自室
三人で階段を上り、高く広い壇上の後部へと行く。
飾り付けられた色鮮やかな料理の並んでいるテーブルを手前にに並べられたまるで玉座のような豪華な席に、つまらなそうに二人並んでいるヘグムマレーとリースに後ろからしゃがみながら
「あの、ごめん。やっと起きた」
と声をかけると、ヘグムマレーがニヤッと笑って立ち上がりワインの入ったグラスの右手を掲げると
「やっと、このパーティーの主賓が現れた!我が娘の心を射止めたナラン・ベラシールじゃ!」
中庭中に良く通る声で、いきなり宣言する。
リースが戸惑う俺と腕を組んで立たせると、中庭に向けニカッと笑いかけた。
一瞬、パーティ会場内の人間たちに困惑が広がった後、パチパチと散発的に拍手が響いた。
ヘグムマレーは理解していた顔でうんうんと頷きながら、俺に小声で
「あえて試してみたが、清々しいほどに嫌われとるな。ここで何をやらかしたか、聞かせてもらおうかの?」
と言いながら、近くのメイドを呼び、自分たちの席のテーブルを挟んだ手前に俺とサナーとフォッカーの席を用意させワインをグラスに自ら注ぎ、俺に渡してきた。
少し、戸惑った後、俺はそれに口をつけ
「……大したことじゃなくて。ただ、奴隷とかメイドとか執事を子供のころからちゃんと下僕として扱えなかっただけだよ……。なんで同じ人間なのに、上とか下なんだろうって今も思ってて……」
サナーは嬉しそうに
「ナランは優しいんだ。でもこのド田舎だと金持ちは奴隷を馬とかみたいに扱き使えないと、なんていうか、凄い邪魔者扱いされるんだよな。それで馬鹿にされてた」
いつの間にか肉料理を食べているフォッカーが理解した顔で頷きながら
「色んなところでよくあることですよね。古い因習と狭い価値観に集落ごと縛られてて、違う考え持つ者を許さないっていうやつです」
「兄貴たちは……子供のころから、女奴隷に性的なことをさせたり派手にメイドたちを引き連れて町で遊んだり、すごい、この場所とか習慣に馴染んでたと思う」
ヘグムマレーは難しい顔で頷いて
「……そうか、根本的なところで躓いたまま、誰もそれに答えてくれず、ここまで来た感じじゃな……」
リースが俺を見ながら
「……ナラン、よくがんばったね」
「いや、がんばったとか、そんな感じじゃないし……」
何とも言えずに俯いていると、中庭から壇上へと小柄だが、筋骨隆々としてセンスの良い貴族服を着て薄めの金髪をオールバックにした、良く知っている人が上がってきた。
「ティーン兄……」
俺は思わす立ち上がろうとすると長兄であるティーン兄は鋭い眼光で俺を見つめ
「ナラン、座れ。王族の方の作ってくれた席を無駄にするな」
俺は黙って従うしかない。この人がベラシール家の家長だ。
ヘグムマレーは何とも思っていないような顔つきで
「何か、まだお話があるのかね?」
少し冷えた口調でティーン兄に声かけたが、兄はまったく動じずに
「我が弟と、リース様のこと、遅ればせながらまことにありがたきことと存じます」
深く頭を下げた。ヘグムマレーは表情を消し
「……悪いが、爵位の件は別だ。私はもう王族の主流派ではない。歓待していただいて、とても感謝しているし、ベラシール家については、管轄者として悪くない印象を覚えたがね」
ティーン兄は完璧な笑顔でまた深く頭を下げると
「いえ、そのようなつもりではないのです。しかし、王族とのご縁を我が弟が結ぶとなればありがたきことかと……」
微かにニヤッと笑って、ヘグムマレーを見つめる。
俺はもう圧力で死にそうだ。
なんという偉い大人たちの会話。
なんという含み塗れの応酬……。
サナーはまた震え出した。
ルカ兄の時もそうだが、こいつは俺の兄貴たちが特に苦手だ。
たぶん、子供のころに何かされたんだろうが
聞いた所で何もできないので、今まで尋ねたことすらない。
リースが堪えきれなくなった表情で立ち上がり
「ティーンさん、私、ナランの自室が見てみたくなりました。ナランと、ここに居るサナーさんたちと見学してもよろしいこと?」
感情を抑え、上品に尋ねるとティーン兄は、完璧な笑みで頷いて
「ナラン、失礼のないようにするんだぞ?」
と恐ろしい笑みで俺に言ってきた。力なく頷くしかない。
リース達と共に後部から降りていき、回廊まで戻ると
「ナラン……苦労したね」
同情の目で抱き着かれる。すっかり元気のなくなったサナーがボソボソと
「私も苦労したんだが……」
と言うと、リースはすぐにサナーにも強く抱き着いた。
そしてサナーのボサボサの赤髪を撫でながら
「良かったね。ナランと外に出られて」
サナーは一瞬泣きそうな顔をした後、何とか踏ん張って
「だ、大丈夫だ。王族になんか同情されなくたって!私は奴隷でも立派な人間になれる!」
と言って、ずっと心配そうに見つめていたフォッカーがホッとした顔をする。
「でも、王族じゃなくて、私の平等な友達としてのリース、ありがとな」
リースは笑って
「いいよっ。さ、ナランの部屋が楽しみだなー。二階?三階?」
俺と腕を絡めてグイグイと進んでいく。
サナーが慌てて
「ちがう。ナランの部屋は地下だぞ」
と言ってしまい、リースとフォッカーは唖然とした顔をした。
十五分後
広い実家である屋敷内を歩き、地下倉庫の端に薄い板の仕切りで区切られた俺の部屋に
カンテラを照らして入ったリースは固まってしまう。
薄くなったベッド、どこかで見た五段の古ぼけた本棚、それからサナー用のハンモックも端にかけられている。
リースはまずハンモックを眺めて
「あの、もしかして、一緒にずっと暮らしてた?」
サナーは頷いて
「ああ、私も屋敷中から嫌われてたからナランの親が死んだあとは、ここに二人で追いやられてたな」
リースは少しうろたえた表情で
「で、でも兄妹みたいなものよね?」
俺は苦笑しながら
「まあ、そうだな」
「よかった。ナランとサナーがずっと付き合ってたら、もう入る隙間なんてなさそうだし」
サナーはなぜか慌てた顔で
「け、けど着替えも風呂も一緒だったし、普通の兄妹とは違うかな……?」
「俺たちは屋敷の皆が使った後の残り湯だったしな。さっさと二人で入らないと、掃除が始まるんだよ。着替えは何とも思わんぞ、今でも」
フォッカーがいつもの理解した顔で頷いて
「それで、その若さで長年の連れ合いみたいに見えたんですね。良かった。俺にも入り込む隙がありそうです」
サナーは一瞬戸惑った顔をした後、閃いたように
「あ、今はここ居てもきつくないな。皆が一緒だからだな」
と俺に同意を求めてくるが
「いや……今でもここは重いって……」
リースがニコリと微笑み
「ごめんね。でも私はナランのお部屋が見られて満足した」
「そうか……だったらよかった」
いきなりリブラーの声が頭の中に響き
因果律の流れを変える重要アイテムを発見しました。
アンチアースフィールドを削除して"義賊の鼻"を追加します。
ちょ、ちょっと待て、何か最近リブラーおかしくないか?
俺が命じなくても勝手にスキルを変えてくる。と思うのと同時に、何かとてつもなく、香ばしい匂いが地下室の奥からしてくる。
俺はまるで透明な誰かに手を引かれるように、そこへと向かっていき慌ててサナーたち三人がついてきた。




