休暇初日
俺やリースが衣類の洗濯や、家周りの片づけをしてる間に、サナーが町はずれの定食屋から買ってきたホカホカの朝食を三人で食べていると、玄関の扉が勝手に開けられ、ローウェルが入ってきた。
サナーは横に分けてあった分を出し
「どうせ来るだろうと思っておっさんの分も買っておいたよ」
ローウェルは嬉しそうに席に着き
「そりゃ、悪いね。ありがたく頂くよ。ナランはそろそろ、実家に帰りたくなったんじゃないのか?」
俺は食べていたサラダを吐きそうになってしまい、どうにか飲み込んで
「……家の中の会話を聞いてたのか!?」
ローウェルは首を横に振り
「いんや?お前も立派な傭兵になったし、故郷で自慢したいんじゃないかと思ってな」
サナーが不思議そうに
「実家に帰るのか?私聞いてないが……あっ……!」
いきなり顔を真っ赤にして
「昨日二人でやってたときの話か!?」
怒った表情で俺を見つめてくる。
リースが笑いながら首を横に振り
「違うって。お風呂に二人で入ってた時の会話よ」
「なっ、なんだとー!?おいナラン!これから朝風呂だ!」
風呂を沸かしに行こうとするサナーの腕を掴んで止め
「……とりあえず座ってくれ……」
何とか座らせ、ニヤニヤしながら食べているローウェルに
「とにかく、帰るつもりだ。リースが見たいって言ってる」
サナーはあからさまに嫌そうな表情で椅子に座り直し
「リースぅ……ナランにとって何のプラスにもなんないぞー?こいつの地元でのいじめられ方は半端じゃないからな……」
俺は苦笑いしかできない。二週間も休暇はあるし金もかなり貯まったから三日くらい実家の様子を見に行くのもいいと思う。
なんだかんだ言って、俺は少しは成長したから大丈夫……いや大丈夫じゃないかもだけど……少なくともリブラーはあるし、レベルもロードの32とかだ。などと自分を励ましているとリースがはっきりとした口調で
「やはり、私としてはナランのご実家にもご挨拶しないと、この先の話を進めづらくなるから。ローウェルさんもよかったら、お父様と一緒に来ない?」
ローウェルは大人の渋い顔を作って俺を見つめると
「そうだなぁ。じゃあ、明日の朝までに何とか仕事片づけて社長とポトスンの野郎から三日くらい有給ぶんどってくるか」
ニヤリと笑ってそう言い、リースは嬉しそうに頷いた。
しかしこの先の話って……。
サナーは微妙な顔で首をかしげてリースを見つめる。
その後、リースはヘグムマレーを呼びに街の馬車で州都まで戻っていった。
何やら計画があるらしいのだが、最後まで教えてくれなかった。
俺は一日暇になったのでサナーと街へ買い物に行くことにする。
買い物客の人波の中、サナーが腕を組もうとしてきたので
「そういうのはやめてくれ」
と言うと、少し悲しそうに
「わ、私が貧相だからか?奴隷だから?」
と言ってきたので、何かムカついて、サナーの二の腕に俺の腕を思いっきり絡まし
「違うに決まってるだろ。でもそんな顔されたら組むしかねぇよな……」
軽く舌打ちをして言ってやると、サナーは嬉しそうになり
「良かった。じゃあリースも居ないし、今日はずっとくっつくからな!」
ため息しか出ない。
でも、ずっと付いてきてくれているこいつのため、ちょっとくらい何かするのは正しい気がする。
かなり恥ずかしい状態のまま……でも俺が恥ずかしがって腕を組んだサナーが悲しむのもムカつくので、もう堂々と胸を張った俺は、食料や衣類、下着などを買っていく。
というか女物の下着を買う時まで離れないのは違うと思う……。
サナーはとにかく、その日は買い物や食事の時までずっと体のどこかを俺にくっつけていた。
二人で大量の荷物を背負い、更に両手にも持ち、日が沈んでいく廃墟群の割れた道が続いていく我が家への帰り道に、ふとサナーに尋ねてみる。
「なあ、もしかして不安なのか?」
サナーはしばらく黙った後
「……帰ったら、また私が奴隷だって思い出さないといけない気がして」
「家で待っててもいいんだぞ?」
サナーは首を横に振ると
「ナランが行くとこにはどこにでも行きたい。……リースとの結婚のための下準備に行くとしても……」
俺はいきなり噴き出してしまう。
「な、なんかおかしいこと言ったか!?」
サナーは顔を真っ赤にし俺を見つめてくる。
「いや……結婚するとは決まってないだろ。リースとは、付き合っているっていうか、お互いセフレみたいなもんじゃないか?」
サナーはなぜか怒った顔になり
「セフレじゃないだろ!リースはどう見ても本気だぞ!?あいつのことそんなに言うなよ!」
俺はまた乾いた笑いが口から出てしまう。
「俺が無能の農家の三男だった時から、一か月も経ってないんだぞ?何かうまくいってるけど、俺如きが王族と結婚なんてできるわけないだろ。他の"混沌を包み込む聖母"スキルを持つ男を見つけたら、リースも離れていくだろうな」
「……でも」
俺は暮れていく空を見上げ
「どうせ……どっかで全部夢みたいに弾けて、お前と二人で、辺境の地を貧乏なまんま彷徨うことになると思うぞ。こんな奇跡みたいなこと、ずっと続くわけない」
「そ、それも今更嫌だけど……私としてはナランが結婚しても奴隷としてでも友達でも、ずっと傍に居たいんだよ。お前がおじいちゃんになっても、ずっとな」
俺は軽く息を吐いて
「どっちにしろ、お前はついてくるだろ。まあ、今のうちに楽しもうぜ。金もあるし食い物もある。運が良いことに稼げる仕事すらある。帰るぞ」
サナーは口を結んで黙って頷いた。
自宅に戻っても、リースは帰ってきていなかった。
ダイニングでサナーと夕食を取っていると
布の服とジャケット姿のフォッカーが尋ねてきて
「どうも、隊員たちの様子を知らせようと思いまして。あ、お邪魔でしたか?」
居心地悪そうに特徴的な前髪を触る。
「いや、そんなことない。どんな感じ?」
フォッカーは椅子に座り、糸目をこちらへ向けながら
「皆、家を直すのに頑張ってます。俺はどうでもいいんで人に任せちゃってて暇です」
と言いながらサナーをジッと見る。
「なんだよ」
サナーが彼を見ずに食べながらそう言うと
「いやー朝の胸と、しなやかなへその辺りがね。なんか忘れられなくて」
俺はパンを噴き出しそうになる。
サナーはいきなり顔を真っ赤にして
「おい!私の身体はナランのためにあるんだ!やった金あるんだから、街で女を買えよ!」
フォッカーは平然と首を横に振り
「そんなんで病気になったら、人生もったいないでしょ?身持ちが固い女に限ります。副長みたいにね」
俺はとうとう笑ってしまった。なんだこいつ。
ここ数日で俺とサナーの微妙な関係を見抜いた上で、わざわざサナーに言い寄っているようだ。この男は相当な食わせ物だ。
サナーは顔を真っ赤にして、困った様子で俺を見てくる。
「なあ、フォッカー。暇なら、明日ついてきてくれないか?サナーの護衛が欲しいんだ」
フォッカーはニヤーッと笑って
「喜んで。どんな状況なんですか?」
俺が味方の居ない実家にサナーとリース親子と帰るとフォッカーに話すと、彼は理解した表情で
「失礼ですが、副長は隊長の奴隷ですよね。隊長へのフォローが、そういう人たち特有の癖が出てました」
と尋ねてきた。サナーが微かに戸惑いながら頷くと
「じゃあ、俺が副長を警護します。俺にとっては副長ですから、上司に舐めたことしてくる奴がいたらボコりますよ」
フォッカーは自信満々でそう言ってくる。
「まだ、会って三日とかなのに、なんでそこまでしてくれるん?」
サナーがボソボソと尋ねると、フォッカーはニカッと笑い
「いつかベッドで、もう一度、その身体が見たいからです!!」
サナーは一瞬、手元のフォークを投げようとしてすぐに下げた。
そして少し顔を逸らし
「私はナランのものだ。忘れるんじゃないぞ」
フォッカーは軽く頷いて、俺を向いて微笑んだ。
しばらくフォッカーと飲んで彼の身の上話をいくつか聞いた。
目立たない者として、遠くの街で育ってきたがある時、色々とどうでもよくなり、この州まで旅に出て、そのまま募集に乗って傭兵になったことと、派遣された任務は酷いものばかりだったが今まで運よく死ななかったこと、俺と出会って、戦士としての運命を感じたことなど特筆するような話ではなかったが、リアルだった。
俺も農家の三男で、一か月もしないくらい前に傭兵になりそれから毎日、奇跡みたいな感じで上手くいっていると、リブラーのことは抜いて、可能な限り話すと、フォッカーは納得した様子で
「ナランさんは、何か大きなものに守られてますね。そんな感じがしますよ」
かなり際どいとこまで当ててきたので、俺は驚きを顔に出さないように頷いて、ワインを飲んでいた。
サナーは一人で風呂に入った後、酒を飲まずに俺たちの会話を聞いているといつの間にかテーブルに突っ伏して寝入っていたので、二日連続で俺が部屋まで運ぶことになった。
そんなこんなで、夜も更けていくとリースがヘグムマレーを連れて家と帰ってきた。
晴れやかな貴族のマントとショートドレス姿のリースは青あざができた顔をさすりながら
「た、大変だった……ナランと一緒にいて普通だったから私が一人だと、どんなだか忘れていて……」
俺は酔いが覚めるほどに驚いて、自分のバカさを呪う。
そうか、この人マイナススキルの塊だから
一人で行かせたらダメじゃないか……何やってんだ俺……。
慌てて駆け寄りリースの手を取るとヘグムマレーが苦笑いしながら
「数日ぶりじゃな。まあ、私がフォローしたから一応、大けがにはならんかった。で、明日にナラン君の実家に向かうんじゃな?」
「そ、そうなんですけど、すみません」
リースはニカッと笑い
「いいよ!それに、ほら」
自分の腕のあざを俺に見せてくると、見る見る治っていっている。
「ナランは高レベルのオートヒール持ちだから、周囲にいる私の傷も浅ければ治るの」
そうだったのか……俺が気づかなかった。
言われてみればそんなスキルもあったような。ヘグムマレーが安心した顔で
「とにかく、今日はここに泊まらせてもらおうか。そちらの方は?」
俺がフォッカーとヘグムマレーをそれぞれ紹介してそれからはリースも交え、四人で飲み会が始まった。




