招集
「おい……お前ら……」
妙に力が入ったサナーの声で目を開けると、怒りで目を血走らせて、赤髪が逆立ちそうなサナーの顔が目の前にあった。
窓から朝の光が射してきている。
「ちょっと、そこに足を折って座れ。いい、服は着なくていい」
バスタオルを巻いただけのサナーは、裸の俺とリースを床に正座させると
「まずリース、この抜け駆けはないんじゃないか?」
リースは涼やかな顔で「うふふ」と笑って横を向き、またサナーは激怒する。
「くそおおお!!それからナラン、なんで性欲に負けたん?」
「いや、負けたっていうか……」
リブラーが負けさせたと言った方が正しいが、それは言えない。
サナーは両手を握って、実に腹立たしそうに両足で床を踏みしめると意を決した顔で、両目を見開き俺を見つめてくると
「ナラン!!私を抱け!今すぐここで!」
「……無理だろ……そういう気分になってないぞ」
サナーはバスタオルを取り去って、浅黒い肌を露出すると
「もう貧相な私の方を見ないで、リースの身体だけ見てやってもいいから!」
「……なんだそれ、そこまで卑下すんなよ……」
リースから脇を軽く小突かれて、小声で
「ナランさん、女子にここまで言われたら抱くべきでしょ?」
「……あの」
でも、夜中に過ちを犯して、また起きて過ちを犯すとかそういうのは……。
もう小さく「リブラー」と唱えるしかない。すぐに頭の中の声がして
警告、衝撃的な内容が含まれます。
サナーさんは正直なところ、あなたにとって既に利用価値はありません。
抱くにしても抱かないにしてもどちらでも未来に影響はないでしょう。
よって、スキル構成の変更や、アドバイスはありません。
以上となります。
「なんだよそれ……」
つい口から言葉が漏れ、リースとサナーから不思議そうな顔をされる。
くそ……そういうことか、戦士として地味にレベルを上げて行っているだけの目立ったスキルもないサナーは、リブラーからするともはや用済みなのか。
でも、俺にとってはそうではない。大事な兄妹同然の存在であり友である。
わかった……わかったわ……正直、こっちは全然望んでねぇけど、サナーの望みを叶えてやろうじゃねぇか。
ふざけんじゃねぇぞ!リブラー!
俺は立ち上がってサナーの腕を取るとベッドにそのまま押し倒した。サナーは戸惑った顔になり
「な、ナラン、なんでそんな急に……」
近くでリースがドキドキした顔でこちらを見つめているがそんなの関係あるか!もうやってやるわ!
始めようとすると、窓から顔を半分覗かせた面倒そうな表情のローウェルと目が合う。
その横には、両目を爛々と輝かせた謎の大きな黒猫の顔もあった。
「……おっさん……なんで」
次の瞬間には、サナーとリースの怒声と甲高い悲鳴とローウェルと猫の顔に向けて容赦なく投げつけられる家具と焦りながら窓の戸とカーテンを全て閉めたリースが
「ふ、服を着ましょう!!」
サナーも正気に戻った表情で
「そ、そうだな!ナラン!夜にぜえええったい続きやるからな!」
扉を開け、自分の部屋へと駆け出ていく。
「……」
俺はとりあえずベッドから立ち上がり、床に散乱している自分の服を着てそして一階へと降りて行った。
食卓には、真顔の黒装束姿のローウェルが座り、その隣に灰色の使い込まれたローブを着た人間の子供並みの大きさの黒猫が座っていた。
俺が文句を言おうとする前にローウェルから
「……大変だな。家を手に入れた初日から女どもの性欲爆発かよ」
と同情される。隣の黒猫もウンウンと頷いて
「我ら猫族もメスどもは発情したら相手するの大変だにゃ」
「……いや、まずは、覗いたのを謝れよ」
ローウェルは真顔で
「俺は肉付きのいい大人の女にしか興味ねぇよ。ここにいるポトスンが一緒に見たいっていうから仕方なく付き合っただけだ」
「興味深かったにゃ。あれが性的な成長したての人のオスメスの交尾だにゃ?外からも人族のフェロモンが微かに匂ってたにゃ」
テーブルを挟んだ椅子に俺は座り
「おっさん、何なんだよ、この怪人は?」
ポトスンはニコリと笑って
「傭兵会社ハルン・バートフルの戦地総司令を務めるポトスンだにゃ。ナラン君を招集に来たにゃ」
この猫が総司令とか何の冗談なんだ?
ローウェルが真顔で
「ポトスン・フェルムビッチ総司令だ。コマンダーレベル69のわが社の主力の一人な。種族は猫族。要するに亜人だ」
「ちょ、ちょっと待ておっさん。招集ていうことは、俺をこれから戦地に行かせようとかしてるのか?」
社長が次は戦地だとか言っていたが、もう来たのか。ローウェルは腕を組み深く頷く。ポトスンが猫顔をほころばせ
「中レベル帯のロードだって聞いたにゃ。ちょうど、本日夕刻から、敵陣地への小規模な夜襲が計画されてるにゃ。それを指揮してくれにゃ」
「いや、もう俺、会社辞めようかと……」
ポトスンは黒猫顔でニヤニヤしながら
「ナラン君は、わが社の深部に入りつつあるにゃ。ここで辞めたら、この鬼畜がナラン君とサナー君をわが社の行った不正を全て被せて王国刑務所にぶち込むと言ってるにゃ」
「お、おっさん?」
ローウェルはわざとらしく深々とため息を吐くと
「すまんな。もはや社長がお前のこと手放したがらんのよ。どんな手を使ってでも辞めさせるなって言われてる」
言葉が出ないので固まっていると、二階から服を着たサナーとリースが下りてきてローウェルの顔を見るなり、殴りかかろうとするが、ポトスンが肉球がプニプニしていて黒毛に覆われた右手をそちらへと翳すと、二人とも謎の魔力で体が固まったまま停められる。
「疑似時間魔法のストッピだにゃ。二人の筋肉を空気中に固定したにゃ」
サナーは動く顔で激怒しながら
「こらーっ!!猫ー--!おっさんに一発入れさせろおおお!」
ポトスン真面目な顔で首を横に振って
「異種族として僕が見たかっただけだにゃ。ローウェルは二階の外壁によじ登った僕が怪我しないように警護してただけだにゃ」
「でも見たでしょう!?」
怒っているリースにポトスンは
「ローウェルは、腹とお尻のお肉がブニッとしてして身体も少し緩んだ人間の熟女が好みだにゃ。体が締まっている若いお二人には興味ないにゃ」
ローウェルは腕を組んだまま、真顔でウンウンと頷く。
サナーとリースは納得いかない顔でローウェルたちを睨みつけている。
なんだこの状況……とりあえず収めようとして
「あの、おっさんとポトスンさん、サナーたちに慰謝料払え」
金銭を要求してみる。酷い解決方法だが、無いよりマシだと思う。
「もっともだにゃ。じゃ、これで」
ポトスンは札束をポンッとテーブルに置いた。俺が数えてみると百万イェンもあった。ローウェルは真顔のまま
「前回の依頼の金もここの床下収納庫に入れてるぞ。見てみろ」
俺が床の収納庫を開いてみると中に三百万イェンの札束が雑に放り込まれていた。
テーブルに計四百万積んで、チラッとサナーの方を見つめると
「くうぅぅう……そんなに積まれたら仕方ない!許すぞリース!」
「……」
恐らく金に困っていないであろう王族のリースは、しばらく本気で考え込んだ後、俺の方を見てきたので
「ごめん……一回だけでいいから、許してあげて?」
というと仕方なさそうに頷いてくれた。ポトスンは魔法を解いて
「ということでお金は金庫に入れて隠してから、出発だにゃ」
ニカッと猫顔で笑う。
三十分後
ローウェルの四頭立ての荷馬車で俺たちは南へと向かっていた。
晴れ渡る空の下、御者をやっているローウェルが
「ポトスン、戦況を説明してやってくれ」
風にそよがれて気持ち良さそうな猫亜人は、流れていく景色を眺めながら
「んー……南にあるサーガ共和国と、ウィズ王国の領土争いだにゃ。元々こっちの頭のおかしいある王族の主導で始められた戦いで、正規軍がまともに動かないので、我々の会社が王国から請け負ったにゃ。正直、相手もこっちもやる気はないにゃ。んでも、そろそろ三メートルくらい領土取って停戦に持ち込みたいのでナラン君たち三人と、あと数名死んでも良さそうなのつけるから適当に夜襲して、敵陣を焼き払ってくれにゃ」
リースが唖然としながら
「頭のおかしいある王族とは?」
ポトスンがリースをジーッと見つめて
「秘密だにゃ。まあ、僕の作戦とナラン君の運があれば勝てると思うにゃ」
ニヤリと笑った。




