緊急会議
アンジェラが突然居なくなり、俺とミヤだけでは宿屋まで帰れないので
「しょーがねえなあ……」
と言ったローウェルから馬車で宿屋付近まで連れて行ってもらった。
「これに懲りたら、子供が夜遊びするんじゃねえぞ」
などと冗談を背中からかけられて別れ、宿屋二階へと戻る。
扉を開けると、出迎えたフォッカーが残念そうな面持ちで
「あ、帰ってきちゃいましたか」
ベッドには下着姿で目を回しているサナーが寝かされていた。
「調子に乗って飲んだんだな。で、介抱してたと」
「はい。一応、許可取って脱がせました。熱を放出するために」
「それで眺めてたわけか」
「まあ、そんなとこですね。求められたので濡れタオルで身体を拭いてあげたりも。当然ですが、手は出してませんよ」
「別に疑ってないし、出してても何も言わないって」
俺以外の誰と付き合おうがサナーの自由だと思う。
フォッカーは介抱を俺たちに引き継いで、隣の部屋へと寝に行った。
しばらくミヤと介抱しているとサナーも落ち着いてきたのでベッドは女子達に譲って、俺は床にシーツ敷いて寝ることにする。
翌朝、フォッカーが慌てて起こしに来た。
「宮殿から馬車が来ています!ナランさんへの呼び出しです!」
「……ああ、ヘグムマレーさんだろうな……」
リブラーのことはこれ以上言いふらしたくないので、少し言葉を選びつつ
「えっとな、アンジェラさんが取り持ってくれて、ヘグムマレーさんと警護で居たローウェルのおっさんと話し合いをしたんだよ。違法吸引屋のことも話したから、たぶん宮殿で俺を交え、何かの取り決めをするんじゃないか?」
「お供も二名まで許可すると言っているので、俺が行きます!」
いきなり背後から腕を掴まれてそちらを見ると、ニカッとした下着姿のサナーが
「私もだ。忘れるな」
と言ってきた。
帯剣と防具は不許可だったので、それらは部屋に置いた。
他の傭兵たちにスヤスヤと寝ているミヤを頼み、俺たち三人は、金の装飾が目に痛い、宮殿からのボックス型の馬車に乗り込む。
外の御者には会話の内容が聞こえないようなだが、声を潜めつつ
「たぶん、会議を行うはずだから、意見を言えと言われたら基本的にはヘグムマレーさんに従ってくれ」
「それがいいね。ところで……」
サナーは小汚い俺たちの旅装を心配そうに見回す。
フォッカーが苦笑いしながら
「買う暇がなかったので、仕方ありませんね」
「何とかなんないかなー。絶対馬鹿にされるやつだこれ」
俺はそれどころではない。
今更、緊張が襲ってきつつある。
朝から通行人の多い広大なフンターイ市を馬車はかなりの速度で横断していき、あっという間に、サイクロプスの股の間を通過して
開かれていく宮殿の巨大扉の中へと入った。
直ぐに静かに停止すると、外からガチャリと扉が開けられる。
「王家専用の別館でウィズ公がお待ちしております」
扉を開けた煌びやかな衣装の御者は深々と、小汚い俺たちに礼をしてきた。
恐縮しながら外へと出ると、辺りは馬車の駐車場のようで様々なタイプの馬車が同じ方向を向いて並んでいる。
御者は、俺たちを先導して磨かれた石柱が麗しい宮殿内部へといざなっていった。
宮殿内は、背の高い全身鎧の守衛たちや、意欲に満ちたメイドたちが行き来をしていて、早朝から活気がある。
中庭が見える回廊や、左右が浅い水路になっている涼し気な通路を通り、一度、庭園内へと出て、さらにその中の石畳が敷かれた道の上を歩いていくと昨日見たのとそっくりな二階建ての木造の建物が建っていた。
あれ……似すぎじゃないか?などと思っていると、御者が扉を叩きガチャリと開いた扉の中からヘグムマレーが顔を出してきた。
「おお、来たか。久しぶりにここを使っとるわ」
御者は深々と礼をして去っていき、俺たちは中へと入っていく。
室内には、大小色とりどりの半透明なスライムの標本が並べられていて、それらが窓からの朝日で輝いていた。
外は大学敷地内の家と似ているが中身は全く違うことに驚いていると
「どうせ常駐はせぬから、小さなスライム博物館にしとる」
ヘグムマレーはそう言いながら、一階リビングのソファに俺たち三人を座らせた。
低いテーブルを挟んで反対側のソファに座ったヘグムマレーは
「十一時から、街の有力者五名を集めた緊急会議を、宮殿内で行うことにした。その場で私の権限でニャンタマーを逮捕して即座に処刑するつもりじゃがどうか?」
物騒なことを言ってくる。俺が慌てて
「そ、そこまでですかね?」
ヘグムマレーは噴き出して
「当然冗談じゃが、話はシンプルじゃろ?うちの娘婿候補のナラン君が、街の違法吸引屋を嫌がっておる。ならばその元締めを何らかの方法で排除するだけじゃな」
サナーが手を上げて
「はいはいっ。私、言いたいことわかるぞ!つまりニャンタマーにどんな罪を擦り付けるかアイデア募集中ってことだな!?強盗殺人とか強姦殺人とか放火にしよう!!実際やってるし、いいだろ?」
ヘグムマレーは口を抑えて、笑いながら
「いやいやいや、違うわい。何か、悪事の証拠を既に持っているのではないかねと君たち三人に尋ねておるわけじゃ」
フォッカーが黙って、アンジェラから渡されていた写真を十枚ほどヘグムマレーの傍でテーブルに並べると、ヘグムマレーは唸りながら、それらを一枚ずつ手に取り見つめ
「"写真"じゃな。悪魔たちの機械から出る風景をそのまま念写した紙じゃ。しかし、そうかぁ。真面目なリームスベルがのう」
そう言いながら、縛られて泣きわめいている男の写真を興味深そうに眺めるとパンパンと二つ手を打った。
すると近くの天井がいきなり四角く割れ、黒装束と黒頭巾で顔を隠した男が音もなくスッと床に降りてきた……いや、というか
「おっさん何してんだよ」
「おっさんかっこつけすぎだろ!?」
俺とサナーが同時にツッコむと、ローウェルは黒頭巾の口の部分を外し、めんどくさそうに
「王族から請け負った正規の仕事中だぞ!お前らちったあ、同じ会社の俺に気をつかえ!」
ヘグムマレーは俺たちのやり取りを気にしない表情でローウェルに縛られた男の写真を渡す。
「ああ……これは、ニャンタマーに何か握られてますな」
「今八時じゃが、十一時までに処理できるかの?」
「何とかやってみます。彼に吐かせて一網打尽でもよろしいか?」
ヘグムマレーは苦笑いしして
「良い。宮殿内で組に内応している人物全て縛り上げよ」
ローウェルはニヤリと笑うと
「メグマ、ネーリン!!だそうだ。行くぞ!」
「はいさー」「はーい」
明らかに成熟した女性の声が天井から二人分響いてそちらへと視線を向けた時には、既に天井は閉まっており、さらにローウェルもいつの間にか消えていた。
フォッカーが真面目な顔でヘグムマレーに
「今のお二人は、傭兵会社の方なんですか?」
彼は首を横に振り
「ローウェルさんの飲み友達のフリーの熟女忍者たちじゃ。今回、緊急会議に向けての"調整"のために三人纏めて急遽雇っておいた」
「おっさん、無駄に顔が広いよなー」
サナーがそう言った後、ふと気づいた顔で
「二人の熟女はぽっちゃりしているのか?」
ヘグムマレーは笑いながら
「いや、二人ともやたら鍛え上げられているから、年齢以外は趣味じゃないとローウェルがこぼしとったな。飲むたびに同時に誘われるらしいがのう」
「おっさんも無駄に苦労してるんだなぁ」
「あとは待つだけですよね?」
ヘグムマレーは頷いてから
「替えの服を用意しとるよ。ナラン君はリルガルム家代理だからの?よいか、貴族……いや王族関係者としての君の、公の場でのデビューじゃ」
「はっ……え?」
俺は固まる。何を言われているのか分からなかった。
三時間後、ヒラヒラの沢山ついた貴族服を着せられた俺は銀の見事な装飾がされた冠を被ったヘグムマレーの斜め後ろの席に小さくなって座っていた。
テーブル向こうには強面の男女が並んでいて、その中の一人に、不機嫌な頭の乗った肥満体でちょび髭を生やしたニャンタマー総帥が居るのがここは本当に現実なのか?と言った感じだ。
その横には、背筋の伸びた、どう見ても高レベル武芸者のローブを着た白髪の老婆、更にその横には喋ったら人を食い殺しそうなドラゴンに似ている気がする鼻の高い、黄金の鎧を着た丸刈りの中年男性、そしてその横には紫髪を肩まで伸ばした顔は爽やかだが、隙が全くない三十半ばくらいの傷だらけの鎧を着た騎士、その横には、あれ……あの子って、会社に鑑定に来ていた……。
見覚えがある金髪の少女が、真剣な面持ちで座っていた。
ヘグムマレーは軽く咳ばらいをすると
「ふむ……ハルン・バートフルは代理出席か。名を名乗れ」
威厳のある声と共に、少女の方へと顔を向ける。
「ウィズ公様、わたくし、シャルロット・バートフルと申します。叔母の代理とはいえ、このような席への出席を許して頂き、恐悦至極に存じます」
少女はまったく緊張していない面持ちでそう言うと、チラッと俺の方を見てきて顔を一瞬しかめた。
ヘグムマレーはどうやらその視線も見逃さなかったようで
「ここに居る男子は、ナラン・リルガルム。高齢のタックリン・リルガルムの一人息子じゃ。ナランよ。皆に挨拶をなさい」
いやいやいやいやいや、そんなの事前の話に一切なかったじゃないですかああああ……。
数秒間、心の中で号泣した後、意を決して立ち上がり
「……ナラン・リルガルムと申します。若輩者ながら、ウィズ公の命により今回の会議に出席させていただきました。皆様、よろしくお願いします」
スラスラと口から言ったこともない言葉が出てくるのに驚愕しつつ、華麗に礼まで出来てしまった俺は音もなく着席した。
知りもしない宮殿での作法ができたのは、リブラーがまた勝手にスキルを入れ替えたんだと思う……。
ヘグムマレーは満足そうに頷くと
「ナランへの四人の紹介は私がやろう。あの巨漢がニャンタマー社長じゃ、市内で大きな会社を経営しておる。その隣は、フーンタイ市長兼国家執政官のパメリヤじゃ。国から去年任命され都を下ってきて、その後市議会の認定も受けておる。その隣の爽やかなのは、王国一級騎士のローズウェル大佐じゃ。並んでおる強面の副長、ガンズン中佐と共に、この街の防備の責任者じゃな」
「みなさま、よろしくお願いいたします」
俺は滑らかにそう言うと、頭を深く下げて上げた。もう完全に、何らかのスキルにやらされている。
多分、超丁寧とか超礼儀作法法できるマンとかそういうレアスキルが発動中なのだろう……無学なので正式名称は知らんけど……。
ヘグムマレーは紹介を軽く済ませると、皆に向け
「さて、今日の議題じゃが」
そう切り出した。




