行進
次第に朝から人通りの多い大道へと差し掛かっていき、奇妙な行進をしている俺たち、人々の恐れや好奇の視線に晒されることになる。
道の脇を通っている農作業姿の母親に手を引かれた幼子が可変型ゴーレムを指さし
「ママーあれなあにー?へんなのー!」
キャッキャッと笑っているのを母親が必死に止め
「ダメよ。王家の方を笑っちゃいけません!」
怒っているのが聞こえてきて、俺は思わず下を向く。サナーは口を抑えて笑いを堪えながら
「やっぱ変じゃないか」
フォッカーに何度も話しかけようとして、必死に顔を逸らされる。
他の旅人や商人、通行人たちの中にも稀に笑いを堪えている人がいるのが荷馬車の上から見える。
ローウェルは馬を御しながらのんびりと煙草を吸い
「良い光景だよ。権力なんてのは民から馬鹿にされて何ぼだ。権力者がそんな小さなことすら粛清しようとしだしたら、終わりの始まりだからな」
何か悟ったようなことを言っている。
いや……こんな感じで俺の実家に向ってますけど……。
いいんですか……ほんとに……。
一時間も行進が続くと、さすがに慣れてきた。
荷車に座り込んでダラダラと水などを飲んでいるとローウェルがいつもと違う調子の、よく通る低い声で
「メルネーモ・ズルホルン男爵一行が一キロ先に待機中!!」
と言って、最後尾の騎士団の一人が
「了解した!シンカスリー!男爵が近づき次第ウィズ公を降ろせ!」
と応えた。サナーが目を凝らし
「おっさーん……目ぇいいなぁ……」
フォッカーもウンウンと頷く。
当然だが俺にも男爵一行など見えていない。ローウェルに
「おっさん、うちの地元の支配者ってそのズル何とか男爵なのか?自分の領地に王族が来るから出迎えに出てきたとか?」
と尋ねると、ローウェルは吸っていた煙草を消して皮ケースに入れながら
「いや、ここから南の辺境の小領主だな。王家の巡察と言うことで、たぶん、何か陳情に来たんじゃないか?」
先ほどの口調とは違う軽い調子で返された。
サナーは腕を組みながら
「ということは、大した相手じゃないな!」
とビシッと前方を指さして言う。フォッカーが慌てて
「男爵と言えど貴族ですよ?我々は目立たないようにするべきです」
「サナー、俺も同感だわ。俺たちはただの案内役ってことで」
「ぐぬぬぬ……ナラン……早くリースと結婚して貴族どもに恐れられるようになってくれ……!そしたら私もでかい顔できる……」
「お前は、結婚して欲しいのかして欲しくないのかどっちなんだよ……」
ローウェルがいきなり噴き出し
「やめろ!巡察中は基本的に笑ったらダメなんだよ!真面目にやれ!」
フォッカーが慌てて
「いや、ローウェルさん、隊長たちはふざけてないですって!」
さらにローウェルは笑いが止まらなくなり、振り返ってにやけた顔のまま睨んできた。
遠くに百人ほどの歩兵に守られた緑地のローブ姿で恰幅の良い中年男性が見えてくると、ローウェルが
「民の通行を阻害せぬように!!左側の空地へと入ります!」
良く通る声で告げ、そして人々の通る道を外れ、左側の疎らに草の生えた広い空地へと入っていく。
ローウェルは脇へと荷馬車を止めると、停止して着地した可変型ゴーレムや整然と空地へと入ってきた騎士団を確認して額の汗をぬぐい、荷車に座った俺たちの方を見て
「あ、これ、お前らには言ってなかったけどヘグムマレー・ウィズ公からわが社に依頼された巡察の補助任務だからな。ちゃんと報酬出るから、安心しろ。あと真面目にやれ」
「……」
いや、俺が実家に帰るだけなのに、どんだけ大ごとになってんだよ。
しかも、ちゃっかり会社の金儲けのネタにまでされていたとは……まあ、このおっさんが
仕事以外でこんなに真面目なわけないしな……。
可変型ゴーレムの扉が開くと、ヘグムマレーとリースが出てきて、リースは荷馬車に飛び乗って俺に抱き着きサナーから睨まれる。ヘグムマレーは辺りを見回し
「ふむ。草が多いのう。リガース!!私が氷魔法で皆を包むから焼き払ってくれんかね?」
騎士団の方へと声をかけると
「ははっ、喜んで!」
と若い女性の声がして、フルフェイスの少し小柄な黄金の騎士が馬から華麗に飛び降りてヘグムマレーの近くまで駆けてきた。
「アイスフォース、ラージ」
ヘグムマレーか無詠唱で魔法を唱え、空地内の荷馬車、ゴーレム、騎士団や
全ての馬に人が、薄い氷のバリアで守られると、次の瞬間には
「大気に漂う精霊たちよ、我が意により、この、地を焼き尽くせ。 ファイアストーム、ゾーン、スクエア!」
と小柄な騎士が叫んだ瞬間、空き地だけを綺麗に炎の嵐が包んでそれが止むと全ての草が焦げて無くなっていた。
フォッカーが俺に耳打ちしてきて
「空地の出口にも人が入らないようにちゃんと騎士が立ってますね。この隊は相当に統率がとれてます」
確かに数名の騎士たちがいつの間にか空地の入り口に立ちふさがっている。
いつのまにか道側では立ち止まって、こちらを見ている野次馬だらけだ。
リースは少し得意げに
「お父様は、皆に慕われてるの。この視線もいずれは全てナランのものよ?」
サナーが悔し気にハンカチを歯噛みしながら
「やっぱ結婚すんな!ナラン!私たちで遠くに国を作ろう!」
と言ってローウェルがまた爆笑しだした。
フォッカーは苦笑しているヘグムマレーとローウェルを交互に見てオロオロしている。俺は何か大ごとになりすぎて、逆に肩の力が抜けつつある。
息を切らして、歩兵たちと恰幅の良いローブ姿の男が駆けてきた。
五十くらいだろうか、黒髪オールバックで口ひげを生やした顔は汗だくで蒼白だ。
そして自らの歩兵を道側に残して、焦った顔で指示を出し通行の邪魔にならないように横一列に整列させ、馬から降りたウィズ家の黄金の騎士たちから空地内をこちらへと案内されてくる。
「き、肝を冷やしましたぁ……公を襲撃でもされたら、私の首が飛ぶかと……」
ヘグムマレーは髪のない自らの頭を撫でながら
「熱くしてすまんね。男爵が虫に刺されぬように気を使ったのだ。どうぞ」
いつもの調子と違う、いかにも王族と言った気品ある動きで右手に氷の塊を創り出し、隣で待機していたフル装備のリガースに渡すと彼女がサッとタオルを取り出してそれを包み男へと渡す。
彼はそれを跪いて丁重に両手で受け取ると、自らの頬に当てて
「お心遣い感謝いたします」
頭を深く下げた後、真剣な表情になり
「これ以上、公の貴重なお時間を頂くのも失礼なので、さっそく本題に入りたいと思います。陳情に参りました」
「知った仲だ。遠慮はいらぬよ」
そう言ったヘグムマレーが軽く頷くと、男爵は
「……ここから南の山岳に、最近山賊が住み着いて我が領地の民たちが被害にあっております。よろしければ、後日でもよいので王国軍に討伐に加勢していただけると……」
ヘグムマレーは真面目な顔で
「男爵が手を焼いているということはよほどの高レベルということか。どのような加勢が必要かね?」
男爵は困り顔で少し悩んだ末に
「盗賊の一人が、凄まじいフィールドスキル所持者なのです。拠点にしている岩山の落石を自在に操って近づけさせません。鑑定士が言うには"大地の子供"所持者かと……」
ヘグムマレーは黙って、荷馬車から動いていない俺たちを振り向いてくる。
すぐにローウェルが風のような身のこなしでサッと御者席から降りてヘグムマレーの少し斜め後ろに立つと
「男爵様、公から贔屓にしていただいている傭兵会社の者です。ちょうど、わが社の精鋭たちが居ります。さっそく派遣いたしますので、現地へとご案内頂けると……」
「おお、助かる。公の御采配に感謝いたします。では、これにて」
丁重に礼をしてきた男爵に、ヘグムマレーは重々しく頷くと、俺たちの方へと近寄ってきて、荷馬車へと乗り込み、小声で
「ということじゃ。リガースをつけるからササッと片づけてきてくれんか?」
申し訳なさそうに頼んできた。サナーが不満そうに
「あの謎の兵器でせん滅したらいいんじゃないか?」
可変型ゴーレムを見つめて言う。ヘグムマレーは難しい顔で
「岩山ごと消してしまってもいいんかな?」
「そっ、そんなに強いのかよ……」
俺がサナーを横にのけて
「わかりました。良かったら先に行っていてください」
「助かる。適当な街で休憩しとるからリガースに先導させて、あとから追いついてくれ」
俺が頷くと、ヘグムマレーはそそくさと俺たちと共に荷馬車から降り向こうへと進んでいくと
「よし、皆の者!傭兵会社の三名の精鋭と、近衛騎士リガース、そして、指揮官に我が娘リースをつけて、派遣する!我々は予定通り進む!」
そう宣言すると可変型ゴーレムに乗り込み
ローウェルの荷馬車を先頭に、すぐに空地を出て行ってしまった。
残された俺たち三人とリース、そしてフルフェイスで表情の見えない黄金の騎士一名とその馬が胸を張って進んでいくリースを先頭に
ゆっくりと空き地の入り口で待っている男爵へと近づくと彼はリースへと深々と会釈をして
「リース様、ご機嫌麗しゅう。では現地へと案内いたします。よろしくお願いいたします」
と言った。




