好きだとしても歪みすぎ
アンジェラは整った顔を嫌らしく歪め
「私さー……モンチ君と人間の女を交尾させてハーフゴブリンを作りたいのよね。この子たち発情させるなんて簡単なんだけど?」
「ふっ、ふざけ……」
サナーが叫ぼうとしてアンジェラにジッと見られてその場に座り込む。
「なんで、何で力が……」
アンジェラは足を組んで座ったまま
「なんでって、私が無詠唱で極小範囲のグラビティとついでにドレインエナジー唱えたからでしょ?ナラン君、早く妹を探しに行ってくれる?一日で連れてこなかったら、モンチ君とこの交尾させるからね?」
俺はサナーをジッと見つめ「すぐ帰ってくるからな」と目で告げると、後ろを振り向いて、光る石を前に出して照らしながら全速力で洞窟内を戻り始めた。
背後ではアンジェラの高笑いが響く。
必死で駆けていると突然頭でリブラーの声が
自動起動が遅れて申し訳ありません。現在引き続き機能調整中です。
限定された機能で推測を開始します。
対峙したのは推定レベル760のアークデーモンです。
ナランさん単体で地上で戦うのならば負けはしませんが勝つまで570年はかかると思われます。
敵意はないようなので、要求を受け入れた判断は正しいと思われます。
勝手に謝ってきて、偉そうに俺の判断が正しいとか言ってきた。
悔しいが、その通りだ。
恐怖心を抜きにすれば負けそうではないが勝てそうでもなさそうだった。
それにしても、レベル760って……そんなの聞いたことないぞ……。
しかし救いは、アンジェラの言う"妹"に当てがあることだ。
洞窟を走り出て、モンチ君の血の跡を辿りながら必死に皆のところまで戻っていく。
しかしモンチ君って……ホントにペットなんだな……高レベルモンスターがあんなに甘えるとか……。
ブラックゴブリンがペットの上に血統書とかも言ってたな……クソッ!なんなんだ……なんなんだよ!!
また危ない世界に足突っ込んでるじゃないか!!
頭の中で絶叫しながら、先ほどの場所へとたどり着くと、三人が談笑しながら、持ってきた食料を食べていた。
元村長も気絶から回復したようだ。
ミヤが麦わら帽子の日よけを手で軽く上げ
「おー!早かったね!あれ?サナーちゃんは?」
呑気に言ってきたので、三人の近くに俺は滑り込み、必死に今起こっていることを説明し始める。
ミヤは、俺が話すほどどんどん顔色が青くなり、そして黙り込み、終いには静かに逃げようとし始めたところをフォッカーから腕を掴まえられた。
「や、やめて……上の姉貴だ……こんなに早く来るなんて……絶対笑われる……」
「……やっぱりそうか。ミヤのお姉さんなんだな?」
背丈や体系こそ違うが、全体の雰囲気が似ていると思った。
フォッカーに背後から羽交い絞めにされたミヤは逃げようとジタバタしながら
「サナーちゃんは諦めよ?ね?私がナランの夜の相手してもいいからさぁ……」
涙目で懇願してくる。
俺は大きく息を吐き
「サナーを諦めることはできないし、サナーが俺の夜の相手をしたこともないんだ」
元村長が黙って水を飲んでいる横で、ミヤとフォッカーが同時に唖然とした顔をする。
「え……サナーちゃんがナランを大人の男にしてあげたんじゃないの?」
「あの、俺も隊長が寝てた間に、副長から散々、ナランのアレがよくてさーみたいなことを聞いてますけど……」
「……」
あいつ……俺がこん睡している間に色々と勝手に言いふらしてたのか……。
ちょっと一瞬、見捨ててもいいかな……と思ったが即座に思い直し
「えっと……とにかく、あいつは、たぶん、まだ男は未経験で好き勝手言ってるだけなんだが……と、とにかく、俺はあいつを見捨てないし、あいつも逆の立場なら俺を見捨てることはないと思う」
ミヤは観念したかのように身体の力を抜き
「わかったよ。でも、絶対逃げたくなるだろうから、私を痛くないように縛って連れて行ってよ。姉貴ほんとに苦手なんだよなぁ……」
俺とフォッカーは頷いてミヤをグルグルと
跡が残らない程度に気をつけ縛り始めた。
その近くで元村長は旨そうに干し肉を食い始める。
十五分後には、俺たちは洞窟内を慎重に進んでいた。
縛ったミヤは俺が背負っているのだが
「あーあー姉貴の性格の悪さ思い出したら吐き気してきた。ぜーったい、私をあいつの家で飼ってるペットと同じくらいにしか思ってないし、金も地位も男も女でさえも超優秀な姉貴なら自由にできるのに……いいいいいいっっっつつも、私をわざわざいじってくるの!」
背中でうるさい。
フォッカーは警戒しながら続いて歩いてきて、元村長はポリポリと乾燥させたヒマワリの種を齧っている。
明るい場所へ近づくにつれ、ジタバタして逃げようとするミヤから背中を蹴られたりしながら、どうにかアンジェラの元へたどり着くと俺たちは唖然とする。
そこでは、すっかりくつろいだ様子のサナーが、いつの間にか両手が戻っているモンチ君と、青い不思議な素材のシートの上で見たこともない優雅で豪華なランチを食べていた。
真っ白なティーカップには紅いお茶が注がれていて磨かれた食器の上には色とりどりの肉や魚料理が並び、さらにサラダまで盛り付けられていた。
「あ、ナラン!旨いよ!アンジェラめっちゃ親切だった!」
アークデーモンを呼び捨てにしつつ、ニコニコと言ってくるサナーに俺はその場で背負ったミヤごと倒れこみそうになる。
いや、そりゃ、一時間もかかってないけどよ。こっちとしては、お前のために必死にやってたんだがと口から出かけた言葉を何とか飲み込み
「え、えっと、あ、アークデーモンは?」
「私がミヤの話をしたら、妹だって嬉しそうに言って、ちょっと、自分たちの世界からアルバムもってくるって。モンチ、アルバムってなんだ?」
平和な表情で、しかも上品に肉料理を食べていたモンチ君がサナーから呼び捨てにされたにもかかわらず低姿勢で
「写真という、景色をそのまま映せる機械から出された紙を並べた写真集のことですぅ……恐らくは、妹君のものかと」
ミヤが俺の背中でいきなり暴れ出し
「ちょ、ちょっと待てえええ!!今すぐ私をここから逃げさせてええ!!」
「お前が待ってくれよ……ミヤ、一回、会ってから、な?」
「ダメだってええええ!!」
ミヤの絶叫を聞いたかのように
「あらーミヤちゃーん……素敵なお姿だこと。一枚、頂くわ」
いつの間にか俺たちの背後に立っていたアンジェラが手に持っていた小型で縦中の複雑そうな黒い機械のスイッチを押し
「パシャッ」と音が鳴る。
すぐに機械からは「ジーッ」と音が鳴り、一枚の紙が中から押し出されてきた。
アンジェラはその紙を俺たちに見せてくる。
そこには、縛られて半泣きで俺の背中て暴れるミヤが完璧に描かれていた。
サナーが立ち上がって近づくと
「アンジェラ、これ何?絵なの?」
アンジェラは面白そうにサナーを長身から見下ろすと
「写真よ。そのままの光景を紙に焼き付けられるの」
「すげえええ……!」
サナーは渡された写真を輝く瞳で見つめだした。
俺の背中のミヤはすっかりやる気の失せた口調で
「姉貴……ひさしぶり……1年ぶりかな……」
俺が項垂れたミヤを背中からシートの上に降ろすと、アンジェラは首を横に振り
「違うわ。1か月ぶりよ。はい、これ、最近撮った写真」
「……やっぱりぃ」
いつの間にか持っていた分厚い装丁の見事な本の中から一枚の写真を取り出し、項垂れて座り込んだミヤに見せてくる。
ミヤはそれを見た瞬間に真っ赤になって
「な、これも見てたの!?」
アンジェラはサッとその写真を取り去ると、俺に渡してきた。
そこにはなんと、ミヤの心の本で見たのとそっくりな山中で一人、リンゴを食べてホッとした顔をしているサキュバス衣装のミヤの姿が写っていた。
アンジェラは勝ち誇った様子で
「あなたが行くところ、私が見ていないなんてことはありえないでしょ?でも、今回は抜かったわ。モンチ君を一人前にするために会社を立ち上げて国の侵攻事業に応募してたら、手続きが色々とかかっちゃって、そしたらあなたを見失ってた」
「うううう……どこまで私を馬鹿にしたら気が済むのお……」
涙目のミヤが悔し気にアンジェラを見つめると
「だってあなた面白いもの。私が我が家で飼ってるどんなペットより面白いわ」
完璧な笑みで上から言い放ってくる。
ついでにまた項垂れるミヤの写真を撮った。
アンジェラはしゃがみ込むと、ミヤの耳元の毛をめくり、真っ赤な契約の印を見つめ、さらにチラッと俺を見ると
「ふむふむ、やっぱり、これはナラン君よね?ミヤちゃんの元上司の親方から聞いたんだけど、あの子を特定危険因子指定願いの書類を国に出したんですってよ?つまりミヤちゃんには、これから私以外にヒトの接触はなくなるわね」
わざわざ言葉を切って強調されたミヤはボソボソと
「殉死報告出てるでしょ……どっちにしろ来ないって。もうほっといてよ。私はナランたちと地上で生きていくって、決めたんだから……」
アンジェラは俯いたミヤのほっぺたを両手でプニプニと揉みながら
「殉死報告は家族親族一同で取り下げさせたわ。行方不明者扱いになってるから私が国と家族親族に発見報告しとくわね。でも救出はできなかったということで。とりあえずはー
……そうだなーナラン君が危険すぎて奴隷契約している妹に近寄れなかったってことにしようかなー?どうかなモンチ君」
ケーキを食べていたモンチ君はニコニコしながら頷いて
「アンジェラ様、それがようございますぅ」
俺はもう固まったまま異常で理解が追いつかない話を聞き続けるしかない。
「よしよし。じゃ、ミヤちゃん専属の特別監視員に自己推薦しとくから。これは親のコネを総動員してでも絶対になるから。楽しみしといてね。あ、これ、皆さんどうぞ。妹の中学一年時代ですよー」
「や、やめてよっ!ほんとにやめて!!」
アンジェラが本を開いて、わざわざ皆に見せて回った写真の中には様々な水着で居並ぶ体格の良く押しが強そうな屈強な女子たちの中、隠れるように居心地悪そうに微笑む白いワンピース姿のミヤがいた。
「まだ慣れてなくてねー。武技の授業の水泳以外では水着が恥ずかしくて着れなくて」
サナーが喰いつくように見つめだした。
「姉貴!一生恨むから!真名言っちゃうよ!!」
アンジェラはニコニコした顔で
「そんなことしたらあんた、私と一緒にこの子らの奴隷ってわけでしょ。つまり、ずっと一緒に居られるわよね?退屈しなさそー。まあ、私高レベルすぎて、この子たちには言っても耳が拒否して聞こえないかもね。うふふふ」
「ううぅーっ。うぅぅ……」
ミヤはとうとう唸り声しか出せなくなった。
モンチ君が、残った料理をランチボックスに詰め、いつの間にか正座して紅茶をすすっていた元村長に手渡す。
アンジェラはチラッと元村長を見て、苦笑いすると
「じゃ、この侵攻事業は失敗ってことでー。いったん帰るからね。モンチ君、行くよ。あ、この奥にワームホールあるけど塞いでおくから。あー楽しみだなー!今度はミヤちゃんをどうやっていじろう!」
そう言って、洞窟の奥へと歩いていく。
素早くシートや食器類を片付けて大き目のバッグに綺麗に詰め込んだモンチ君も、そそくさとアンジェラを追って駆けて行った。
「……」
俺、フォッカー、そして縛られたままのミヤが無言で固まっている。
サナーと元村長はランチボックス内の豪華な料理を夢中で食べている。
ミヤがポツリと
「嫌な姉貴でしょ……アンジェラもあいつが勝手に名乗ってる偽名だからね……正式な名前は、ミヤモトザワで家族の私と同じだし……」
「いや、何だったんだろうなって……」
フォッカーはアンジェラたちの去っていった洞窟奥を見つめ
「話を聞いた感じ、ペットのブラックゴブリンと地上に遊びに来たとしか……」
「ついでにミヤを探してた感じだったな……」
「ミヤさんは、モンチ君を見たことはなかったんですよね」
フォッカーが尋ねると、ミヤがため息を吐いて
「上の姉貴は百年以上前にうちから独立して、私たちの世界で広大な土地を買って、色んなペットたちと悠々自適に暮らしつつ、実家と自分の土地を好き勝手行き来してる感じなの。だから、あんなの飼ってるだなんて分からなかった」
食べていたサナーがこちらを向き
「妹が好きでたまらないって言ってたぞ!いい姉貴だろ?」
ニヤニヤしてくる。
「全然よくないって。好きだとしても歪みすぎなんだよなあ……。それよりサナーちゃん、ナランと肉体関係ないんだって?」
サナーは咽て、しばらく咳をした後
「……そ、そんなことはない!ナランが忘れてるだけだろ?」
「少なくとも貫通的なのは無いだろ……いや、そんなことよりもな」
皆が俺を見てきた。
「仇討ちは一応終わったし、全員無事だし、もう帰ろうか……」
全員で深く頷く。




