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冴えない俺が、何でも教えてくれる魔法を手に入れたけど……  作者: 弐屋 丑二
宿主の可能性の追求と試行期間の続行

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33/81

地元

暗いので多少はマシだが、よく知っている風車小屋やら畦道やら農家の連なる家々やら、藁ぶきの集会所やらが見えてウンザリする。

嫌な思い出と一体になったそれらと畑や水田などが月明かりに照らされて進んでいる眼の前に現れ続けるとため息が出そうになる。

サナーは嬉しそうに

「いやー私たち、見事にクソ地元を卒業したなー!こんなド田舎、もうぜーんぜん、なんとも思わんし!」

強がりなのか、本音なのか分からない暴言を大声で吐いている。

フォッカーは注意深く辺りを観察して

「豊かで広い農村ですね。全てベラシール家の持ち物ですか?」

俺は嫌々頷くしかない。サナーが代わりに

「ナランの実家はただの農家なのに小領主並なんだよ。ここらの家だって、雇っている小作たちや奴隷たちに与えている家ばかりだ」

フォッカーは感心した顔をして、歩きながら道の脇の水路を見回すと

「治水というか、利水が完璧です。設計は誰が?」

サナーは少し言葉に詰まって

「ナランの優しいお父さんとお母さんだよ!もう死んだけどな」

「家は出来のいい兄貴たちが運営してる」

俺が項垂れてそう言うと、フォッカーはしばらく考え込んで

「……俺は、お兄さんたちには一切何も感じませんでしたけどね。隊長の輝きには勝てませんよ」

サナーが嬉しそうに

「だろ!?クソ兄貴たちに気を遣う必要なんかないんだって」

「いや、ダメだ……俺と違って兄貴たちはまともだからな……」

フォッカーとサナーは目を合わせてから黙ってしまった。

大学も出て、家の経営や政治的なことすらきちんとやっている兄貴たちに俺は多分一生頭が上がらないと思う。


そんなことを考えながら、トボトボ歩いていると昼間のように煌々と照らされた、うちのデカい屋敷か遠くに見えてきて思わず立ち止まってしまう。

サナーが俺の背中を押しながら

「さ、行こうぜ。いっぱしの社会人になった目でクソ兄貴たちをもう一回見に行ってやれよ」

フォッカーも頷いてきたが、まだ一か月経たないくらいの傭兵の俺に果たして何が分かるんだろうか……。などと余計に自信が無くなりつつある。


屋敷の正面門に着くと、筋骨隆々とした皮鎧を装備した守衛のゴースンが毒虫でも見るような目つきで俺たちを見下しながら、面倒くさそうに

「馬鹿ぼっちゃん……ゴホンッ、失礼。ナランぼっちゃんのご到着ー!」

と屋敷側に大声を出してから、ゆっくり鉄門を開けていく。

そして人が一人通れなさそうなくらいの狭い開け方で止めて

「どうぞ」

と言ってきた。サナーがニヤーッとして

「どうも」

と戦闘を重ねてレベルアップした戦士の怪力であっさりと重い門を完全に押し開ける。

目を丸くしたゴースンを横目に俺はサナーとフォッカーに背中を押されて敷地内へと入っていく。


昼間のように照らされた屋敷への長い庭を歩いていく。

うわー……あの木の上に上げられて放置されたなぁ……とか、庭師から背中に植物用の糞を投げられたこともあったなとか嫌な思い出が過ぎり続ける。

……ああ、止めときゃよかった……なんで帰ってきたんだろう。

ウジウジしているうちに、屋敷の扉の前に到達して、立っていた燕尾服姿で顎鬚を生やした細身長身の執事のリランスからまた毒虫でも見る眼つきで見下げられ、ため息を吐かれて扉を開けられる。

屋敷内の広い玄関ロビーは、鎧を脱いだ騎士たちと、薄布を一枚着ただけの地元の奴隷や一般人の若い娘たちのパーティーになっていた。

真面目な顔の男性騎士たちに、娘たちが色目を使って頑張って絡んでいる。

女の騎士たちは隅に集まって、真剣な表情で何かを話し合っている。

騎士たちは入ってきた俺を見ると一斉に背筋を伸ばし会釈するが、娘たちは見ないふりをする。

当然だ。地元で俺を馬鹿にしてきた女ばかりだ。

そいつらが女を前面に出して、胸や股までチラチラと見せながら近衛騎士との結婚を狙っているのを見られたくはないだろう。

フォッカーが

「乱交にはなってないのは、騎士たちの統率がとれているからです。女性騎士たちは、今後の警護計画を練っているのかと」

と耳元で囁いてくる。サナーがロビーから家の中を見回し、奥から聞こえてくる声に耳を澄まし

「メインの接待会場は中庭だな。行くぞ」

俺の腕を引いて、人であふれた中を割りながら進んでいく。


中庭へと向かうと、守衛の若い男が「ゲッ」と言った表情で俺から顔を逸らした。

サナーは気にせずに俺の腕を引っ張って、踊り子たちが舞い踊り地元の人たちが訪れて飲み食いしている華やかな野外パーティーが開かれている中庭を囲った屋敷の回廊を進んでいき、中庭奥の高く設営された広い壇上に並んでいるヘグムマレーとリースを目指す。

そして回廊を進んでいる途中で俺たちは、身長190センチの恰幅の良い男に遮られた。

貴族のような緑地の白いヒラヒラが各所に入った豪華な服を着て目元に常に笑みを湛え、見事な口ひげを蓄え母親譲りの金髪が豊かな、どこから見てもリッチな大人の男は、次男のルカ兄だ。

「ナラン、久しぶりだ。すまないが、お前はこのパーティーに邪魔だ」

ルカ兄は穏やかな表情で言ってくる。

サナーが何か言おうとしたが、微かに震えだして言葉が出ずフォッカーから後ろに下げさせられる。

俺は項垂れて

「だろうな。でも、元々は俺の実家を見たいというリースの願いだ」

ルカ兄は、長身から俺を見下ろし

「リース様だ。お前如きが王族の方々に調子に乗るんじゃない」

くそっ……ダメだ。兄貴には勝てない。ルカ兄はさらに

「そこの出来の悪い奴隷を見れば、人を調教すらできないお前には、我が家の後継者たる資格はないのが分かる。お前は素晴らしい我が家に生まれたのに、人を支配することができなかった。分かっているのか?金持ちは貧乏人を見下し使う義務がある。下民共に気を使いつづけたお前は、大バカだ」

これだ、冷たい目つき……俺なんて心底どうでもいい目つきだ。

くそ……動けない。でも、このままだと悔しい気がする。重苦しい空気に溺れそうになりながら

「リブラー」

殆ど無意識で唱えていた。

同時に辺りの景色が停止していつものリブラーの声が



ナランさんがこの状況を打破したいと判断してルカ・ベラシールの弱点を教えます。

彼の現在の性癖は、サディスティックな本来の性格と頭を下げ続けることが必要な都での社交界でのストレスから歪んでしまったマゾヒズムを合わせたものです。

彼は都の夜の風俗街で女装した特定の美しい男性の前で全裸になり鞭で撃たれることが日課です。

その男性の源氏名は「メルメロッサ」と言います。

ルカは、鞭で撃たれるときに必ず

「あーん、メルメロッサさまぁ、ルカは溢れてしまいますぅ」と裏返った声をあげます。その言葉をそのままこの場で言うと良いでしょう。



とんでもない内容を教えてきた。そしていつの間にか辺りは時が動いていて、長身のルカ兄は俺を見下ろしたまま

「帰れ。今夜は我が家の重大な局面だ。ここでウィズ公を接待して、国から爵位を勝ち取らねば我が家の今後はない」

俺はもうどうにでもなれと、できるだけ裏返った声を作って

「あーん、メルメロッサさまぁ、ルカは溢れてしまいますぅ」

とルカ兄を見上げ、はっきりと口にした。

兄貴は明らかに動揺した表情になると、いつもの笑みが消える。

もう一度だ。今度はもっとはっきりと

「あーん、メルメロッサさまぁ、ルカは溢れてしまいますぅ!」

後ろからサナーも弱弱しい声で

「あーん、メルメロッサさまぁ、ルカは溢れてしまいますぅ……」

さらにフォッカーも察したのか真剣な口調で

「あーん、メルメロッサさまぁ、ルカは溢れてしまいますぅ」

言ってくると、ルカ兄はその場に崩れ落ちた。


「な、なぜ、お前たちがそのことを知っている……」

「ルカ兄、絶対に黙っとくから、通してくれ」

俺達は崩れ落ちたまま動こうとしない、ルカ兄の横を通っていく。

勝ったのか……いや、ルカ兄も都で色々と大変なのだろう……すまない、兄貴、俺じゃなくてリブラーが悪いんだ。

と背中で謝りながら、俺たち三人は、ようやくリース達の座る檀の裏手へとたどり着いて、設置された階段を静かに登っていく。

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