岩山の戦い
男爵と談笑しているリース、さらにその背後にピタッとくっついた黄金の騎士リガースとリガースに手綱を引かれる彼女の武装した馬、更に後ろにゾロゾロと百人ほどの歩兵が続き、そこから少し離れた最後尾を俺とサナーとフォッカーがダラダラとついていく。
……という新たな行進が始まった。
この行進は、すぐに人けのない枝道へと入ると、そのまま山道を突き進んでいく。
ずっと黙っていたフォッカーが俺の耳元で
「男爵の歩兵の質は悪いです。集団で戦えるような状態ではありません」
確かに、俺たちの前を行く歩兵は私語こそしないが歩き方も、さらに言うと装備も良し悪しの差があり、老人から少年兵まで居る。
サナーが声を潜め
「元々は平和な地域みたい。農家とかの兼業で兵士やってる人たちだな」
「彼らなりに真面目にやっているようですが、これではレアスキルを持つ盗賊には勝てないでしょう」
今更俺はフォッカーに
「"大地の子供"って何なんだ?」
尋ねると彼は少し考えてから
「土属性の影響力が高い場所で最高の力を発揮するレアスキルです。岩を転がせばほぼ下の相手に当たり、矢も魔法や斬撃等も土属性が強い場所の中なら高確率で回避します」
サナーが羨ましそうに
「そんな最高のスキルあるなら、盗賊なんてやらなくても……」
フォッカーは真剣な表情で
「たぶん、何か事情がありますね」
と言った。
一時間もせずに、それほど高くなく草木のほぼ生えていない岩山が連なる地形の麓に出る。
一番高い岩山頂上には、白布の小汚い旗が一本立てられ風に揺れていて、麓には柵を隔て、二十名ほどの歩兵が何処か不安げに山を見上げていた。
俺たちの行進が近づくと、数名が男爵に駆け寄り、何やら事情を説明している。
リースが歩兵たちから道を開けられながら
黄金の騎士と、彼女が引いている馬を引き連れて最後尾の俺たちの方へ来ると
「あの山に、問題の盗賊たちが住んでいるって。三十名ほどの集団で、次第に増えているらしいわ」
と言いながら期待に満ちた目で俺を見つめてくる。
リブラーと唱えればすぐ解決しそうだが、できれば使いたくない。
最近分かったことは、あれを使えば使う程、勝手にスキルや職をいじられて、その後自動的に思ってもないような大ごとに巻き込まれていっている。
幸いなことに、ここには強い味方がいる。自分の頭を使ってみよう。
俺はできるだけ冷静な表情を作って
「リース、悪いけど、リガースさんをメインで使って解決できないか?」
リースは黙っているリガースを振り返り
「そうねぇ。高レベル者のパワーで圧倒するか。シンプルだけど、悪くない作戦かもね。リガース、いける?」
黄金の騎士は黙って頷いた。
リースの紹介によると、リガースはレベル51のナイトでサブ職はレベル39のファイアウィザードらしい。
高レベルウィザードやマジックナイトではないので、最高レベルの魔法は使えないが盗賊程度を駆逐するなら、単騎で問題ないようだ。
リガースはずっと表情の見えないフルフェイスメットで黙って聞いている。
そして、こちらに来た男爵とリースが作戦を詰め始めた。
俺たち三人と歩兵たちは、この麓の陣地から岩山へと直線で攻め上ることとなった。
当然、練度の低い軍と相手の正確な落石などで近づけもしないはずので、これは囮の目くらましで、その間にリガースが近くの山を単騎で登り隣の岩山の頂から、盗賊たちの居る岩山の山頂まで横に突撃して一挙に制圧するというシンプルな作戦だ。
フォッカーもサナーも悪くないと言っていたので多分、これでどうにかなるだろう。
男爵とリースの為の護衛の歩兵五十人を麓に置き、残りの七十人の歩兵たちと俺たちはゆっくりと草木のない岩山を登っていく。
中腹まではとくに相手の攻撃もなかったので油断していると、突如、丸太が前方の坂道を転がり降りてきて、避けられないと顔を伏せるとフォッカーが舌打ちをして、それを両手持ちした片手剣で一刀両断した。
チンッと音をさせながら鞘に剣を戻し
「ここ数日で、剣スキルが少し進化しました」
とだけ言って、先頭を進みだす。
サナーは一瞬呆気にとられた顔をすると頭を横に何度も振り
「な、ナランも両断しないと!」
「無理言うなよ。俺に攻撃系のスキルなんてないぞ……」
サナーはなぜか憤然とした表情で、俺の腕を掴んでまた山を登り始めた。
そこからは酷いものだった。
雨のように小石が飛んできて、戦意を喪った歩兵たちは次々に逃げ帰っていき、どうにか堪えていた俺たち三人も目の前から四つの大岩が落ちてきた時は
「あ、死んだ……みんなありがとう……」
と俺はつい口に出てしまっていた。次の瞬間に、なぜか大岩が全て割れていた。
そして頭の中で、いつものあの声が
緊急発動を行いました。ご了承ください。
ナランさんのスキル構成を変更しました"心の傷を癒す口"を消去して"アンチアースフィールド"、"幸運の使者"を追加しています。
何かまた勝手にスキルを変えたみたいなことを言ってくる。
サナーが不思議な顔で
「な、なんで生きてるの……というか身体が軽い……」
フォッカーは辺りを見回し
「これ、俺たち三人で行ける気がします。隊長、何かしましたね?」
いやリブラーは何かしたけど、俺は何もやってないと必死に首を横に振って否定すると、フォッカーは少し考えこんだ後
「明らかに、超強力な加護スキルで守られています。このまま、我々で盗賊たちを制圧してしまいましょう!」
もう首を縦に振るしかない。作戦は無茶苦茶だがこうなったら突撃だろう。
俺たちは異様に軽くなった体で、上から落ちてくる大岩を避けまくり、小石の雨は勝手に逸れていき、いつの間にか山頂付近の小汚く揺れる旗の近くまで来ていた。
気配が無いのでとりあえず旗へと近づこうとすると、背後から
「こいつを殺すぞ!!いいのか!?」
黒い皮下着姿の茶髪をショートカットにした縛り上げられた小柄な女性を前に歩かせながら小汚い髭面の男たちがゾロゾロと出てくる。間違いなく盗賊たちだ。
女性は涙目でブルブル震えている。覚悟を決めた顔のフォッカーが
「当然、その人は国のために殺される覚悟はできてる!そんな人質が通用すると思うな!」
とビシッと抜き身の剣で盗賊たちを指し示すと女性は必死に首を横に振る。
俺が慌てながら
「フォッカー、どこの誰だか知らないが、あの人は国の為に死にたく無さそうだぞ」
サナーもウンウンと頷いて
「かわいそうに、盗賊たちに捕らわれた地元の人だな。乱暴されてなかったらいいけど……」
フォッカーは唖然とした顔で
「え……気づいてないんですか?あれ、騎士のリガースさんですよ?」
俺とサナーは一瞬固まってしまい、同時に
「え!?」「は!?」
と声を出してしまう。フォッカーはため息を吐くと
「その人は王国近衛兵だ!任務中に死んだら殉職と言うことになる!!当然貴様らに国家から壮絶な報復も始まる!殺せるなら殺してみろ!」
少し方針を変えて、殺したらお前ら大変なことになるよ?という方向性の言葉を吐いた。
盾にしている盗賊は唾を震えているリガースの足元に吐くと
「知るかんなもん!お前ら武器捨てねぇならこいつ殺すぞ!」
フォッカーは苦笑いして俺を見てくる。
俺はどうしようもないので目を逸らしてサナーを見る。サナーは困った顔で
「……なんでリガースさん捕まってるん……元々はあの人が盗賊を一掃する作戦だろ……」
そこでいきなり縛られているリガースが
「いやだああああああ!!死にたくないいい!!私まだまだやりたいことがああ!」
と涙から鼻水から顔から噴き出し、さらには失禁までして大きく震えながら泣き始めた。
次の瞬間、俺はフォッカーから思いっきり盗賊たちの方へと押されて転けそうになりながら、そちらへとつんのめって進んでいく。
「え……?はっ?なんで?」
などと頭の中で浮かぶが、いつの間にか盗賊たちに囲まれていた。
慌ててしゃがむと、俺を殴ろうとした盗賊たちのパンチが自分の味方に当たり、さらにしゃがんだ俺に繰り出したキックが今度は味方の股間に命中して悶絶させるなどの壮絶な同士討ちが始まった。
たった十数秒の間、俺が中心に居るだけで、勝手に盗賊たちはほぼ全滅してしまい、残るは震えているリガースを盾にしている盗賊だけになった。彼は混乱した表情で
「なんだお前!何で山で俺より強ええんだよ!」
「……わからん……もうわからんけど、その人を解放しろお……」
半ばパニック状態の俺がフラフラと近寄っていくと
「く、くそが!覚えてろよ!」
小汚い髭面の盗賊はリガースを捨てて逃走した。リガースは白目を剥いてその場に倒れこみ気絶する。
サナーと駆け寄ってきたフォッカーが
「やはり、隊長が加護スキルの持ち主でしたか」
サナーが俺に抱き着いて
「フォッカーがナランの幸運スキルで敵を倒せるはずと見込んで背中を押したって!」
「いや、偶然だろ……たまたま運が良かっただけだ……」
そこで、さっきリブラーが"幸運の使者"とか言ってたと思いだした。
そうか……幸運のスキルで敵を倒したのか……。
あと一つ何か追加したみたいなことも言ってたけど、そっちは必死だったので聞きそびれた。
俺たち三人は、岩場で各種体液と口からの泡を噴き出しながら気絶している黄金騎士の哀れな中身を見下ろし
「これ、見なかったことにしないか?」
「そうですね。近衛騎士が敵に捕まって命乞いしたとなると良くてクビ。悪くて死刑とかだと思います」
サナーも頷いて
「とりあえず、この人起こして、馬と鎧を探さないと……」
「一通り終わったら、ちゃんと口裏合わせもしましょう」
しかし、今更考えてみると何か釈然としない。
これ、俺が実家に帰る道中だよな?
なんで、盗賊倒して、近衛騎士の重大ミスを隠蔽してるんだ?俺達は何をやっているんだろうか……。
「なあ、休暇中だよな?」
サナーはうんざりした顔で
「……だな……もう仕事みたいなもんだけど……」
「みたいなもんじゃなくて、もはや仕事ですね」
フォッカーも真面目な表情で同意してきた。




