作戦
隊員たちとのコミュニケーションは、サナーとリースに任せ、落ち着かない俺は黄色のテントの周りをウロウロし続ける。
次第に現実が怖くなってきている。
初の戦場で、しかも七人の隊員を預けられている。
しかもそのうち一人は裏切る気だ。
くそ……逃げたい……サナーたちと逃げたいけど、そうしたら五人が死ぬ。
無理だ……何処にも逃げられない。
なんてことだ……本当に戦場まで来てしまった。
「ナランッ!」
サナーから背中を叩かれて我に返る。
「な、なんだよ……」
サナーは赤髪をかきながらニカッと
「ポトスンさん来たぞ!夕食も食べないと!」
呆然としながら辺りを見回すと、いつの間にか夕暮れ時になっていた。
悩みすぎて時間が経つのも感じていなかったようだ。
ピリピリしている隊員たちが遠巻きにスープをすすっている中心で、ポトスンと膝を突き合わせた俺は黙って乾パンを齧る。
ポトスンは猫顔で微笑みながら
「じゃ、作戦を伝えるにゃ。今夜二十三時に三か所同時に夜襲をかけるにゃ。そっちには、陣地に攻め入った十分後には敵軍のサモナーがインキュバスを引き連れていくと思うから時間を稼いでほしいにゃ」
ナーベスがあからさまにガタガタ震え出したのを横目に
「……ナーベスさんは、外した方がいいのでは?というか、なんで女性傭兵が四人も居るんだよ」
ポトスンはニコニコしながら
「わかんにゃいか?囮だにゃ。各個撃破は戦場の基本。弱い部隊からひとつずつ潰すにゃ」
あっ……意味が分かってしまった。
「ああ……レベルが低い俺たち素人部隊を囮にして強い女性傭兵たちの居る主力部隊を別の場所に向わせたいと……」
領土を三メートルくらい切り取るとか言ってたのは、そっちでやるのだろう。
ポトスンは猫目を見開くと
「ふむー……ついさっき、僕の部下と君の話をしたらベラシール家の三男は大馬鹿だと都で小耳に挟んだと言ってたけど……ナラン君、意外と頭回るにゃー」
「こんなとこまで、俺の地元での評判が……」
都で言いまわっているのはどう考えても兄貴だろうな……。酒の肴に俺の悪口言ってるんだろう……。凹みかけると、ポトスンはニカッと笑って
「と、いうことで、ナラン君の仕事はこの低レベル部隊で敵をできるだけ引き付けて、八人無事に帰ってくることだにゃ」
と言うとサッと立ち上がり、テントから出て行った。
フォッカーがテント出入口の方を見てため息を大きく吐くと
「あの見た目に騙されない方がいいですよ。総司令は凄まじい切れ者です。今まで、我が社の傭兵部隊の被害は、そこにいるナーベスさんのレベルダウンだけですからね」
黒髪女戦士のコザーが
「そのレベルダウンすら、戦略の範疇なのではないかと言われているな。ここらの空のテントも本来の百倍の戦力だと相手に見せかけて膠着状態にする策らしいぞ」
他の二人の傭兵も頷いて、ナーベスはテントの端で膝を抱えている。
黙っていたサナーが
「貴様らは、ナラン隊長の指示に従えば大丈夫だ!一緒に転戦してきた私が保証する」
フォッカーが尊敬の眼差しでこちらを見てきて
「どのような戦場を?」
俺が答えに詰まる前にリースが
「若くして神の如きモンスターを退治して、王家の者との繋がりも持ち、時には多くのモンスターを従えた伝説の傭兵よ!間違いないわ」
伝説以外は全部本当なんだが嘘くさく聞こえすぎだ。あとリースは王族だということは皆には言ってない。
「その若さでやるもんですねぇ……」
フォッカーが絶対疑ってるだろ!という眼差しに変わったのを俺は見逃さなかった。
ああ、気が重い……一応、リブラーのとんでもない作戦はあるけれど……。
五分後には、筋骨隆々とした男性の傭兵がテント内に入ってきて作戦書と地図を二枚俺に渡すと、さっさと出て行った。
全員でその内容を見て唖然とする。
作戦書には「二十三時に夜間に東出口からまっすぐ突撃して南部の敵陣地を襲うように」と一行だけ書かれていて、地図はこちらの陣地からほぼ遮蔽物のない平原が続く相手の陣地までの間に真っ赤な矢印が一本引かれていた。
フォッカーたちは俺を見てくる。何か言わないと思って
「大丈夫だ」
と発すると、サナーが自慢げに
「隊長を信じろ!そして隊長を信じる私を信じていけ!」
意味不明なことを皆に言い、リースも腕を組んで深く頷いた。
もう観念した俺は、皆にリブラーが提案してきた作戦をさも自分の発案のように話すことにする。
話し終わると、全員がしばらくの静寂の後、大爆笑に包まれた。
確かに最低な作戦だが、リブラーから教えられたから仕方ない。
リースは手を叩いて笑いながら
「そ、そうね!インキュバスは確かにアレに弱いわ!ナラン隊長博学!でも、私たちも大変じゃない?」
女性陣を見回して言う。サナーは真剣な眼差しで
「リース、私でもインキュバスは襲うのか?」
リースは真面目な顔で
「ええ。女性なら必ず襲うはず」
サナーはなぜかガッツポーズをした。
いままで震えていたナーベスが弱弱しく手を挙げて
「わ、私もやらないといけない?」
初めて言葉を発した。俺は黙って頷く。
むしろナーベスがやらないと、この作戦の意味がない。
次の瞬間には、コザーが俺たち男を手で外へと押し出し始めて
「ほらほら、野郎どもは、そっちで準備する。蛍光薬はこれだよ!」
笑いながら薬瓶をフォッカーに投げ渡した。彼は俺を見てきたので
「男たちは隣の空きテントでやろう」
と俺は言って、皆を外へと連れだした。
さらに準備をしつつ、ある程度の作戦の細かい詰めをするとあっという間に二十三時になり、俺たちは灯火に照らされた真夜中の陣地の柵と掘りの間に設置された小さな東門前に集合する。
なんと、そこには多数の衛兵たちと共に普段着のローウェルが煙草を吸って待っていて
「仕事早めに終えたから、お前らが脱走しないように後方監視に行くわ」
意外なありがたい言葉をかけてくれる。つまり何かあったら助けに来てくれるつもりらしい。
真っ白なローブをかぶったサナーが感動した顔で
「朝はキモいエロおやじだったけど、今は神に見えるぞ!」
同じ格好をしたリースも頷く。
コザーとナーベスもまったく同じ格好だ。
女性達はしかも全員丸腰である。
女たちの刀や剣、魔法の杖などの装備は、俺たち男四人が背中などに背負っていて作戦中に渡すことになっている。
衛兵たちから門が開けられ、俺たち八人の小隊は、男四人が先頭で足早に南へとまっすぐに進みだす。
灯火を点けずに月明かりだけを頼りに進んでいるのだが槍を手にしたフォッカーの方向感覚は優れているようでまったく迷いなく、北へと進み続けている。
髪の立ったゴッツは手斧を両手に握りしめていてデイは一メートル半以上はある大盾を構えたまま長身から辺りを警戒している。
俺は半ばまで進んだところで、隊を停止させた。
後方を確認すると、微かに光りが瞬く。
ローウェルも距離を取って間違いなくついてきてくれているようだ。俺は深呼吸して
「来るぞ。女性隊、前へ、男性隊、下がれ」
ゴッツが不思議そうな声で
「隊長、分かるのか?」
「ああ、近いぞ」
とは言ったが、本当は何もわからない。
でもリブラーが陣地から三百歩進んだ位置で
相手方モンスターの一体から奇襲を仕掛けられると言ってたからな!
もう信じるしかないだろ……。
フル装備の男たちが丸腰の白いローブ姿の女性陣を盾にするという酷い陣形で五分ほど待つと、俺たちの前の地に薄明かりがともり
「あーあ、つまんないなぁ。もっと気持ちよく吸わせてくれよぉ。闇の中、恐怖に慄きながらねぇ」
と艶のある男の声がして、ボアンッと全身が薄く発光した上半身裸で、下半身が黒い剛毛に覆われた黒山羊の足のようになっている異様な風体の美男子が出現した。
インキュバスだ。そいつは二本の角が生えた茶色いくせっけをかきながら
「チッ。新しい女は四人かぁ……いや、三人かなぁ?」
と言った瞬間に、ナーベスが俺に向けて手をかざしてきて、その掌に瞬く間に火球が形成されていく。
その次の瞬間には、俺の背後から飛んできた小石が頭に直撃して気絶していた。
誰が投げたかはわかる。ローウェルだ。
ここでリブラーは、サナーが殴り倒すと予測していたので少し変わってしまったが、俺は黙って
「今だ!」
と叫ぶ。
同時にバサッと白いローブを脱ぎ捨てた女たちは局所だけをギリギリで隠した紐水着姿を露出した。
そして、その局所が蛍光塗料で発光していた。
インキュバスは、小石が当たって気絶したナーベスを気にもせず
「な、なんてことだ……私への美味しそうな貢物がこんなにぃ……」
と酔っぱらったような声で言いながら少しずつ後退する女たちに吸い寄せられるように近づいてきて俺たち男四人はすかさず、その隙だらけの背後を取る。
そして俺が
「よし!脱げ!」
と言った瞬間に……うん、予定通り……俺たち男全員は下を脱いで、下着を履いていない下半身を露出した……。
蛍光液で光る我々のアレを振り返ったインキュバスは恐怖の表情で眺め
「な、なんて汚い!!そんなものを見せるなああああああ!!」
と叫んだ瞬間に、俺が指示するまでもなく
女三人に武器が投げ渡され、さらに背後の男四人からも同時に切りかかられ殴りかかられて、インキュバスはもはや元の形が分からない程の肉片となり絶命した。




