安請け合い
アンジェラの再登場と即退場のショックを何となく引きずった俺たちは、そのままダラダラと家で昼まで過ごしてしまった。
ちなみにフォッカーも帰らず、ずっと一階でゴロゴロしていてサナーが
「まだ帰んないの?」
と言うたびに嬉しそうに
「帰りません。住人の気分を味わいます」
と言い張っていた。
メンタル強くて羨ましいなと思う。
昼飯を食べ気分を整えた後、会社からの呼び出しもしばらく無さそうなので気分転換にどこかへ出かけようという話になった。
そして、出かける準備をして、家から四人で出た瞬間、外に、うちの部隊の隊員である筋骨隆々としたバーサーカーのゴッツ、巨漢のディフェンダーのデイ、そして冷静な黒髪の女戦士のコザーが物憂げな顔で立っていた。
フォッカーが驚いた顔で
「どうしました?」
と尋ねると、コザーが大きく息を吐いて
「元隊員のナーベスが"吸引屋"に嵌っちまったらしい。3まで下がったウィザードのレベルをせっかく28まで上げたのに、5まで下げてしまって、会社から怒られてたのを見た」
サナーが不思議そうに
「吸引屋ってなんだ?レベルドレインか……?あっ……」
気づいた顔をしたサナーに、フォッカーが頷いて
「捕らえたインキュバスやサキュバスを使った風俗店です。レベルドレインは慣れると凄い快楽だと言います」
コザーは首を横に振りながら
「一瞬だけだったとはいえ、同じ隊の隊員だからな。隊長、どうにかできないかな?」
いや、俺に言われましても……とは思うが、とりあえず話だけでも聞こうと家の中に入れようとするが、三人は首を横に振りコザーが
「ナーベスが嵌っちまったのは、フーンタイ市にある違法吸引屋なんだよ。できれば襲撃して潰しちまいたいと思ってるんだが……」
物騒なことを言ってくる。サナーが首をかしげながら
「風俗中毒にそこまでする必要あるかー?」
ゴッツが鼻息荒く
「同じ会社の傭兵を悪い道に引き込んでるのは許せんのです」
デイも大きく何度も縦に頷いた。フォッカーが真剣な眼差しで
「ローウェルさんに許可は取ったのか?」
コザーが頷いて
「ナランがやりたいなら良いって言ってる。隊長、やるって言ってくれ」
うわー……なんか怖いことの責任が全部俺にのしかかってきた……。
悩んでいるとサナーがニヤニヤしながら
「違法風俗ってことは後ろにマフィアがついてるよな?どこの組だ?」
ノリノリでいい加減な質問を尋ねていく。
当然マフィアの知識はないはずだ。
コザーが真剣な眼差しで
「市内最大のマフィアであるニャンニャンタマタマ組だ」
と言った瞬間に今まで気配を消していた、いつもの麦わら帽子に黒ワンピース姿のミヤが突然
「あはははははは!!」
笑い出して、全員から見つめられる。
「だ、だって、なにそのふざけた名前……あはははははは!」
しかし俺は笑えない。ニャンニャンタマタマ組なら田舎出身の俺ですら知っている。
対立する組の男の構成員を捕らえると必ず玉を片方切り取って野良猫に喰わせるのでニャンニャンタマタマという悍ましい名前になっているのだ。
ちなみに女の構成員の場合は、乳を片方切り取るという、これまた鬼畜の所業を平気でしている。
いつもは強気なサナーも固唾を飲んで
「や、やめとかない?」
フォッカーが黙って俺を見てくる。
やめようかと言葉に出かけた寸前
「あ、ナラン君じゃなーい。ひさしぶりー」
全身ピッチリした白のレザースーツに身に包み、サングラスをしたアンジェラが、優雅に白い日傘を差して早くも舞い戻ってきた。
威圧感は消し去っているが、只者じゃないオーラは半端ない。
ミヤはサッと俺の背後に隠れ、フォッカーが唖然とした顔をして、サナーが"朝会ったばかりなのに再登場早すぎるだろ!"といった抗議の眼つきをすると、アンジェラは優雅に唇に人差し指を立て"黙ってて"とジェスチャーした後
「悪いけど話は聞かせてもらったわ。その吸引屋なんだけどねー?某国で、ヒト……じゃなくて悪魔を勝手に使役してるなんて問題だなーって有力政治家が言ってるのー。私、もしかしたら手伝ってもいいかもよー?」
ミヤは堪えきれずに、俺とアンジェラを引っ張って皆から離れ
「ちょっと!干渉しないって言ったでしょ?」
アンジェラはウインクをしながら
「監視員として有用であるという実績が欲しいのよ。まだ活動制限が多いから、枷を外したいの」
「やめて。諦めて、さっさと帰れって」
ミヤには悪いが、少し希望が見えてきた。
噂に聞くニャンニャンタマタマ組より、どう考えてもリアルアークデーモンのアンジェラの方が怖い。
「な、なあ、ミヤ、ちょっとだけ手伝ってもらいたい」
「……言うと思った……あのさナラン、ろくな事にならないよ?」
アンジェラは長身から俺を見下ろし、ニッコリ微笑むと
「よし、決まりね。じゃ、先に行っておくから。あなたたちのお友達にもよろしくね」
わざわざ日傘を上げ、隊員やサナーたちに
「じゃあ、ナラン君の許可が出たからねー?みなさん、現地でお会いしましょうー!」
爽やかにそう言うと、鼻歌を歌いながら軽やかな足取りで去っていった。
ミヤは肩を落とし、俺は大きく背伸びをしてどうにかなると思い込む。
とりあえず、フーンタイ市まで貸し切りの荷馬車に揺られて向かうことになった俺たち全員は、道中に大まかな作戦を立てていく。
まずは違法吸引屋の調査と、出入りしているらしいナーベスの調査、アンジェラに関しては、事情を知らない隊員達には、最近知り合った達人だと説明し、ピンチの時に助けて貰おうということになった。
どういう風に助けてくれるかは分からないが、助けてはくれるはずだ。
さらに吸引屋とナーベスの調査と並行しニャンニャンタマタマ組についても現地で調べることにする。
「滞在は最短で一週間くらいですかね」
フォッカーが言って、隊員たちが申し訳なさそうに滞在費はナラン一家から出してくれと言ってきたので快諾した。
ちなみにリースが一時的に去ったことは三人とも知っていた。
既に会社内ではよく知られていることらしい、俺の活躍と共に……。
聞かなかったことにしよう。
フーンタイ市の巨大な城門を潜り、街を守る巨大なサイクロプスとドラゴンを久しぶりに眺めつつ、フォッカーが紹介してきた下町の奥にある目立たない宿屋に泊まることにする。
古くて小さいが、清掃は行き届いていて綺麗だ。
全員で入ると、ちょうど二階の三部屋の宿泊部屋が埋まり貸し切り状態になったのをフォッカーは満足げに
「他の客が居ない方が、安全上良いです」
言ってきた。
ニャンニャンタマタマ組から襲撃されるようなことがなければいいな……と俺は思った。
サナーは俺と無理やり同部屋にして満足げな顔で
「ミヤが居なければなー」
ベッド脇に腰掛けるミヤを見つめる。
ミヤは憂鬱そうにため息を吐くと
「姉貴が来てるなら、絶対私はろくなことにならないから、せめてナランの近くに居たい……」
つまり守ってほしいということだろうが、それは約束できない。とは言えないので、曖昧な態度をとるしかない。
別部屋のフォッカーたち四人は早くも調査へと行ってしまった。
とりあえず探査は皆に任せ、今日は宿屋でゆっくりしようと思っていると
「いいなー楽しい青春旅行中みたいねー」
早くもアンジェラが扉を開けてきた。
当然宿屋も特定されていたようだ。
怯えるミヤを彼女は楽し気に見つめ
「はい、どうぞ。これ、ニャンニャンタマタマ組の暗部よ」
三枚の写真をサナーに手渡し、サッと去っていった。
一枚目は、宮殿内で明らかにマフィアだと分かるスキンヘッドの人相の悪い男が、一目で上級国民だと分かるようなフリルについた貴族服に身を包んだ男と会っていた。
二枚目は、どう見てもサキュバスにしか見えない角と尻尾の生えた3名の裸の女性に囲まれた、肥満体でちょび髭を生やした男がベッドから偉そうに兵士に何かを指示している場面だった。
三枚目は、金貨が積まれたテーブルの手前に全裸で縛られた中年男性が居て、目や鼻から体液を垂れ流し、何かを訴えている様子だった。
サナーはその三枚を見つめ
「うーん……分からん。というか私たち、この街の偉い人、誰も知らないよな?」
「ヘグムマレーさんくらいだけど、あの人はあくまで大学の教授であって、ここの行政には関わってなさそうだしな……」
ミヤも写真を見たが、震えながら
「な、なんで、まだ半日も経ってないのに、こんな最深部に潜って写真撮れてるのぉ……うぅ」
「そりゃアークデーモンだからな」
「アークデーモンだからだろうな……」
サナーと俺から同時に返されて、ミヤは力なくベッドに倒れこみ
「この先が思いやられるって……」
と呟いた。
写真を眺め、サナーといい加減なことをあれやこれやと話しているとすぐに夕暮れとなり、フォッカーたちが次々に帰ってきた。
彼らは、一様に深刻そうな表情で
「違法吸引屋も組事務所もかなり警護が堅そう」とそれぞれ告げてきたので、とりあえず写真を見せるとフォッカーが驚いた顔で
「こ、これ……このサキュバスに囲まれた太った男はニャンニャンタマタマ組元締めのニャンタマー総帥ですよ!」
俺も含めほぼ全員が驚いて、ミヤが何とも言えない顔で
「だから、なんで皆、笑わないの……おかしいでしょ……ニャンタマーってなに」
「いや、ミヤな。ニャンタマー総帥って言えば、あれだよ。抗争相手の組長の片方の玉を素手で握り潰して、自分で喰ったんだぞ!?やべーやつだよ……」
「ナランが言うように最強にイカれたマフィアだぞ!名前も超怖いし……」
サナーも同意してくれる。
でもアンジェラの方が遥かに怖いので、恐怖心はかなり薄れている。
隊員達にアンジェラが持ってきたと説明すると、コザーが他の写真を見ながら
「そうか、これは特殊スキル所持者の念写のようなものだな?見たことがある。ちなみに、この人相の悪い男と会っているのは、この街の有力者バングシャー伯爵だ。中央にも顔が利く貴族だ」
ゴッツも別の写真を指して
「この縛られているのは、恐らくは王宮の守衛騎士だ。たぶん、何かの金をくすねたのだろうな」
これまでの情報を総合し
「つまり、ニャンニャンタマタマ組は、この街の政府にも関りがあるということ?」
俺が言ってしまい、全員が頷いた。
「……」
もう帰りたい。
アンジェラが居るとしても安請け合いしすぎた。
こんな状況で組傘下の違法吸引屋を潰したら
間違いなく街にいるマフィア勢力総動員で俺たちを殺しに来るだろう。
全員の沈黙を破るようにフォッカーが
「ナーベスを違法吸引屋の近くで目撃しました。これから店の営業時間なので潜入してその様子を見に行くつもりですが、隊長も一緒にどうですか?」
全員から注視されて、いや、やめとくわ。とは言えない雰囲気が作られたので、重々しく頷くと、サナーとミヤもついて来たいと言い出した。
すぐ帰るからと、二人には休憩に入る隊員三人と留守番をしてもらうことにする。
重々しい気持ちの俺と、真剣な様子のフォッカーは日が暮れている街へと繰り出した。




