巡察
「ちっ、酒くせえな。うわ、ヘグムマレーさんまで居るじゃねえか」
ローウェルから小突かれて俺は起きる。
4人で夜通し飲んでいたら、床で突っ伏して寝てしまったようだ。
幸い、吐瀉物に塗れてはいない。
皆、綺麗に飲んでいたようだ。
リースが頭を振りながら立ち上がろうとして
「た、楽しすぎた……ナラン……好き」
などと言いながら俺の方へと倒れこんできたので抱き留める。
そしてそのまま、リースからキスされながら再び床へ寝転がる。確かに昨夜は話が盛り上がりすぎた。
いや、盛り上がったという印象しかない。飲みすぎて内容は一切覚えていないけど……。
ローウェルは二階へサナーを起こしに行き
すぐに下着姿で降りてきたサナーと共に、俺たちを介抱し始めた。
一時間ほどで、どうにか立って歩けるようになった俺たちは口を漱いだり、身体をそれぞれタオルで拭いたりして酒の臭いを取り、そしてボーっとしたまま家の前に停められていたローウェルの荷馬車に乗り込む。
街と反対方向の草原へ走り出した荷馬車の上で、まだ少しだるそうなヘグムマレーが自らの首筋を揉みながら
「ローウェルさん、アレは準備できとったかな?」
御者席のローウェルは煙草をくゆらせて振り向かず
「早朝から向こうで整列してましたよ。しかしいいんですかね?あれ、近衛部隊ですよね?」
ヘグムマレーは苦笑いして
「王家からうちにつけられた分じゃよ。私も娘も王宮には寄り付かんからなぁ。暇を持て余しとるし、たまにはまともな仕事させんとな」
言っている意味が分からない。嫌な予感だけはする……。
しばらく荷馬車が走ると、何やら遠くに光り輝く集団が見えてきた。
近づいていくと、自らの目を疑ってしまう。
とんでもなく高そうな精巧な造りの黄金の鎧を全身に装備して、これまた金銀で飾られた体格の良い馬に乗った騎士部隊が百人ほど、まったく動かず東の方を向いて整列していた。
しかも、その向こうには、高さ五メートル、幅十メートルくらいの銀の三角錐状の不思議物体が鎮座している。
ローウェルは整列した騎士たちを迂回し、馬車を物体に近づかせると
「こっちですよね?」
ヘグムマレーに念を押してから停車させた。
ヘグムマレーとリースが神妙な面持ちで馬車から降りるといつの間にかこちらを向いていた騎士たちが一斉に、胸の辺りに剣や槍を引き寄せ、敬礼した。
俺とサナーとフォッカーは、正直、目の前の光景に動くことができない。
ヘグムマレーは騎士たちをチラッと見て
「ご苦労。で、シンカスリーは、まだかの?」
最前列の黄金フルフェイスメットの騎士が頭を上に向け、よく通る声で
「シンカスリーは休憩しているようです!起こしましょうか!?」
「いや、いい。騎士団も馬から降りて休みなさい」
「ははっ!」
黄金の騎士たちは一斉に馬から降りると、立ったまま休めの姿勢をした。
サナーが思わずポツリと
「すげー……本物の王国騎士団だ……全員強そう……」
フォッカーは声を潜めて
「近衛騎士たちは必ずレベル50以上必須だそうです。それに剣技や槍技スキルも5以上だとか」
「一生縁のない人たちだと思ってた……」
俺もつい、そう言ってしまう。
装備の一つの部位に一千万イェンは軽くかかってそうだ。
ヘグムマレーは謎の三角錐の物体に近づいて、その壁面をコツコツと叩き始めた。
リースがこちらへと駆けてきて
「ちょっと待っててね。たぶん、アレを操作している人が寝ちゃってる」
「あの、あれ何なんですか?」
フォッカーがそう尋ねると、リースはニコリと笑って
「見てればわかるわ。王家専用乗り物よ」
しばらく言われた通りに眺めていると、ヘグムマレーの前の壁が開いて、サラシと褌姿のみを着た三十半ばくらいの肉付きの良い黒髪の浅黒い女性が頭を下げながら出てきた。
フォッカーがその姿を見た瞬間
「あ、奴隷ですね。そうかぁ……あれが王家の魔力奴隷か」
サナーが驚いた顔で
「あの人も奴隷なの?」
リースは頷いて
「ええ、でも、お父様は奴隷も騎士たちと同じ待遇にしてるわ。他の家ではそうでもないんだけど……」
「それで、リースさんは副長を見下した感じがないんですねぇ」
フォッカーがつい口走ってしまって、サナーから睨まれ、苦笑いで頭を下げる。
ヘグムマレーはしばらく女性と楽し気に談笑すると、俺たちを見て手招きしてきた。
恐る恐る近づく俺たちの横を、珍しくローウェルがやる気満々で駆けていき
「あ、どうも、俺、ローウェルっていうんだ。ヘグムマレーさんの友達。お名前はシンカスリーさんって聞いたけど?」
女性は恐縮して頭を下げるばかりで、目も合わせようとしない。
ローウェルは残念そうにヘグムマレーを見つめ
「当然、あんたに頼んでも、一夜も買えないよな?」
ヘグムマレーは苦笑しながら
「君も知っての通り、うちの家の所属員は、皆、平等じゃ。奴隷も騎士も我が家ではただの職員なので、大人として本人と直接交渉しておくれ」
「あー……脈がない女には無理して押さないってのが礼儀だからなぁ。くそー……すげーいい女なのに」
悔しがっているローウェルをサナーが珍しそうに見つめ
「好きなタイプど真ん中なのか?」
ローウェルは渋い顔で深く頷いて、後ろに下がった。
ヘグムマレーは俺を見て軽く咳ばらいをすると
「では、説明しようかの。この三角錐の物体は、王家の所有する可変型ゴーレムじゃ」
「か、可変型ゴーレム……噂では聞いていましたが……」
フォッカーが顎が外れそうなほど口を開けて驚く。
俺も何を言われているのか、頭が半分しかついていかない。
ヘグムマレーは慣れた感じで三角錐を見上げ
「戦争などで、最終手段として用いられるものじゃが、今回はリースの特別の頼みで出してきた」
サナーが「そんなものを私的利用していいの?」という表情で首を傾げたのでリースがニコッと笑い
「別に国民に隠しているわけではないし、所属する家で自由にしていいの」
ヘグムマレーがフォローするように
「他家と違って我が家は普段、私的利用なんてしておらんしな。職員の皆にも訓練兼小旅行と言った感じで良い機会じゃ」
その言葉でようやく俺は気づく
「あの……もしかして、この兵器と騎士団で……」
いつの間にか荷車の上に「ヘグムマレー・ウィズ公 地方巡察」という赤地に金の刺繍がされた、派手な旗を立てているローウェルがニヤニヤしながら
「ナラン!そういうわけだ!公式にはお前が地方視察の案内係だな!」
大きな声をかけてくる。
「い、いや……俺、実家に帰るだけだし……こんな大ごとに……」
ヘグムマレーが俺の肩をポンポンと叩きながら
「君の地元を調べたらな、なんと我が家の管轄地域じゃった。もちろん全ての土地が我が家のものではないが国家を代表して税金などを徴収しておるのは我が家名義じゃ。なので、初めての直接巡察をリースが提案してきたのじゃ」
「……そ、そうだったんですか……」
ということは……うちの実家もヘグムマレーたちには頭が上がらないか……。
俺の扱いもちょっとくらいは、マシかもな……。
ヘグムマレーは、黙っていたシンカスリーを三角錐の中へと先に戻らせてから
「すまんが、私とリースは間違いのないようにこの中に入らせてもらう。ローウェルさんは最前列を走ってくれ。騎士隊は後尾につかせる」
リースは申し訳なさそうに
「ごめんね。公式の巡察にしちゃったから。王族は最も防御力の高い乗り物に乗ると法で決まっているの」
俺は頷くしかない。サナーがちょっと嬉しそうに
「ナランのことは私とフォッカーに任せろ!」
「いや、俺は休暇でついてきただけですし、守るのは副長だけですよ?」
フォッカーが真顔でそう言うとサナーは顔を真っ赤にして
「ナランもちゃんと守るんだ!」
フォッカーの背中をバンバンと叩いていた。
十分後には、俺たちは人けのない道で異様な行進を始めていた。
まず、先頭をローウェルの荷馬車が進んでいき、その背後をなんと地上一メートルくらいを浮いた、三角錐の可変型ゴーレムが進んでいく。
そしてその後方に乗馬した煌びやかな騎士団が続くという何とも間抜けと言うか、いや、荘厳な素晴らしい光景が……。
無理だろ……なんか間抜けだろ……何だよこの隊列……。
俺が荷車の上で顔を抑えていると、御者のローウェルが
「……おい、間抜けな行進とか思ってるだろ?」
サナーが俺の代わりに
「思ってた!!王家ってアホなのか?」
俺は口を抑えて笑わないように堪え、フォッカーは苦笑いして顔を横に逸らす。
ローウェルは煙草に火を点け、煙を吐き出しながら
「……民草をビビらせないようにわざと抜けさせてんだよ。ヘグムマレーさんの温情でな。でも、それでも可変型ゴーレムで巡察ってだけで有力者連中はビビるからな。それに他の王家のやつらは、もっと威圧的な行進するぜ?」
サナーが腕を組んで頷いた後
「今度、同じようなことがある時は、私たちも意見を出してもっと楽しい行進にしよう!」
「……」
俺は何とも言えなくなりつつある。
こんなんで、実家に帰って大丈夫だろうか……。




