仇討ち
麓まで来ると、木々が生い茂っていて視界がとても悪くなる。
フォッカーは涼し気に
「山中に広い洞窟があるんですよ。根城があるならそこでしょう」
サナーは大きく息を吐いて、二本の剣を鞘から外し、二刀流にして先頭を進み始める。
俺も少し、警戒を強めておくことにする。
フォッカーは苦笑いしながら
「まだ、敵の気配はありませんよ」
ミヤも呑気にサナーの背負っている袋に手を突っ込んで
「ゴブリンどもの気配もないよ。見つけたら教えてあげるけど?」
そう言いながらリンゴを出すとシャクシャクと齧りだした。
少し気になったので
「よく食べるようになったよな?」
と尋ねると、ミヤはニカッと笑って
「だってナランがそう教えてくれたでしょ?」
俺は黙って頷くしかない。
心の本を解読したことで明らかにミヤが元気になっている。
あれが何なのか、さっぱり分からないが、効果はあったようだな。
などと思って、緊張を紛らわしながら麓の木々に囲まれた登りになっている獣道を抜き身の剣を構えたサナー先頭、続いてフォッカーの案内で進んでいく。
ミヤは俺の背中で
「ぜーんぜん、何の気配もないねぇ」
呑気に言っている。元村長は最後尾でずっと黙っているが明らかに憎しみで燃え滾っている雰囲気がある。
しばらく進むと、フォッカーとミヤが同時に
「止まってください」「止まって、居た」
と言って、全員が停止した。
俺はまったく何の気配も感じない。
辺りを見回していると、フォッカーが困った顔で振り向いてきて
「哨戒している一体です。気配からしてレッドゴブリンですが……」
ミヤが仕方なさそうに、黒いワンピースのポケットから角を出して頭に二つとサッとつけると
「私が話をつけてくる」
と言いながら、サナーの横をすり抜けて獣道を軽々と上へと駆けて行った。
サナーが舌打ちしながら
「あいつ、絶対さぼってたな……最色々やれるだろ」
「まあ、いいよ。しかし、話をつけてくるって……」
フォッカーが抜きかけた剣を鞘に納め
「モンスターたちと何らかの繋がりがあるというのはリルガルムでも聞きましたが、野良ゴブリンとも交渉できるのでしょうか?」
腕を組んで首を傾げる。
元村長は復讐をやり遂げたいという想いが滲み出ている憎しみに満ちた邪悪な表情をして黙り込んでいた。
十五分くらい待つと、ミヤが軽やかに戻ってきて
「リンゴ五個で、元村長をボコボコにした集団に案内するって」
ニコッと笑って言ってきた。
「それ、大丈夫なのか?」
ミヤは屈託なく頷くと
「大丈夫。ちゃんと話せる賢さがあったから。そのレッドゴブリンはメスの食料採集係だよ」
「哨戒じゃなかったんですね……」
フォッカーが驚いた顔をして、元村長は早く会わせろと目でミヤに促す。
サナーは少し不満げな顔で剣を二本とも鞘に戻した。
俺はサナーの肩を軽く叩いて"落ち着け"と小さく言い、その背中の荷物袋を預かって背負う。
その場で待っていると、ミヤが真っ赤で小柄なゴブリンを連れてきて一瞬、古代図書館での死闘を思い出し、鳥肌が立つが、よく見ると、そのゴブリンの何も着ていない胸は膨らんでいて毛のない厳めしい顔もどことなく女性的だ。
レッドゴブリンは恐縮しながら
「それで、ミヤ様のお知り合いのどちらの方がご被害に遭われたのでしょうか?」
流暢に人間の言葉を離しながら上目遣いの低姿勢でミヤに尋ねてくる。
元村長が黙って手を上げるとレッドゴブリンはいそいそと元村長に近づいて
「ごめんね、ちょっと匂い嗅ぐよ」
と村長の右腕を上げさせて、腋の匂いをしばらく嗅ぎ、理解した顔して
「あー……ボガルネズのとこでしてた匂い……。まあ、いっか。あいつら邪魔だし」
そうブツブツと呟くと、ミヤへといそいそと近づき
「ミヤ様、こちらでございます」
平身低頭しながら、獣道を先導し始めた。
しばらく登ると、十字路のように開けた道へと出てレッドゴブリンは少し迷った感じでクルクルと見回し、匂いを嗅ぐと
「こちらでございます」
左手の道へと俺たちをいざないはじめる。
ミヤは得意げな顔で時折振り向きながら俺を見てくる。
苦笑いしながら頷くしかない。というか、悪魔とゴブリンの関係がよく分かった。
あの凶暴なゴブリンたちがまったく頭が上がらないんだな。
ミヤは間違いなく悪魔としては、レベルが高くない低級職のはずだが、それでもレベル30はあるはずのレッドゴブリンが下手に出ている。
人間でいえば、例えばサポーターのレベル40とレア職のレベル40は後者の方が価値が高いし強さも遥かに上だとは思うし、ゴブリンと悪魔も似たような感じだとは思うんだが、それにしても、ここまでだと種族そのもので頭があがらないんだろうな……。
などと考えていると、レッドゴブリンがピタッと道の真ん中で止まり
「ここまでで、よろしいでしょうか?」
と言ってくる。
ミヤは満足げに頷いて、俺に手を差し出してきたので袋からリンゴを五つ取って渡してやろうとすると
「いえいえいえ、わたくしが持ちます」
レッドゴブリンが進み出るとサッと両腕一杯に抱えて逃げるように去っていった。
フォッカーがその後姿を見ながら
「……少し進んだ先の右手奥にゴブリンの集団の気配がありますね。幸い洞窟ではなくて開けた場所のようです」
ミヤもニコニコしながら頷いて
「で、どうするの?この人は全部殺すつもりでしょう?」
手足を伸ばして準備運動し始めた元村長を見つめる。俺は
「まあ、仇討ちだからな。フォッカー、正面から行って勝てそうか?」
フォッカーは右手奥を眺めながら
「勝てますけど、レッド一体とグリーン七体なのでこちらもただでは済まないでしょうね」
サナーが顔をしかめて
「二人と三人で別れて囲んで奇襲でいい。サクッと狩って帰るぞ」
そう言ってきたので、全員が頷いた。
五分後
俺とサナーとミヤは茂みの中で森の少し開けた場所で宴会をしているゴブリンたち八体を見つめていた。
焚火を囲んで、楽し気に謎の肉を焼いて、割れた陶器のコップで酒を飲んでいるようだ。
一体のグリーンゴブリンは下手糞なステップで舞い踊りレッドゴブリンはそれをゴブゴブとゴブリン語ではやし立てながら飲んでいる。
ミヤがボソッと
「あの光景見たら悪くないけど、あの人を弄んだんでしょ?」
「老い先短い下半身を散々やられたらしいぞ」
サナーがそう言って噴き出しそうになり口を抑える。
「おい、老人でも若者でも弄ばれるのは嫌だろ。笑うな。しかし、よく生きてたな」
「サナーちゃん、あいつらの言葉わかるよね」
ミヤにニヤニヤしながら訊かれたサナーは舌打ちして
「ああ、楽しい。この一杯で救われるって言ってるな」
「ミヤ、サナーを惑わすなよ。あいつらせん滅したら帰るぞ」
ちなみに俺たちは向こうの茂みからの合図を待っている。
小石か木片をゴブリンたちに向けて投げ入れられて注意を逸らした瞬間に
同時に切りかかるという作戦のはずだが遅い。
「何やってるんだろうな……」
俺が呟くのと同時に、素っ裸で両手に剣を持った元村長が向こうの茂みから
「私が!!村長!!です!!」
と言いながら一人でゴブリンたちに突撃していった。
「堪えきれなかったか……」
「なんで裸なんだよ」
「うわーあの人バカなんだねー。行ってらっしゃーい」
ミヤに背中を蹴られた俺と、二本の剣を抜いたサナーが同時に突撃すると元村長に続いて、剣を両手持ちしたフォッカーも出てきた。
サナーは一瞬で、驚いて逃げようとしたグリーンゴブリンたち三体を切り伏せ、そしてレッドゴブリンへとそのまま勢いで切りかかり、ギリギリで避けられた直後、横っ腹に蹴りを入れられ、吹っ飛ぶ。
どうにか着地をしたサナーに殴りかかろうとしたグリーンゴブリンの背中に、俺が片手剣を一閃するとなんとそのまま綺麗に両断された。
驚いている暇はないので、元村長の首を絞めているグリーンゴブリンの首に
剣を一閃して胴体と斬り離し、辺りを見回すとフォッカーが逃げようとしていたグリーンゴブリンたち三体を纏めて細切れにしている所だった。
サナーは早くも体勢を立て直し、棍棒を持ったレッドゴブリンと壮絶に打ち合い始めた。フォッカーもそれに加わる。
もう大勢は決したのは分かったので、俺が口から泡を吹いている元村長を介抱し始めると
万が一のためにゴブリンと交渉するため隠れさせていたミヤが出てきた。
「みんな、まあまあ強いね。あ、やっと倒したか」
と顔を向こうへと向ける。そちらを見ると
サナーがレッドゴブリンの胸に、今の打ち合いで刃こぼれしてボロボロの剣を突き立てていた。
サナーとフォッカーはレッドゴブリンが絶命したのを見届けると
「副長が少し蹴られたくらいでしたね」
「いや、痛かったぞ。でも、私たち強くなったなぁ……」
サナーは辺りの血まみれのゴブリンの死体を見回す。
ミヤが遠くを見て
「あっ……マズいかも」
と言いながら、俺やサナーたちを下がらせて前へと出るとその先の茂みから、ガサゴソと音がして真っ黒な身体のゴブリンが一体静かに出てくる。
さらに茂みや木々の上からは、無数のゴブリンたちが、いつのまにかこちらを囲んで見ていた。




