失態
三十分後、辺りの岩場にはフォッカーと俺に縛り上げられた盗賊たち二十九名が気絶したまま寝転がっていて、その近くで顔を真っ赤にして俯いて正座している皮下着姿のリガースに、サナーが軽くため息を吐き
「で、騎士様の鎧と馬はどこでございましょうか?」
と尋ねられ、また涙目になりながら
「う、馬は、た、たぶん、東の山のどこかで……よ、鎧は、ここの近くの洞窟の……う、うぇぇえええ」
また泣き始めたリガースに、しゃがんだサナーはタオルを渡し
「なあ、私らもあんたと同じ戦士だけど、どんなにピンチでもそんなにピーピー泣かないんだけど!むしろ、頭使って乗り越えてこそでしょうが!」
イライラした顔になって王国騎士に説教を始めそうになったのでサナーの腕を引っ張って後ろに下がらせ、俺が尋ねる係を交代する。
フォッカーは聞いた直後、この頂上近辺の洞窟を探しに走り出した。とりあえず俺は
「えっと、乱暴とかはされませんでしたか?」
リガースは涙をぬぐいながら
「危なかった……ここまで脱がされてたし来てくれるのが遅かったら……」
「間に合って本当に良かったです。ところで、何で捕獲されたか一応、尋ねておきたいんですけど……あっ、もちろん、ここだけの秘密にします。俺たち傭兵なんで、色んな戦場の情報が必要なんです」
できるだけ声色を優しくして、ゆっくりと尋ねるとリガースは大きく息を吐いてから
「……私が愛馬のバンビーと西の山の山頂まで上った瞬間にバンビーの鼻先めがけて小石を投げられてそれから、脇から少しナイフでバンビーの身体が刺され……うぅ」
「ゆっくりでいいですよ」
リガースが落ち着いてから、黙って続きを促すと
「それで……驚いたバンビーが私を振り落として逃げて……そんなこと訓練では今まで一度もなかったから着地を失敗したところを一斉に襲い掛かられて……」
ああ、そういうことか。この人、レベルは高いし大層な魔法も使えるけど戦場に出たことがないようだ。
確かにヘグムマレーは、普段は王宮に寄り付かず近衛騎士団も可変型ゴーレムも使わないと言っていた。
「わかりました。あの、えーと、もう薄々分かってると思いますけれど、不遜かもしれませんが、我々はウィズ公……いやヘグムマレーさんの友達なんですよ。リース姫も俺の大事な仲間です」
リガースは俯いたまま頷く。よかったそれは理解しているようだ。ここで、王族に不敬だぞとか言われたら話がこじれる。
「だから、今回の件は、ヘグムマレーさんとリースにだけは真実は話しますけど処罰はされないと思いますし、黙っててくれると思います。公的には、リガースさんが俺たちを助けて盗賊を撃退したってことに……」
サナーが後ろから
「でも、倒したのはナランだよな?目撃した盗賊たちを全員崖から落とすか?」
確かに倒された盗賊たちは全て見ている。そして証言するだろう。
どうしようか……と考えているとサナーがニヤニヤして
「こういうのはどうだろう?」
と言ってきた。
一時間後
俺たちが苦労して見つけ出した馬に乗り、再び黄金の鎧を全身に纏い、泣き晴れた顔を隠したリガースと共に、山頂に駆けつけた歩兵たちやリース、それに男爵による称賛に包まれていた。
リースが俺と腕を組み、得意げな顔で
「男爵、この人が!私が特別に見込んだ男であるナラン・ベラシールです!よく名前を覚えていてください!」
男爵はとてつもなく嬉しそうな顔でかしこまって
「リース様、もちろんでございます。して、ナラン君、戦場が作戦通りいかずにかなり荒れていたとのことだが……」
俺は真剣な眼差しで、できるだけ不敬にならないよう気を使いながら
「はい、男爵様。山頂付近で一度俺たちに近づいてきた近衛騎士リガース様の提案で作戦変更をしました。その内容はと言うと、騎士様自らがあえて捕まってうろたえた演技をしつつ、大きな隙を作り出し、そこに俺が突撃して注意を引きつつフォッカーとサナーが幻覚草を使った煙球を大量に投げ、盗賊たちを同士討ちさせる。というものだったのですが、実行してみると、完璧に計画通りに成功いたしました。全て有能なる騎士様の作戦変更による賜物です」
このかなり無理がある説明を男爵は疑っていないように見える。真剣に聞いてくれている。
「ふむ。して、その煙球を見たいのだが……」
フォッカーが申し訳なさそうに近づいてきて
「男爵様、申し訳ございません。全て戦場で使い切ってしまいました。それに、恐らくは大地の子供のスキルを持った主犯は逃走したかと……」
男爵は少し顔をしかめ
「そうか……国に指名手配を出すので、後日似顔絵の作成に協力してもらいたい。しかし、素晴らしい活躍だった。さすが公とリース様の見込んだ若者たちだ」
そう微笑むと、縛り上げた盗賊たちを麓へと連行し始めた歩兵たちに細かな指示を与えつつ、上機嫌で去っていった。
リースは俺にくっついたまま離れないが、サナーはいつの間にか、盗賊たちのねぐらの洞窟で見つけた、鉄製の盾を背中に装備してご満悦だ。
表情の見えないリガースがコツっと俺の腕を突く。
俺は頷いて、リースの耳元で
「あとで、言っておかないといけないことがある」
リースはリガースをチラッと見て、察したように頷いた。
乾パンや干し肉で軽く遅い昼食を取った後、討伐隊は解散となった。
男爵が御者ごと貸してくれた屋根のある小型の馬車に俺たち四人はギチギチに乗り込んで来た山道を戻っていき、ヘグムマレー一行を追うことになる。
引く馬は一頭だが、力のある黒い巨体だ。
フォッカーはその姿を見て
「魔法や薬での強化がされているようですね」
と言っていた。その俺たちの乗った馬車の先を馬に乗ったリガースが単騎で颯爽と進んでいくのを、数時間前とは大きな違いだなと思いながら眺めていると隣に座ったリースが小声で耳元に
「……リガースが失態を犯したのでしょう?」
と言ってきて一瞬固まる。黙って頷くと
「彼女は二十一歳でね。普通は、あの若さで近衛騎士には選ばれないの。訓練生の中でもとびぬけたレベルを持つエリート中のエリートだったから特別に任命されたんだけど……」
リースはそこで少し黙って考えると
「……正直、スペックが高いだけで、未熟すぎて使いどころがなかったから、戦闘をしない我が家に回されてきたの。さっきの話、男爵にもばれてて、それとなく食事中に尋ねてきたけど私が、リガースは優秀ですって言い張っておいたから」
「ごめん……助かる」
やっぱりそうか……世間はそんなに甘くない。ばれるよな……あんな作り話……。
反省していると、リースが手を握ってくれ
「でも、ナランたちの優しさが分かったから、私は満足かな」
安どのため息を吐く。
周囲の景色は早くも山道を抜け枝道に戻ってきた。
かなり速度があるので、この調子なら、ゆったりとした行進に追いつくのもそんなにかからなさそうだ。
サナーがニヤニヤしながら
「全部装備脱がされて盾にされた騎士様が失禁したのは、面白かったなー」
リースに小声で囁いて、リースは心底驚いた顔で
「そんなに怯えていたの?おもらししちゃうほど……?」
俺は苦笑いしながら頷くしかない。フォッカーがサナーの顔を見て
「あの、せっかくリースさんが褒めてくれてるのにその副長の発言で台無しですよ」
「いいよー私は上級国民どもがどうなろうがどうでもいいし」
「おい、サナー……ほんと余計なこと言うなよ……」
俺が睨むとサナーはニヤーッと笑って
「あのポンコツ騎士、たまにいじらないか?レベル高いのにクソ雑魚とか面白すぎる」
と言ってきたので、残りの三人で
「いい加減にしろ」
「いい加減にしなさい」
「いい加減にしてください」
と同時に窘め、サナーは顔を横に逸らしたがまだニヤついていた。




