マスタークラスって何だ?
暗くなってきたので夕食を兼ね、隊員たち四人はサナーを連れて近くのバーへと繰り出していった。
一応、サナーは飲めないので食い物メインでと伝えてはおいた。
俺は疲れたので、ベッドに腰掛けて持ってきた乾パンやら干し肉をミヤと食べた後、部屋でしばらく休むことにする。
「安請け合いしすぎたな……」
と漏らすと、ミヤは干し肉を齧りながら
「姉貴が居るから、ナランはやり遂げられると思うけどさー……」
しばらく黙ると、ため息を大きく吐き
「あの人と関わったことをいつか後悔するよ?」
「そんな粗末な夕食で大丈夫なの?」
「ひゃああああああ!ナランー--っ!」
いつの間にかランチボックスをもって室内にいたアンジェラにミヤは悲鳴を上げ、怯えながら俺の背中に素早く隠れる。
サングラスを外したアンジェラは窓際のテーブルにランチボックスから次々に出来たての料理を出し並べると
「はい、大通りの一番おいしい店の夕食よ」
「ランチボックスからディナーですか」
俺が思わず言ってしまうと
「うん。少しだけ面白いわ。笑いのセンスもあるのね?座ったら?」
俺が苦笑しながら立ち上がり、背中から離れないミヤと共にテーブルに備え付けられた椅子に座る。
窓からは光石で照らされた人けのない路地が見え、その向こうには夜の灯りと暗くなっても途絶えない人波の音と気配がある。
三人でテーブルを囲んで俺から食べ始める。
ミヤはしばらく俺が食べている様子を見て、恐らくは薬が入ってないと見極めてからようやくナイフとフォークを使い始めた。
アンジェラは食事には手をつけず微笑みながら、俺たちを見つめ
「この街、砂上の楼閣よ。ちょっと水かけてやれば崩れるわ」
ニコニコしながら怖いことを言ってくる。
「そ、そうなんですか?」
「うん。面白いのは、王族関係者が街の端の大学に居てそのおじいさんが重しになっているということね。彼を消せば、割と簡単に崩れるでしょう」
「その人、知り合いっていうか、友達なんですけど……」
アンジェラは"あら"と言った表情をして
「お友達なら、訪ねて行ってあげたら?相当に苦しんでる感じよ?」
「やっぱりそうなんですか?」
「やっばり。とは?」
少し言うか迷った後に、観念してリースとの関係をリブラーの存在を隠して告げるとアンジェラは興味深げに聞いた後
「ああ、あなたの違和感はそういうことね」と言うと俺の両目を覗き込んで、確信を深めた顔で
「あなた、何らかの古代兵器か古代生物に寄生されてるでしょ?そうでないと、今の話は辻褄が合わない」
あっさりリブラーの存在を見破ってきて、俺は一瞬固まった。
ミヤにも同じことを言われた気がする。
そのミヤもウンウンと頷いて、自信なさげな小声で
「私とも簡単に奴隷契約してるし、ナラン、何か大切なこと隠してるよね?」
少し考えて
「アンジェラさんくらいなら大丈夫だと思うんですけど、ちょっとミヤも巻き込むのは……」
アンジェラは苦笑しながら
「……この子は私の妹よ?意味は分かるでしょ?」
とまた俺の目を覗き込んで言ってきた。
その瞬間、何でアンジェラがミヤをこんなに構うのか、少し分かってしまった。
そうか……期待してるのか……他の誰よりも妹に……。
ミヤはブルっと身体を震わせ
「その眼やめて。私、嫌いだ」
椅子を引いて、俺の背中に隠れる。
「あの、尋ねてみてもいいですか?」
アンジェラは黙って頷いた。俺は聞こえないくらいの小声で「リブラー」と唱える。
すぐに頭の中でいつもの声が
アンジェラさんは知能が高いのでリブラーの存在の隠蔽は不可能だと思われます。
アンジェラさんの人格や行動、魔力変動について観察を続けていましたが地上に対する害意は一切感じられませんでした。
彼女の興味は彼女が言っている通り、妹のミヤさんに集中しています。
ナランさんを構うのも、妹の成長を遠回りに促しているだけです。
ミヤさんを通して、ナランさんの強力な支援者になる可能性があるので
二人にリブラーについての情報の開示をお勧めします。
俺は軽く息を吐いて
「許可が出ました。開示をお勧めするとか偉そうに言ってます」
アンジェラは黙って頷いて、俺の目を見てくる。
俺は古代図書館から、ここまでリブラーが起こした全てを未来予測、スキル入れ替え、そして心の本のことまで一から、最近のことまで順序立てて話し出した。
アンジェラは全て聞き終わると、まるで美味しいものを食べたかのように両目を輝かせ、俺を興味深げに見つめながら
「"魔王の再来"ね。ミヤちゃんも気づいてたんでしょ?」
今度は妹を見つめる。ミヤは相変わらず、俺の背中に隠れたまま
「最初はそう思ったけど、ナランは魔王じゃない!」
強く否定してきた。確かに俺も魔王とかそういう気持ちはない。
ただリブラーが勝手に俺の運命を転がしているだけだ。
「あの、魔王って何なんですか?」
アンジェラはニコリと笑って、今まで手をつけなかった肉料理をフォークで突き、口に放り込むと咀嚼し、飲み込んだ後
「私たち、ヒトの世界を滅ぼす者。と有名な伝承で伝わっているわ。定期的に我々の世界は魔王による侵攻を受けているの。そして、それを何とか跳ね返してきたんだって」
「そんな、何度も現れてるんですか?」
「有史以来は一度もないそうだけど、太古には何度もあったそうよ。つまり、私たちの世代には魔王の正式な記録はない。残っているのは伝承だけね」
「そうなんですか……」
「余談なんだけど、我々の国では侵攻事業という名の調査を地上で繰り返しているの。次世代の危険因子たる魔王候補を人間たちから探すためにね。ま、ほんとのところはそんなのは建前で国の税金を中小企業にバラまくための慈善事業と化してるけどね。ちなみにミヤちゃんの元親方がナラン君を危険因子として報告したけれど通るかは分からないわ。我が国はかなり形骸化してるから」
「よくわかんないけど……頑張って理解してみようと思います」
「いいのよ。わかんないことは大体で覚えといて、あとで理解してくれたらね」
アンジェラはニコニコと俺とミヤを交互に見つめながら
「しばらく秘密にしとこ。楽しそうだし」
と言うと、ニコリと微笑んで
「さあ、美味しいご飯を食べたら私と一緒に、悩める老人のところへと行かない?」
と提案してきた。
宿には「アンジェラさんと一緒に、ヘグムマレーさんに会ってくる」と書置きを残し、俺たち三人は人けのない夜の路地裏を進んでいた。
アンジェラによると、大学までの最短の抜け道らしい。
苔むした階段を上って降りて、光石の街灯に照らされた水路近くを通り、大通りを横に突っ切ってまた路地裏に戻り、そして、もう何が何だか完全に方向感覚が分からなくなった頃、いつの間にか、大学内の見覚えがある庭園の中へと出ていた。
アンジェラは軽く辺りを見回し
「こっちね」
月明かりに照らされた庭園内を足早に歩いていく。俺と俺の腕を握ったミヤが続く。
さらに進むと、庭園内に蔦が絡まった明かりの点いた二階建ての木造の建物が見えてきた。
おお、あれが研究室とか住居だなと思っていると
いきなり背後から凄まじい殺気が飛んできて、俺はその場に固まった。
軽く舌打ちがして、恐々と俺が振り返ると闇の中から渋い顔をしたツナギ姿のローウェルが両手に虹色に輝くナイフを持ち、ゆっくりと腰を落とし戦闘態勢をとっている所だった。
彼は、俺たちを見ずに
「アークデーモンだな?」
俺たちの背後の長身のアンジェラを見つめる。
アンジェラは、両手を広げて害意がないことを示しながら前へ出て
「忍者マスターね。まあ、ほら、やり合う気はないの。うちの妹が、あなたの会社のこのナラン君にお世話になってるでしょ?」
ローウェルはとてつもなく嫌そうに顔を歪めてまた舌打ちをすると
「ナランは俺の大事な弟子みたいなもんだ。変なことを吹き込んだら許さんぞ」
俺はようやく身体が動くようになったので
「おっさん、アンジェラさんは敵じゃない。妹のミヤの監視をしに来て、ついでに地上で遊んでるだけだ」
ローウェルは俺を離れたところからジッと見て
「魅了の痕跡はないな。なあ、アンジェラとやら」
「うふふ。なんでも質問をどうぞ」
「ヘグムマレーさんに何の用だ。今、彼は弱ってるから特別に俺が警護任務を請け負ってるんだがな。さっきも見に来ただろ?」
アンジェラは軽く噴き出して
「あなた、相当ね。私に気づかせないなんて。面白い」
そう言ってから、俺をヘグムマレーと会わせに来たと告げるとローウェルはまたも舌打ちをして、虹色に輝くナイフを鞘に戻しツナギの懐に入れた。
そしていきなり殺気と警戒を解いて、不機嫌そうに足早に近づいてきて何とアンジェラに開いた武骨な右手を差し出す。
アンジェラは黙ってその手を握り返すと、ゆっくり離して
「規定で人の多い場所では暴れられないの。あなたくらいなら知っているでしょう?」
「だろうな。あんた、うちの社長と総司令にも会ってくれ。動き易くなるはずだ」
アンジェラは答えず、ニコニコしながら背後の建物を振り返り、静かに進みだした。
扉の鍵をローウェルが開けると、アンジェラは室内へと進みだす。
俺はどうしても分からなかったので
「な、なあ、おっさん、なんでいきなりアンジェラさんと握手したんだよ」
ローウェルは面倒そうに後ろ頭をかいて
「んー……本当に悪意があるなら、接触した瞬間に辺りが更地だからな。アンジェラも俺の敵意が見せかけなのは見抜いてたよ」
「……最初から二人ともこけ脅しだったのか……怖がって損したな……」
アンジェラは月明かりに照らされたリビングの辺りで立ち止まると振り返らず
「結構、我々ヒトを殺してるでしょ?」
明らかにローウェルに尋ねてくる。彼は苦笑いしながら
「どうだかな。昔のことなんで忘れたね。もう、そういうのは引退してるんだよ」
そう誤魔化して、アンジェラがまた何故か噴き出して
「あぁ、面白い。忍者マスターって地上に数名しかいないのよねぇ」
わざとらしく振り返って言うと、二階への階段を上がっていった。
「おっさん、忍者マスターって凄いのか?」
ローウェルは一瞬、タバコを取り出しかけ
「くそっ、室内禁煙だった。少なくとも俺はマスタークラスじゃない。熟女好きのしがない輸送主任だよ」
また懐に戻しながら、顔を逸らした。
「マスタークラスってなんだ?」
という質問は無視された。
首を傾げながらアンジェラに続き、ずっと黙っているミヤと共に二階へと上がっていく。
ローウェルは音も立てず、少し離れた最後尾でついてくる。




