退却
俺たち男四人は安堵しながらズボンを上げ、女たちは白いローブを纏う。
そして月明かりと微かに発光するインキュバスの肉片に照らされながら倒れているナーベスを全員で見つめる。
ローウェルが夜風のように走ってくると
「見てた。裏切りだな。契約違反だ。連行は任せろ」
ナーベスを十数秒で縛り上げると、猿轡を噛ませた。
俺はリブラーから聞かされて、こうなるのは分かっていたが他の六人は戸惑った表情でこちらを見てくる。
「まだ任務が終わってない。敵陣へと行こう」
皆に呼びかけると、全員が頷いた。
俺たちは男四人が前に出る隊列に変更し、前方で、月明かりの下、東西に延々と伸びている柵の間にある敵陣の門目掛け、進んでいく。
突如、俺の足元に魔法の火矢が一本飛んできてさらに陣内から
「これ以上進むと!アークデーモンを召喚するぞ!」
という精一杯突っ張った男の子の声が聞こえてきた。フォッカーが俺に小声で
「……どう思いますか?」
俺はリブラーによる予測で知っているので冷静に
「はったりだ。魔力は今の火矢で切れたと思う。気配を感じないので、敵の支援も無いな。単騎だ」
フォッカーは少し笑って頷くと
「デイ、ゴッツ!門を破壊するぞ!」
そう言って門へと三人は突っ込んでいった。
すぐにデイの突進と、ゴッツの二刀流の斧技で門が破壊されフォッカーが陣内から手招きする。
俺と女性三人も慎重に入っていく。
入ってすぐ見えたテント端に明らかに不自然に積まれたタルを発見した俺はその陰に隠れていた、やたら豪華な刺繡がされたローブを着た黒髪おかっぱ頭の男の子をつまみ上げ、手足をジタバタしている彼の腹に、申し訳ないが、拳を一発入れて気絶させる。
リブラーがこれが一番、彼の怪我が少ないと予測していたからだ。
フォッカーが駆け寄ってきて
「こいつがサモナーですね。本当に単騎でしたね」
「ああ、他の気配がなかったからな」
男の子を背負いながら、俺は偉そうにそう言ってみる。
いや気配とか分からないけどな!
リブラーを信じてるだけだ。
さらに近くのテントに入り、黒ずんだ古びた杖を取り出した俺は、隊員たちに陣内の柵やテントに火を点けるように言い、一通り放火が終わり、勢いよく燃えだした陣地を後に自陣へと帰っていく。
陣へと戻るとローウェルがニヤニヤしながら待っていて
「大戦果だな。一人も死なずに裏切り者をあぶりだし、厄介なインキュバスは殺し、使役していたサモナーは捕獲して敵陣東部を燃やして帰ってきた」
俺は大きく息を吐いて
「囮としては十分だろ?はい、やるよ」
背負ってきた男の子をローウェルに引き渡した。
ついでに敵陣から取り返してきたナーベスの杖を渡して、総司令に渡してくれと頼む。
正直、戦果とかもうどうでもいい。疲れ果てていて今すぐに寝たい。隊員たちは大戦果に皆で興奮して喋っているが。
ローウェルは俺の様子に気づいたらしく
「あとは任せろ。そこのテントにベッドが置かれている」
俺は頷いて、黙って指示されたテントへと向かい汚いベッドが数台並べられていたので、一番マシそうな奥の一台に横になると、そのまま意識を失った。
「おーい、起きろー」
サナーから頬をペチペチと軽く触られて起こされる。辺りがうるさい。サナーはホッとした顔で
「陣地放棄するんだとだ。西部に攻め込んだ主力部隊が退却してきたぞ。ちなみにまだ夜だ」
「……嘘だろ?負けたのか?」
サナーは微妙な顔で
「いや、なーんか裏がありそうだが……ま、おっさんの荷車にとっとと乗り込んでくれ」
俺はサナーに手を引かれて、寝ぼけ眼でテントから出ると、自陣の遠くのテントが闇夜を照らしながら燃え盛っているのが見える。
それを横目に、サナーにせかされてつつ近くで待っていた四頭立ての大きな荷車に乗り込むと既に隊員たちが全員揃っていた。
御者席のローウェルが煙草をふかしながら呑気に
「じゃ、帰るぞ」
そう言うのと同時に、猛スピードで荷馬車は北へと陣地内を突っ切り出した。
フォッカーとリースが深刻な表情で俺に近づいてきて
「隊長、これ何なんですかね?」
「ナランさん、変な退却よねこれ」
「……寝てたから、まだ状況がつかめてない。おっさん説明してくれよ」
御者席のローウェルは軽く笑いながら
「表向き、お互い五分という形にして政治的決着をつけることにしたようだ。こっちには、あのサモナーの捕虜も居るからな。向こうが折れたようだ」
「よくわからん。もうちょっと分かり易く!」
サナーが首を傾げて言うとローウェルはまた笑いながら
「あのガキは、サーガ共和国の名のある一族の跡取りなんだよ。あの歳で、悪魔を召喚できるサモナーで天才の名を欲しいままにしててな。で、調子に乗って一人で東を担当していて、お前らに捕まったわけだ」
そこで一回煙草を吹くと
「事態に気づいた敵軍が秘密裏にポトスンに接触してきた。表向きは相打ちという形にして、一度お互い軍を引かないかと持ち掛けてきわけだ。当然ポトスンは即座に了承した、それでこんな呑気に撤退してるってわけだ。ま、お前らも任務終わりだよ。良かったな」
フォッカーが困った顔で
「あの、隊も早くも解散になるんですか?」
ローウェルは振り向かずに
「そうなるな。ナランとサナーとリースはセットだから、お前が生きてたら、また会う日がくるかもしれんな」
フォッカーは少し考え、ロイ、ゴッツ、コザーと目を合わせ全員が頷くと
「俺たちも、ナラン隊長たちについていきたいんですが」
サナーとリースは得意げに当然と言った顔だが、俺は驚く。
ここまでの予測はリブラーからしてもらっていない。自陣に帰るまでだ。
フォッカーは真剣な表情で
「この人と居れば、簡単には死なないし、金にもありつけそうな匂いがします。それは俺たち四人、同じ考えです」
ローウェルはため息を吐いて
「ま、社長が許したらだな。じゃあ、お前らも本社に来い」
「了解です。お願いします」
あの……なんか仲間が増えてない?あれ……?
これ、もしかしてもう完全に傭兵辞められない感じになりつつある?




