尋問
翌朝、全員の準備ができてから拘束をされていないミヤ、その隣に座る俺、サナー、リースそして、テーブルを挟んで向こう側に
ヘグムマレー、ローウェル、フォッカーの順で座った。
「というわけで、はじめるかの」
ヘグムマレーがそう言い、不貞腐れて横を向いたミヤ以外の全員が頷いて尋問が始まった。まずヘグムマレーが
「尋問とは言え、緩いものじゃ。安心しておくれ。名前は?真名は言わんでよい。それは四人がすでに聞いとるからな」
ミヤは横を向いたまま
「ミヤモトザワ。ミヤって呼び名」
少し早口で答える。さらにヘグムマレーは
「我々、人間が魔界と呼ぶ世界出身じゃな」
ミヤは黙って頷いた。その隣でローウェルがサラサラと紙にメモしていく。
「家族構成は?言いたくないなら言わんでもよい」
ミヤは軽くため息吐いて
「なんでも答えろって、四人のご主人様から言われてる。五人家族で、一番下の出来の悪いのが私。上はアークデーモンとリッチになった姉貴が二人。親は二人ともベルフェゴル級で、引退した官僚かな」
そこで全員に戦慄が走った。サナーが何か余計なことを言いたそうな顔をしたので俺は首を横に振って止める。
ヘグムマレーは慎重に言葉を選びながら
「二つ質問がある。順に答えてくれ。まず、捕らえられた君を家族が救出に来ないのか?それから、リッチは我々のカテゴリーではアンデッドに属するのだが、実は違うのか?」
ミヤは"そんなことも知らないの?"といった顔になり
「家族は来ないよ、国の法律で縛られてて簡単には地上には来れない。でも私が死んでないのも分かってると思うから、心配はしてないだろうね。私、小さいころから悪運が異常に強いし。あと、リッチはアンデッドだけど、中身が個体ごとに全然違うのは常識でしょ?親方といい勝負してたし、じいさんも必要アイテム揃えばなれるんじゃないの?」
ヘグムマレーは感心した顔で
「……最新研究でようやく証明されつつあることが、向こうでは常識なのか……」
そして、気づいた表情に変わると
「年齢を聞かせてくれ。失念して順番を違えてしまった」
ミヤは言いたく無さそうにしばらく堪えた後、観念したように力を抜いて
「十六歳。我々ヒトも、二十歳まではあんたら人間と同じような成長をする。二十歳から先は、成長が職業によって違うんだよ。私がサキュバスのままだと、百歳くらいまで若くてそれからいきなり灰になるね。早死にし過ぎでやってらんないけど……」
「つまり、長生きする者もおるんじゃな?」
ミヤは頷いて
「私は、親が二百七十歳と二百五十二歳の時の高齢出産の子で、姉貴たちの年齢は上が百二十七歳、下が五十七歳だよ。わかったでしょ?」
また俺たち全員が衝撃を受けた。
悪魔……いやヒトたちは長生きらしい。
ヘグムマレーはふむふむと興味深そうに頷いて
「君たちの世界の学校について教えてくれ」
ミヤは少し考えて
「まず幼稚園か保育園に入るの、そっから六歳で小学校、十二で中学校、十五で行けたら高校、十八で大学、まだ勉強が向いてるのは二十二で大学院に入る。中学までは落第がなくて、高校以降は留年もありなんだけど、私は、勉強できなさすぎて、中学卒業と同時に低レベル職に強制就職になった」
ヘグムマレーは頷いて
「君のようなものは、ヒトの中では何パーセントくらいかわかるかの?」
ミヤは俯いて耳まで真っ赤にして
「た、たぶん、三パーセントくらい……」
また俺たち全員に衝撃が走る。サキュバスとかインキュバスってよく聞くけど悪魔全体の三パーセントくらいなのか……。
サナーがいきなり手を挙げ、ヘグムマレーが頷くと
「ミヤ、サモナーっていう魔法使いの一種で、悪魔とか色んなもん呼び出す召喚者がいるんだけど、あれは、お前ら悪魔から見てどういう感じなんだ?」
ミヤは薄ら笑いを浮かべながら
「あいつらは、私より、質の悪い屑たちを勝手に地上に出してくれるアホだね。道歩いてたらたまに頭上に、地上のサモナーが作ったワームホールが開くんだけど、そういうのに入ったらいけませんって、小さなころから教育されてる。一回地上に行くと、中々帰ってこられないからね。相手が悪いと死ぬし。あれに入るようなのは魔力中毒のインキュバスやサキュバスとか私たちの世界で居場所のないやつばっかりだよ」
もう……どこから驚いたらいいのかわからない。サモナーって結構上位職だったと思うし
俺たちも戦ったことのある相手だ。
子供だったけれど。
あの子どうなったんだろう……。
サナーが満足した顔をしたのでヘグムマレーが更に
「ベルフェゴル級との耳慣れぬ言葉が出たが……」
ミヤはため息を吐いて、またそんなこともわかんないの?と言った目で
「バアル省の官僚まで出世したヒトの職業のことだよ。そこの省は、国の皆が、ゆっくり余暇で楽しめるような法令を作ったり国内の働かせすぎのブラック企業を取り締まったりしてる」
「他にも省庁はあるのか?」
ミヤは黙って頷いた。ヘグムマレーは大きく息を吐いて
「そうか。興味はあるが、用意していた質問に戻ろう。悪魔、いやヒトたちは学校で何を習うのかね」
ミヤは天井を眺めて思い出しながら
「国語、数学、魔法、武技、それから社会の五種目が基本でたしか、高校以降は科学とか物理とか歴史とか小難しい教科が入ってきてるはずかな……行ってないからわかんないけど」
「どんな校風なんじゃ?制服等はあるのか?」
ミヤは急に活き活きした目になると
「ある!男子は黒装束で、夏はノースリーブか水着になる。女子は冬はセーラー服で、夏は好きな水着を着用していい。私は毎日変えられる夏服が好きだったかなー。水着って言っても、男子を誘惑するためにほぼ裸の紐ビキニの子からセパレートタイプに、フリフリが沢山ついたのも色々ある!」
急に前のめりになったミヤにヘグムマレーは冷静に頷きながら
「そうか。冬夏があり、制服が楽しかったんじゃな。どんな学生生活じゃった?」
ミヤは急に悲しそうになり
「……今考えると楽しかった。やな奴もいなかったし……もっと、勉強出来たら……今頃、まだ制服着ててこんなしょうもないとこに恥ずかしい格好でで居るはずが……くぅうう……」
一人で俯いて小さく唸り出した。ローウェルは変わらずに速記を続け、ヘグムマレーは冷静に
「それで、君の食事についてじゃが、サキュバスは性的エネルギーでいいんかね?」
ミヤは黙って頷くと、俺を指さして
「あいつ……じゃなくてあの魔王もどきのご主人様とか、そこの変な赤毛のご主人様の性的エネルギーやレベルを吸ったら私が元気になる。なるはずだけど……」
いきなり顔を赤らめて
「……サキュバスになってから一度も、人間にはやったことない……。親方からも手を出すなって言われてたし……だから色々考えてバイトのゴブリンたちをさぼらせる代わりに、あいつらの背中からちょっとずつレベルを吸って凌いでたから……あと……」
さらに恥ずかしそうに口ごもり、ヘグムマレーが待つと
「……実は、山の果物とか食べてた……わ、わりと口に合うっていうか……」
ヘグムマレーは軽く頷いて
「こんな質問をしたくはないんじゃが、つまり、食べた後、体で分解したそれらを出してもいたわけかな?普段使わぬとは聞いたが、食べると排出はされるんじゃろ?」
ミヤは顔を逸らして頷いた。サナーが口を抑えて噴き出しそうになったので俺が軽く背中を叩いて諫める。
ヘグムマレーは少し聞きにくそうに
「その、胸と局部を覆う黒い毛は自毛かね?尻尾も合わせて答えてもらいたい」
ミヤは観念したかのように
「胸と股は中身が出ちゃうから取れないけど……」
なんとバリっと頭の片方の角を取った。
「全部職業専用の衣装だよ。尻尾は魔法でくっつけてる。元々の姿は、あんたらと殆ど変わらない」
「……」
もう何を考えたらいいのかわからない。悪魔って何なんだ……。
ミヤはまた角をつけ直すと、軽くため息を吐いた。ヘグムマレーは頷いて、ローウェルと目を合わすと
「十分すぎるほどの情報が集まった。一旦、これは我が家の秘匿とする。これほどの内容じゃと、政治的な武器にすらなるからじゃ。この場に居るものも他言無用だと思ってもらいたい。もちろん、秘密を共有するものとして優遇はする」
全員黙って頷く。




