ゴブリン討伐に
そのうち、元村長が尋ねてくるだろうと俺たちの自宅で装備や旅装の準備をして待つことにした。
しかし、日が暮れて夕食を終えても村長は現れることはなかった。
風呂にそれぞれ入った後、タオルで黒髪を拭きながら布のシャツとショートパンツ姿のミヤは欠伸をして
「寝るよ。あ、ちなみにリースの部屋を私が借りてる」
そう言うと二階へと上がっていった。
俺は食卓のテーブルでお茶を飲み、今日起きたことを真面目に考えようとしてやめた。
二週間昏睡していた男が、起きたその日には一日元気に動いていたのだ。
どう考えてもおかしいし、おかしいことをサナーや社長は普通に受け入れている。
ミヤは違う種族なのでわからないのは仕方ないが、自分で自分が少し怖くなりつつある。
多分リブラーがヤバい回復スキルをつけたからこんなに元気なのだろうとは分かってはいるが……。
あ、何かそう言えば、またレベルか上がったんだよな……39か。
しかも職業もデビルテーマーとかいう、ライトスライムテーマー以来の聞いたこともないレア職だ。
目の前に座っているサナーはずっと黙って嬉しそうに俺の顔を眺めている。
「寝ないのか?」
「ナランと一緒に寝る」
「そうか。元村長来なかったな」
「どうせ、酒とギャンブルと風俗で全部使っちゃったって」
「ああ……かもなぁ」
何となく疲れたので、お茶を飲んで寝ようか迷っている。本当に、一日も経たずに元の日常並まで回復したなぁ。
などとボーっしていると玄関近くからドサッと何かが倒れる音がした。
サナーと慌てて外へと見に行くとパンツ一丁になった痩せこけた元村長が倒れていた。
体中痣だらけだ。
ああ、ギャンブルで増やそうとして服まで全て取られてボコられて店から追い出されてしまったと。
なんて予想通りなんだ。
「……」
サナーと顔を見合わせて黙って村長を室内に運び、介抱し始める。
翌日、一夜で完全復活を果たした元村長も交えて四人で朝食を取り、ミヤの通訳で村長を襲撃したゴブリンたちの巣の大体の位置を地図を見ながら特定した後、旅の用意を始める。
予備の皮鎧とブロンズソードを元村長に渡し、サナーと俺は旅装にプレートメイルを着こみ、剣を携え、ミヤはお気に入りのワンピースに麦わら帽子をかぶり、旅費を持ち、布袋に腐らない食料を詰め込み、それを俺が背負い家の戸締りをして、4人で勇んで家を出た。
ちょうど家の前には、荷物を持ったフォッカーが来ていた所だった。
「会社から隊長が回復したって聞いて、他の隊員たちからの祝いの品を集めて駆け付けたところでしたが……お元気そうで」
俺はフォッカーに礼を言って、祝いの品は家の中に置いてもらい色々と積もる話はあるが、元村長の仇討のため任務ではなく私用でゴブリン討伐に行く予定だと告げると
「おお、楽しそうですね。ご一緒しても?」
と言ってきたので、そのまま加わってもらう。
廃墟群から、いつもの街へと向かいフォッカーの案内で、街の馬車停泊所で料金を払い、長距離輸送の大型荷馬車へと五人で乗り込む。
西へと向かうその中で、ガタガタと二時間も揺られると目的地の近くの町へと着く。
馬車から降り立ったサナーが廃屋が目立つ、寂れた町並みを見回しながら
「おーここが、ドウバーンの町ね。廃れてんなー!」
遠慮なく叫ぶ。フォッカーは町を眺め
「あ、俺が知ってる食事屋がまだやってますね。行きますか?」
と言ってきたので、全員同意でその店に入って食事をする。
武器をつけた俺たちが入ってきても、店員も客も全く動じないのを見て、事前に聞いていた通り、この近くは戦地だったんだなと実感する。
フォッカー曰く
「つい最近までゴブリンの軍隊がこの辺りの領主と小さな戦争してたんですよ。元村長さんは、会社が領主側から輸送任務を受け、その任務の最中に悲劇に遭ったってわけです」
サナーが感心した顔で
「良く知ってんなー」
「傭兵なんてやってると、情報を集める癖がつきます。酷い戦場や、最低な任務、馬鹿な指揮官なんかに準備なしで遭遇するとそれだけ死にますからね」
「ま、ナランについていけば、死なんからな!」
得意げなサナーに俺は苦笑するしかないが、フォッカーは真面目な表情で頷いていた。
ミヤは欠伸をして、元村長は激しい復讐の炎を両目に灯している。
フォッカーによると、ゴブリンたちの残党は町から更に西の木々が多い山岳地帯に居るはずとのことだ。
彼は食べ終わって満足した顔で、窓ガラス越しに寂れた町を見ながら
「国境線ギリギリの我が国が手を出しづらい場所に逃げ込んだんですよ。そこから西は、この大陸最大のドラゴンズエースト国です。ファリイーという温厚で有能な老王が五十年近く治めていて、トゥリーマーという画家としても有名な老大臣と、音楽家としても有名なギーヤンという老将軍と共に西方の三賢者が治める国と言われています」
サナーはため息を吐きながら
「知ってるよ。奴隷が居ないんだろ?しかも豊かだとか。いつかナランと移住するならそっちに行ってもいいなぁ」
フォッカーは苦笑しながら
「後進が育っていません。ファリイー王と方針が合わずに数名の有能な将軍たちや官僚が既に国を出ています。それほど繁栄は長くないですよ」
サナーは唖然として、思い直したかのように首を横に振り
「そんなもんだよな。間が悪いんだ私は……」
ミヤが欠伸をしながら
「人間が治める国なんだから、どこも大したことないって。そんなことよりゴブリンを狩るんでしょ?」
元村長が猛烈に頷いている。俺はふと気づいて
「元村長、尻の調子はいいのか?」
元村長は愕然とした顔で立ち上がり服の上から尻の辺りを撫でると
「私……が、村長……です」
「治ってる。なんでだ。って言ってるよ。ナランのオートヒールとかいう人間用のスキルのおかげじゃん」
元村長は潤んだ瞳で俺に頭を下げてくる。
「いやいや、良いって。行こうぜ」
俺たちは立ち上がり、勘定を払って店を後にした。
町から西へと道なりに草原地帯を歩いていく。
まだ正午ちょうどで空は晴れ渡っていて、雲ひとつ無い。
フォッカーは遠くに聳える木々の多い低めの山脈を見つめながら
「俺の聞いたところによると、あの辺りですね」
指を指した。ミヤがだるそうに
「もー歩きたくなーい、甘いものが足りなーい」
その場で立ち止まる。
2週間ですっかり人間の食事に慣れているようだ。
サナーが文句を言おうとしたのを止め、サナーに俺の荷物袋を背負って貰い、俺がミヤを背負うことにした。
思ったより軽い、というかレベル39だし体力がついていたのかもしれない。
……まあ、昨日までこん睡してたやつが体力ついてるわけないが。
どうせリブラーか回復スキルで維持してたんだろうなと思いながら、山脈の方へと一時間くらいかけ皆で呑気に歩いていくと、果物を積んだボロボロの馬車が猛スピードで前方からこちらへと走ってきて俺たちの近くで止まる。
御者の良く肌の焼けた農夫らしき中年男性が
「おっ、おい!あんたら、あっちはダメだ!うちの農地に果物を採りに行ったらゴブリンたちに襲われかけた!」
俺たちは黙って頷いて、ミヤがサッと背中から降りると
「あ、おじさん、そこのリンゴもらえない?お金はあるから」
「い、いいが……」
農夫は戸惑いながら馬車からリンゴを十個ほど売ってくれる。
ミヤにひとつ渡し、俺が袋へと残りを入れた。
サナーが思いっきり不満げな顔でミヤを見ながら大めに金を払うと農夫はようやく落ち着いた表情になり
「……そうか、あんたらよく見たらゴブリンと戦いに行く装いだな……じゃあ、尚更、気をつけてくれ。ゴブリンたちの動きが少し変だった」
フォッカーが糸目をさらに細め
「変とは?」
「妙に統率が取れていたんだよ。数十体居たらあいつら容赦なく人を殺しに来るのに、馬車を蹴られて追い払われただけだった」
「んー……知能の高いブラックゴブリンが居るのかもしれませんね」
「とにかく、俺は町で役人に通報してくる。気をつけろよ」
農夫は、心配そうに馬車に乗って町の方へと去っていった。
サナーが俺たち全員を見回して
「私たちのレベルで……ブラックゴブリンに勝てるかー……?」
フォッカーは黙って俺とサナーも見回してくる。
今更、帰ろうとは言えない。
本当にブラックゴブリンが居るのなら、その時は使いたくないがリブラーの出番だろう。
元村長は勇んで、山脈の麓に向け歩き始め、当然俺たちも続く。
ミヤはリンゴを齧りながら楽し気についてくる。




