謎の説教
ミヤを連行しながら全員で屋敷へと戻ると、朝食をとった広い庭に敷かれた皮のシートの上、二十人近くの血まみれで包帯まみれの負傷兵が唸りながら寝かされていた。
リースが慌てて、その近くで介抱する無事な騎士たちに駆け寄っていき
「な、なにがあったの!?」
「リース様!ご無事で何よりです……これはアークデーモンによるものです……。我々騎士団は六つの陣を短時間で壊滅して、指揮していた悪魔たちを殺し、山中の穴を塞ぐべく作業を開始したのですが穴の中から突如アークデーモンが出現して……」
「お、お父様は……?」
「現在、フォームチェンジしたゴーレムと共にアークデーモンの撃退をしておられます」
「い、行かないと……」
焦ったリースの左右の腕が騎士たちから取られて
「リース様、危険です。行ってはなりません」
リース黙って、俺たちを見てくる。サナーが大きく頷くと
「よし、ミヤ!向こうの木陰で作戦会議だ。アークデーモンについて教えろ!」
「くっ、くぅー……わかった……」
サナーに縄で引かれ項垂れたミヤと共に、俺、フォッカーそしてリガースは木陰へと行く。
リガースに騎士仲間たちから現地の情報を集めてもらいつつ、俺たち三人はミヤにアークデーモンの特徴について尋ねることにした。
ミヤは顔面蒼白になりながら
「タケナカタ親方だな……地上への土木作業任務を請け負っている会社社長だ。怖いし、強いぞ……」
サナーが難しい顔で
「会社もあるのか……なんか、人の世界と変わらんな……」
フォッカーが窘めるように首を横に振り
「悪魔たちは、モンスターの最上位種で人間の天敵であるのは間違いないです」
ミヤが抗議する眼つきで
「……でも、私たちもヒトだ……お前らが勝手に悪魔とか言ってるだけで……」
ボソッと呟く。それは話し出すと長くなりそうなので俺が
「弱点を教えてくれ。何に弱いんだ?」
ミヤはしばらく悶絶した後に
「くっ……もう、私は法令違反だらけで地下には戻れない……親方は、人間や動物の子供には手を出せない。なので赤毛の変なご主人様が子供にしかみえないので、装備全部外して近寄ったら戦闘が止まるだろうな」
顔を真っ赤にしたサナーが抗議するのを手で止めたフォッカーがジッとミヤを見つめ
「アークデーモンをどうしたら穴へと帰らせることができる」
ミヤは冷や汗を流し始め、更に顔面蒼白になりながら
「……親方は、高額な会社の事業用損害賠償保険に入ってるから、私たち派遣社員やゴブリンたちバイトの人命や土木作業の破壊は、実は気にしていない。地上のブラックな労働環境ではよくあることだからだ。それよりも保険の支払いのため"死力を尽くして戦った"という証拠を欲しがっている。つまり、殺したレベルの高い人間の首とか、魔力を帯びた手足だな。それらを渡せば、あっさり帰るだろうな」
俺は舌打ちが出てしまう。話の大半は何言ってるかわからないが、とにかくヘグムマレーの命や体を狙ってるということは分かってしまった。
サナーがミヤに詰め寄り
「他のものはないのか?手足並になるような証拠は……」
ミヤが諦めた顔で深くため息を吐いて
「滅多にない人間の使った強い武器なら、保険の支払いが行われるとは聞いた」
俺たち三人は同時に気づいて、頷いたサナーがすぐに屋敷へと走り出した。
十五分後
ブルブルと馬上で震えているリガースを先頭に俺とサナーとミヤは平原を進む。
遠くでは、空に氷の足場を創って縦横無尽に駆け巡る豆粒ほどの大きさのヘグムマレーと、角ついた巨大な人型に変化し、地上から熱線を両腕先から連射している可変型ゴーレムと、それらに氷や炎を撃ち返しながら飛ぶ、背中から何枚もの巨大羽根の生えた飛行する大粒が見える。
間違いなくそれがアークデーモンだろう。
近くの山が平らになるくらいそれぞれに魔力を解放して、氷や炎や熱線が飛び交っているこの世の終わりのような恐ろしい戦場へと
平原を歩いて近づいていく。
戦場の中心の一つの小山だけが黒いドーム状の半透明なバリアに覆われていて形が綺麗に残っている。
サナーに縄を引かれ涙目のミヤが
「……あれは、地下世界へのワームホール保護装置だ。親方が帰れば消える……」
サナーは恐れるどころかむしろ喜び勇み
「ナラン、もし、私が死んだら墓には"ナランを永遠に愛す"って掘ってな!」
「お前、また無理してるんじゃないだろうな……」
古代図書館の時もこんな感じだった。
サナーは余裕な表情で
「冗談だぞ。私がおもらし騎士と馬に乗って突っ込めばいいだけだからな!」
リガースは余裕がないのか、馬上での震えが激しくなってきた。
というか、俺も帰りたい。目の前の戦場が現実だとは思えない。
高レベルウィザードとゴーレム、そしてアークデーモンが戦ったら地形ごと変わるのかよ……もはや、三人で戦争しているみたいだ。なんなんだよ……まだ休暇中なのに、今日の俺の休暇は戦争なのかよ……。
自分で考えてて、もはやわけわからん!!
さらに平原を進んでいき、戦闘に巻き込まれないギリギリの位置でサナーは、リガースの馬の後ろに飛び乗ると
「行ってくるな!おもらしポンコツ騎士!ちゃんとしろよ!」
黄金の鎧を纏い表情の見えないリガースはブルブルと震えながら頷いて愛馬の手綱を握り、地獄のような戦場へと突っ込んでいった。
俺に縄を握られたミヤは項垂れてポツリと
「赤毛の変なご主人様はバカなのか……?糸目のご主人様や金髪のご主人様や、おま、いや魔王もどきのあなた様は頭悪く無さそうなのに……」
尋ねてくる。俺は少し考えて
「……わけわからん状況に巻き込まれ続けて必死に生きてるだけだ。俺もそうだし、みんなもな。必死なやつはバカに見えるんだよ。でも、それでも必死にやるしかない」
「低レベルなりに人間も大変なんだな……」
「その低レベルに捕まったやつが言うなよ……」
「くうぅぅーっ……うぅ」
ミヤは唸ってから黙り込んだ。俺はサナーたちの無事が気になる。
しばらく見ていると、小さく見えているサナーたちが、熱線や冷気や爆発を何とか避けながら戦場の奥深くバリアに守られた小山の麓へとたどり着いた。
それとほぽ同時に、戦場の全ての攻撃が止まった。ミヤが得意げな顔で
「私の言った通りだろ?親方は子供を殺せないんだ」
「嘘はついてなかったんだな」
さらに、何枚もの羽の生えた大粒の人影は、豆粒ほどの大きさのサナーたちに近寄る。小さくてよく見えないが、恐らくはサナーに持たせておいたものを受け取ると、瞬間移動のような速度で消えた。
その次の瞬間に、俺とミヤの目前に、全身どう見ても人に見えない漆黒の肌で、背中に左右それぞれ三枚の大きな羽根を生やし、さらに黒いヘルメットを被り、使い込まれたツナギを着た身長二メートル程の筋骨隆々とした中年悪魔が立っていた。
彼は堀りの深い、とてつもなく強そうな顔で俺を見下ろすと
「……チッ。お前みたいのが居るなら、侵攻禁止特区クラスじゃねぇか。クソが……割に合わねぇなぁ……」
野太い声でそう言うと、縛られたまま震え出したミヤをゴミを見るように見下ろし
「ミヤ、お前、戦死扱いにしとくから、もう帰ってくるんじゃねえぞ。家族にはちゃんと死亡保険金支払っとくからな」
と言いながら太い右腕を突き出し、俺へとグリップとガードしかない思念の剣を見せてくる。
「これ……お前のだろ?本当にいいんだな?」
俺が黙って頷くと、悪魔は軽く舌打ちし
「あのなぁ、わかってねぇみたいだけど、数年かけた今回の侵攻土木作業中に人間、いや、もっと言うと野鳥も虫も殺してねぇのよ。ここだから言うけど、俺はどうせ失敗する国の事業を請け負って保険金と少ない国からの払いの売上で、出来損ないたちを雇ってやって土建会社を何とか成り立たせてんだわ。分かるか?」
何を言われているのかわからないが、明らかに逆らえない実力差を感じるので必死に頷くと、さらに長身の悪魔は
「百歩譲ってバイトのゴブリンどもはいいぞ?あいつらは、半分獣みたいなもんだ。けど、こんなもんがあるなら、うちの派遣社員六人も殺す必要はなかったんじゃねえかな?最初から派遣社員の誰かに秘密裏に接触して来いよ。それが大人ってもんじゃねえのか?そのために、各地点に作業監督として話が通じる奴らを配置してるんだがな」
いや、俺に言われても……ヘグムマレーが命じて騎士たちがやったことですし……。
しかし、謝った方が良さそうだったので
「いや、悪かった……です……」
大きな舌打ちをされて、さらに野太いため息まで吐かれ
「まあ、いいよ。でもどうせ、お前は今後も俺たちヒトの邪魔するんだろうが、覚えとけよ?本気で地上に侵攻したいって思ってる馬鹿は滅多にいねぇ。適当に戦って、この剣みたいなそこそこの貢物で十分なんだわ。証拠としても頭とか手足とか持って帰るのはグロいし、扱いも面倒なんだよ」
なんで怒られてるんだろう……ずっと謎の説教をされている。さらに悪魔はミヤを見て
「お前さぁ、中学出たてですぐに仕事も大変だなって楽なとこに配置してやったのに、ちゃんとゴブリンに守備業務やらせねぇで人間たちを舐め腐ってサボってるからこうなるんだよ。あーあ……こんなヤバいやつに奴隷契約の印までつけられてなぁ……。はぁ、ま、地上でがんばれや」
「お、親方ぁ……」
ミヤが泣きそうに見上げると、次の瞬間には、長身の中年悪魔は居なくなっていた。
同時に小山を包んでいたバリアも消える。
唖然とした俺とミヤはその光景を呆然と眺めていた。




