思念の剣
地下室の俺の部屋からほぼ反対側奥にある
半分腐ったような木製扉を開ける。
フォッカーからカンテラを借りて照らしだしたその中は、埃塗れの家具や、化粧棚、それに積み上げられた低い本棚、何が入ってるか分からないような赤茶けた樽まであった。
「いかにも物置って感じですね」
フォッカーは室内を見回し、サナーが呆れた口調で
「ここなら、ずいぶん前に私が金目のものがないか探索したぞ?」
「それっていいの?屋敷のものでしょ?」
すぐにリースから突っ込まれるとサナーは堂々と胸を張り
「捨てるのが面倒なゴミなんだよ。詰め込んで忘れ去られた感じの」
「よく言えば再利用ってことですね」
フォッカーはそう言いながら注意深く樽などを確認しだした。俺は置かれた古びた金属製テーブルの上に乗り、部屋の周囲をグルっと嗅ぎまわると、ここから見て左奥壁の壊れたタンスとタンスの間に何か、香ばしい匂いのものがあるようだと察知する。
その手前は、箱やら壊れた農機具やら山ほど物が積まれていて手は伸ばせそうもない。
「フォッカー、あのタンスの間に何かある」
フォッカーは少し驚いた表情をした後に、数秒考えて
「……わかりました。副長、怪力の出番ですよ」
サナーは戸惑いつつ、俺の方を見て頷く。
結局、全員で頑張っても、手前の多様な不要物を退かすのに三十分ほどかかり、近くに吊るしたカンテラに照らされた汗ばんだ額を拭っていると、とうとうサナーが最後に残った割れた鉄板を退けた。
タンスとタンスの間からは、灰色のグリップと円形のガード部分しかない、恐らくは長剣の一部だったものが出てきた。
サナーは不思議な表情でそれを手に取り
「あ、これ、鉄でも銅でもないぞ……お宝かも」
そう言いながら俺に渡してくる。
握ってみると不思議な感触に驚いた。固くも柔らかくもない。これ、金属じゃないよな……触れたことがない素材だ。
リースに渡すと、それを触った瞬間に難しい顔で考え込みだし、さらに回されたフォッカーは握った瞬間
「うわ、ヤバいですよ。明らかに違いますね」
そう言いながら慌てて俺に返してくる。苦笑いしながら
「呪いの武器とかじゃないと思うけどな」
リースは真剣な顔で俺を見てきて
「これ、お父様に見せないと。もしかしてだけどこれって……」
そう言ってまた黙り込んでしまった。
謎のグリップとガードしかない剣は布に包んでリースに預け、俺たちは無言のまま地下室から出ていく。
倉庫内ではちょうど、通路を我が家の男女の粗末な格好をしている奴隷たちが雑巾や箒などで掃除し始めている所だった。
リースはその様子を見て、眉を顰めると
「なんで、あんな格好なの?」
サナーが軽くため息を吐いて
「ナランのクソ兄貴たちの趣味だよ。お父さんお母さんが死ぬまではこんなに酷くなかった」
十数名の老若男女全て、裸足の上に下着なしのボロ布をのみを腰に纏い、女は胸にはサラシを一枚巻いているだけだ。サナーがため息を吐いてから
「表向きの理由は掃除のときに服を汚さないことで、経費削減を図るんだと!バーカ!やってる人たちが病気になったら余計手間かかるだろ!」
天井に向って文句を言い出したので、口を塞いで止める。こいつは、兄貴たちが居ないところでは強気だ。
フォッカーが腕を組んで、掃除に精を出している奴隷たちを見回し
「……お兄さんたちは中々のサディストですね。弱いものを辱めて、愉しんでいる感じがします」
俺は頷くしかない。リースは俺の腕を握り
「いつか、まともにしようね」
そう言って、そのまま手を引いて廊下を進んでいく。
皆で一階に戻り廊下を歩いていると、黄金の鎧を兜まで着込んだリガースが駆けてきた。
この人は印象的過ぎて、もう鎧を着ていても分かる。
「リース様!!大変です!!」
「ど、どうしたの!?」
「ウィズ公がもう帰ると!!」
「あ、それはマズいかも……ナラン、行きましょう!」
リースに手を引かれた俺は、リガースに先導され中庭へと戻る。
ヘグムマレーが周囲を囲んだ兜を外した屈強な男女の騎士たちから説得されている最中のようだった。
リースが近寄ると、騎士たちはサッと左右に割れて道を譲る。
ヘグムマレーは、リースや俺たちを見つけると顔を真っ赤にして近寄ってきて
「ナランさん!君の出来損ないの兄たちは私が処刑するから、君が当主になるのじゃ!」
大声でとんでもないことを言ってきた。
リースがヘグムマレーに寄り添い、肩を抱くと
「お父様……ナランのお兄さんたちが何か気に障るようなことでも?」
「うううう……あんな、文化の香りが微塵もしない俗物どもと会話なんてするんじゃなかったわ!!あいつらはもう処刑じゃ処刑!」
何かよくわからないが、温厚なヘグムマレーをここまで怒らすとは……ティーン兄が中庭の壇上で何か言ってはいけないことを言ったんだろうな……例えば、スライムを激しく侮辱したとか……。
リースが背中をさすって
「お父様……酷かったのね……でも、堪えて、ね?私たちは、力を濫りに振りかざしたらいけません」
親を優しく説得しだした。
「ぐぬぬぬ……もはや可変型ゴーレムをフォームチェンジさせてこんな屋敷焼き払いたいが……くそぉぉ……ナランさんの実家じゃなければ……」
「あの……なんか、兄がすいません……」
俺が小さくなって謝ると、ヘグムマレーは口惜しそうに
「……あの手の量産型俗物は都にもよく居るわ……金と権力と、あと多少マシで男女の話しかせん。ナラン君はよおおおく……耐えられたものじゃよ……。私が兄弟なら国家や家の繁栄のためにとっくに暗殺しとる」
サナーがいきなり腹を抱えてケラケラと笑い出して
「よし、処刑しちゃおう!いいよもう!ナランが当主でいいだろ?」
「いいだろじゃねぇよ。合わなくても俺にとっては掛け替えのない家族なんだよ。ヘグムマレーさん、ここは堪えて……」
俺も加わって何とか抑えていると
「おう、お前ら、楽しそうだな」
今までどこに消えていたのか、上機嫌のローウェルが現れた。
彼は風のように俺たちの近くまで詰めてくるとヘグムマレーを見て
「もういいんじゃないんすかね?泊まるまでもないでしょ?」
「おっさん、どこ行ってたんだよ」
ローウェルはニカッと笑って誤魔化すと、リースの胸元を指さし
「なんか、面白い魔力の匂いがするけどな」
と言った。
リースは「あっ」と思い出した顔をして、すぐに胸元に入れていた先ほどの刃のない長剣をヘグムマレーに手渡す。
彼は、一瞬で怒り顔を収めると
「……これは……思念の剣じゃな……しかし、どこで、こんなものを……」
「うちの地下倉庫の物置にあったんです」
サナーが興味深そうに
「思念の剣ってなんだ?強いのか?」
ヘグムマレーは真剣な眼差しで刃のない不思議な素材の長剣を見つめ
「使用者によって強くも弱くもなる。扱いの難しい武器じゃ」
ローウェルはしゃがんで思念の剣を見つめると
「収穫としてはナランの地元での酷な扱いを知ったことと、後はこの武器で十分でしょ。あなたの今までの長年の他者への寛容を、しょうもない田舎者達のために台無しにする前に帰りませんか?」
ヘグムマレーは完全に正気に戻った表情で苦笑いして
「……まぁ、そうじゃな。ルガー!」
二メートルくらいはありそうな精悍な黄金騎士を呼びつけると
「ベラシール家の者には、見送りは結構と伝えよ。ああ、リガース、ニックたちと氷漬けにしたティーンさんを死ぬ前に炎で解呪せよ。他のものは帰るぞ!急げ!」
「え……」
「お父様、凍らせちゃったの!?」
次の瞬間、俺は嬉しそうなサナーに手を握られて中庭の壇上の前へと向かっていた。
客が集まって動揺しながら見つめる中、庭の壇上には
「もうおしまいだぁ……我が家は終わりだぁ……なぜにお怒りにぃ……」
巨体を折り曲げて泣き崩れているルカ兄、その近くで椅子に座って笑みを湛えたまま全身が氷漬けになっているティーン兄が居た。
サナーはその様子を遠くから見て爆笑し始める。
「あははははは!!あんな情けないあいつら初めて見たかも!いや!ルカは二度目だな!クソ野郎ども!ざまぁ!いやっほう!」
「……」
なんだろう……兄貴は凍ってるし、情けなく泣いてるけど、なんか、俺の心をずっと固めていた氷は少し溶けていっているような気がする。
なんで、あんな人たちを、凄いって思い込んでたんだろ……。
金と権力を気にするばかりで、奴隷も地元の人間にも酷い扱いばかりして……。
なんでだろ……なんでこんなおかしな常識の中で苦しんでたんだろう。
俺はサナーの手を強く握りしめると
「帰るぞ。俺たちの本当の家に」
サナーも深く頷くと
「そうだな!!私たちで作った本物の実家にな!」
俺たちは中庭を後にする。




