。
「な、ナラン、生きてるみたいだぞ」
サナーから背中を叩かれて起こされる。
辺りは特に被害はない。窓も割れてはいないようだ。
あれ、腰から下が動く。なんなんだ一体。一応唱えてみるか……。
聞こえないくらいの小さな声で
「リブラー」
と呟くと、いつもの声で
大変ご迷惑をおかけいたしました。
理由から説明させていただきます。
神聖生物レベル8をフーンタイ宮殿地下に感知したので最適な依り代に宿り、その探索と排除へと向かっていました。
その間、ナランさんには "気配のない暗殺者" スキルを追加し他者から気づかれないように配慮しましたが、ご迷惑だったのならば、重ねて謝罪いたします。
やっぱりリブラーが勝手にスキルを入れ替えたから俺は気づかれなかったようだ。さらに聞こえないくらいの声で
「それで結果はどうだったんだよ……」
呟くとまたリブラーの声が
ご本人には誠に申し訳ないのですが、ご本人の資質、リスク等を鑑みて、最適解だったので一時的な依り代としたニャンタマーさんは神聖生物により撃破、摩滅されてしまい、跡形もありません。
しかし、有益な戦闘データが取れたのでナランさんに、戦闘の継続をお願いしたいのですが。
「……」
言葉がもう出ない。
なんなんだよこいつ!!
いきなり他者の身体に乗り移って、勝手に戦って負けてきたのか。
しかも、神聖生物ってあれだろ?ブラックホールスライムみたいなやつだろ?
もう二度とあんな恐ろしいのはごめんなんだが……。
リブラーの無茶な頼みを断ろうとしたタイミングで、アンジェラがヘグムマレーと連れ立って室内に入ってくると
「サナーちゃん、ごめんね」
長い腕を伸ばし、サナーの首筋にトンッと手刀を打ち込んで気絶させた。
そして俺を立たせると、ヘグムマレーに目で合図して
「戻ってるわ」
「そのようじゃな。もうリブラーから説明は受けたかの?」
俺は二人に、今リブラーが話してきた内容をそのまま伝えた。
アンジェラは苦笑しながら
「リブラー的には、これが目的だったわけね」
「まあ、ニャンタマーは死刑囚を超え、歴史に残る超重罪人になってしまったがのう。本人の意志でないとしたら多少可哀想ではあるが……」
「あの、外でリブラーが何やったんですか?」
アンジェラがため息を吐いて、俺の手を引き、外へと連れ出す。
外の光景に俺は、しばらく言葉を失くしていた。
見る影もなく崩れ落ちた宮殿の外壁には気絶した巨大なサイクロプスが横たわり、さらに中庭には、墜落したらしき血まみれのドラゴンが伏せ、力なく自らの翼を舐めていた。
ヘグムマレーがため息を吐きながら
「平和ボケした騎士に大層な玩具を持たせると、こうなるという見本じゃ。宮殿内の中庭で派手に爆発させながら掘削し始めたニャンタマーに驚いたローズウェルとガンズンは、使役しているモンスターたちを、よりにもよって宮殿に向け突っ込ませおったわ」
「そして、あっさりと光り輝くニャンタマーに撃退されてたわね」
「本気を出したリブラーの片鱗を見た感じじゃったな。恐らく数秒間隔でレアスキルを入れ替えながら、光の翼で空を自在に飛びつつ、見たこともない混成魔法を連射しとったわ」
「まったく依り代の身体を考えていなかったわね。どうせ、死刑で死ぬ身だからどうでもいいと思っていたのでは?」
ヘグムマレーは髪のない頭をかきながら
「本気で死刑にするつもりはなかったんじゃがのう。あの手の輩には、後々やんちゃ出来ぬようにああやって脅すのじゃ。心理的な鎖というかな。リブラーも冗談が通じんやつじゃな」
「いや、めちゃくちゃ怖かったですって……」
俺はようやく言葉が出る。抜けた腰が戻らなかったくらい怖かった。
「そうか?久々の政治の舞台で遊びすぎたかのう」
ヘグムマレーは申し訳なさそうに、自らの後ろ頭を軽く叩く。
二人に連れられて広い中庭へと向かうと中心部に大穴が開いていて、既に黒装束姿のローウェルが穴を覗き込んでいた。
そして近づいてきた俺を見ると
「どうせ、お前のアレだろ?」
俺が戸惑いながら頷くと
「猫がネズミを見つけたような感じだろ?あー……詳しい説明は中に入ってからでいい」
ヘグムマレーがローウェルに心配そうに
「人死には、出とるのかの?」
ローウェルが首を横に振ると、ヘグムマレーはホッとした顔で
「そこもリブラーは計算しながら闘うのか……興味深いのう」
アンジェラが大穴を覗き込みながら
「ねぇ、つかぬ事をお聞きするけれど、この中はあなたたち人間の法律が通用する領土なの?」
ヘグムマレーが首を横に振ると
「法で作られた王家の地下墓地などがあるわけでもないのね?」
さらに首を横に振られると、アンジェラは嬉しそうに
「良かった。じゃ、私もお手伝いしましょう。規約外のフィールドってことだから」
ヘグムマレーは、ローウェルに黙って大穴を指さす。
「ボーナス弾んでくださいよぉ?」
ローウェルはそう言うと大穴へと飛び込んでいった。
アンジェラも続いて躊躇無く入って行き、俺が戸惑っているとヘグムマレーからジッと見られる。
「行かないんですか?」
裏返った声で尋ねると、彼は苦笑いして
「申し訳ないが、王族として州都の方の事態を収束することに集中させてもらう」
確かに王族が危険地帯に真っ先に飛び込んでは行けないよな。
前回アークデーモンと闘っていた時も、可変型ゴーレムに守護されながらの二対一だったしな。
いや、待てよ。ならばゴーレムを使えば良くないか?この大穴にならギリギリ入れそうだし
「あの、可変型ゴーレムは……」
ヘグムマレーは何とも言えない顔で
「……あれらは、この街には置いていない。行ってもらってよいかの?」
俺は頷いて、大穴へと飛び込んだ。
飛び込んでみてすぐ後悔した、めちゃくちゃ深い。バランスを崩したまま俺は下へと落ちていく。
途中で柔らかく長い両腕に受け止められる。
「リブラーが何を考えているのかもはや分からないわね」
受け止めたアンジェラは、俺を降ろすと
両手の爪に光を灯して辺りを照らし出した。
そこには、廃墟群が延々と広がっていた。
闇の中からローウェルが姿を現して
「人間が造ったものではないな」
アンジェラは手を上げて更に光度を上げ、そのまま光の玉を両手から頭上へと打ち上げ、周囲を照らし始めた。
そして遠くを見つめると
「ビル街ね。旧文明の跡でしょうね」
やたら高い垂直に伸びる変な形の遺跡がどこまでも続いているようだ。それが「ビル」というのかもしれない。
眺めていると足が勝手に左方向へと歩き出す。
アンジェラは横に並んで付いてきて
「案内してくれるそうよ」
打ち上げた二つの光の玉を高度を保ったまま右手で誘導し、俺たちの頭上を移動させて照らしていく。
ローウェルも俺の背後にピタッとくっついて足音を消したまま黙って付いてきた。
頭上の光玉に照らされながら、アンジェラがビルと言っていた特異な建物遺跡群へと入っていく。
ビルとビルの間の道はかなり広く、足元は酷くひび割れている何かで固く塗り固められていて土が見えない。
「舗装されているわね。こういうので固めると大地が平らなまま保たれるの。定期的に補修をしないとこうなるけどね」
「ちょっと待て、何かがこっちへと近づいてきているな。光の玉を囮にできないか?」
アンジェラは頷いて、俺たちは近くの建物の陰に隠れ、頭上を照らしていた二つの光る玉をスーッと前方へと移動させていった。
すぐに俺は驚愕の光景を見ることになる。
数百メートル手前のビルとビルの間から姿を現した体長五十メートルは優に超えるであろう巨大蜘蛛が自らの上を照らす二つの光る玉をジッと見上げていた。
その蜘蛛は、顔が憎しみに満ちた性別の分からない巨大人面になっていて、六本の手足や長い体は、真っ黒な鉄や鋼の様な金属で出来ていた。
暗闇の中でアンジェラが軽く唸りながら
「サイボーグ……かな?どちらにせよ、封印もされていないし厄介ね」
ローウェルは俺の肩を叩くと
「おい、リブラー。ナランはニャンタマーみたいに磨り潰す使い方はしないんだろ?なら、俺と、出来たらアンジェラにもナランの支援系スキルで思いっきりバフをかけてくれ。二人で行けば、恐らく三分かからない」
「き、訊いてみる。リブラー」
俺が尋ねると、いつもの声が頭の中で
提案を了承したお伝えください。
ナランさんの防御のため "鉄壁の防御" "幸運の使者" を残し、残りを全て削除、前回の戦闘データを参照して、有効バフデバフスキルの "千年間歌う樹木" "大空の覇者" "アンチマシーンフィールド" を追加。
更にスキル枠から大きくはみ出ますが、短期戦想定で "超増強(他者)" のマイナススキルをセットします。
戦闘終了まで、猛烈な吐き気が起こりますが、ご了承ください。
「おえぇぇええ……」
次の瞬間には俺は吐瀉物を足元にまき散らしていた。
「アンジェラさんよ、スキル構成が入れ替わったようだな」
「かなり無茶させているわね。私ですら身体が軽いわ。急ぎましょう」
二人はそう言うのと同時に、俺の隣から気配が消えていた。
突如数百メートル向こうで、猛烈な爆風が上がり、数十メートルに渡る斬撃らしき閃光が幾重にも煌めくが俺は吐き気でまともに見ていられない。
フラフラとビルの間から、割れている道の真ん中まで出て行ってしまい
「ギャオエエエエエエ!!」
という廃墟群を揺らすような悍ましい叫び声がこちらへと一直線に近づいてきていると自覚したときはもう遅かった。
血まみれの巨大蜘蛛もどきの人面から見下ろされていた。
「お前カ!!お前なのカあああアアアああああああああああ!!」
狂った声色を吐き散らし、身体を揺らしながら、大きく口を開け俺に迫ってくる。
あ、終わった……。
と思った次の瞬間には、その巨大な異形の身体が微塵に切り裂かれ、更に横からの太い閃光で跡形もなく消え失せていた。
アンジェラとローウェルが宙から降りてきて
倒れている俺の近くへと来ると
「リブラーお前さぁ、加減ってもんを知らねぇの?あの手のを2分で撃破って何だよ」
ローウェルが何故か倒れている俺に文句を言い、アンジェラも額の汗を拭うと
「運動にもならなかったわね。慎重に行こうとしすぎて、ちょっとナラン君に強い支援スキルを付けすぎでは?」
ローウェルは大きくため息を吐くと、俺を軽々と背負い
「じゃあ、悪魔の翼で地上まで連れて行ってもらえますかな」
アンジェラが黙って頷いたような雰囲気はあったが、俺は目がほぼ開けられないのでそっちは見られない。
辺りを照らしていた光る玉が消えたらしく、暗くなったのを確認した所で、意識が途切れた。




