翌朝
町へ戻り、馬車の定期便に乗り込み、いつもの街で降り、自宅へとたどり着いたときは、もう深夜になっていた。
元村長、フォッカーと別れて自宅へと戻る。
「あーしんど……お風呂入りたくない……」
サナーはそう言いながら、リビングに防具と服を脱ぎ捨てて、下着姿で絞った濡れタオルを手に二階へと上がっていった。
身体を拭いてから寝るんだろう。
俺も剣を置き、防具と上着を脱ぎ、シャツとズボンだけになり食卓の椅子に座り、残っていた安物のワインを割れたコップに注ぐと
ミヤがわざわざクラスを持ってきて
「こっちにしたら?」
というので注ぎ直し飲むことにする。
ミヤはジュースを飲み
「あーおいし、ナラン、お酒飲むんだ」
「そうだな」
俺は親が二人とも亡くなった後、飲酒を覚えてしまった。できるだけ酒量を増やさないようには気をつけている。
ミヤはジュースに口を付けた後、ため息を吐いて
「ていうかさー……姉貴、最低だったでしょ?」
「……どうだろうか。ミヤ以外にはそう悪くもないんじゃないか?全員無事に帰ってこれたし……」
ただ、あの地域のゴブリンと人間との小さな戦争の原因がアンジェラならそうも言えないかもしれないが……。
などと考えていると、ミヤは再びため息を吐き
「そうなんだよねー……あの人、優しいし優秀で頭もいいんだけど、私には、最低のゴミ屑女になるんだよね……姉貴がストーカーとか嫌でしょ……」
「なんであんなに変な感じで愛されてるんだよ……」
ミヤは、軽く舌打ちをすると
「姉貴はほら、大人になってもカースト頂点で二十代とかで社会的成功を収めて、家から独立もしてるんだけど……なんだろ……周りがまともすぎて、ダメな私が面白いのかも……悔しいけど」
「ああ、俺の兄たちの逆だなぁ……二人とも優秀すぎて、俺を超馬鹿にしてた」
ミヤは頷いて
「私だって馬鹿にされてるよ?姉貴優秀なんだから、勉強とか魔法とか教えてくれた方がいいでしょ?何で私の写真集作ってるのよ……」
「お互い、兄妹姉妹と相性悪いよなぁ」
「うんうん。そうだそうだ」
二人でしばらく文句を言い合って、眠くなったのでサナーを見習い、濡れタオルを手にそれぞれの部屋で寝に行くことにする。
自室で身体を拭いていると、ふと、リースが恋しくなる。
毎日、一緒に寝てたんだよな……なんだろう、ベッドで身体を合わせているときは、夢のようで記憶がはっきりしないな。
本当にあったことなんだろうか。
でも、リースは確かに存在していた。
夢じゃないよな……。
しかし、大丈夫なんだろうか……どこかに幽閉されていると聞いたが。
よし明日は、リースを探しに行こう。
生活費の心配もしばらく無いしな。
そう決心して、俺はベッドにもぐりこむ。
……
「おっきろー!朝だぞー!」
俺に跨った何も纏ってないサナーがペシペシと頬を軽く叩いてくる。
「……起きるって……なんで裸なんだよ……」
「そ、そりゃ……ナランと何度も通じ合ったものとしてはだな……」
「一度もないだろ……」
「い、今からでもいいんだぞ?リースも居ないし……」
サナーは頬を赤らめ、真剣な眼差しで言ってきた。
「……」
ちょっと真面目に抱くべきか考えてしまった俺が情けない。
「いや、そういう気分じゃないし、体力を別の方向に使いたい」
「……リースを探しに行くんだよな?」
「そうなると思う」
しばらくサナーと黙って見つめ合って感情を探り合う。
サナーは両目を潤まして
「……な、なあ、リース戻ってきたら私なんてまた相手にされなくなっちゃうから、今さ、こっそり二人だけの秘密でいいから……頼むよ……」
「……」
どうしようか。ここまでサナーに懇願されたら頑張ってみてもいいかもしれないが……。しばらく迷っているとサナーは意を決した顔になり
「もういい!!私の腕力でナランをむりやり抱くからな!!」
そう言って、大きく息を吸った瞬間、扉が開き
「あーっ!!朝から不潔だーっ!!」
楽し気にミヤが入ってきた。
サナーは俺に跨ったまま項垂れて
「なんでいつも邪魔が入るんだろ……ナランのスキルのせいか?」
と言った後
「許さんぞ!お前を襲ってやる!」
裸のまま、逃げるミヤを追いかけて部屋を出て行った。
ドタバタと下で追いかけっこしている音が聞こえミヤが玄関を開けて飛び出ると、フォッカーの声が外からして
「うわっ!!朝からいいもん見れました!ちょっ……そんなに怒らなくても!」
と聞こえた後、裸のサナーが猛烈な勢いで俺の部屋まで駆けて来ると布団の中に飛び込んできた。
「な、ナラン、ごめん……ちょっと、応対しといて……だめ……恥ずかし……」
俺やミヤ、そしてリースには気にせず裸を晒すのに、他の人はダメなんだな。
まあ、当たり前か……一緒に住んでないしな。
などと思いながらベッドから起き上がる。
服を着て下の食卓へと行くと、嬉しそうなフォッカーが
「隊長、おはようございまーす。何やってたんですか?」
尋ねてきて、食べ物をテーブルに並べていたミヤが
「サナーちゃんがナランを襲おうとして、それを私が阻止して、私と追いかけっこしたサナーちゃんが外に出たところであんたに全部見られた」
気にもしていなさそうな顔で言う。
フォッカーはしばらくその場面を想像してから
「隊長、真剣な相談なんですけど……」
「なんだよ……」
「副長に襲われるにはどうしたらいいんですか?」
「……わからん。めちゃくちゃ好かれるしかないかも……」
フォッカーとミヤが同時に爆笑して、サナーが上から
「私のことで笑うの禁止!!」
大声で叫んでくる。平和だな。
無事に帰ってよかったな、昏睡から目覚められてよかったとふと思った。
朝食を食べながらフォッカーに会社の様子を聞いてみると、しばらくは大きな仕事は来ないようだと言ってきたのですぐにリースを探したいと皆に提案すると
「反対。もういいだろ。あいつはどこかに一生幽閉されてればいい!」
サナーが怒りながらさっそく反対してくる。
ミヤもニヤニヤしながら
「うん。要らないね。私としてはナランと静かに暮らしたい。あの子、王族でしょ?もう関わらない方がいいかもよ?」
フォッカーも意外にも頷きながら
「……いずれ、時が来ればヘグムマレーさんから接触があるのでは?下手に動いて隊長がまた昏睡すると、我々の稼ぎも減ります」
なんと三人とも反対だった。
「嘘だろ……仲間じゃないか……」
サナーが顔を真っ赤にして涙目で
「仲間じゃなくてナランのセフレだろ!!」
「いや、お前がセフレって言うなって言ったんだろ……」
「なにそれ、詳しく知りたいんだけど……?」
「俺も超興味ありますね」
「……」
ミヤとフォッカーにジッと見つめられ渋々と、俺がリースのことをセフレみたいなもんと前にサナーに言ってしまったと白状すると、フォッカーが実に楽し気に糸目をさらに細め
「ふむふむ、つまり最初はその程度だったってことですか。王族相手に、ずいぶん気宇が大きいですね」
「ナランってほんと、怖いもの知らずだよねー。姉貴にも怯えてなかったし」
「……いや、そんなつもりじゃ……アンジェラさんは怖かった……」
サナーはさらに怒った顔になり
「あんな、ナランとずっと毎晩やるだけの女なんて別にいらないだろ!あんなのと結婚して王族なんてならなくてもナランはいつか私と国を創るんだよ!」
「……お前、そこまでリースのこと嫌いだったか?」
興奮してまくし立てたサナーは肩を上下させて、息をしながら
「……友達としてはすげー好きだ……でも女としてはとても嫌いだ」
ミヤが嬉しそうにサナーを見て
「わーサナーちゃん!ナランが本当に好きなんだなー」
「国を創るってことの方が興味ありますけど……」
フォッカーが真剣な眼差しで尋ねてきたので
サナーの大言壮語だと言って話題を流そうとするとフォッカーは急に声を低くし
「アンジェラさんについては会社に報告しますか?」
ミヤが小声で
「やめといたほうがいい。絶対姉貴は、私を近くまで監視に来る。いっつもアークデーモンがまとわりついてる集団なんて嫌だろ?」
「嫌っていうか、大問題になりそうだな。ってあんな大悪魔が、好き勝手に地上を歩けるのか?」
「うん。魔力隠すのなんて簡単でしょ?」
聞き覚えのある女性の返答がした瞬間、俺たちは全員、食卓から飛びのいて一瞬戦闘態勢を取った。
いつの間にか開いている椅子に座っていた黒のワンピース姿のアンジェラはテーブルに紙を一枚置いた。その一番上には、俺にも読める字で
"仮特別地上派遣監視員、ミヤモトザワ・アンジェラ(仮名)"
と書かれていた。その下には、読んだこともない字が延々と下まで続いている。
ミヤはブルブル震えながら俺の背中に隠れる。
アンジェラは爽やかな笑みを湛えながら立ち上がり、長い黒髪をかきあげると
「ということで半日で無理やり通したから、一応ご挨拶にきました。あ、ちなみにまだ仮なんだけど、そのうち仮とれますからー」
「かっ、帰れ!!ストーカークソ姉貴!!」
ミヤは俺の背中から威勢よく声を上げるが、他の三人は完全に戦意が消えている。
サナーなどお茶を出して
「ちょっと話していかない?その力で抹殺してほしい女がいるんだけど?」
悪魔にリースの抹殺を頼もうとし始めた。
アンジェラは笑いながら手でお茶を断り
「いくらサナーちゃんの頼みでも、人間は殺せないなぁ。まず、監視員の規定で深い干渉はご法度だし、そもそも私は地上には興味がないの。興味あるのは妹とペットたちだけ」
「そうかぁ……だってさナラン」
いや、頼むからこっち見んな……と思いながら何とか言葉を絞り出し
「アンジェラさん、悪いけど、ミヤが怖がってるんで……」
アンジェラはニコッと笑いながら頷き、次の瞬間には跡形もなく居なくなっていた。
「あっさり帰ってくれましたね……」
「うう……これから私のあらゆるプライバシーが写真に撮られる……」
「その写真をどこかに撒かれるとかはないんですよね?」
フォッカーの質問にミヤが頷いて
「……写真は一枚も残さずに自分で管理してるっぽい……昨日みたいに他人に見せるのは、確かに珍しいかも……」
俺は落ち着けようと
「だったら、もう気にしない方がいいんじゃないか……空気みたいなもんだと思って」
「……うぅ……でもたまに直接弄りに来るし……」
「すまん、それはどうしようもない……」
俺たち三人が、呆然と立ったまま天井を見つめる中
「どうにか、アンジェラにリースを抹殺させられないだろうか……」
サナーだけ真剣に腕を組んで物騒なことを考え続けていた。




