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冴えない俺が、何でも教えてくれる魔法を手に入れたけど……  作者: 弐屋 丑二
宿主の可能性の追求と試行期間の続行

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36/85

リルガルム地方

背後の可変型ゴーレムの三角錐の頂点が周囲の闇夜を明るく照らす。昼間と同じ隊列の行進を俺たちは、この真夜中の二時に始めた。

フォッカーは荷車の端でタオルケットに身体を包んで寝始めた。

サナーはまだ興奮しているようで、時折夜空に顔を向けてガッツポーズを繰り返している。俺は、気持ちが晴れたまま、中々寝る気にはならない。


馬を御しながら煙草を吸っているローウェルが

「すまんお前ら、急遽巡察があと二か所追加された。まだ帰れんぞ。ベラシール家はまぁ……統治者としては失格の烙印を押されたな」

「ざまぁ!いつかあいつらやらかすと思ってたんだ!ヘグムマレーさんがそれをやるとは思わなかったけど!」

サナーがまた吠える。一応、尋ねてみようと

「おっさん、我が家の行く末はどうなるんだ?」

ローウェルは少し黙ってから振り返らずに

「……爵位はもう無理だな。俺がヘグムマレーさんなら税金を上げるとか、そういう民に行く罰じゃなく、領主のベラシール家にピンポイントでダメージを与えるだろうな。例えば、脱税や不正蓄財とかでな」

そう言った後、明らかに笑いを堪えている間がありニヤーッと振り向いたローウェルは、数枚の丸めた書類をこちらへと差し出してきた。

サナーがサッと取ると、広げて

「んー……財務諸表……?あれ、これベラシール家のだろ?」

俺に渡してくる。確かに、我が家の財政についての記録の様だ。中身は数字が細かく並んでいてよくわからない。

ローウェルに黙って返すと、彼はまた書類を丸め御者席の近くの小物入れにそれらを収めると、前を向いて手綱を握り直し

「わかるだろ?脱税の証拠だよ。俺は予めヘグムマレーさんから言われて、屋敷中を探し回ってたんだ」

サナーが衝撃を受けた顔で

「お、おっさん、どうせ、クソ兄貴たちからぽっちゃり熟女奴隷ハーレム接待を受けてたと思ってたんだが……そんな有能傭兵みたいな……」

ローウェルは急に唖然とした表情で振り返えると

「あ、そ、そうか……それがあったかぁ……うわぁ……しまった……臨時隠密任務とか受注してる場合じゃなかった……」

脂汗がにじみ出たとてつもなく悔しそうな顔でそう言った次の瞬間、荷馬車の軌道が大きく道から逸れそうになり、素早く立て直すと

「お、おっと……今は、大事な行進中だからな……」

サナーはケラケラと笑って

「追加された次の巡察地で接待受けたらいいだろ?」

ローウェルは深くため息を吐いて

「いやぁ、まともな支配地だとなかなか上手くはいかんだろ。ナランには悪いがあんな悪い接待を提案しやすい主人は居ないぞ?この帳簿も、やたら汚い金の貯め方しててなぁ。かなりの悪だよ。あいつらは」

「例えば、八割中抜きしてるとかか?」

期待に満ちたサナーに、ローウェルは少し考えた後

「数字を見るにかなりの数の奴隷を他の領地に派遣して、その報酬を総取りしてるな。中抜きじゃないぞ、総取りだ。給金を一切渡していない。あとは、奴隷やメイドや若い男女の小作人たちを違法風俗店等で、性的な接待させて稼いでるっぽいな」

「そ、総取り……私、ナラン専属の奴隷で良かった……」

サナーがホッとした顔で俺を見てくるので

「奴隷を強調せんでいいぞ。サナーはサナーだろ」

サナーが俺の隣に座って身体を寄せると目をつぶってそのまま寝始めた。

ローウェルは真面目な口調で

「悪いけどな、最初から俺を使って調査するつもりだったようだぞ。ヘグムマレーさんって昔は宮廷のやり手だったんだよ。その頃の癖が抜けないんだろうなぁ」

俺はなんとなく分かった気がして

「もしかして兄貴を凍らせたのも、わざとか?」

ローウェルはしばらく黙り込むと

「わからん。わからんが、その可能性はある。わざと怒って見せることでベラシール家自体の権勢を削いだのかもしれん。あの場所には近隣の有力者も多数来ていたいたからな。その中で魔法で凍らせて、ヘグムマレーさん御本人が処刑とか物騒なことを言いまわってたからな」

「こぇぇな……そういうのが、政治なのか?」

「どうだろうな……あんなやり方は滅多にないからな。演技半分、本気半分かもな。ナランの兄貴達を本気で処刑する気はないだろうが……」

「……まあ、兄貴たちが処刑されないならいいよ……」

「しかしナラン、あんな酷い家の中でよく生き残ってこれたな」

「……そんな大層なもんじゃないよ。俺が兄

達と違いすぎただけだろ」

ローウェルは黙り込んで御者をしながら煙草を吸い始めた。

俺も、少し疲れたので荷馬車の中で寝ることにする。



柔らかいのと少し硬いのに囲まれて寝ていた。

これ……いつものだろ……と目を覚ますと、天幕のある古びたベッドの中だった。

割れた窓からは朝日が射しこんできている。

なんか、朝から幽霊屋敷みたいな場所だなと思いながら左右で下着……いや地肌だな……とにかく、俺を挟んで何も着ないで寝ているリースとサナーを軽く退け、皆を覆うシーツから這い出てベッドから起き上がる。俺も当然のように服を着てないのはもう、色々と考えない。たぶん、二人が勝手に脱がしたんだろう。他に寝ている間に、何かしたとかそういうのはないと思う。


腐りかけた壁と割れた窓辺近くのテーブルに

畳んで置かれていた俺の下着やら服を着ているとコツコツと、割れた線が幾重にも入った木造扉が叩かれ

「えーと、おはようございまーす。朝食の時間だそうでーす」

フォッカーの声がした。

サナーとリースを起こしてから廊下へと出ていく。

屋敷内は何処もかなり古びていて痛んでいた。ギシギシと歩くたびに床が軋む音が酷い。フォッカーに案内され、広く朽ちかけた屋敷の入口付近までたどり着き、そして外へ出る。


草の綺麗に刈られた広大な庭に、いくつもテーブルが並べられ、その上には朝食が用意してあり、すでに鎧を取ったアンダーウェア姿の男女の騎士たちが歓談しながら野外での朝の食事を楽しんでいた。

騎士たちに挨拶を返しながらその中を進み、端の方で気配を消しつつ、モソモソと食べているローウェルの座るテーブルまで歩いていき、挨拶してから近くに座ると

「おはよう。ひでぇ宿泊所だろ?」

そう言いながら彼は、俺がさっきまで寝ていた蔦だらけの二階建ての屋敷を見てくる。

横に広いがそれほど大きな建物ではない。

黙って頷いて、屈強な男の騎士が気を利かせてトレイごと持ってきてくれた量の多い朝食に手を付ける。

パンは旨い。ジュースもよい味だ。

ローウェルは苦笑いして

「セルフサービスなんだとよ。使用人たちが逃げちまったらしい」

「何かあったのか?」

「この地が急遽巡察に追加されたのはな、モンスターにかなり攻め込まれていて、もはや領地の体を成してないからだよ。ヘグムマレーさんが、事前に周辺に放ってた偵騎の報告で分かったことだ」

「……すげえな……そんなに手を回してたのか?」

「ああ、そうだ、その有能爺さんがお前らとリースにあとで話があるんだと」

俺は食べながら頷いた。


朝食後、朽ちかけた屋敷内のテーブルや椅子以外殆ど家具のない古びた応接間に騎士たちの案内で通される。

奥の席でヘグムマレーが黙って座っていたので会釈をして、テーブルを隔てた反対の席へと座る。

サナーとリース、それにフォッカーも続けて入ってきて着席していった。

ヘグムマレーは俺たちの様子を見て頷くと

「領主は現在、人不足の畑に出とるのでここはうちの貸し切りじゃ」

いつもの調子でニカッと笑った。

俺とサナーは彼がもう怒っていないことにホッとして、リースが話を急ぐように

「魔界との穴が開いてるって本当?」

ヘグムマレーは苦笑いしながら

「本当じゃ。なので、ここでの我々の巡察の目的は魔界への穴を塞ぐこととなった」

サナーが首を傾げ

「魔界への穴ってなんだ?」

そこから、ヘグムマレーが説明してくれた内容は戦慄するようなものだった。



このリルガルム地方は、元々は豊かな大地だったのだが、ここ数年収穫量が減っていき、次第に貧乏になっていった。

最近、魔界への穴がその原因だということが分かった時にはもう手遅れだった。

温厚な七代目の老領主は政治的にもほぼ打てる手がなく中央にばれないようにひたすら隠ぺいしている間にあっさりと領地の六割が

モンスターに占領されてしまい、殆どの領民は既に逃げ出してしまった。

モンスターたちは、魔界から出てきた七体の悪魔系モンスターをボスとして、それぞれ軍隊のように統率されていて、それらが中心の穴を守るように陣地を築き、強固に囲んでいるので簡単には手を出せない。



リースは真剣な眼差しで

「中央への援護を乞うべきでは?」

ヘグムマレーは首を横に振り

「この程度のことなら、我々の戦力で片付く。それに……」

と俺を見てきて

「ここの領主はどうやら後継ぎが居ないらしい。まぁ、私はあまりそう言うのは気にしないが……宮廷はな」

今度はリースを見てくる。彼女は驚いて

「ナランにここを継がせるつもり?私との結婚の前準備で?」

ヘグムマレーはニヤリと笑うと俺とリースを見回し

「格と名前は欲しいじゃろ?」

いやいやいやいやいや!もう魔界からの穴から何か後継ぎの話まで情報量が多すぎてきついものがあるって!というか!今、俺たち貴重な休暇中なんですけど!!もはや誰も覚えてないみたいですけど!

俺が必死に無言の抗議をしていると、悪い笑みを浮かべたサナーが手を上げ

「つまーりー……ピンチに乗じて乗っ取りたいのか?この領地を?」

ヘグムマレーは苦笑いをしながら

「違う違う。恩を売った後、形だけこの地を継いでもらってナランさんに貴族の家格をやろうという魂胆じゃ。領地を取ろうという気はない」

サナーが不満げに

「それじゃあ、何かつまんないなぁ……もらっちゃわない?ここにナラン・サナー王国を建てよう。そして複雑な税制で奴隷女王サナーの中抜きパラダイスにしたい」

「ロマンのある話じゃが、ここもウィズ王国内じゃ。それをやると反乱になるぞ?」

「だからさー。裏王国みたいな感じでな?こっそりと闇の勢力をここでな?育てていくっていうか?」

「ふむ……面白いかもしれんな……しかし人を集めないとな」

サナーとヘグムマレーは楽し気に勝手な陰謀話をし始めた。リースも楽しげに

「街を造りましょう!遊びやお買い物が沢山できる街ね!」

「そこの市長を影の支配者である私がやろう……」

「待て待て。何処から住民を連れてくるんじゃ?」

「クソ領主どもから中抜きされまくっている地方人とか引き込んでな?他にも行く当てのない農家の次男とか三男とかいるだろ?」

「あの、まずは、モンスターを片づけてからでいい?」

俺がたまらず発言すると三人がニヤニヤしながら見てくる。

いや、本当に妄想だろそれ!むしろリアル王家の2人が乗っかっていい話なのかよ!何なんだよこの休暇!

普段の仕事並にきついぞ……。

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