違法吸引屋の調査
フォッカーと夕暮れの人波の中ゆっくり歩いていく。左右には露店が並んでいて買い物客が行きかっている。
「久しぶりですね、知り合いと風俗に行くのは」
フォッカーは楽しげに言ってくる。
「……いや、調査だからな?むしろレベルドレインだろ?いいのか?」
彼は苦笑しながら
「色んなコースがあるんですよ。ちょっとだけ吸われるのが主です。ナーベスみたいに十以上も下がるのはマニア向けの高額ハードコースですね」
「こんなことでもなかったら、一生行くことのない店だろうな」
「でしょうねえ。それ系の店としてはマニアックですからね」
なにやってんだろうな俺、とは思う。
市場から人通りのない路地裏へと入り、しばらく左右に建物を見ながら歩くと、少し開けた突き当りに例の違法吸引店はあった。
「吸引あります。サキュバス、インキュバス複数名選び放題!」「業界最安値!!」「驚きのクオリティ!煌めく吸引スキル!」
などと誘い文句が色とりどりの巨大な看板たちに書かれ、さらに光石でデコレートされた鉄扉の入り口はあまりにも堂々としていて
「これ、ほんとに違法なのか……」
俺は立ち止まって呆然としてしまう。
フォッカーが入り口脇の積まれた木箱の隅に引っ張っていき、その隅にしゃがむと
「そろそろ、開店時間です。ナーベスが来るはずです。ここに隠れて様子を見ましょう。……守衛の気配がないですね。アンジェラさんが片づけましたかね?」
「その可能性はあるけど、怖いので考えないようにしよう」
「確かに」
アンジェラが言っていた話が本当なら、人間には手を出していないはずだ。信じたい。
十分間程、隠れたまま待つと、路地裏の入り口からローブのフードを目深に被った小柄な女性がフラフラと歩いてくるのが見える。
近づいてくると痩せこけたナーベスなのがはっきりわかる。
入り口近くまでフラフラと歩いてきた時
「ポニュウ様しゅきぃ……もっと、すってぇ……頑張ってぇ七つもレベルあげたのぉ……」
ブツブツとナーベスが居ない誰かに話しかけていて鳥肌が立った。
フォッカーはため息を吐きながら
「わざわざレベル上げて、お金払って吸わせてるんですね。行きましょう、我々も続かないと」
「う、うん」
今更、行かないという選択肢は無さそうなのでフォッカーに付いていく。
ナーベスのすぐ後から、静かに歩いていき、派手な入り口の扉を開けて入ると、汚いバンダナを巻いて薄いシャツで筋肉を見せつけているような屈強な守衛が椅子に座ったまま眠り込んでいた。
「やったな」
「やってますね。まあ、危害は加えてませんね」
などとアンジェラのサポートについて話しながら、広い木造の通路を奥へと進んでいくと、突き当りにカウンターがあり、そこには欠伸をしている中年女性が座っていた。俺たちに気づくと
「ああ、客かい。初めてだね、私しゃ眠いから、コースはこれを見て頂戴」
面倒そうにポーンと薄い木の板を投げ渡される。
板には、丁寧な字が彫り込まれていて、そこに書かれていたのは
"レベルドレイン5コース 十万イェン
レベルドレイン3コース 八万イェン
レベルドレイン1コース 三万イェン
指舐め生気吸い取りコース 一万イェン
スペシャル同性コース 二十五万イェン"
フォッカーと二人で後ろを向いてボソボソと
「なんだろこのスペシャル同性コースって……」
フォッカーは少し考えた後
「ああ、女性ならサキュバス、男性ならインキュバスに相手させるということですね。我々が戦場でモノをインキュバスに見せて勝ったように同性の性器は、普通は悪魔たちにダメージを与えます」
「ミヤは余裕でサナーの裸を見まくってるぞ……」
フォッカーは少し、その様子を想像したのかたまらない顔をして
「んー……だということは……」
「あ、説明いるわよね?」
俺たちが焦りながら背後を振り返ると、長い黒髪を結って束ね、サングラスと口に黒いスカーフを巻いて、さらに黒装束を着たアンジェラがいつの間にか長身から見下ろしていた。
「い、いつの間に……」
「時間が惜しいから、ミヤちゃんについて説明するけど、あの子は、人間の男の性的エネルギーをほぼ吸ってないから、同性の人間の性的特徴に対して拒否感が出ないの。普通のサキュバスやインキュバスは異性のエネルギーを吸いまくるでしょ?吸えば吸うほど、同性の人間の主に性的特徴が苦手になるのよ」
「そういう仕組みなんですか……」
フォッカーが唸りながら納得して俺が
「分かり易いですけど……なんでここに?」
俺がアンジェラに尋ねると、彼女はカウンターの左右の通路を見つめ
「なんでって、ナラン君たちが顔を覚えられないように催眠ガスを巻いたのよ。あ、もう効果はないから君たちは大丈夫」
アンジェラはそう言いながら、右側の通路を指差し
「ナーベスって子を追ってるんでしょ?あっちの手前から三番目の部屋に入っていったけど。見に行きましょうか」
頷くしかない。カウンターの中年女性はいつの間にか突っ伏して寝てしまっている。
三人で音を立てず、通路を進んでいく。
恐々と三番目の部屋の扉を開けると
「っつ……ああんっ……もっと!!もっと吸って!」
「ぬおおおおおおおおおぉおお………」
という男女の声がしてきて、入り口にかかっている垂れ幕を手で除けると風景画が飾られて、薄い紫に塗られた怪しげな室内の奥のダブルベッドの上で、天然パーマの頭から角が生えた、顔が横に広い半裸のインキュバスから、下着姿のナーベスが全身から生気を吸われながらよがっていた。
二人とも薄く紫色に発光していて、その光は
明らかにインキュバスの身体に向けて流れているのが見える。
ナーベスは、次第に恍惚な表情になっていき
そして汗だくになって、果てるように眠り込んだ。
インキュバスはその様子を見て
「お客様、四レベル吸いました。残り三レベルを起きたら続けます」
と丁寧に気絶しているであろうナーベスに言った後、入り口からジッと眺めている俺たちに気づいた。
そしてアンジェラを見つけたのか、カタカタと震え出す。
アンジェラは長身をかがめて室内に入っていき
「あ、大丈夫。地上侵攻特別部隊とかではないから。まあ、ちょっとした調査よね。この子たちは私の助手よ」
威厳のある雰囲気をわざと醸し出しながら、俺たちを紹介する。
インキュバスはホッとした顔で
「それで、上級の方が私みたいなものに何の用でしょうか?」
アンジェラは室内を見回すと
「ここって、雇用環境は良いの?給料は出ている?休みは?」
インキュバスは真面目な顔でベッドに腰掛けると
「週休二日。シフトは任意制ですけど、頼まれて休みが潰れることもありますね」
「ふむふむ。お金はどう?」
「月給百二十万イェンです。悪くはない額ですが、この仕事なら、生きるにほぼお金は必要ないですから」
アンジェラは隠した顔の上からでも明らかに困った表情で
「被雇用者を守るホワイト企業側だったわ……うーむ」
「でも、ナーベスみたいな中毒者を作ってるし、資金源はマフィアですよ?」
フォッカーがそう言うと、インキュバスは苦笑しながら
「そうですね。そこは、もう何も反論できません」
アンジェラは少し腕を組んで考えた後に
「ニャンニャンタマタマ組は、やはり噂通り悪辣なの?」
インキュバスは何とも言えない顔で
「対価を払うものや身内には優しいですけど、敵対する者には容赦ないですね」
「そっかー……普通のマフィアね。ふむー……ねぇねぇ組員には特に思い入れはなさそうよね?他の従業員も?」
インキュバスは少し考え込むと
「まあ、そうですね。我々ヒトと組の関係はビジネスライクです」
アンジェラは嬉しそうに微笑んで
「よしよし。解決の光が見えてきた。数日以内に経営が変わるかもしれないけど、あまり、気にしないように仲間に言っておいてくれない?」
「……?いいですけど……どういうことですか?」
「ふふふ」
アンジェラは黙って俺を見てくる。
嫌な予感しかしない。
それから俺たちは違法吸引屋内の眠り込んでいるマフィアが屯している事務所や眠り込んでいる守衛が大量に通路に倒れている金庫のある地下倉庫などを調査する。
アンジェラはカシャカシャと写真を撮りまくり俺たちはものや人には一切手を付けず、黙って違法吸引屋から出て行った。
三人で宿屋へと戻ると、ミヤが焦りながらベッドの脇に隠れる。
スカーフを外して口を出したアンジェラは室内には入らず、サナーを手招きして
「賢いあなたなら分かっているでしょうけど。時々、丸々コネや特殊ルートを引き継いで所有者が変わることがあるの。この街の裏ルート、欲しい?」
サナーは全く戸惑わず
「うん!なんでも欲しいぞ!!くれるのか?」
アンジェラは口元を微笑ませると
「その意気や良し」
とだけ言って、サッと去っていった。
ミヤがベッド脇から顔を出して
「だからさー……姉貴を使っちゃだめだってえ……知らないよー?」
と言ってくる。確かに嫌な予感はしている。




