古代図書館
俺の手を引いて、樹海へと進んでいくサナーの華奢な女の身体から、体格的に上の俺を引っ張る力がこんなにも出るのは、いつも不思議だ。
こいつ、奴隷じゃなかったら、その能力使ってなんか稼げたのかもな。
それもこれも今日で終わりだけど。
俺がため息を吐いている間に、樹海の中へとサナーと共に入り込んだ。
獣道をサナーに手を引かれながら、左右から出っ張っている枝を避け、ときには当たりながら薄暗い周囲と、ねじれた不気味な生え方をしている木々を見回して
ああ、こんな陰気なとこで、モンスターに襲われたりして俺の人生も終わりか。ついてなかったなぁ……などと考えていると
サナーがピタッと立ち止まり
頭上の木々の上に出ている太陽の位置を見上げ、そして、いつのまにか俺から取り上げていた地図を見つめ
「よし。こっちだな」
左右に別れた獣道の左へと進みだした。
これはもう、樹海の中で迷って終わりと言う可能性も出てきたな……。まあ、いいか、俺が死にそうになったら、こいつに鎧の中に隠している食料を渡して、外に助けを呼びに行かせて誰か来るまでに衰弱して死ねばいいな……。モンスターから、なぶられるよりはよほどマシ……。
などと、思っていると、いきなり立ち止まったサナーの背中にぶち当たった。
サナーは俺の肩をその痩せた両手で思いっきり下げ、無理やりしゃがませると小声で
「マズい。レッドゴブリンに率いられた小隊だ」
全身からいきなり噴き出した冷や汗を必死に拭いながら、恐る恐るサナーの背中越しに前を見る。前方の獣道が開けた先に、キャンプしている筋骨隆々とした人型モンスターたちが見える。
頭髪の一切ない緑の肌の頭と高い鉤鼻と巨大な両目とにやけた口元が特徴的な小柄なグリーンゴブリンの群れの中にあり得ないものが居た。身長二メートルはありそうな、凶悪な豚の頭をしたブヨブヨの身体に腰に布切れを撒いただけのオーク。
一見太っているようだが、その筋力は侮れない。真っ赤な血を滴らせながら食っているのは、人ではなく、獣のはらわたの様で少しだけ俺は安心してしまう。
いつの間にか横で並んでいたしゃがんでいたサナーはそんな弱気な俺の顔を見て、ニカッと笑って小声で
「オークは人は食べてないな。ナラン、あれも見てくれ」
遠くを指さす。そこには、朽ちた石造りの遺跡の閉まった入り口手前の割れた階段に偉そうに肘をついて座る真っ赤な肌のレッドゴブリンが居た。それを見て俺は失神しそうになる。サナーは冷静に
「レベル30超えたゴブリンの部隊長だな。火属性の使い手だ」
少しワクワクした声でわざわざ解説してくれる。そんなことはこの世界の常識なので知っている。というより、レベルの高いゴブリンの質の悪さも新聞でよく見た。
あいつらは、バカなグリーンと違って、知能が高いので捕らえた人で"遊ぶ"。
女も男も子供も老人も極限まで辱められて、虐待されて捨てられた遺体が辺境では年に何十体も発見されている。
「か、帰るか?ここで死にたくなくなった……」
サナーは真顔で首を横に振り
「なあ、私が囮になるから、ナランがその隙に遺跡に入るのはどうだ?」
俺は全身の血液の血が引いていくのを感じながら
「だ、だめだ。任務失敗でいい。ここで悲惨に死んでどうするんだよ」
サナーはなぜかうれしそうな顔になり
「そっかぁ。ナランは私が大事か。だったら止めよう」
「そ、そういう話じゃなくて、見つかったら絶対弄ばれて、殺されるぞ。レッドゴブリンが座っている後ろが、目的地の古代図書館だろ……?」
そうなのだ、今回の任務は、古代図書館と言われている遺跡の調査任務だ。
簡単な調査なので二人で行けと派遣の事務長から言われた時から嫌な予感がしていたが、あの屯しているモンスターたちを全部倒すなら任務ランクDどころじゃなく、ランクA並みだ。報酬に数百万イェンもらっても物足りない。
サナーは楽し気に大きく頷くと
「よし、迂回しよう。別の入り口があるかもしれない」
俺の手を引いて、静かにその場を離れていく。
一時間半後。
俺たちは古代遺跡の広大で平坦な石屋根の上でしゃがみ込みへこたれる。
「だめだぁ……」
「入り口が無いな……」
ゴブリンたちの屯している南側の入り口はともかく、西は窓のない朽ちた石壁が延々と続いていて東側も同じだった。
そして南側には建物とぴったりくっつくように崖がそびえたっている。
仕方なく崖伝いに苦労して高い屋根まで上り
そして、一望してすぐに屋根には入り口はないと分かった。つまり、ここに入るためには、ゴブリンたちの目をくらますか倒すしかない。
「しょうがない!私が囮になるか!私の夢は、ナランに託すから!」
サナーが意を決した顔で少し大きな声を出したので慌てて口を手でふさぐ。
「声大きいって。お前がこんなとこで俺如きのために死ぬことはないだろ……」
サナーはなぜか頬を赤らめて
「やっぱり、私が大事なんだなぁ……」
ボソボソと何かを言うと、ニカッと笑い
「じゃあ、二人で突破しないとなっ」
バシバシと背中を叩いてくる。どうやらこいつの頭の中には撤退と言う言葉はないらしい。
仕方ないので、二人で屋根の上で一応作戦を立てることにする。まさか、モンスターがいきなり飛んできて見つかることはないよなと
キョロキョロとしていると
「飛行部隊は居ないのは確認してる」
サナーがうれしそうに言ってくる。ホッとしつつ
「夜まで待つべきだな。任務期限は一週間後だしな」
「でも、食料がない。数時間で戻る予定だったし私とナランの鎧の中に隠し持ってる携帯食だけだよな」
「……よく持ってるの分かったな。むしろお前も持ってたか、相変わらず準備良いな」
サナーはニカッと笑って嬉しそうに何度も頷くと
「それにレッドゴブリンがいるから、たぶん、夜警を立たせているはず。あいつら、下手したら私たちより頭いい」
「……出し抜けないんじゃないか?」
また帰りたくなってきた。もういい傭兵としてのキャリアとか、まぐれ勝ちの一勝だけで十分だ。地元に帰るとまた馬鹿にされるが、少なくともモンスターから襲われない。サナーは難しい顔で腕を組んで
「ひとつだけ、ちょっと前に習ったこと使えば、できそうな方法があるけど……」
俺はそのやり方を聞くことにする。
聞いた結果、またサナーがあっさり死にそうな話だったので俺も使えない頭を振り絞って、いくつか案を出してみた。するとサナーが頬を上気させて嬉しそうに
「だったら、二人の案を組み合わせないか?」
と言い出したので、できるだけサナーが死なないようにさらに使えない俺の頭を絞ってアイデアを出していき、作戦を考えることにした。俺は今更どうでもいいが、俺についてきたこいつまで、こんなところで死ぬことはない。